龍の声

龍の声は、天の声

「迫る有事、即ち、九条と九十六条の罠からの脱出」

2017-12-28 20:03:24 | 日本

西村真悟さんが「迫る有事、即ち、九条と九十六条の罠からの脱出」について掲載している。
以下、要約し記す。



激動の新年を迎えるにあたり、やはり、その「未知の激動」に対処する「着想」、そして「決断」、「覚悟」を述べておきたい。

二十六日と二十七日、新聞で防衛省が、護衛艦「いずも」をF35B戦闘機を離着陸させる「空母」に改修する旨の報道がなされた。
ささやかな一歩であるが、まことに意義ある一歩である。
その報道に接して拍手する思いだ。
「いずも」は、全長248メートル。
帝国海軍の真珠湾攻撃に行った空母、「赤城」は全長261メートル、「加賀」は同238メートル、「飛龍」と「蒼龍」は共に同227メートル。
よって、「いずも」も立派な空母になる。

二十年ほど昔になるだろうか、海上幕僚長との昼食を食べながらの懇談の際、空母機動部隊の創設を開始してから実戦運用ができるまでには何年が必要か、と質問したことがある。
その時、海幕長は、内局や他の議員が如何に外部に報告するか分からないので、あくまで仮定のことと断った上で、空母の建造から運用ができるまでの訓練期間を述べ、「八年から十年」、と答えたと記憶している。
そして、次に海幕長の随員の付け加えた言葉は、強く印象に残った。
彼は、次のように言った。
「今、海幕長が、怖い顔をして、実は嬉しそうに、 口元が笑いかけて話されていましたが・・・」
その時、私は、世界有数の広大な排他的経済水域と膨大な数の島嶼を有する海洋国家である我が国を防衛する任務を与えられ、その任務を完遂しようと訓練に励む彼らと、思いを共有しているのを感じた。
その思いとは、我が国にこそ、空母機動部隊が必要だ、ということだ。
それからしばらくして、海上自衛隊は、妙な形をした輸送船や護衛艦を浮かべ始めた。
舞鶴に「おおすみ」を見に行ったが、見た目は、空母そっくりな輸送船や護衛艦である。
空母そっくりではなく、空母としか見えない輸送船や護衛艦である。
そして、やっとこの度の「いずも」をF35Bを離着陸させる「空母」にするとの報道に接したわけだ。
やはり、拍手したくなる。

とはいえ、考えてみれば、何故、紆余曲折、ここまで手間がかかるのか。
空母としか見えない輸送船や護衛艦を造るのならば、初めから空母を建造すると公表して、
初めから空母を造ったらいいではないか。
西隣の中共は、明らかに、我が国を恫喝し我が国のシーレーンを抑えて西太平洋の覇権を確立するために昂然と空母を遊弋させ始めているのに。
第一、東日本大震災に際して、アメリカ海軍は直ちに空母ロナルド・レーガンを福島・宮城沖に展開して海から救助活動に入ってくれたのに、我が国は、何故、空母のような「おおすみ」や「ましゅう」や「ひゅうが」や「いずも」を使って、アメリカ海兵隊を待つまでもなく海から大島の救援に乗り出さなかったのか。
その理由は、憲法九条と九十六条の罠に嵌まっているからである。
九条は、書いた本人であるチャールズ・ケーディスが、「日本を永久に武装解除されたままにしておくために書いた」と産経新聞の古森義久記者に言っているとおり、我が国が武器をもたないようにするものであり、九十六条は、その九条の改正を事実上至難の業にしてそれを固定する為に書かれた。
それ故、この「憲法」の罠に嵌まったなかで、その必要性が自覚されてから数十年の歳月を経て、やっとこの度、「いずも」を空母に改装することになりそうなのだ。

しかし、我が国のこの「空母」を運用しようとする当然の動きに対して、中共の外務省報道官は、我が国の「憲法」を持ち出して次のような要求を発している。
つまり、中共は、我が国の「憲法」の罠をつかって、我が国を、さらに無防備に固定しようとしているのだ。
「日本が専守防衛と平和的発展の道を堅持し 軍事・安全保障分野で慎重に行動することを求める」「憲法九条は戦後日本の平和的発展の道を象徴しており、国際社会に向けた約束である」
そこで、せっかく、中共が我が国の憲法九条を持ち出してくれたのだから、自明のことながら、中共の意図を確認しておきたい。
中共は、憲法九条に縛られる日本は脆弱で、すぐに打倒することが出来るとみている。
つまり、中共は、弱い日本に対してはためらうことなく武力を行使できるが、強い日本に対しては直ちに武力を行使できない、と判断している。
このことは、憲法九条は、我が国に対する他国の軍事行動を誘発させ、九条の罠から脱した我が国は、他国の軍事行動を抑止できる、ということになる。
よって、この度の中共の我が国に対する独善的な無礼な抗議は、この九条の軍事行動を誘発する危険性を、我らに教えてくれている。
と、同時に、中共は、トランプ大統領の安全保障戦略は正しいことも認めたことになる。
先日発表されたトランプ大統領の安全保障戦略は、中共を仮想敵国なみに扱ったので、中共は反発しているが、実は、図星であるから反発しているのであり、中共は、次のトランプ大統領の発言がまさに正しいことを認めていることになる。

弱さは紛争への最も確実な道であり、比類のない力は防衛の最も確実な手段である。

よって、我が国も、トランプ大統領のいう通り、平和を望むならば、比類のない強さを力を持たねばならないのである。

さて、冒頭に記したように、今は、何が起こるか分からない激動の新年を迎える年末なのだ。
いったい、ぜんたい、我が国の安全保障体制構築は、間に合うのか!

「だから、憲法を改正するんだ」、との反論は分かる。
しかし、この反論は、「憲法を改正すればできる」=「今は、できない」という前提に立っている。
これに対し、私の立論は、「今、如何にしてできるようにするのか」なのだ。
これが、危機管理の鉄則ではないか。
現在、寒い中で突風が日本を襲い、全国で火事の報道が相次いでいる。
つまり今は、何時、何処で、火の手が上がるか分からない時期なのだ。
にもかかわらず、「ここ三日ばかりは、出動規定の改正のため消防は出動できません」ですむもんか。

次の曾野綾子さんの一文を読んで頂きたい。

私は今まで、何人もの優秀な官僚に出会った。
彼らは直ぐに、できない理由を理路整然と述べるのには、何時も驚くほかなかった。
私たちの仕事では、出来ない理由など述べていたのでは何もできない。
出来ないことを、どうしたらやれるかを考えることが、生きることなのである。

アメリカさんが、七十年前に、日本を永久に武装解除されたままにしておく為に書いてくれた九条を持ち出して「出来ない理由を理路整然と述べていたのでは」国が滅ぼされる時、「どうしたらやれるかを考えることが、生きることなのである」

その結論は、内閣総理大臣の、自衛隊の最高指揮官としての決断一つである。

これが危機管理であり、実は、軍隊運用の正当な原則、ネガリストである。
即ち、法律に禁止されていないことはできる、という原則である。
一九七七年十月一日、福田赳夫内閣総理大臣は、ハイジャックされてダッカ空港に着陸している日航機の乗客の命を守るために、
犯人の要求を受諾して六名の服役囚と勾留中の者と六百万ドルを引き渡した。
そのようにしてはならないという法律が無いからそうしたのである。
同様に、来年二〇一八年、安倍内閣総理大臣は、北朝鮮が無政府の混乱に陥った場合、尖閣諸島に支那の武装漁民や民兵が上陸してきた場合、直ちに、毅然として、自衛隊に出動を命じ、北朝鮮域内に入り必ず拉致被害者全員を救出して日本に連れ帰らせ、
尖閣諸島に上陸した「漁民」を全員掃蕩して尖閣諸島を確保させなければならない。
その総理大臣の命令があれば、直ちにためらうことなく陸海空自衛隊は出動する、と申しておく。
その、即動必遂の使命感がなければ、彼らの、あの想像を絶する過酷な訓練をやり遂げられるものではない。
陸上自衛隊特殊作戦群の初代群長に習志野駐屯地で質問した。
北朝鮮に突入して拉致被害者を救出して帰還できるか?
彼は即座に、唯、一言、答えた。
命令があれば行く。

最後に言っておくが、昨日、十二月二十六日の産経新聞「正論」に、百地 章明治大学名誉教授が、「自衛隊は、法制度上は『軍隊』でなく『警察的組織』である。
 それゆえ、平時においては、警察なみの行動しかできない。」「自衛隊が『軍隊』でないことからくる諸問題の抜本的な解決は、 9条2項の改正無くして困難である。」「自衛隊が軍隊でないためさまざまな支障が生ずるのは、 特に『平時』および平時から有事にかけての『グレーゾーン』といえよう。
 とりわけ問題となるのが、 武装ゲリラや漁民に扮した海上民兵の強行上陸およびわが領土の不法占拠である。」と書かれている。
しかし、既に述べたように、我が国が憲法9条の罠に嵌まって縛られていることを知り尽くした敵、即ち、中共は、まさにこの、「平時」と「グレーゾーン」を狙って我が国侵略を本格化させるのである。
わざわざ、あいつらも読む「正論」に、「平時」と「グレーゾーン」は何も出来ないかの如く書いて念を押してはだめだ。
従って、この「正論」の翌日の本通信において、曾野綾子さんのように、 その時、やれるのだ。
 それは、内閣総理大臣の決断一つ。
と記す意義もあるといえよう。
 そう、その時、 我が国が「日本」である限り、やるのだ。











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「平成二十九年末まとめ」

2017-12-28 20:02:21 | 日本

西村真悟さんが「平成二十九年末まとめ」について掲載している。
以下、要約し記す。


十二月も二十日を過ぎた年末にあたり、各ポイントを、思いつくまま箇条書的に記しておきたい。

(一)中共、習近平の「一帯一路」は侵略戦略

これを、「経済圏構想」と思ってはならない。
これは、「侵略戦略」である。

我が国は、海洋国家であるから、「経済圏」というと、素直に、というか、警戒感なしに、「経済協力関係」つまり「共栄圏」と受け取りがちだ。
しかし、我が国の西の大陸にある陸でつながる支那そしてロシアの「経済圏構想」は、「侵略戦略」なのだ。

十九世紀から二十世紀にかけての我が国の最大の国難、即ち、ロシアの満州と朝鮮半島進出は、シベリアから、東のウラジオストク、南の旅順大連、そして朝鮮半島への鉄道敷設と
その鉄道敷設のための露清銀行設立によって行われた。
ロシアは、日清戦争直後の対日露清連合である三国干渉の翌年(一八九六年)、清国の李鴻章との間で対日攻守同盟である露清密約を結び、満州におけるロシアの鉄道敷設権と銀行設立権を獲得した。
そして、それをロシアに与えた李鴻章は、ロシアから莫大なカネ、つまり賄賂を得た。
つまり、ロシアは巨額の賄賂を李鴻章に渡して満州を買い取り呑み込んだのだ。
これ、ロシアの「鉄道と銀行による侵略」である。

そして、現在の「鉄道と銀行による侵略」が、中共の、巨額のカネを見せびらかしてユーラシア大陸におけるインフラ整備、投資、貿易、金融そして人的交流を謳った習近平の「一帯一路」である。
ある国に、巨額のカネを貸し付けると同時に、毛沢東の人海戦術のように大量の人を投入して、道路、鉄道、港湾、ダムそして人の欲望を満たす施設を建設すればどうなる。
ロシアが李鴻章にカネを渡して、鉄道敷設と銀行で満州を手に入れたのと同じではないか。
共存共栄どころか、そこは支那になる。

(二)そこで、最大の要注意点!
   それは、現在侵略されている日本だ!

中共人が、北海道から沖縄まで我が国の土地を買収している。
韓国人が、対馬の土地を買い占め、中共人も対馬買収に手を付け始めた。
さらに、最近は、中共人が、京都の祇園や宮川町や上七軒という花街の置屋を買収しているという情報が入っている。
こともあろうに、千年の都、天皇陛下のお膝元、京都の中枢、花街の置屋が中共に買収されている。
祇園が祇園でなくなり上七軒が上七軒でなくなるとうことは日本の歴史と伝統と文化の破壊ではないか。
三島由紀夫が聞けば、刀をもって駆けつけるかもしれない。
日本男子たるもの、黙っていてはだめだ。

この中共人による「日本買収」は、習近平の「一帯一路」という侵略戦略の「日本における実践」だとみるべきだ。
いずれ、買収されたところに、イナゴの群れのような中共人の群れが送り込まれてくる。
祇園が中華街になるということは、日本が中華の植民地になるということの象徴だ。
よって、まことに憂慮すべきことである。
外国人土地買収制限および土地強制収用特別措置法を早急に作るべきである。

(三)プーチンの北方領土日露共同経済開発は北方領土侵略構想

支那の習近平に「一帯一路」の侵略構想があれば、ロシアのプーチンには、日露共同での北方領土開発構想、さらにシベリア開発構想がある。

もういい加減に、ロシアのプーチンへの幻想を捨てたらどうか。
ウラジーミル、と呼んで仲良くなったと思ってはならない。
日露首脳間の「個人的な信頼による親密な関係」など、プーチンは屁とも思っていない。
ソビエトKGBにおける出世頭のプーチンは、ロシアつまりタタールである。
ソビエトロシアに、昭和二十年から三十一年まで十一年間抑留され、ロシアを知り尽くして生還し、北海道大学教授になった内村剛介は、次のように言う(同氏著「ロシア無頼」)。
  無理難題に処してたじろがず、手段を選ばない者が共産主義のエリートコースに乗る。
  そして、このオルガナイザーは、何もののまえでもたじろがないから、当然親友を「裏切る」ことを屁とも思わない。
これが、ウラジーミル・ウラジーミロビッチ・プーチンである。

(四)支那とロシアを如何にみるか

支那とロシアは、ユーラシアという同じビンに入った二匹のサソリだ。

仲が悪いに決まっている。
しかし、この二国は、海洋の、対日本そして対アメリカの為には手を結ぶ。

ロシア人は、約束は破るためにするものだと思っている。
支那人は、そもそも約束は守るものだとは思っていない。
この二匹のサソリが、ユーラシアという同じビンの中に入っている。

・露清密約を知らずに、清国がロシアに売り渡した満州から日露戦争で大量の血を流してロシアを追い払って清国に返してやった日本。

・そして、それを当然の如く受け取っておいて、ロシアを侵略国と言わずに日本を侵略国と朝から晩まで非難し続ける中共。

・日ソ中立条約を破って突如満州と北方領土になだれ込んで、七十万の日本人を抑留して重労働をさせて数万人を殺し、今も北方領土に居座るロシア。

・日中友好を掲げて日本に接近し、膨大な援助金を日本からせしめて軍備を増強して台湾とフィリピンとベトナムと我が国の固有の領土を奪おうとしている中共。

・そして、東京やウラジオストックで「晋三、ウラジーミル」と親しげに呼び合っているプーチンは、この中共と南シナ海で合同軍事演習をしロシア空軍機は一日に一回の割で我が国領空に接近してくる。

・ここに、朝鮮・韓国を加えれば、我が国の海を隔てて西に広がる国家群は、恩を仇で返す国々であり、火事場泥棒の国々である。
つまり、彼らと交際し交渉する為には、彼らとの信頼関係を構築しよう指向しても無駄で、彼らが一目置く力を保持しようとするべきである。

以上のことを忘れて、対支那外交、対ロシア外交、対朝鮮外交を続けてはならない。
その外交の背後に軍事力が必要であることを肝に銘ずるべきだ。
結局、習近平もプーチンも、力の信奉者であり、彼らを動かすのは、我が国の軍事力、また、軍事力を背景にした圧力である。

