龍の声

龍の声は、天の声

「進化し続ける豆腐④」

2014-03-31 07:52:45 | 日本

おいしい豆腐を目指すための試行錯誤も続いている。基本的には、豆乳濃度が高い豆腐ほどおいしい。一般的な濃度は8~9%ほどだが、11%以上になると甘みを感じるようになる。しかし、豆乳濃度を高くすると、固まりづらいという技術的問題が出てくる。一方、凝固剤の濃度は0.2%や0.3%。豆腐メーカーは毎朝、絞った豆乳の濃度を計測し、加える凝固剤の量を微妙に変えている。ここには職人技がいまも入っている。

大豆の品種によっても、豆乳や凝固剤などの組み合わせ方は違ってくる。いま、国産大豆で多く使われているのは「フクユタカ」。たんぱく質が豊富で、豆腐にしたとき固まりやすい品種である。

日本の大豆は総じてたんぱく質が多い。甘い豆腐を作るのに適している。

しかし、日本が輸入しているアメリカの大豆も最近、たんぱく質含有量の多いものができている。日本の豆腐メーカーの志向に合わせているわけである。

日本人は大豆を栄養源として頼りにしてきた。しかし、現状は豆腐向けの大豆の大部分を米国などからの輸入に頼っている。日本豆腐協会資料によると、豆腐製品に使われる原料大豆は年間50万トン弱。原料大豆の調達先は、8割強が米国、カナダ、中国などからの輸入になっている。

2000年代には、男前豆腐店の「男前豆腐」などのブランド品がブームになった。2013年には「和食」がユネスコ無形文化遺産に登録された。

しかし日本の豆腐に追い風が吹き、前途洋々かというと、決してそうではないようだ。

豆腐の単価はここ数年、値崩れを起こしている。1世帯あたりの豆腐の年間消費量はここ20年、75丁から80丁で大きな変化はない。ところが、消費金額は1994年の7886円から、2012年の5614円へと大幅に下がった。単価が下がってきているのだ。

全国豆腐連合会は2013年7月、各スーパーに値上げ要請を、翌8月、日本チェーンドラッグストアー協会に豆腐製品の廉価販売自粛要請を出した。値崩れの背景には、ドラッグストアなどでの豆腐の価格破壊がある。化粧品や医薬品