但し、個人的なことを付け加えるが、小生は、ドストエフスキーの「罪と罰」に出てくる娼婦のソーニャやトルストイの「戦争と平和」に出てくる少女のナターシャやプラトンカタラーエフのような農夫が好きである。
結局、ロシアや中共のノーメンクラツーラは、世界中で一番悪質で一番要注意である。

かつて、トロッキーヒゲをはやした勝田吉太郎教授は、授業中に、嗚呼、僕は、あの娼婦のソーニャのような女性に会いたいんだなあ、と言った。
勝田教授の授業で、このことしか覚えていない。
何故なら、同意見だったからだ。

(五)核弾道ミサイルについて核で亡くなった人々の声を聞け

結論、我が国も核弾道ミサイルを保持すべきである。

核については、先日、ICANという世界から核廃絶を目指す為に国際キャンペーンを展開する民間組織がノーベル平和賞を受けて、核廃絶の報道ばかりが為され、我が国が「核禁止条約」に反対であることを非難する論調のみが報道されたので、まず上記結論を記した次第である。

現実に核兵器があり、核弾道ミサイルを実戦で使うために核弾道ミサイルを開発し続けている
独裁国家北朝鮮がある。
我が国の北と東と西と南には、核保有国が並んでいる。
即ち、ロシア、アメリカ、北朝鮮、中共である。
これらの国は保有する核を決して廃絶しない。

では、この事実を前提にして、この現実にある核を如何に抑止するのか。
つまり、如何にして使わせないようにするのか。
例えば、現在の北朝鮮の独裁者に、かつてのソビエトの独裁者に、如何にしてその核を使うことを断念させるのか、断念させてきたのか。
その成功の実例は、一九七七年のNATOの「二重の決断」しかない。
即ち、ソ連の核弾道ミサイルSS20を抑止する為にNATOも核弾道ミサイルパーシングⅡを実戦配備して、相互確証破壊の体制を構築し、その上で、強力な軍縮圧力をかけて、ソビエトにSS20を撤去させた。

この実例は、核を抑止するのは核であることを教えた。
しかし、これは、何も、核に限らない。
銃を持つ強盗に銃を捨てて手を上げさせるのは銃である。
銃を撃てば銃で殺させるから強盗は銃を捨てたのだ。
この意味では核も銃と同じで、既に通常兵器だ。

よって、我が国も、北と東と南の核に対して、相互確証破壊の体制を構築して抑止する為に核弾道ミサイルを保持すべきである。

ICANのノーベル賞受賞報道に、カナダ在住のサロー・節子という被爆者の女性が流暢な英語で核の悲惨さを語り核廃絶を訴えていた。
しかし、生き残っている人で、二度と再び自分たちのような被爆者を生まない為に、核をもつべきだと言う人は、このような核廃絶の集会で発言する機会は与えられない。
従って、報道されない。
同様に、広島と長崎におとされた核爆弾で一瞬のうちに、また、苦しんで死んでいった、数十万の人々は、何を言いたいのだろうか。
私は、思う。
原爆で亡くなっていった人々の中に、二度と再び核の被害によって、自分たちのように亡くなる人々を出さないためには、核を抑止しなければならない。
その核を抑止する力を持つのが核ならば、祖国日本よ、核を保持せよ!と言っている人々がいる、と。

原爆投下の際、呉に駐屯していた陸軍兵士だった江戸屋猫八さんは、直ちに被災者救援のために広島に入った。
その時、動けなくなって沿道に横たわり、また、座り込んでいた被爆者達は、猫八さんら兵士に、口々に、「兵隊さん、仇をとってください」と言った。
後年、猫八さんが、この話をテレビでしたとき、「兵隊さん、仇をとってください、という声が未だに耳に残っている」と言っていた。

(六)サンフランシスコの慰安婦像と大阪市の措置

結論から言えば、大阪市の姉妹都市解消の措置は、中共を喜ばせている。
アホか、中共が喜ぶことをするな。

日清戦争の前から、朝鮮を使って反日の流れをつくるのは支那の常套手段である。
そして、現在、中共は北朝鮮を使って日本とアメリカの離反を計ってきた。
北朝鮮の核開発は、アメリカは核の傘を日本に広げられないということを日本国民に知らせるからだ。
それで、韓国に反日親北朝鮮政権が誕生した。
こんどは、韓国を使えるようになった。
そこで、サンフランシスコ(に限らずアメリカ)で、在住の韓国人を誘って慰安婦像を建てさせれば、日本と韓国のみならず、日本とアメリカの関係にもヒビを入れられて一石二鳥となる。
この中共というか支那人の伝統的な手法に、大阪の兄ちゃんが、のせられたということだ。

では、どうすればいいのか。
ほっとけばいい。
そして、アメリカ人と共に、慰安婦像を眺めて、韓国人は、アホやなあ、これは韓国人特有のウソだ、と話せばいい。
アメリカ人もうなずくはずだ。

ほっとけない人はどうするのか。
せっせと、韓国人をけしかけて、本国では五百羅漢みたいに膨大な数、全米では五百体から七百体くらいの従軍慰安婦像を建てさせることだ。
そうすれば、さすがのアメリカ人も、韓国人のウソと誇張と馬鹿さ加減に辟易するはずだ。
何しろ、アメリカの売春婦で一番人数が多いのは、韓国人売春婦だからである。
アメリカ軍の駐屯地の周りには、韓国人売春婦の慰安所(コリアンバー)が立ち並んでいるんだから。
現実に生きて活動中の韓国人売春婦がうようよいるのに、七十四年前の従軍慰安婦像がにょきにょき建っているのは異様だ。

同時に、我が国政府と海外に出る日本国民全員は、あの像はウソだ、と機会がある度にその設置されている国の人々に伝えるべきである。

(七)相撲協会のこと

肝心要は、我が国の相撲という神事の伝統維持だ。
暴力は駄目だ、というだけでは駄目だ。
どつかなければ、分からん者もいることは確かだ。

親方は、竹刀か木刀を持って稽古を観ている。
この風景、当たり前だったのではないか。
相撲という神事の伝統の継承、立ち居振る舞いの躾け、とはこういうものだと、稽古の場でも示していた。
とはいえ、いつまでも何をしているのか相撲協会は。
その幹部には認証官となった検事長が名を連ねているわりには、日本の伝統を叱咤激励して維持し守るという気迫がない。

事件の具体的なことが、被害者の聴取の遅れとか、貴乃花の行動とか沈黙とか取材拒否で分からないので、これ以上言えないのが不愉快だ。











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「封印された帝国政府声明」

2017-12-28 20:01:14 | 日本

大東亜戦争開戦にあたり、大日本帝国政府が日本国内外(台湾、朝鮮、満州、支那国民政府、タイ王国、南方諸島諸国等)に向けて発した「帝国政府声明文」の全文をご紹介します。
なんとこの声明文は昭和16年12月8日開戦当日に新聞紙上で発表された公の政府声明文でありながら、戦後、67年間封印され続けていたものです。
 

「帝國政府聲明」原文

昭和16年12月9日午前0時20分發表【午後 零時二十分發表】

恭(やうやし)く宣戦の大詔(たいしょう)を奉戴(ほうたい)し茲(ここ)に中外に宣明す、抑抑(そもそも)東亞の安定を確保し、世界平和に貢獻するは、帝國不動の國是にして、列国との友誼(ゆうぎ)を敦くして此の国是の完遂を図るには、帝國が以(もっ)て国交の要義と為す所なり。
 
然るに、曩(さき)に中華民国は、我真意を解せず、徒に外を恃(たの)んで、帝國に挑戦し来たり、支那事変の発生を見るに至りたるが、御稜威(ごりょうい)の下り、皇軍の向かう所敵なく、既に支那は、重要地点悉く我手に帰し、同憂具眼の士国民政府を更新して帝國は之と善隣の誼を結び、友好列国の国民政府を承認するもの已に十一箇国の多きに及び、今や重慶政権は、奥地に残存して無益の抗戦を続くるに過ぎず、然れども米英両国は東亞を永久に隷属的地位に置かんと頑迷なる態度を新たむるを欲せず、百方支那事変の収結を妨碍(ぼうがい)し、更に蘭印を脅威し、帝國と泰国との親交を裂かむがため、策動至らざるなし、仍(じょう)ち帝國と之等南方諸邦との間に共栄の関係を增進せむとする自然的要求を阻害するに寧日(ねいじつ)なし、その状恰も帝國を敵視し帝國に対する計画的攻撃を実施しつつあるものの如く、遂に無道にも、経済断交の挙に出づるに至れり、凡そ交戦関係にあらざる国家間における経済断交は武力に依る挑戦に比すべき敵対行為いして、それ自體默過し得ざる所とす、然も両国は更に與国を誘引して帝國の四辺に武力を増強し、帝國の存立に重大なる脅威を加ふるに至れり

帝國政府は、太平洋の平和を維持し、以(もっ)て全人類に戦禍の波及するを防止せんことを願念し、叙上の如く帝國の存立と東亞の安定とに対する脅威の激甚なるものあるに拘わらず、隠忍自重八箇月の久しきに亙(わた)り、米国との間に外交交渉を重ね、米国とその背後にある英国並びに此等両国に付和する諸邦の反省を求め、帝國の生存と権威との許す限り、互譲の精神を以て事態の平和的解決に努め、盡し、為す可きを盡くしたり、然るに米国は、徒に架空の原則を弄して東亞の明々白々たる現実を認めず、との物的勢力を恃みて帝國の真の国力を悟らず、與国(よこく)とともに露はに武力の脅威を増大し、もって帝國を屈従し得べしとなす、かくて平和的手段により、米国ならびに與国に対する関係を調整し、相携へて太平洋の平和を維持せむとする希望を方途とは全く失われ、東亞の安定と帝國の存立とは方に危殆に瀕(ひん)せり、事茲にに至る、遂に米国及び英国に対し宣戦の大詔は渙発せられたり、聖旨を奉体して洵(まこと)に恐懼感激に堪えず、我等臣民一億鐵石の団結を以て蹶起勇躍し、国家の総力を挙げて征戦のの事に従ひ、以て東亞の禍根を永久に芟除し聖旨に応へ奉るべきの秋なり

惟に世界万邦をして各各その處を得しむるの大詔は、炳(へい)として日星の如く、帝國が日満華三国の提携に依り、共栄の実を挙げ、進んで東亞興隆の基礎を築かくとするの方針は、固より渝(わ)る所なく、又帝國と志向を同じうとする独伊両国と盟約して、世界平和の基調を劃し、新秩序の建設に邁進するの決意は、益々牢固たるものあり、而して、今次帝國が南方諸地域に対し、新たに行動を起すの已むを得ざるに至る、何等その住民に対し敵意を有するにあらず、只米英の暴政を排除して東亞を明朗本然の姿に復し、相携へて共栄の楽を頒たんと冀念するに外ならず、帝國は之等住民が、我が真意を諒解し、帝國と共に、東亞の新天地に新たなる発足を期すべきを信じて疑わざるものなり、今や皇国の隆替、東亞の興廃は此の一挙に懸れり、全国民は今次征戦の淵源と使命とに深く致し、苟も驕ることなく、また怠る事なく、克く竭し克く耐へ、我等祖先の遺風を顕彰し、難関を逢ふや必ず国家興隆の基を啓きし我等祖先の赫赫たる史跡を仰ぎ、雄渾深遠なる皇謨の翼賛に萬遺憾泣きを誓い、進んで征戦の目的を完遂し、以て聖慮を永遠に安んじ奉らむことを期じさるべからず。
 


帝国政府声明(安濃豊による読み下し文)

【午後 零時二十分發表】
 
恭しくも陛下より米英に対する宣戦の大詔が発せられたので、大日本帝国政府は国の内外に対し次の政府声明を発表する。東亜の安定を確保し、世界平和に貢献するのは、大日本帝国の不動の国是であり、それを実現するため大日本帝国は列国との友好を最優先してきた。しかしながら、蒋介石国民党政府は、いたずらに外国勢力と徒党を組んで、我が国に敵対し、その結果、支那事変の発生を見た。しかしながら、蒋介石の反発にも拘わらず、陛下の御威光により、大日本帝国陸海軍の向かうところに敵は無く、支那の重要拠点は、ことごとく大日本帝国陸海軍の占拠するところとなり、大日本帝国と志しをおなじくする人々により、南京に国民政府が樹立され、その支那国民政府と大日本帝国は、現在友好関係にあるのみならず、11ヶ国もの諸国が支那国民政府を支那に於ける正当政府として承認している。そして、これに敵対する蒋介石の重慶政権は、支那の奥地で無駄な抵抗を続けるのみとなってしまった。

こうしてようやく支那に平和が戻ろうとしている情況が出来つつあるのに、米英両国は東亜を永久に隷属的地位に置こうとする頑迷な態度を改めていない。それどころか、米英両国は奸計を労して支那事変の終結を妨害し、オランダをそそのかし、フランスに脅威を与え、大日本帝国とタイ国との親交までも妨害してきた。その目的は、大日本帝国とこれら東亜の南方諸国との共存共栄の道を阻害することである。
 
こうした米英両国の動きは、大日本帝国を敵視し攻撃しようとするものであるが、今回
米英は「経済断交」と言う暴挙を行うに至った。

国家間において「経済断交」と言うのは、宣戦布告に匹敵する敵対行為であり、国家としてそれを黙認できるものではない。

しかも米英両国は、さらに他の国々を誘い込み、大日本帝国の周辺で武力を増強し、大日本帝国の自立に重大な脅威を与えている。
 
大日本帝国政府はこれまで、上に述べたよう米英が大日本帝国の存立と東亜諸国の安定とに対して重大な脅威を与えて来ているにもかかわらず、太平洋の平和を維持し、全人類に戦禍の波及することがないよう堪忍自重し、米国と外交交渉を重ね、背後にいる英国並びに米英両国に附和雷同する諸国に反省を求め、大日本帝国の生存と権威の許す限り、互譲の精神をもって事態の平和的解決に努めてきた。
 
しかし、米国はいたずらに空虚なる原則を弄び、東亜諸国の現実を認めず、大日本帝国の真の国力を悟ろうともせず、武力による脅威を増大させ、大日本帝国を屈服させようとしてきた。その結果、大日本帝国は、平和的解決手段を全て失う事となった。

東亜の安定と帝国の存立とは、今まさに危機に瀕している。それ故米国及び英国に対し宣戦の詔勅が発せられたのである。
 
詔勅を承り、まことに恐懼感激に堪えないものがある。
 
帝国臣民は、一億鉄石の団結で決起勇躍し、国家の総力を挙げて戦い、東亜の禍根(白人支配)を永久に排除、聖旨にこたえ奉るべき状況となった。

世界各国が各々その所を得るべしと言う詔勅は、日星の如く明らかである。
大日本帝国が日満華三国の提携によって共栄の実を挙げ、進んで東亜諸国の興隆の基礎を築こうととしてきた方針は、もとより変るものではない。

また大日本帝国は、志を同じくするドイツ、イタリア両国と盟約し、世界平和の基調を糾すべく新秩序の建設に邁進する決意をますます強固にしている。
 
今回帝国は東南アジア地域に武力進攻せざるを得なくなったが、それは決して東南アジア住民に対して敵意を持つからではない。ただ、米英から東南アジア住民に対し加えられてきた暴政を排除し、東南アジアを白人によって植民地化される前の、明白なる本来在るべき姿へ戻し、ともに協力して繁栄することを願うからである。大日本帝国は東南アジアの住民たちがこの戦争目的を了解し、東亜に新たなる政治経済体制の構築を目差し共に行動することを疑わない
 
今や大日本帝国と東亜の興廃は、この一挙にかかることとなった。全国民は、このたびの戦いの原因と使命に深く思いを馳せ、けっして驕ることなく、また怠ることなく、よく尽くし、よく耐え、それによって私たちの祖先の遺風を顕彰し、困難にあったら必ず国家興隆の基を築いた父祖の光栄ある歴史と業績と雄渾深遠なる陛下の統治を思い、万事にわたってソツがないようにすることを誓い、進んで戦争の目的を完遂し、陛下の御心を永遠に安んじ奉ることを期待する。
 










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「文民統制の放棄!なぜ空母が生まれたか」

2017-12-28 19:59:31 | 日本

「清谷防衛経済研究所」の清谷信一さんが「文民統制の放棄!なぜ空母が生まれたか」
について掲載している。
以下、要約し記す。


海上自衛隊最大の護衛艦「いずも」が3月25日に就役した。だが、全通甲板を持って多数のヘリコプターの運用が可能で、艦砲、対艦ミサイル、対空ミサイルを持っていない事実上のヘリ空母(航空母艦)、あるいは揚陸艦などを兼ねた多目的空母と諸外国では称される艦を護衛艦=駆逐艦と称することに問題はないか。

われわれ日本人は呼称を変えると、あたかも本質まで変わるかのように思い込む性癖がある。戦時中は「全滅」を「玉砕」、「退却」を「転進」と呼び変え、戦後は「敗戦」を「終戦」、自衛隊の前身である警察予備隊やその後の保安隊の「戦車」を「特車」と呼び変えてきた。
近年では「売春」を「援助交際」と呼び変えてきた。これを不思議とも思わないが、外国にはまったく通じない屁理屈でしかない。
筆者は、ヘリ空母や多目的空母の導入自体には賛成だが、このような納税者を謀(たばか)るようなやり方には断固反対だ。


◎自衛隊には2種類の戦闘艦しかない

海上自衛隊では、諸外国で巡洋艦、駆逐艦、フリゲイトなどと呼ぶ水上戦闘艦をすべて「護衛艦」という名称で呼ぶ。これは防衛省の訓令で定められている。自衛隊の艦は「自衛艦」と呼ばれ、「護衛艦」はその中の大分類では「警備艦」に属する。さらに中分類では機動艦艇があり、機動艦艇は護衛艦と潜水艦の2艦種しかない。つまり海上自衛隊の戦闘艦は水上戦闘艦である護衛艦と、水中戦闘艦である潜水艦しか分類上は存在しない。「潜水艦ではないから護衛艦である」と、いうわけだ。

だが護衛艦とは、駆逐艦とほぼ同義語である。海自の護衛艦の種類はDD、DDH、DDGなども略号で称される。汎用護衛艦はDD(Destroyer=汎用駆逐艦)、ヘリコプター護衛艦はDDH(Destroyer Helicopter=ヘリコプター駆逐艦)、ミサイル護衛艦はDDG(Destroyer Guided Missile=ミサイル駆逐艦)、DE(Destroyer Escort=護衛駆逐艦)などと分類される(Dが2つ重なるのは国際的な慣例である)。

つまり海上自衛隊が護衛艦と称している船は、すべて駆逐艦、ということになる(DEは排水量からすれば国際的にはフリゲイトと認識されている)。
「いずも」はDDH(ヘリコプター護衛艦)であるから、諸外国ではヘリコプター駆逐艦となる。だが世界の海軍関係者で「いずも」を「駆逐艦」と思っている人間は皆無だろう。

どう考えてもヘリ空母である「いずも」を護衛艦=駆逐艦と強弁するのは、国際的な軍事常識から外れているだけではく、不正直、あるいは論理的な議論や常識が通用しない相手であると思われる。または何か良からぬことを企んでいるのではないかと勘ぐられても仕方ないだろう。
余談になるが、このような日本的な言葉の言い換えがまかり通るのであれば、以下のようなことをフランスの農家が主張したとしても文句を言えない、ということにもなる。「日本は輸入チーズの関税率が30%と高い。しかし、これは発酵食品であり乳の漬物である。漬物と同じ関税を適用せよ」。

ところがわが国は軍事評論家までもが「『いずも』は空母ではない、護衛艦=駆逐艦だ」と海上自衛隊の肩を持つ。確かに、「いずも」は米海軍の原子力空母のように多数の固定翼機の戦闘機や攻撃機、早期警戒機などを搭載でき、強力な攻撃力を有する空母ではない。だが明らかにヘリ空母であり、広義の意味では空母と呼んで差し支えがない。「いずも」は空母なのか駆逐艦なのかと問われれば、明らかに前者であり、これを駆逐艦と強弁するのであれば見識を疑われる。


◎「いずも」は海上自衛隊の護衛艦中最大

まずは「いずも」の概要を見てみよう。「いずも」は2010年度(平成22年度)に承認された、いわゆる22DDHの一番艦で、旧式化したDDH、「しらね」の後継として建造された。基準排水量は1万9500トンで海上自衛隊の護衛艦中、最大である。すでに就役している16DDHの「ひゅうが」級の1万3500トンよりもさらに大きい。ちなみに諸外国では軍艦の排水量は満載排水量で表すが、海自では基準排水量を使用している。これまた排水量を過小に見せるための姑息な小細工だと思われても仕方あるまい。

DDG、イージス護衛艦である「あたご」級の基準排水量が7750トン(米海軍のタイコンデロガ級巡洋艦とほぼ同じ)、最新鋭の汎用護衛艦である「あきずき」級は基準排水量が5000トンである。最小のDEである「あぶくま」級は2000トンに過ぎない。どれだけ、「いずも」が大きいか理解できるだろう。

建造に携わったのはジャパン マリンユナイテッド。同社の職員も「いずも」の旅立ちを見送った
写真のとおり、「いずも」は各国の空母や強襲揚陸艦と同様に、全通式と呼ばれる飛行甲板を有している。22DDHの「いずも」は、16DDHの「ひゅうが」級と同様に、旗艦として艦隊の高い指揮能力を持つ。また搭載した多数のヘリコプターを使うことにより、高い対潜水艦戦能力を持つ。

運用するヘリコプターは「ひゅうが」級が哨戒ヘリ3機、救難輸送ヘリ1機の計4機に対して、「いずも」では哨戒ヘリ7機、艦上輸送ヘリなど2機の計9機と、2倍以上のヘリコプターを運用できる(実際は10機程度の運用が可能だろう)。また駐機スポットは「ひゅうが」級が4カ所に対して、「いずも」では5カ所に増え、同時にヘリコプター5機の発着が可能だ。

エレベーターは甲板前部中央に20×13メートルのものが、左舷艦橋後部には15×14メートルのものがある(最大30トン弱の運用が可能)。後部のエレベーターは艦橋の後ろの甲板端に裁ち切り型で設置されているため、エレベーターの面積より大きな航空機、たとえば陸上自衛隊の大型ヘリコプター「CH-47」やオスプレイなどを昇降することも可能だ。

飛行甲板はオスプレイや米海兵隊などが採用した垂直離着陸が可能なF-35B戦闘機が離発着地に噴出する高温の排気ガスに耐えられる処理がされている。「いずも」が企画されたのはオスプレイの調達のはるか以前であることから、恐らくは米軍との共同作戦を想定して、このような処理をしたのだろう。

乗員は最大470名で、このうちヘリ要員と司令部要員が併せて270名、そのほかの乗員は200名となっている。幹部(将校)以外の女性自衛官が90名程度乗り込めるような設備(シャワーなど)も備えられている(幹部は個室なので特別な設備は必要ない)。

「ひゅうが」級と大きく異なるのは、車両などの輸送用デッキを装備していることだ。トラックならば陸上自衛隊の標準的な3.5トントラック50台を艦内のデッキに収容できる(飛行甲板含まず)。この場合、ヘリコプターを搭載するスペースはなくなる。このデッキの高さは地対空誘導弾パトリオット(PAC3)が搭載できる前提で設計されている。また、F-35B戦闘機やオスプレイも収容も可能だ。ただ戦車などの装軌車輛は履帯でデッキ床面がこすれるために搭載することはできない。

災害派遣などのヘリコプターと車輛などを混合したパッケージ例としては、艦内デッキにUH-60Jヘリコプターを3機、C-47ヘリコプターを3機収容、飛行甲板に車輛3.5トン・トラックを35輛搭載できる。 

衛生関連では手術室と病室は35床を備えており、長期的な宿泊が可能な収容人員は450名である(「ひゅうが」級は100名)。このため災害派遣や海外での人道援助などにも対応できる。当然ながら揚陸作戦でも大きな威力を発揮するだろう。これら能力は「ひゅうが」級を大きく凌駕しているといってよいだろう。

「いずも」級は「ひゅうが」級にはないほかの艦への給油機能も有している。給油用燃料の容量は航空用燃料と併せて3000キロリットルとなっている。ただし、航空用と艦艇用の比率の振り替えができず、比率を変える場合は工事が必要だ。


◎「いずも」には攻撃用の兵装がない

一方で、武装は貧弱だ。「ひゅうが」級が各種対艦、対空ミサイルなど18発が発射できるVLS(垂直発射装置)、魚雷発射管、アスロック(対潜ミサイル)発射基、短SAM発射基、CIWS(Close in Weapon System:近接防御火器システム)を有しているのに対して、「いずも」級は個艦防御用の多砲身の20ミリ機関砲とセンサーを組み合わせたCIWSが2基と、CIWSの機関砲を11連装の短距離ミサイルに置き換えた近接防御用のSeaRAM2基のみとなっている。

駆逐艦のような対空ミサイルや、艦砲、対艦ミサイル、艦砲、魚雷といった攻撃用の兵装は有していない。つまり、「いずも」級はヘリコプター以外の攻撃手段をほとんど持っておらず、イタリア海軍の「カブール」、スペイン海軍の「ファン・カルロス1世」など諸外国の多目的空母、あるいは多目的強襲揚陸艦に近い。

駆逐艦としての武装を持った「ひゅうが」級ならばまだ「これは駆逐艦である」と強弁できるだろうが、「いずも」級は完全にヘリ空母、あるいは多目的空母、多目的揚陸艦に分類されるものだ。これを空母ではない、駆逐艦だと強弁すれば、世界の海軍から失笑されるだろう。

では、なぜ海上自衛隊は空母を「護衛艦=駆逐艦」と強弁するのだろうか。それにはいくつか理由がある。まず「空母」を開発、調達するとなると世論や国会が煩わしい。次いで海上自衛隊の訓令を変更し、艦種に空母を加えなくてはならない。また防衛大綱も書き換えが必要となる。防衛大綱の別表には自衛隊の主要装備の定数が記載されているが、これを書き換える必要が出てくる。

今の大綱を変えずに「いずも」級を導入するということは(いずも級は2隻導入が決定されている)、閣議決定された防衛大綱の護衛艦の定数54隻を、海自が勝手に護衛艦を52隻に減らして、2隻のヘリ空母を加えたということなのだ。

これは文民統制という意味でも大きな問題だ。問題なのは日本共産党や社会民主党のような左派政党まで含めて、政治家がこれにまったく無関心だとうことだ。「いずも」はもちろん、「ひゅうが」級導入に際して、国会では議論も起こらなかった。つまり「やった者勝ち」だった。
陸自はかつて、73式ジープの「改良型」と称して新型を導入した。だが73式が米国のウイリス・ジープのライセンス品だったのに対して、新型は三菱パジェロをベースとしたまったく新しい車体だった。これはキャデラックを改良するとレクサスになるというようなものだが、これを名称がまったく同じ「73式」、既存車の改良型として国会で承認された(現在は1/2トン・トラックと呼称)。つまり、国会と納税者をだましているのである。「いずも」の件もこれと同じだ。
確かにヘリ空母として導入するためには、政治的な軋轢もあるだろうし、大変な根回しや書類作業が必要だろう。だがそれは民主主義、文民統制のコストである。このような場当たり的な、なし崩し的なやり方を許せば、それがモルハザードを生むことになる。防衛省や自衛隊の政治や納税者を無視した「独断専行」は、その「前例」を盾にとってさらにエスカレーションするだろう。


◎なぜ「いずも」の調達予算が通ったのか

それにしても、なぜ22DDH「いずも」の開発および調達予算がすんなりと通ったのか。当時を振り返っておこう。

かつて16DDH「ひゅうが」の予算要求に際してはかなりの反発があると予想され、当時の石破茂防衛相は「あらゆる質問を想定し、回答を用意していたがまったく質問がなく拍子抜けした」と後に筆者に語っている。22DDHの予算要求に際して疑問を呈したメディアは筆者の知る限り「週刊金曜日」だけである。

政治家が軍事に関心を示さず、防衛省、自衛隊の「やった者勝ち」を放置しておけば、いずれは、満州事変のような「軍部の暴走」が起こる可能性もある。「たかが『軍艦』の呼び方」では済まされない問題なのだ。

「いずも」を護衛艦=駆逐艦として扱うことは、運用上でも問題がある。「駆逐艦」と同じような任務に「空母」を当てることはできない。「いずも」は近接防御兵器しか持っておらず、護衛艦による護衛が必要な艦である。護衛艦ではなく「被護衛艦」である。

たとえばDD(汎用護衛艦)2隻、あるいはDD1隻とDDG(ミサイル護衛艦)1隻というような組み合わせができない。「いずも」と護衛艦=駆逐艦1隻を組ませると、駆逐艦としての攻撃力は1隻分に過ぎず、その1隻は「いずも」の護衛をする必要がある。

そもそも海自に「空母」が必要だったかという議論も本来は起こるべきだった。「ひゅうが」にしても、「いずも」にしてもヘリコプターの最大搭載は大きいが、平時は3機しか搭載しない。であればほかの護衛艦の搭載ヘリを増やせば済んだはずだ。護衛艦の約半分はハンガーに2機のヘリを搭載できるが、予算の都合で1機しか搭載していない。

それであれば、「ひゅうが」や「いずも」ではなく、旗艦機能を付加した護衛艦を建造すればよかっただろう。既存の護衛艦の拡大型ならば調達・運用コストも安く上がる。あるいはDDH建造自体をやめる。つまり護衛艦の定数を減らしてヘリコプターを増やすという選択もあったはずだ。ヘリコプターの稼働率は固定翼機ほど高くない。


◎稼働率が落ちている背景には設備費の問題も

しかも近年は整備費の不足もあって稼働率が落ちている。また有事には撃墜されることもあるだろう。であれば多めにヘリを保有しておくことが必要だ。「ひゅうが」級2隻を建造運用するカネがあれば、多くのヘリを調達し、またそれらの維持費を捻出できるだろう。

だがDDH4隻の開発、調達維持費用で多額の予算が食われてヘリの予算を増やすことはできないだろう。「ひゅうが」や「いずも」に目いっぱいの対潜ヘリを搭載する日はまず来ないだろう。
よしんばDDHを4隻調達するにしても1艦種にすべきだった。2隻、2隻では戦力の定量化が難しい。たとえば現状「ひゅうが」級、あるいは「いずも」級のどちらかがドック入りしているとすると、どちらがドック入りしているのかよって、立てる作戦が変わってくる。同型艦4隻であればそのようなことが起こらない。また開発費や維持費も安く抑えられた。

確かにヘリ空母のほうが、ハンガーが広く整備も楽だし、ヘリ運用余力が生まれるが、多額の開発・建造費までかけてそれが本当に必要だろうか。「いずも」の導入は5階分までしかテナントがいないのに、20階のマンションを建てるようなものであり、予算の効率が非常に悪い。だが、このような議論は国会やマスメディアではまったく起こらなかった。

揚陸作戦や災害救助などでヘリ空母が必要であれば、別途揚陸艦を兼ねた多目的ヘリ空母にすればよかっただろう。そうすれば実質的に護衛艦の数を減らす必要もなかった。実際、諸外国ではそのようにしているし、海自の輸送艦は数が少なく、揚陸能力が低い。であれば仮に揚陸艦が3隻必要であれば、「いずも」級の建造をやめて同じ型の多目的ヘリ空母を4、5隻建造するほうが合理的だ。その方が建造や運用コストが安い。実際、海自は来年度の予算で新型揚陸艦の調査費用を組んでいる。

多目的空母、揚陸艦の類であれば燃料を大幅に節約できる。まず30ノットという高速は必要ない(最近駆逐艦でも27ノット前後の船が増えている)。せいぜい20~25ノットで充分である。であればエンジン出力はより小さくて構わない。またエンジンはガスタービンではなく、より低速で燃費のよいディーゼルエンジン、あるいはディーゼルとモーターを組み合わせた統合電気推進でよい。

そうすれば年間の燃料消費は数分の一に抑えることが可能で、かなり燃費を節約できる。あまり知られていないが、3自衛隊でもっとも燃料代を使用しているのが海自なのだが、燃費の向上にはあまり熱心ではない。

また「いずも」には別の欠点もある。それはほかの艦に給油をする能力が付加されていることだ。これは平時の演習航海では便利だが、有事には極めて危険である。そもそも「ヘリ空母」である「いずも」はほかの護衛艦よりもはるかに多くの航空燃料を搭載しており、被弾をした際の脆弱性が高い。その上さらに艦艇用の燃料まで搭載しているわけであり、守られる対象である被護衛艦の脆弱性が、余計に増している。

給油中の戦闘艦は戦闘ができないし、補給艦との同航を一定時間継続する必要がある。「いずも」が艦隊のほかの艦に給油するということは、同時に艦隊の2隻の「護衛艦」が戦闘行動をとれないことを意味し、この点でも望ましくない。

このような給油機能を持たせたのは、本来必要な艦隊補給艦の数を抑えようというもくろみがあるからだろう。だが「いずも」は燃料や水は補給できるだろうが、弾薬や食料までは補給できない。ハンガーデッキを倉庫にしてヘリで運べば食料ぐらいは運べるが、そうなるとヘリの運用が制限されるし、効率も悪い。それに「いずも」が「ヘリ空母」どころか「補給艦」になってしまう。本来必要な補給艦を手当てせず、「空母」に補給艦のまね事をやらせるべきではない。

給油機能を付加しなければ、「いずも」はコンパクトにできた。そうであれば、建造コストは大幅に安くなったはずだ。同じサイズであれば搭載する航空機や車輌、物資を大幅に増やすことができたはずだ。ハンガーデッキのスペースは限られており、多くの物資や車輌を搭載すれば、その分ヘリの搭載数は減らす必要がある。そうなれば物資の運搬の効率が下がることになる。本来の能力を減じてまで給油能力を付加する必要はない。

問題はほかにもある。やや専門的な話になるが艦首に装備されたバウソナーにも疑問がある。計画当初時点では、ソナーを搭載する予定はなかった。艦隊の中央に位置する旗艦である「いずも」にはソナーは必要ないためだ。「いずも」を「護衛艦」と強弁するために、ソナーを装備したのだろうか。あるいはソナーのメーカーである、NECに天下りの確保のために仕事を与える必要があったからだろう。もし、そうであればバウソナーだけでなく、現在の駆逐艦では装備されることが多い曳航型のソナーも装備するべきだ。


◎海自には「空母」保有の野望がある?

技術的にみれば「いずも」級のソナーと給油機能を外して、飛行甲板にスキージャンプ台を装備すれば、F-35BのようなSTOL戦闘・攻撃機を12機+ヘリを数機ほど搭載する「軽空母」にすることは極めて容易だ。将来「いずも」級を改良するだけで、極めて容易に「空母」が手に入ることになる。海自には将来、空母を保有する野望があると勘ぐられても仕方ないだろう。

2008年に開催された横浜航空宇宙展で、海自の海上自衛隊幕僚監部防衛部の装備体系課長、内嶋修1等海佐(当時)は講演で、将来多目的空母でF-35のような固定翼機を運用するような構想を披露したこともある。

「専門家」である制服組が言うことがつねに正しいのであれば、文民統制は必要ない、ということになる。だが自衛隊の場合、諸外国の事情に無頓着であり、専門家としての見識がかなり怪しい。しかも組織の内向きの政治を軍事的合理性よりも優先しがちだ。

軍事評論家の田岡俊次氏は『月刊パンツァー4月号』で「(自衛官は)自分の職に精通し、練度には定評があるが、勤務した部隊と使ったことがある装備以上の軍事知識を持つ人は、情報分野の幹部を除けばまずまれです」と述べているが、まさにそのとおりで、自衛隊の将校の専門知識は諸外国の将校と比べて著しく低いというのが、20年を超える外国取材の経験からの筆者の正直な感想だ。

それゆえに政治がより大きな見地から、「専門家」にだまされずに、合理的な判断を下す必要がある。また軍事的整合性よりも政治や外交的な判断を優先すべき場合もあり、それらを総合的に勘案して安全保障をつかさどる必要がある。それこそが文民統制なのだが、残念ながらわが国では文民統制は機能していない。






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「自衛隊が空母を持つ日」

2017-12-28 05:32:10 | 日本

「清谷防衛経済研究所」の清谷信一さんが「自衛隊が空母を持つ日」について掲載している。
以下、要約し記す。


防衛省が将来的に海上自衛隊のヘリコプター搭載型護衛艦で運用することも視野に、短距離で離陸できるF35B戦闘機の導入を本格的に検討していることが、政府関係者への取材で分かった。既に導入を決めた空軍仕様のF35A計四十二機の一部をB型に変更する案、別に追加購入する案があり、来年後半に見直す「防衛計画の大綱」に盛り込むことも想定している。

護衛艦であってもF35B戦闘機を搭載すれば軍事的には「空母」と位置付けられ自衛のための必要最小限度を超えるため攻撃型空母を保有することは許されない、としてきた政府見解との整合性が問題となる。中国などアジア各国が強く反発することも予想される。

加速する中国の海洋進出への対処が目的で、当面は滑走路が短い南西諸島での運用を想定し、将来的にヘリ搭載型護衛艦を改修するか新造する。”

この記事を読む限りでは空自か海自か統幕か、どこが要求するのは不明です。現状を考えるに、空自でF-35の追加分をF-35Bで発注し空自あるいは空海共同運用という英国方式で運良して、南西諸島や沖縄あたりに展開させて、いずも級「駆逐艦」で運用するんじゃないですかね。

ぼくは、いずも級は「ヘリ空母」であり、護衛艦=駆逐艦と強弁するのは常識を疑われるし、痛くもない腹を探られるし止めた方がいいと申しておりましたが、蒙昧なマニアだけではなく同業者からも批判されました。

いずも級のコンセプトは「守るフネから守られるフネへ」でした。当初の計画ではバウソナー装備はありませんでした。あれは天下り先確保のために本来不要なNEC製ソナーを搭載したわけです。結果1セット100億円。2セットで200億円の血税が天下り先確保のために浪費された訳です。そのうち下手人の官姓名を暴露しちゃろ。

またいずも級は当初ディーゼルや統合電気推進を採用し、最大速度を28ノット程度にするということも検討されました。それは燃料消費を格段に抑えることができ、燃料槽をミニマイズでき、運用コストを大幅に下げることができるからです。その場合燃料槽は現在の6割程度にできるでしょう。

仮に空母導入しても驚くような話ではありません。
2008年の横浜航空宇宙展で海自の海上自衛隊幕僚監部防衛部の装備体系課長、内嶋修1等海佐(当時)は講演で将来多目的空母でF-35Bのような固定翼機を運用する構想を披露しています。

そして将来のF-35Bの運用も想定されていたようです。飛行甲板はF-35やV-22の運用に耐えられるように耐熱処理が施され、エレベーターも当然そのサイズになっています。また最大2個飛行隊のF-35を搭載できるように設計されています。 これらは米軍との共同作戦を想定したものだよ、ということらしいです。本当かどうか知りませんが。

先に海自が音響艦にクルー制を導入することを朝雲が報じた件をご案内しましたが、これはいずも級を限定的にせよ空母的に運用するためのノウハウ蓄積かもしれません。

仮に護衛艦隊や潜水艦隊にクルー制を導入するならば膨大な人員増か、あるいはフネの削減が必用ですが海自はできないし、やりたくないでしょう。艦長のポストが激減するのには組織として耐えられないし、大幅増員は財務省が許さないし、募集も難しい。であれば空母運用のためと考えるのは決して荒唐無稽ではないかと思います。

「仮に」現在のいずも級を軽空母として運用する場合、F-35Bを1個飛行隊+SWヘリを数機程度であれば十分可能でしょう。特に「浮かぶ前進航空基地」として陸上基地と併用するならば尚更です。

F-35Bは未改修のF-15の後継機として、いずも級を本格的な空母ではなく、例えばいずも級では弾薬や燃料の補給をしかしないとか限定的に空母の機能を持たせた「前進基地」的に運用するのであれば、たいした投資も必要ないでしょう。

ただ早期警戒ヘリは必用でしょう。現用入手可能なシステムはMCH-101にロールオン・ロールオフが可能な英海軍採用の「サーベランス」だけです。であれば海自のUH-Xは101が宜しいということになるでしょう。101も輸入に変更すればMHI提案の60Kベースの機体よりも安くなります。

仮にいずも級をベースに軽空母を作るならば、バウソナーと僚艦に給油する設備を撤去すれば艦内の容積は大幅に減るし、建造コストも下がります。その分のクルーも減らせます。スキージャンプ台をつけても、ソナーを撤去すればバランスも問題ないでしょう。

機関もディーゼルか統合電気推進にして最大速を28ノット程度にすれば燃料槽を劇的に小型化できますから、艦内容積が更に広くなるでしょう。また運用コスト、特に燃料のコストも劇的に安くなります。

またイージスアショア導入によってイージス艦の張り付きのMD対処任務が解除され、「ミサイル砲台」ではなく「駆逐艦」となるのであれば、事実上6隻のイージス艦を新たに調達したに等しくなり、「空母」の護衛艦に回せるでしょう。

あるいはいずも級をベースに、ウエルデッキを装備した米海軍のような「強襲揚陸艦」を建造するのも手でしょう。揚陸艦の建造は既定路線ですから。それだと「空母」ではなくて、「強襲揚陸艦」だよ、といつもの白々しい言い訳も使えることになります。空母のとしての機能はあるけど、揚陸艦。一番艦の名前は「いぶき」ですかね。

ぼくは以前からF-35を導入するのであればA型ではなくB型にすべきだし、軽空母導入もありだと主張してきました。空母導入は結構なのですが、その場合必要性と、運用するに足りる予算、人員の確保、更にはそれによって他の何の予算を削減するのか、キチンと構想を練ってからにして欲しいものです。













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「明治への回帰!これが戦後体制からの脱却だ」

2017-12-27 05:42:47 | 日本

西村真悟さんが「明治への回帰!これが戦後体制からの脱却だ」について掲載している。
以下、要約し記す。



慶応三年(一八六七年)の、徳川慶喜による、源頼朝が創建した鎌倉幕府以来継承されてきた武家の統治権力を朝廷に戻す大政奉還と、それに続く、神武天皇の創業の基(はじめ)に立ち帰らんと宣言する天皇の王政復古の大号令によって、徳川幕藩体制が終焉し、年が明けた慶応四年が明治元年(一八六八年)だ。

そして、明治元年三月十四日に、京都では、「五箇条の御誓文」と「国威宣布の宸翰」が発せられ、同日、江戸(東京)では、幕府側の勝海舟と新政府側の西郷隆盛の談判によって江戸無血開城がなった。
戊辰の内乱はまだ翌年まで続くが、これが明治維新である。
本年は、この明治維新から百五十年、つまり明治百五十年である。

そこで、この明治百五十年に当たり、この百五十年間の流れを概観したうえで、現在を位置づけたい。
そうすれば、明治維新において我が国が遭遇し、そして、克服した国際情勢と同じ情勢が現在の我が国を取り巻いていることが分かる。
つまり、東アジア、朝鮮と支那において、歴史が繰り返されている。

言うまでもなく、明治維新の切っ掛けは、十五年前の嘉永六年(一八五三年)の黒船来航である。
アメリカ東洋艦隊の蒸気機関でモクモクと煙を吐いて動く軍艦(黒船)四隻が、舷側から大砲を出して浦賀に来航し、我が国に開国を要求した。
そして、我が国は大騒動となる。
狂歌に歌われた、「泰平の眠りを覚ます上喜撰(蒸気船)たった四杯で夜も眠られず」である。
上喜撰とは宇治の高級茶のこと。

これに対して、昨年、核開発を続ける北朝鮮が、四発のミサイルを我が国上空に打ち上げたが、黒船来航の時と比べて国民と政府の反応は鈍い。
「泰平の眠りを覚ますミサイル四杯」とはならなかった。
何故なら、現在の我が国は、この北朝鮮の核とミサイルに対処するのはアメリカだと思い込んでいるからであろう。
しかし、当時(嘉永六年)の我が国は、他に頼るものはなく、文字通り、身に寸鉄を帯びずに巨大な外国の武力にさらされたのである。
しかし、実は!現在も、我が国は他に頼るものはない。
国家と国民の命は、自らの力で核とミサイルの脅威から守るしかない。
アメリカ大統領は、サンフランシスコやニューヨークに核ミサイルを打ち込まれる危険を冒して
日本を守ることはない。
我が国が、東京や大阪や京都に核ミサイルを撃ち込まれる危険を冒してアメリカを守ることはないのと同じである。

福澤諭吉は、明治の初期に、国際情勢と朝鮮の状況について次のように書いた。
この福澤が書いた状況と、現在の、核ミサイル大国となってその軍事力を背景にして領域拡大を狙う中共と、人民を抑圧して餓死者がいくら出ようとも核ミサイル開発を続ける北朝鮮の織りなす国際状況は同じではないか。
福澤諭吉の書いたものを読めば読むほど、一衣帯水の西にある支那と朝鮮は、当時と現在、何も変わらない非法治の世界だと思はざるを得ない。

百巻の万国公法は数門の大砲に若かず。
幾冊の和親条約は一箱の弾薬に若かず。

各国交際の道二つ。
滅ぼすと滅ぼさるるのみと云いて可なり。

人間娑婆世界の地獄は朝鮮の京城に出現したり。
我が輩は此の国を目して野蛮と評せんよりも、むしろ妖魔悪鬼の地獄国と云はんと欲する者なり。
 
さて、この明治維新の切っ掛けが黒船来航であることから、明らかなことは、明治維新とは
「国家のサバイバル」、「国家の生き残り」の為に行われたということだ。
つまり、我が国は、生き残るために、「幕藩体制」から近代国家に脱却しなければならなかった。
もし、「幕藩体制」のままならば、我が国は列強の植民地にされ滅亡していた。
明治維新とは国家の生き残りの為の変革だった。

その上で、また指摘しなければならない。
即ち、百五十年後の現在の我が国も、生き残るために、「戦後体制」から脱却しなければならない、と。
明治維新は「幕藩体制」からの脱却で、それから百五十年を経た現在の急務は「戦後体制」からの脱却だ。
この脱却がならなければ、我が国は危うい。

では、「戦後体制」から脱却して、我が国は何処へ行けばいいのか。
結論から言う。
「明治への回帰」である。
明治維新が、王政復古の大号令、つまり「神武創業の基(はじめ)に回帰する」ことを宣言して開始された。
そして、百五十年の円環を経て、現在は、その明治に回帰することが求められている。
 
明治百五十年は、大東亜戦争に敗北した昭和二十年八月十五日で、二つの時代に区分される。
前半の七十七年間と後半の七十三年間である。
前半は「大日本帝国憲法」及び「教育勅語」を以て律せられ、後半は「日本国憲法」を以て最高規範とする。
この後半が「戦後体制」である。
従って、「戦後体制からの脱却」とは、具体的には、「日本国憲法体制からの脱却」である。
 
そもそも、この「戦後体制」即ち「日本国憲法体制」とは、如何にして、如何なる目的で造られたのか。
明治維新のように、我が国家の生き残りの為か?
そうではない。
その、まさに逆だ。
生き残りの逆とは?
つまり我が国、即ち、日本滅亡の為である!
 
昭和二十一年二月の初めに我が国を軍事占領していたGHQ(連合軍総司令部)のチャールズ・ケーディス大佐は、二十数名のGHQの部員とともに「日本国憲法」を書き、自らは、そのGHQが「日本国憲法」を起草する最大の目的である「第九条」を書いた。
そして、後年、ケーディスは、産経新聞の古森義久記者に対して、「第九条」を書いた目的を、
「日本を永遠に武装解除されたままにするために書いた」と、実に率直にあっけらかんと述べた。
書いた本人が、ここまで率直に書いた目的をしゃべっているのに、書かれた方の我らは、大真面目に(アホみたに)、「日本国憲法」が最高規範だと思い込んで学童に教えている。
これが、「戦後」だ!
この「日本国憲法」とくにその「第九条」が、北朝鮮の核を搭載できるミサイルが上空を飛んでも危機感を抱かない「戦後」、つまり「異様な時代」を造っている。
多くの同胞(はらから)が北朝鮮に拉致されていても見て見ぬふりをする「戦後」、つまり「冷酷で残忍な時代」を造っている。
北朝鮮は、「第九条」があるから、日本からの反撃はないと安心して日本の上空にミサイルを飛ばしている。
つまり、「第九条」は、我が国に危機と戦乱と大量殺人を呼び込む最も危険な邪悪な条項であるのに、日本国民の多くは「第九条」があるから平和だと思っている。

反撃しなければ、相手からの攻撃はない、と思っているのは日本人だけである。
相手は、反撃がないと分かれば、安心して執拗に残忍に攻撃して欲望を満足させる文明なのだ。
嘉永六年の、黒船に夜も眠られなくなった江戸の庶民のほうが、「戦後の日本人」より民度が上だ。

「第九条」を書いたのは、ベートーベンではなく、ケーディスだ。
ジョージ・ケナンにあなた方は、日本を共産化してソ連に進呈しようとしていたという噂があるねえと言われ、R・アイケルバーガー中将に彼は、日本人に手本を示した。
それは、空虚な理想主義者は、奢りと腐敗におぼれて自滅するという手本だ、と言われた、アメリカ生まれ東欧系ユダヤ人のチャールズ・ケーディス(一九〇六年~一九九六年)だ。
また、二十三歳の小娘の時に日本国憲法の「二十四条」、「二十五条」そして「二十七条」を書き、それから、書いた書いたと、婆さんになっても得意げに吹聴していたのはウクライナ系ユダヤ人のベアテ・シロタ・ゴードン(一九二三年~二〇一二年)だ。
これらの者が、「日本国憲法」を書いた。
この、正義のない「暗黒」、これが「戦後」の始まりだ。

しかしながら、この暗黒の中に一つの深遠な「光」がともされていた。
GHQとそれに迎合して利得を得る日本人の誰にも消すことができない「光」である。
この外国人が我が国を占領して「憲法」を書いた異様な「戦後」の、まさに始まりにあたり、唯御一人で、國體を守りぬかれ、そして、国民に「明治への回帰」を呼びかけられ、同時に、全国を巡幸されて国民を励まされたお方がおられる。

昭和天皇である。

昭和天皇は、昭和二十年八月十四日の、ポツダム宣言受諾を最終的に決定した御前会議を終えるにあたり、とりすがるように慟哭する死にゆく阿南惟幾陸軍大臣に対して「阿南、阿南、お前の気持ちはよくわかっている。しかし、私には國體を護れる確信がある」と言われた。
そして、阿南陸軍大臣自決の後、たったお一人でその國體護持の行動を開始された。

翌月の九月二十七日、昭和天皇は、敢然とアメリカ大使館にマッカーサー元帥を訪問された。
その時、当初は勝者が命乞いをする敗者を迎えるように開襟シャツのボタンを外して天皇陛下を迎えたマッカーサーは、陛下が退席されるときには、陛下を「ユア マジェスティー」と呼んで見送った。
そして、昭和天皇は、『ふりつもる深雪にたへて色かへぬ松そををしき人もかくあれ』という御製を国民に示されて、敗戦の苦難のなかでも「色をかへぬ松」たれと国民に訴えられ、次に、敗戦後に初めて迎える昭和二十一年の元旦に「新日本建設の詔書」を発せられ、その冒頭に、明治天皇が明治の初めに発せられた「五箇条の御誓文」を掲げられ、この御誓文を以て新しい日本を建設するべしと国民に呼びかけられた。

しかし、戦後は、この詔書に天皇の「人間宣言」というレッテルを貼って、この詔書の、「国家と民族の指針を示す偉大で決定的な本質」を隠したのだ。

よって、「戦後の暗黒」から脱却する為に、我らは、まずこの昭和天皇の詔書を光源として甦らせ、その御主旨を実践しなければならない。

















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「中国化する世界で日本が守るべきもの」

2017-12-26 05:41:25 | 日本

中国と西欧、「文明」として日本に近いのはどちらか。国際政治学者の櫻田淳氏は「日本に近いのは中国より西欧である」という。いま中国を筆頭に、西欧で生まれた「自由、民主主義、人権、法の支配」という近代的価値観を否定する政治勢力が力を得つつある。そうした「中国化する世界」で、日本が進むべき道とはなにか――。


◎封建制を経て「近代」を組み入れた日本

明治期に英国、そして第二次世界大戦後に米国と同盟を結んだ日本の選択は、その「文明」上の特質に照らし合わせて無理のないものである故に、成功を収めたと指摘した。

 日本と米国をふくむ西欧世界との「文明」上の共通項とは、統治に絡む権力の「分散と抑制」に彩られた中世封建制の歳月を経て、自由、民主主義、人権、法の支配といった「近代の価値」の擁護を自らの信条体系に組み入れたことにある。それは、そうした中世封建制の歳月を明瞭に経なかった故に古代以来の「専制と服従」の様相を残す中国やロシアに比べれば、明らかな対照を成している。そして、それこそが、日本人の大勢が抱く「中国中心の地域秩序は受け容れられない」という感情の本質を成すものである。

 ただし、それにもかかわらず、地勢上、日本が「中国の隆盛」に最も近いところで相対しなければならない事情は、何ら変わらない。今後、日本が採る対外姿勢の文脈では、「中国との距離」を見極める感性が一層、大事になるであろう。


◎「アジアは一つ」という壮大な虚構

「中国との距離」を見極める際の一つの前提は、日本と中国が互いに異なる「文明」圏域にあるという認識を徹底させることである。

実は、こうした認識を徹底させた上で中国に相対するのは、決して容易ではないのであろう。長らく他の文明世界との交流が限られた日本の人々の感覚からすれば、中国、あるいは朝鮮半島の人々は、「異邦人」であっても自らとの「異質性」を実感させない人々であることは疑いを入れない。近代以降、日本の人々が「異人」や「外人」として意識してきたのは大概、欧米系の人々である。人種上の相貌、漢字に象徴される言語、端午の節句や七夕の風習を例とする文化体系の多く、さらには「同文同種」や「一衣帯水」といった言葉にはめ込まれた理念もが、そうした「中国は日本に近似している」という感覚を補強する。

しかし、そうした感覚それ自体が、日中両国の行き違いの元になっている。明治後期、岡倉天心が発したような「アジアは一つ」といった類いの言葉は、壮大な虚構なのである。
これに関連して、日本と朝鮮半島二国、特に韓国との摩擦の背景にあるのも、日韓両国の人々が互いに異なる「文明」圏域に身を置いていると認識せずに、互いに自らの基準によって互いを判断する傾向に走っている事実であろう。このことを理解する上で有益なのは、ロー・ダニエル(政治経済学者)の近著『「地政心理」で語る半島と列島』(藤原書店刊)である。ローも書中、中世封建制の有無という観点から日本と朝鮮半島における文明上の相違を指摘しているのである。

「日本と中国・朝鮮半島は互いに相似た空間である」という予断に縛られ、その予断が裏切られることの反動として、互いに対する不信と反発、嫌悪の感情を募らせる。これが現下の東アジア情勢の深層を流れる「心理」であるならば、その弊害は甚だ大きかろう。


◎アイデンティティとしての「価値観外交」

「中国との距離」を適切に測りつつ、中国と向き合うためにも、対米同盟という対外政策上の「軸足」を徹底して固める姿勢が、日本にとっては大事になる。米国という一つの国家との提携を意味するのではなく、自由、民主主義、人権、法の支配といった「西欧」文明世界の流儀に対する共鳴を示している。そして、これは、日本の人々が中世封建制に淵源(えんげん)を持つ自らの足跡に照らし合わせてふさわしくない振る舞いに走らないという姿勢を表しているのである。

故に、安倍晋三第二次内閣発足以降、「積極的平和主義」や「地球儀を俯瞰する外交」の概念の下で披露されてきた対外政策展開は、それ自体としては決してユニークなものではない。この流れに沿って、直近では、「インド・太平洋」戦略と称される日米豪印4カ国提携の枠組みが始動しようとしている。

豪州が米国と同様に「西欧」文明世界の後嗣であるとは、誰でも指摘することである。インドは古来、「西欧」文明世界とは異なる独自の文明世界を成してきたとはいえ、それでも長年の植民地統治を経て「西欧」文明世界の影響を受けた事情は否定しようがない。インドが「世界最大の民主主義国家」として語られることの意義は、インド社会におけるもろもろの負の様相を脇に置いても、決して軽視されるべきではないであろう。

こうした対外政策構想の展開は、日本の人々にとっては、ただ単に「対中バランシング」の政策対応なのでなく、「自分が自分である理由」を確認する縁として、位置付けられるべきものなのではなかろうか。

日本では、従来、こうした対米同盟の「軸足」を固める政策志向は、岸信介内閣下の日米安保改訂から安倍晋三内閣下の安保法制策定に至るまで、それが帯びる軍事上の色彩が濃厚である程、特に昔日に「革新・左派」と呼ばれた層、現在では自ら「リベラル」と称する層の批判を招いていた。

彼らは、東アジアの国際環境の中では、対米同盟の「実質化」を妨げる政策対応が、現在では中国の利益に寄与するものとして働くことを適切に認識していない。しかも、彼らは、歴代自民党内閣の政権運営の「強権性」を批判してきた割には、現在では特に中国の政治風土における「強権性」への批判を鈍らせるのみならず、それに宥和的な姿勢を示している。

加えて、日本の「右派・ナショナリスト」層は、第二次世界大戦における対米敗北の記憶と戦後日米関係における対米従属の意識とに呪縛された結果、対米同盟の「実質化」を図る政策対応には、総じて冷淡なまなざしを投げ掛けてきた。TPP(環太平洋経済連携協定)を「亡国」と評価するが如き議論は、その一例である。

このように、国内世論の分裂のはざまで、「西欧」文明諸国との提携という政策路線の持つ「文明上の意義」が適切に理解されてこなかったのは、日本の国際政治上の「弱さ」を招く一因であったといえるであろう。


◎「リベラルな国際秩序」の孤塁を守る日本

もっとも、目下、ドナルド・J・トランプ(米国大統領)の登場に象徴されるように、「西欧」文明圏域の内側では、自由、民主主義、人権、法の支配に並ぶ「寛容」の信条に動揺が走っている。移民流入とテロリズムの頻発に揺れた「西欧」文明諸国、特に英仏独、オーストリア、オランダ各国における「反動」政治勢力の台頭は、「ポピュリズム」の様相を帯びながら、その傾向に拍車を掛けている。

G・ジョン・アイケンベリー(国際政治学者)は、『フォーリン・アフェアーズ』(2017年5月号)に寄せた論稿の中で、「リベラルな国際秩序を存続させようとするならば、それを支持する世界中の指導者達と有権者達が段階を上げる必要がある」と書き、安倍晋三(内閣総理大臣)とアンゲラ・メルケル(ドイツ首相)に「リベラルな国際秩序」の守護者としての役割を期待したけれども、安倍はともかく、メルケルは去る九月のドイツ連邦議会選挙を経て政治苦境の最中にある。今や、昔日には「政治は三流」と揶揄された日本を仕切る安倍だけが、「リベラルな国際秩序」の孤塁を守っている状態なのである。

年代にも、「西欧」文明世界は、自由と民主主義に係る自らの信条を動揺させていた。現在では『二千五百年史』や『新日本史』といった史書の著者として名を残す竹越與三郎(ジャーナリスト・歴史家)は、その1930年代の空気の中で次のように記した。

「欧州大戦の後を受けて世界は今や動蕩、混乱の最中である。然(しか)しながら近世文明を樹立したる文明人は、必らず、その国家社会を再建するであろうということは、余の信じて疑わざる所である。そして、再建せられたる文明の大建築は、依然として所謂(いわゆる)資本主義の文明であらうことも、また同じく疑わざる所である。それは歴史の示すゴールであるからである。……決して狼狽(ろうばい)してはならぬ。決して失神してはならぬ。自信を以て毅然として邁進せねばならぬ」(竹越與三郎『旋風裡の日本』)。


◎中国の台頭にも西欧の動揺にもたじろがず

竹越は、共産主義思潮が浸透しファシズム気運が隆盛する時代情勢の中で、「自由」に裏付けられ、「デモクラシー」に結び付いた資本主義社会を敢然と擁護した。竹越は、自ら著した日本通史『二千五百年史』書中、江戸後期の情勢を評してこう記した。

「この時にあたりて封建制度はその功益を充分に示したり。……群雄の割拠は王朝の衰弱を来たすといえども、封建の勢いここに成り、人民、土地を私有としてこれを保護するの風を生じ、かくのごときも二百年になんなんとして、国家安康、人民自立の基ここに立ちぬ」

こうした竹越の歴史認識こそは、「人民の自立」を抑圧した共産主義やファシズムに対する彼の嫌悪を裏付けるものであった。竹越は、明治以降の日本の資本主義発展が江戸期以前の封建制を揺籃(ようらん)にしたものに他ならず、彼が接した共産主義思潮やファシズム気運が、日本史の道程と人間の摂理に照らし合わせて相容れないものであると評価したのである。

21世紀に入って20年がたとうとする現下の情勢を前にしても、この竹越の姿勢に倣うことの意義は大きいのではなかろうか。「決して狼狽してはならぬ。決して失神してはならぬ。自信を以て毅然として邁進せねばならぬ」とは、中国の隆盛と盟邦たる「西欧」文明諸国の動揺に直面する当代日本の人々に対し、泉下の竹越が発した叱咤の言葉として、今や響き渡るのではなかろうか。













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「仁徳天皇陵が我らに伝える尊いもの」

2017-12-25 05:50:43 | 日本

西村真悟さんが「仁徳天皇陵が我らに伝える尊いもの」について掲載している。
以下、要約し記す。



私は、我が国黎明期の世界に誇る統治思想を表明した仁徳天皇の御陵としての精神的価値を見直し、さらに、その御陵を拝して、仁徳天皇を十六代として今上陛下が百二十五代であるという我が国の万世一系の天皇を戴く国家としての姿、即ち國體をもっと尊いものと自覚すべしと思う。

大阪府堺市の中心部の丘にある世界最大の前方後円墳である仁徳天皇陵を、周辺の人々は親しく御陵さんと呼んできた。
この御陵さんを南北から囲うように、仁徳天皇の二人の皇子である履中天皇と反正天皇の御陵があり、遙か南の泉佐野市上之郷にある茅渟の宮は、同じく仁徳天皇の皇子である允恭天皇が恋して通った衣通姫(そとおりひめ)の住まいである。
衣通姫は、その美しさが衣を通り抜けて輝いていたと言われる記紀に伝承されている美しい女性である。
 
このように概観すれば、大阪の堺泉州路は、神話の世界とつながる黎明期の我が国の風土をたたえているといえる。

仁徳天皇が、御陵の北十キロのところにある高津の高台に登られて、民のかまどから炊煙が昇っていないのを眺められ、三年間、課税を停止された仁政の故事は、戦前は小学校でも教えられた。
即ち、「百姓の窮乏を察し群臣に下し給へる詔」である。
しかし、注目すべきは、その課税停止から三年を経て、天皇が再び高台に登られたときのことだ。
この時、民のかまどから炊煙が昇っているのを眺められた天皇は、「朕既に富めり」(私は豊かになった)と言われた。
ところが、側にいる皇后からみれば、天皇は、三年間の税収なしで着物を新調できず皇居も修理できなかったので、ボロボロの着物を着て、雨が漏り風が通り抜る皇居に住まわれていた。

それ故、皇后が尋ねられた。
「あなたはボロボロの着物を着て廃屋に住んでいるのに、何故、豊かになったのですか」と。これに対して、天皇は、「私は民の為にある、それ故、民が貧しければ、則ち私も貧しい、民が豊かになれば、則ち私も豊かなのだ」と答えられた(百姓の富めるを喜び給ふの詔)。
この天皇の言葉は、実は、世界政治思想史の奇跡とも言うべき言葉であり、天皇のおられる我が日本にしか現れない言葉だといえる。
ここにあるのは、天皇と民の、支配者と被支配者の関係ではなく、自他の区別がない一つの家族のような関係である。
西洋史を眺めれば、この仁徳天皇の日本的特異性が分かる。
西洋においては、主権在民、つまり、君主ではなく民が主であるという考えは、十八世紀の末になって、フランス人権宣言に現れたものであり、それを彼らは、コペルニクス的転換と呼んでいる。

しかし、我が国においては、第十六代の仁徳天皇が既に表明されているのである。
つまり、この考えかた(思想)は、我が国においては天皇の当然の考え、即ち、神武天皇創業の初めからのものである。
実は、この天皇と民の、他国にみられない関係こそ、明治初期に大日本帝国憲法を起草した井上毅が、古事記、日本書紀そして万葉集などの古典研究に没頭して探求した我が国の統治形態の特色である。

即ち、我が国は「天皇のしらす国」なのだ。

その「しらす」とは、自分以外の物と我とが一つになって自他の区別がなくなって一つに溶けこんでしまうこと、である。
これは、西洋思想にいう、一国の中で主権が君主にあるのか民にあるのかを決定する「主権在民」でもない。
主権在民とは、それ以前の、主権を有する君主が土地と人民を自分の私有物として領有支配することに対して、それを逆転し、主権は君主にあるのではなく民にあるとしただけのことであるからだ。

これは、君主と民は、絶対的に分離された関係であることが前提になっており、我が国の如く天皇と民が一つに溶けこんでしまうという関係ではない。
従って、井上毅は、大日本帝国憲法のなかで、「主権」という言葉を全く使っていない。
 
アメリカ大統領のJ・F・ケネディは、内村鑑三の「代表的日本人」を読んで、米沢藩の上杉鷹山が、フランス人権宣言の以前に、「人民の為に君主があり、君主のために人民があるのではない」とした「伝国の辞」を書いたことを絶賛したが、上杉鷹山は、仁徳天皇によって表明されている我が国太古からの統治思想を表明しただけである。
 
さて、仁徳天皇は、以上のような「免税」だけをされたのではない。
仁徳天皇は、大阪平野に流れ込んで洪水を繰り返す河川を、速やかに海に流し、また、海からの逆流を防いで大阪平野を洪水のない豊かな穀倉地帯とした。
「難波の堀江を開鑿し給ふの詔」である。
そして、この大土木工事が現在の大阪の基盤となっている。
そこで、この仁徳天皇の「免税」と「大土木工事」を総合して判断すれば、これは何か。
これは、現在の「ケインズ政策」そのものではないか。

免税とは人民の可処分所得の増大策であり、大土木工事とは総需要の増大策だ。
これによって、古代の大阪は、現在に至る肥沃な繁栄の平野となった。
西郷南洲は、遺訓のなかで、「租税を薄くして民を裕にするは、即ち国力を養成する也」
と述べているが、これも上杉鷹山と同じように、仁徳天皇の仁政の故事から学んだ識見であろう。
以上の通り、仁徳天皇御陵は、ありがたい「天皇のしらす国」である日本の黎明期において発せられた、現在に至る為政の誇るべき伝統を示す尊い御陵として仰ぎ見るべきなのだ。

仁徳天皇の、民が富めれば自分も富み、民が貧しければ自分も貧しいと言われたことは、天皇は民と一体であり苦楽をともにする関係だということに外ならない。

そして、この太古に表明された民と苦楽を共にするという伝統は、現在の我が国に脈々と生きている。
明治天皇は、日露戦争の際、皇居に暖房を入れられず、食事も兵隊が戦地で食べる質素なものにされた。
側の者が、お体にさわるのでせめて暖房を入れていただきたいと言うと、明治天皇は、兵は極寒の満州で戦っておる、と言われて暖房をお許しにならなかった。

昭和天皇は、連日の東京大空襲の最中においても、断固として東京に留まられて松代の地下壕に疎開されなかった。
今上陛下は皇后陛下と共に、東日本大震災に際し、皇居の暖房と燈火を消されて生活され、幾度も幾度も被災地を廻られ、全身全霊を込めて被災者を励まされた。

この今上陛下が、  既に八十を越え、幸い健康であるとは申せ、次第に進む身体の衰えを考慮する時、これまでのように、全身全霊を以て象徴の務めをはたしていくことが、難しくなるのではないかと案じていますとの、お言葉を発せられて皇太子殿下への御譲位を決意された。
謹んで承るべきお言葉である。
私は、早朝、仁徳天皇の御陵に参るとき、天皇皇后両陛下のご健勝を、切にお祈り申し上げる。















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「ガンになったら払わなくてもいい「お金?」

2017-12-24 06:02:17 | 日本

癌になったら払わなくてもいいお金がある。

「身体障害者手帳」の利用である。
知らないと損をする。
また、自分で申請しないと誰も教えてくれない。


◎「身体障害者手帳」と手続き
 
「身体障害者手帳」とは、都道府県や政令指定都市・中核市などの自治体が、身体に障害のある人に交付する手帳で、公的な身体障害者向け福祉サービスを受ける際に必要となる「証明書」です。
ざっくりいうと、住んでいる市区町村の障害福祉の担当窓口 (福祉事務所や福祉担当課)で、指定医に「身体障害者診断書・意見書」を書いてもらい、所定の申請書で申請します。
この指定医というのは県知事が指定した医師のことで、どの医師でもいいというわけではありません。
 
◎障害年金受給の可能性も
 
癌と診断されたのが20歳以上65歳未満で公的年金をきちんと納付していて、癌治療が長期化することになった場合、障害年金が受けられる可能性が出てきます。
この障害年金は癌と診断された日から1年6ヶ月が経過した段階で、日常生活に著しい制限を受ける状態になっている場合受給が可能になります。
大腸癌の手術をして人工肛門を造設したり、癌の手術の結果身体に変化が生じQOLが低下する、抗がん剤の副作用から生じる倦怠感や末梢神経にしびれ(うちの父が訴えている症状です)でも障害年金の受給の可能性があるようです。
 

◎癌になったら控除や助成の対象になるもの

・NHKの受信料
身体障害者手帳1級または2級を持っている人は、受信料が半額になります。
 
・携帯料金の支払い
身体障害者手帳の受給者であれば、携帯の基本料金が割引になります。
NTTドコモは月1700円引きです。
 
・通院のためのタクシー代
タクシー代や電車賃が医療費控除の対象になります。
身体障害者の認定を受けていれば、助成金を配布している自治体もあります。
 
・高速道路の通行料金
身体障害者手帳を受けていれば、有料道路の通行料金が半額になります。
 
・水道などの公共料金
世帯に身体障害者の受給を受けている人がいれば、水道料金が50%以上も割引になる自治体もあります。
 
・飛行機の料金
要介護認定を受けている人やその家族に航空券の割引制度を設けています。
航空券の割引のところを見るとのっています。
 
・公共施設の入場料
美術館・映画館・温泉・動物園なども身体障害者手帳の割引対象になります。
 
・自動車税・自動車取得税
障害者認定を受けた場合、自動車税は年間で最大4万5000円減免になります。
また自動車取得税も割引が適用されます。
 
・あんま・マッサージの治療費
治療目的であんまや鍼灸師の施術を受けた場合は医療費控除の対象になります。
 
・松葉杖の購入費
松葉杖や車椅子のレンタル代金も医療費控除の対象になります。
 
・住宅改造の補助費
介助のためなどで住宅を改造した場合など補助の対象になります。
浴槽では最大10万円の助成金があります。
 
・月57600円〜月10万円以上の治療費
これは所得により違うのですが「高額医療制度」を使えば、手術代なども10万円以内でおさまることがほとんどです。
 
これ以外にも利用できる制度はありますし、癌以外の病気の場合でも使えます。
こういうことを知っていることで、病気にかかった時の「お金」の苦労が少しでも軽減されればいいなと思います。 












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「悲惨極まりない中国人の老後、失踪死亡が多発」

2017-12-22 06:01:38 | 日本

~社会保障がなく、子供にも頼れなくなった老人の行く着く先~ 
末永 恵さんが掲載している。以下、要約し記す。



今や日本を抜き、世界第2位の経済大国に伸し上がった中国。高齢化でも日本を追い越し、「中国は世界で最も高齢化が進む国になるだろう」(中国政府)と自ら警告しているほど深刻だ。
世界銀行などの報告書によると、中国の65歳以上の人口は1億5000万人ほどで、すでに先進国の中で最も高齢者人口が多いという。
2030年には、60歳以上の人口が4億人を超えると予測され、中国政府のこれまでの未整備な社会保障体制を根幹から崩す大きな打撃となるのは必至だ。


◎村や町からいなくなる老人たち  「老人失踪」――。
 
新たな高齢化問題が、最近中国で大きな社会問題になりつつあり、国の行く末も左右する事態に発展する危険性を帯びている。
 
高齢者の失踪問題の深刻さは、年間1万人超(警察庁統計)が失踪している日本のそれとは比較にならないほどだ。
 
11月末、初めて鹿児島県で、日中韓3か国の政府や産業界から約300人が出席した「環黄海経済・技術交流会議」が開催された。
 
東アジア経済域での技術やサービスなど経済交流を目的とする会議だが、最も関心が高かったのが高齢化の問題だった。高齢化は韓国でも顕著で、高齢者の貧困や虐待が社会問題になっている。
 
会議に出席した中国・大連市の関係者は、「大連市は人口が約700万人。その約2割の約140万人が高齢者。その数は、今後、増加していくだろう」と危機感を募らせた。
 
そして、こう付け加えた。
「世銀などでは中国の高齢者人口は1億5000万人というが、実際は2015年の時点で、2億2000万人ぐらいでしょう。中国全体では、高齢化のピークとされる2055年には高齢者人口は5億人にも膨れ上がると懸念されている」

さらに、「2年前に廃止された一人っ子政策などの後遺症ともいえる新たな問題も浮上している」と日本とは違う“老人失踪”の背景や実態も明らかにした。
 
それによると、中国民生部傘下の研究機関、中民社会救助研究院の調べでは、 中国では、「毎日1300人以上の高齢者が行方不明になり、年間で50万人以上に上る」とされており、実際は、さらに多いと言われている。


◎一人っ子政策と社会保障制度の未整備が原因
 
行方不明者のうち約80%が65歳以上で、「中国の将来において、無視できない社会問題」(同研究院)とその深刻さを政府機関も認めるほどだ。
 
それは、中国の急速な経済発展、工業化による中国の「『孝』の文化の消滅」と「失独老人(子供=1人をなくした親)=失独者の中国政府の老後保障の失敗」によるものが大きいという。
 
小都市や農村部の若者は、豊かな生活を求め大都市に移住し、「親孝行」をする余裕も価値観も失った。
 
さらに中国政府が推進した一人っ子政策の“副産物”の2000万人とも言われる失独老人の老後は、保障すると約束した中国政府の失政で実現していないことが背景にある。
 
そしてこれこそが、中国で大量に発生している高齢者の失踪を後押ししているというのだ。
 
特に、人口が大量流出している中西部では、“老人失踪”大量発生の村も出没しているほどだというから、驚きだ。
さらに特筆すべきは、こうした高齢化問題は、これまで小都市、農村部の問題とされてきたが、2015年の老年人口統計の分布図では、「52%が都市部」「48%が農村部」という新たな実態が明らかになった。

 
2000年当時には、「34%が都市部」「66%が農村部」だったのが、この約20年で、高齢化=農村部の問題とする常識が覆された。
 
農村戸籍の解消も影響し、農村部の高齢者が社会保障が充実した都市部へさらに流れ、高齢化問題は、将来的には都市問題として中国の深刻な国家問題に発展するだろうと思われる。


◎失踪者の10%が死亡
 こうした深刻な社会問題を浮き彫りにする現象も起きている。
 中国の有数なニュースポータル「今日頭条」には、高齢者の行方不明者の家族による捜索願いなどの尋ね人のコーナーが掲載されるようになった。だいたい4000件前後が掲載されている。
 
しかし、こうした捜索願の甲斐なく、死亡が確認される場合も増えており、死亡率は全体の約10%にも達すると言われているほどだ。
 
中国の学者らは、「中国の高齢者人口は将来的に5億人に達し、老後の生活保障が中国の最大の問題の1つになるだろう」としながらも、「『老人を世話、養う』『老後のために、子供を産み、育てる』といった中国人の伝統的な考え方は経済成長で消滅し、代わって、『利益を重視し、礼を軽視する』、実質的な利己主義が台頭してきた」(中国人民大学の周孝正教授)と、保障問題以前に、中国人の理念や価値観の大きな変化に警笛を鳴らす。
 
中国の武漢大学の報告書には、こうした懸念を裏づける実態が明らかにされている。農村での高齢者の自殺のケースで、以下のように記されている。

「農村に暮らす危篤の父親に面会するため1週間の休みを取って、都市部から息子が帰省したが、数日経っても父親が亡くなる気配がないため、息子は『死ぬのか、死なないのか?』『葬儀も休暇の日程に入れているのに』と父親に迫った。その直後、父親は自殺した」――。
さらに、中国共産党が40年間にわたり進めてきた一人っ子政策が高齢者の失踪問題のもう1つの原因と指摘する学者は「中国では一人っ子政策のため、老齢化の過程が加速化した。しかし、高齢化への社会保障制度などが欠如し、その双方のギャップが老人失踪を急増させている根本的な原因」(中国労働関係学院の王江松教授)と指摘。

その中で、高齢化問題が今後、都市部の大きな問題に発展する背景には、医療や年金などの社会保障が農村部では欠如し、整っている都市部への流入をさらに招くからだと予測。
 
「孤独で誰も世話をしてくれる人がいない。街頭では物乞いし、逃げ道を求めた結果、流浪し、失踪していく」とその実態を憂慮している。
 
中国政府は、2013年に高齢者の権益保障に関する法律を可決させたが、実態の改善には残念ながら、全く役立っていないようだ。


◎中国共産党が倒れない限り老人の苦しみは続く
 
それどころか、海外に移住した中国人の作家の何哲氏はこう言う。
 
「中国共産党は人民のための政党ではなく、彼ら自分たちのための政党。老人問題など解決できない」
 
こう批判したうえ、「老人の老後保障は国家の政治制度そのものに由来する。よって、中国共産党が崩壊しない限り、解決できない」と指摘。
 
中国は日本の大学を含め、世界に孔子学院を設立させて、その中華大国の理念や哲学、価値観を知らしめる国策を展開している。
 
しかし、孔子の弟子、子路が百里離れた場所から、自らの親のためにお米を背負っていった親孝行の故事は、その政府の思惑とはかけ離れてしまった。
 
現代の中国共産党統治下の中国人の若者には、この故事は到底理解されず、生きる手本にもなっていないことを皮肉にも世界に露呈してしまっているようだ――。








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「君が代から神が代へ」

2017-12-22 06:01:38 | 日本

滝沢泰平さんおブログ「天下泰平」に新書「君が代から神が代へ」 の紹介がされていた。
大変興味深い内容である。是非、拝読したい。
以下、要約し記す。


<著者 森井啓二>
専門は動物の統合診療医&外科医。東京生まれ。北海道大学大学院獣医学研究科卒業後、オーストラリア各地の動物病院で研修。1980年代後半から動物病院院長として統合医療を開始。40年前にクリヤヨギたちと会う。クリヤヨガ実践



釈迦が自己覚醒の道へ導いた「四門出遊(しもんしゅつゆう)」の逸話にのっとり、人生において避けては通れない四つの苦(老、病、死、生)を森井先生が独自の視点で解説しています。

老、病、死、生。

あまりにシンプルで誰にとっても身近な存在であるだけに、どの章も具体的にイメージができ、そして目から鱗の視点がてんこ盛りであります。


◎「老」の章

「老化の真の原因は、エネルギー体から肉体へのエネルギー供給量が減少していくことにあります。」

「若い頃は肉体とエーテル体が密着しているために、エネルギー供給が十分にあって、身体的活動が活発になります。でも、歳をとるにしたがってエーテル体は肉体と少しずつ離れていきます。そのため、いままで肉体に供給されていたエネルギーは減少し、そのエネルギーはエネルギー体の中に留まるようになるのです。
例えば、肉体の眼に供給されていたエネルギーは、加齢と共に徐々に、死の次のステージの準備のためにエーテル体の霊眼へと、エネルギー供給がシフトしていくのです。その結果、肉体の眼の代謝は低下していきます。
同じように、耳が遠くなってしまうのも、死後のステージの準備のためにエーテル体の霊耳へとエネルギー供給がシフトしていくことによります。」

「肉体の老化とは、肉体へ流れるエネルギーの量が減少していき、エネルギー体へと留まった状態なのです。」

「誕生、成長、そして老化のプロセスは、地上での寿命が約100年という極めて短期間に地上で効率よく学び、それを魂に還元していくとても効率よく、完璧な方法です。」

「だから、老化を嘆く必要は全くありません。」

「もし、歳をとること=病気になることなどという間違った認識を持つと、心をネガティブにしてしまい、不必要な老化を加速させる要因となります。また、必死になって、見た目だけを若く保とうすることは、老化をネガティブなものと考えてしまった結果です。」

「私たちが旅に出る場合、まず旅の準備を始めます。旅先で必要な準備を事前にしていき、準備ができた時点で旅立ちます。その準備によって快適に旅することができるのです。
老化もそれと同じこと。本来の人としての自由のある死後の活動のために、ゆっくりと着実に準備をしているのです。」

老化の真実は、肉体の衰えではなく、そもそも人間は目に見える肉体と目に見えないエネルギー体との複合体であり、エネルギー体からのエネルギー供給の減少が老化の原因であると。

ただ、だからといってエネルギー体のエネルギーも減少するかといえば、むしろ逆であり、肉体としての役割を終えたら、本来の見えない世界へ戻るために、エネルギー体の方はもっとエネルギーが補充されていく。

老いるという1つの現象にしても、目に見える世界と目に見えない世界の両方からの視点でバランスよく考察しないと、いまの物質主義に偏った世界においては、まったく捉え方が異なってしまい、肉体だけでなく、心や精神までもが本当に老いて、やがては病んでいきます。


◎「病」の章

「そもそも病気とは、心に思うこと、感じること、言葉で話すこと、食べることや様々な行為などの生き方のどこかが自然の摂理に反している場合に、生命エネルギーの流れが停滞し、それによる調和の乱れが肉体に反映されて引き起こされるもの。つまり病気は、生体まるごと全体の履歴書になっているわけです。
だから、それを無視して、薬の服用だけで症状だけを抑圧しても、根本的な問題解決にはならないのです。」

獣医師であり、自然医学の道を極めた森井先生だからこそ、シンプルですが、とても説得力のある解説であり、より自分自身が信じている病気のあり方、薬の存在についてを確信させられます。

続いて、高齢化社会において、これからますます多くの方が向き合っていくことにもなる「死」について。


◎「死」の章

「それにしても、なぜ多くの人が『死』をすべての終わりと考えてしまうのでしょう。
『死』という現象をすべての終わりと考えるのは、私たちが持っている分離感が原因だと思います。ただ、はじめから過去世に渡る記憶があれば、その分離感はとても薄いものになります。
自分は、周りの世界から独立していると信じる分離感から『死』への恐怖が生まれます。自分は、肉体と精神と魂が分離した状態で存在するという分離感から『死』という概念が強調されてしまいます。そして、この世とあの世を、全く分離した世界と考える分離感から『死』を特別なものと見なしてしまうのです。」

「しかし、突き詰めていくと、その恐怖は『死』そのものに対するものではなく、『生』を失ってしまうことへの恐怖だということが分かります。そして、このことを逆説的に見ると、『死』があることによって、『生』とは、いつかは失われてしまう、かけがえのないとても大切なものだという認識が心の中に刻まれることになるのです。
深い瞑想状態においては、すべての分離感が消え、あらゆるものが永遠の今であり、『死』という概念が意味をなさないものとなっていきます。でも、その段階に至るまでは、『生』を無駄にすることのないよう、『生』の中に没頭できるよう、分離感は必要なものなのです。」

「過去の『死』と『誕生』をある程度覚えている経験からすると、誕生の時の方が、よほど勇気が必要だったように思えます。
例えるならば、『誕生』は、まるで困難な道へと入っていくような感じ。『死』は、逆に冒険を終えて、家に帰ってくるような感じでしょうか。」

「お葬式は、人生の卒業式です。
物質界に生まれてくることは、学びのためにこの世に入ってくる『入学』であり、死は業(カルマ)を修了した『卒業』という言葉で表した方が適切なようです。」


◎「生」の章

ここでは男女のパートナーシップ、結婚についても触れられています。

「若いうちの結婚は、見た目や社会条件や、肉体的な欲求に大きく左右されやすく、お互いに相手の体と愛を求め合う傾向があります。若いうちから、魂レベルを一生に渡って一致させる相手を見つけ出すことはかなり難しいのです。
年を重ねて、ようやく魂レベルでの一体感や精神性の高い理想を優先して、相手を見極めることが出来る時期がやってきます。

愛を求め合うのではなく、愛を与え合う関係。

そして、人間的な愛で結ばれる関係から、霊的に高められた磁力で結び合い、お互いの霊性を高め合える関係へ・・・。

若いうちが『結婚』だとしたら、年配では『結魂』。

結婚は、二人が愛の世界にいること。
結魂は、二人が神の中にいること。

そもそも結婚という形態の真の目的は、女性の感性と男性の理性をお互いに調和することによって神を知ることだと思います。」

こういった普遍的な真理の情報がてんこ盛りの上下巻。

きっと読みながら自分自身のこれまでの価値観がガタガタ崩れ落ちたり、つい数秒前まで不安に思っていたことが急に頭からも消え、なんとも言い難い安堵感に包まれる方もいると思います。

それほど、老・病・死・生は、人にとって潜在的にも顕在的にも大きな影響を日々与えているものだと思います。


◎「瞑想」の章

クリヤヨガの達人、瞑想の専門家の中の専門家による瞑想指導。











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「日本とベトナムが兄弟のようによく似ている理由」

2017-12-21 05:52:28 | 日本

知れば知るほど親近感が湧いてくる国。川島博之さんが掲載している。



ベトナムは東南アジアの国。「ベトナム戦争」「ホーチミン」「社会主義」、普通の日本人が思いつくのはそれぐらい。それほど関係のない国だと思っている。しかし、実はベトナムは日本とは兄弟と言ってもよいくらいよく似ている国である。
 
そもそもベトナムを東南アジアの国と考えること事体が間違っている。ベトナムはその歴史において、朝鮮半島や日本と同様に中国の強い影響下にあった。その結果、インド文化の影響が大きい東南アジアと考えるよりも、東アジアの国とした方が理解しやすい。
 
実際にベトナムは日本や朝鮮半島と同様に漢字文化圏である。首都ハノイは「河内」、ホーチミンは「胡志明」、漢字による表記がある。現在はフランス人宣教師が考案したローマ字による表記が用いられているが、漢字は第2次世界大戦前までごく普通に使われていた。チューノムと呼ばれる漢字を変形した文字も作られている。日本が“かな”を作ったのと同じ感覚だ。


◎静かに根付いている仏教
 
日本もベトナムも宗教や道徳の根底に大乗仏教と儒教がある。それを“ゆるく”受容した点において両国は似ている。
 
ベトナムは日本や朝鮮半島と同様に大乗仏教を中国から輸入した。タイやミャンマーも仏教国であるが、彼らは上座部仏教徒であり大乗仏教とは異なる。その違いを簡単に説明することは難しいが、通俗的な解説をすると、上座部仏教徒は仏教に対する思い入れが強い。タイやミャンマーの人々は自分たちを仏教徒だと強く考えている。
 
それに対して中国を経由した大乗仏教では仏教に対する思い入れが弱い。多くの日本人はお葬式の時だけ仏教徒である。ベトナム人もこの辺りの感覚がよく似ている。
 
唯物論を奉じる共産党は仏教を弾圧していない。その結果、ベトナムには仏教寺院が多数存在して参詣する人も多い。お葬式だけでなく結婚式も仏式で行う人が多い。ただ、仏式で結婚式を挙げた人も、熱心な仏教徒ではない。日常生活では忘れている。その辺りの感覚は日本人にそっくりである。


◎政敵を完全には追い詰めない
 
そして、ベトナムは日本や朝鮮半島と同様に、中国から儒教を輸入した。その結果として、年長者を敬う感覚が存在する。
だが、儒教を輸入しても、それは朝鮮半島の人々とは少々異なる。朝鮮半島の人々の行動様式は強く儒教的である。儒教では善悪を峻別する。“悪は悪”“善は善”である。その感覚の延長で敗者を徹底的に痛めつける。

昨今の朴槿恵に対する裁判を見ていると、「韓国は儒教の国なのだな」との思いを強くする。前大統領を逮捕するだけでなく、囚人服を着せて容易に保釈しない。65歳にもなる女性に対して、この仕打ちである。中国で政争に敗れた薄熙来や周永康に対する仕打ちによく似ており、峻烈である。それが儒教なのだろう。
 
中国文明の中心は黄河流域。歴代の首都は常に黄河流域にあった。そこは雨が少なく、小麦地域である。朝鮮半島も雨が少なく寒冷でコメ作に向かない。儒教はそんな地域に向いている。そして、朝鮮にはインドから輸入した仏教が根付くことはなかった。
 
一方、日本は儒教の影響を受けたが、それを全面的に受け入れることはなかった。むしろ、誰でも「南無阿弥陀仏」と唱えれば浄土に行けるという“大乗的”な考えを好んだ。
 
朴槿恵と同じく汚職で逮捕された田中角栄は短期間で保釈されて議員を続けた。そして現在でも人気がある。彼を悪人だと思っている日本人はほとんどいないだろう。日本では政敵も悪人も死ねば浄土に行く。敵を一方的に追い詰めることはしない。そして独裁を嫌う。“なあなあ”文化の中で、誰が物事を決定しているのかよく分からない。責任の所在も不明確。よく言われる日本の特徴である。
 
まさにその“ゆるい”文化がベトナムにも存在する。先日、汚職のためにディン・ラ・タンが逮捕されたが、タンは汚職を摘発されてホーチミン市長を更迭された後も1年以上にわたって政府の別の要職に留まっていた。なかなか逮捕されないのだ。

ベトナムには中国のチャイナ7に相当する政治局常務委員が19人もいる。そして、共産党書記、国家主席、首相は役割を分担しており、序列一位と言っても共産党書記の力は限られる。現在のグエン・フー・チョン書記長の政敵であり、タンの親分とされ2年前に失脚したグエン・タン・ズン前首相は逮捕されることなく故郷に帰り、未だに豪奢な生活を続けている。

政敵を完全に追い詰めないのがベトナム流である。この辺り、タクシン元首相やインラック前首相が亡命を強いられたタイや、ロヒンギャと仏教徒の間で深刻な対立が続くミャンマーとは異なる。


◎日本人とは異なる中国に対する感情
 以上のようにベトナムと日本はよく似ている。ただ、ベトナムは中国と陸続きであり何度も侵略を受けたことから、中国に対する感情が日本人とは異なる。
 
ベトナムは中国の強い影響下にあったために、今でも中国との関係に敏感にならざるを得ない。日本でも首相や外務大臣が中国に対してちょっとでも下手に出ると、「右寄りの人々」から朝貢外交との非難が飛ぶ。それは中国を強く意識していることの裏返しなのだが、ベトナムにもそのような感情が強く存在する。はっきり言って、ベトナム人は中国が大嫌いである。
「安倍首相は中国が嫌いなようだが、首相が変われば田中首相の頃のように中国と仲よくするのではないか」 ベトナム人は現在日本が中国に強硬な態度で接していることを好ましいく思いながらも、心のどこかで日本の変節を心配している。
 
交通手段の発達により両国は近い国になった。飛行機に乗ればハノイまで約5時間である。ベトナムは中国の次に近いアジアだ。もっと仲よくしてもよいと思う。











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「平和主義で成り行かない日本②」

2017-12-20 05:55:07 | 日本

◎実戦的な演習でなかった一例

筆者の現役時代の兵站訓練の一場面を紹介して、自衛隊が置かれた状況の参考としたい。当時はソ連の北海道侵攻が懸念されており、千歳近くの後方支援の本拠地から、有事には旭川周辺に進出して前方補給点を開設して支援する計画になっていた。

ほとんどの制服自衛官は前方に進出して第一線部隊の支援に当たるため、本処から前方への補給品追送は残留した技官や事務官に依存することになる。
ところが、現実には彼らには自衛隊車両の運転が許可されていない。実戦を意識した普段の訓練になっていなかった一例である。

念のために申し添えると、これは20余年も前の話しで、既に多くは改善されていると思いたいが、必ずしもそうばかりとは言えないようである。

丹念に防衛政策に関係する資料や報道などを調べている樋口氏は、「特に問題なのは燃料や弾薬の備蓄・補給などの後方支援(兵站)体制、そして後方支援分野の自衛能力である」という。

念を入れて「平時の訓練を支えることはできても、しかし実戦を考えれば、規模の過小さや冗長性の不足は致命的である」とも書いている。

また、筆者が自衛隊幹部と接触して聞いた話や、防衛官僚で自ら防衛政策に関与してきた関肇氏が勇気を奮い立たせて著した『役に立たない自衛隊、だからこうする』(平成22年刊)には「日本の防衛に関する考え方は異常だ。自分の手を縛ることが平和だとしている」「自衛隊の現状も、防衛が可能な姿にあるとは思えない」などと述べる。

予算の制限と装備の多様化で、ホークやSSM部隊の中隊長は在任間、実弾の射撃指揮を行えない場合さえ出現している。

旧軍の指揮官は砲弾の飛翔音の大きさなどから砲種や距離・方向などを判別するまで演練したとも聞いたことに比すると、関氏の発言も現実味を帯びてくる。

先進国のほとんどの軍事予算が対GDP比2~3%前後である事実からも、教育訓練の練度維持・向上や編制装備の充足・更新などには、これくらいが相当であるという証左であろう。

樋口本でも分かるように、米軍も撤退する代わりに日本に対GNP(当時、国民総所得)比3.5~4%を求めていた。

世界最強の軍隊を目指すとしている中国との格差は広がるばかりである。これは日本の安全にとり、空白域が生じることを意味し危険である。空白域を広げないためにも、これまでの対GDP比1%前後から、2%を目標に国民的合意を得る必要があろう。

日本では国民皆兵どころか、戦後の70余年間は軍事忌避が続いていたと言っても過言ではない。

災害派遣などで、自衛隊への認知は高まり、世論調査などからは90%以上が親近感を抱いているとされる。しかし、それは災害復旧などに尽力する自衛隊への認知で、国防に対する認知ではない。

◎「平和主義」がもたらす弊害

古代ローマでは「汝、平和を欲するならば戦いに備えよ」という諺があるそうだ。日本は平和を欲してきたが、戦いに備えることは怠ってきた。

米国の大学を卒業後、日本の大学院で学び、在沖米海兵隊政務外交部次長に就任し、東日本大震災ではトモダチ作戦の立案にも携わったロバート・エルドリッヂという人がいる。

氏は日本の自衛隊は装備の面はとても優れているが、体制や人員配備などのソフト面では課題があるという。

また、実戦経験がないために、いざという時、危機管理体制や指揮体制がちゃんと機能し、素早く正しい判断ができるかは分からないと疑問を投げかけている。

実戦云々となると自衛隊は誰一人経験していないわけで、何とも返答のしようがない。イラクや南スーダンに派遣された隊員は幾分かの戦場雰囲気を感じ取ったかもしれないが、決して実戦場裏ではない。

氏はまた、日本人の愛国心のなさもつくづく感じたようだ。

大学院時代、台湾海峡危機が起き、論文の翻訳などを手伝ってくれていた日本の同僚に「日本が攻撃されて、侵略された場合、戦いますか」と聞いたところ、「いや、戦わない」と答えたそうで、「大変驚いた」という。

その日本人は左系でもない好青年であり、多くの日本人からもそれ以外の返事を聞いたことがないので、「特に若い人たちには、本当に国を守りたいという感じはあまりないのではないか」と感じ取っている。

彼らは自衛隊を尊敬もしていないし、自衛隊に入りたがってもいない。自分の国を守るということを他人や他国に任せっぱなしの国民のように感じると述べている。

家庭では祭日に国旗を掲げている所もほとんど見かけないところから、「国家に対する感謝がいかに軽薄であるかを象徴していると言わざるを得ない」とも述べ、米国の幼稚園児の方が日本の大学生や野党の政治家より愛国主義をもっていますという。
◎おわりに

石原慎太郎氏は『新・堕落論』で、戦後の平和は軍事を抜きにした「いびつな平和」であり、また米国の軍事力で平和が保たれたことから「あてがい扶持の平和」とも見ている。

これでは「時代の危機と格闘する思想こそ、真に思想とよぶに値する」(今村仁司)から見る限り、「平和主義」は思想とは呼べないようだ。

800人前後の日本人が北朝鮮に拉致されている可能性があるが、奪還のめどは立たない。

また日本が戦争に巻き込まれることがあるとするならば、それは多分に戦後エンジョイしてきた平和(平和ボケ? )に原因があると言えよう。戦争抑止としての軍事力の造成を怠ってきたからである。

中国は鄧小平が掲げていた「韜光養晦」(力がないときはその養成に尽力する)通りの動きを胡錦濤時代までは見せてきた。

しかし習近平時代になって、「中華民族の偉大な復興」を実現するために、「世界最強の軍隊」を造り、中国夢の実現に向かうことを高々と宣言した。

その意味するところは、尖閣諸島は言うに及ばず、沖縄までも中国の辺疆(中国流の国境)に組み込まれる危険性があるということである。日本は「平和主義」などと言ってはおれない状況に嵌められつつあるということではないだろうか。

<了>










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「平和主義で成り行かない日本①」

2017-12-19 05:42:58 | 日本

森 清勇さんが「平和主義で成り行かない日本」について掲載している。
以下、要約し記す。



安倍晋三政権が憲法改正に本気で乗り出した。

日本人に違和感なく受け入れられ、70年以上も平和が続いたことから、憲法が「平和」をもたらしたと錯覚した国民も多いが、米国製「日本国憲法」は日本人の魂を骨抜きにし、アイデンティティを喪失させた代物である。
 
元軍人で連隊旗手を務め、戦後は評論家・作家に転身した村上兵衛氏は、「(戦後の)日本人は何とも上手に平和に占領された」と上手い表現をした。
 
日本国憲法には米国さえ実現していない多くの理想、中でも「戦力の不保持」や「交戦権の否認」までもが盛り込まれた。そうしたことから、「アメリカニズムの純粋実験場にされてきた日本列島」と述べたのは西部邁氏である。

こうした平和がどういう結果をもたらすかは自明である。

いま北朝鮮の核・ミサイルを前にして、また、何年にもわたって尖閣諸島で恒常的に領海侵犯を繰り返す中国に対して、独立国家として有効な手段をとり得ないで右往左往している日本である。

国家としてこれでいいのか、しっかり考えようではないか。そうしないと国際情勢の激変(この中には米国の日本離れなど極端な場合もある)に対応できない日本になってしまう、と国民に訴えかけているのが安倍晋三首相である。


◎平和主義は尊いか

2017年11月3日付「東京新聞」は社説に「平和主義は壊せない」を掲げた。平和主義を現憲法の「大価値観」としており、憲法9条の改正論議で揺さぶられようとする状況に歯止めをかけようというのである。

しかし、論旨は誤解に基づいている。軍隊は国家の独立と国民の基本的人権を守る手段と考えられてきたと伝統的な考え方を示す。

その後で、明治憲法下で行われた戦争で、国民や他の諸民族に損害と苦痛を与えたこと、中でも原爆の経験は、戦争が国民を皆殺しとするものに変質したことを示したと述べる。

こうして、平和なしには基本的人権の保障もあり得ないし、「平和」の文字が繰り返し使用されている前文をもつ憲法は「平和主義」の主張だという。「自衛隊明記の先には戦争が待ってはいないか、それを強く懸念する」とも書く。

しかし、基本的人権が保障されるのも「国家の独立」があって初めて可能であり、平和主義だけでは独立が保証されない現実を語ろうとしない。
日本国家が外国との交わりにおいて進展したのは明治時代であろう。それを確かなものにしたのは、司馬遼太郎の言葉を借りるならば「道徳的緊張感」によって圧搾された時代の気風であり、その硬い精神的強さとしての「圧搾空気」がもたらしたという。

この圧搾空気を取り除いたのが米国製「日本国憲法」であり、国防の放棄であろう。

そして、世界を一律に「平和を愛する諸国民」と捉え、彼らの「公正と信義」によって日本は生きていくと「決意した」というが、そうではなく米国が脅迫も加えながら有無を言わせずに「決意させた」のだ。

こうした日本および日本人には「外敵」などあるはずがない。たとえあっても、日本が悪いから「敵」に見えるので、日本は何もせずにおれば相手は危害を加えることはないとみる平和主義が隆盛を極めることになる。


◎そもそも「平和」とは何か

百田尚樹氏の近刊は『戦争と平和』である。

「まえがき」には「現在の日本が本当に『平和』なのかという疑問はあります。韓国には竹島を奪われ、北朝鮮には何百人もの同胞を奪われ、・・・中国には連日のように周辺の海域を脅かされています。とはいえ日本は70年以上、戦争を行なっていないことは事実です。『平和』について語るには、『戦争』を知る必要がある」と書いている。

同様に、現代哲学・思想研究者の今村仁司氏は「平和を考えるとは、戦争を考えることである」と述べ、ドストエフスキーは「戦争の原因は平和自体である」とさえ述べている。

このように「平和」は戦争と一対で考えなければならないが、戦後の日本は「戦争」を考えることを忌避してきた。日本特有の言霊信仰も影響しているかもしれないが、それ以上に平和憲法が日本人から「戦争」を遠ざけてきたのではないだろうか。

世界のどの国においても、平和を願望するゆえに、平和とコインの表裏の関係にある「戦争」について教育している。

世界の教科書の調査にあたってきた別技篤彦氏の『戦争の教え方―世界の教科書にみる』には、「現代的意義と最もニーズの大きい『戦争』と『平和』のテーマについて各国の教科書がどう扱っているかに関心をそそられてきた」として、以下のように記している。

「日本の社会科教科書では、戦争はいけないもの、人間は互いに仲よく暮さなければならないなど抽象的な数行の記述で簡単にすませているが、日本以外ではそうとは限らない」

「『戦争』という章を設けたり、戦争は人間の愚行であると明確にきめつけたり、人間はなぜ相手を殺すのかという人類学的な原点にまで遡ったり、初めて戦場へかり出されたときの若者たちの心理、また人間の武器生産への執念から遂には核兵器開発、大量殺戮をめざす狂気のような軍備拡張、またそれらに反発する人々の動きなどを具体的な例で生き生きと描いているのである」

戦後の日本は米国が与えた「日本国憲法」を「平和」憲法と称して一字一句変えることなく守り続けてきた。平和を脅かす戦争がアジアや中東で発生したこともあるが、国民自体が戦争に巻き込まれることはなかった。

日本にとって脅威に感じるときもあったが、憲法によって「戦力」を禁止されていた日本は米国依存以外の手はなく、むしろ経済復興のチャンスと見て、米軍をはじめとした国連軍などの支援に努めたのである。

本来自尊心ある独立国家であるためには、経済力に見合った軍事力(ほとんどの先進国は対GDP=国内総生産比2~3%前後)を保有するのが自然である。自衛のための軍事力が自然権ともみられるゆえんでもあろう。

ところが、戦後の日本は「平和の病」に罹り、サンフランシスコ条約で独立する時に米国試案を参考にする形で然るべき軍事力を持とうとする動きもあった。

しかし、常に「平和」が念頭から離れず、計画倒れに終わり、国際社会の実情から乖離するように時代と共に非軍事化されていくという不思議な流れをたどってきた。


◎防衛政策の変遷

こうした防衛政策史については樋口恒晴著『平和という病』(2014年刊)に詳述されているので細部は譲るが、大きな流れを概観しよう。

吉田茂首相時代は疲弊した国民の命をつなぐことが先決であった。

治安維持は米軍に依存し、朝鮮戦争で米軍が半島に出兵後はそれを補填する処置が不可欠となり、警察予備隊と海上警備隊が編成される。ゆくゆくは再軍備することを前提にしたものであったが、当面は経済政策が重視された。

その後の鳩山一郎、岸信介、池田勇人内閣までは、日本の安全確保をいかにして行うか、米軍の存在との兼ね合いで揺れながらも、政治が関与する「防衛政策」がともかくも存在し、池田内閣は自衛隊を「国軍」と見なす努力をしていた。

樋口氏は池田首相の軍事観として、昭和37(1962)年11月訪欧し英国のマクミラン首相と会談した後、秘書官に「日本に軍事力があったらなあ、俺の発言権はおそらくきょうのそれに10倍したろう」とこぼしたことを挙げている。

ところが、「佐藤(栄作)総理は、安保条約の軍事的側面を弱めつつ、将来の破棄を前提に当面は堅持しようとした」と樋口氏は述べ、それは「無軍事」を正当化する〝特殊な国家″〝モラトリアム国家″の道であったという。

こうしたことから、佐藤内閣以降に戦後的「平和主義」が始まり、憲法解釈も平和主義化していき、田中角栄内閣時代までの「自民党政権は半ば無自覚のままに、防衛政策の非軍事化を確固たるもの」にしたと述べる。
「一国平和主義」の陰で非軍事化が進展し、「即応能力を平時的な監視行動のみに限定して、他の目的は、防衛庁・自衛隊の組織温存と兵器産業の生産能力保全のみ」、すなわち訓練の水準も落とすような自衛隊の形骸化が進むこととなったという。

日本では戦争のない「平和が続いたから『平和主義』が続けられるようになった」のであるが、国民は軍事を考慮外に置き「平和主義を続けたゆえに平和が続いた」と錯覚するようになる。


◎非核宣言でなく「訓練・シェルター完備宣言」を

平和主義の代償は大きく、核兵器が近隣諸国に存在しても、日本には無関係とばかりにシェルターひとつ準備してこなかった。

ソ連がスプートニクを打ち上げたのに反応して、スイスは核戦争の蓋然性を議論し、核兵器対処の本を全家庭に配布した。

米国の北朝鮮への攻撃が指呼の間に迫りつつあるともみられるようになってきた。日本も当然関係してくる。

Jアラートで避難指示が出ても、どういう状況で、どの様に対応すべきかなどは一切不明である。市などの計画で訓練などはほとんど行われてこなかった。

日本の至る所の市庁舎前や広場などに、「非核宣言都市」と銘打った尖塔が建っている。地方自治体が行うべきは、そんな宣言ではなく国民保護法などに基づく訓練やシェルターなどを造り、「訓練・シェルター完備宣言」などではないだろうか。

平和を無条件に信じてきた日本の惨状は目に余る。米国によるあてがい扶持の平和を楽しんできた罪であり、政治が国民の人気取りを行なってきた結果が「平和という病」をもたらしたという以外にない。

スイスやスウェーデンなどは半世紀以上にわたって着々と準備し、今やシェルターを100%準備している。訓練も国家単位や地方自治体単位、地域住民単位など、年に何回も行っているそうである。

半島で戦争や争乱が起きれば、難民も押し寄せてくるに違いない。それへの対処などでもだれがどうするかなど、何一つ考えてこなかったのではないだろうか。














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徒然

2017-12-18 20:53:55 | 日本
H29-10-14

・敬する心が生まれると、必ず恥ずる心が生まれてくる。
・優秀な民族は必ずその民族の言葉、文字を非常に大切にしている。
・愛とか平和とか文化などを唱える前に、民族の正気を振興することが指導者の根本問題である。


【八 変】
自分が変われば相手が変わる。相手が変われば心が変わる。
心が変われば言葉が変わる。言葉が変われば態度が変わる。
態度が変われば習慣が変わる。習慣が変われば運が変わる。
運が変われば人生が変わる。

【縁尋機妙 多逢聖因】
良い縁がさらに良い縁を尋ねて発展していく様は誠に妙(たえ)なるものがある―、これを縁尋機妙(えんじんきみょう)という。
また、いい人に交わっていると良い結果に恵まれる。これを多逢聖因(たほうしょういん)という。
人間はできるだけいい機会、いい場所、いい人、いい書物に会うことを考えなければならない。

【七 養】
時令(季節)に順(したご)うて以て元気を養う。
思慮を少うして以て心気を養う。
言語を省いて以て神気を養う。
肉慾を寡(すくの)うして以て腎気を養う。
嗔怒(いかり)を戒めて以て肝気を養う。
滋味を薄うして以て胃気を養う。
多くの史を読みて以て胆気を養う。
  
春には春の、秋には秋の生活様式がある。同様に寒帯には寒帯の、熱帯には熱帯の飲食起臥の方則がある。
夏は夏らしく、冬は冬らしくというように暮らしておれば生命力は健康である。


H29-10-16
花開き花散りて  茲に幾春秋、◯◯松陰先生が義に殉じたまいしより、計うれば正しく半世紀。感慨を禁じ得ず。


H29-10-17
『真の愛国者は道義に生き広々とした心で大同団結できる包容精神をもち、至誠を貫き、炎のごとく燃え熱き血潮で祖国日本を守らんがために決起する勇者でなければならない。』


H29-10-20
「秋の雨   雲の上には晴れ晴れと  輝く光に満ちてあり」


H29/11/18
献歌
「肥後景勝 朝日に輝く 落ち葉にも 父上しのぶ  凛の冬かな」


H29/11/24
・桎梏の「ゴルディアスの結び目」呪縛
・自分で自分を解けないと思って縛っている。これすなわち、呪縛と言う。
・呪縛と言う、決して解けないと言われていた「ゴルディアスの結び目」を一刀両断して斬ることが、今なすべきことであ℉る。


H29/12/6
・勇往邁進の元気を鼓舞する。
(恐れることなく勇んで前進、勢い活気をつけること。)

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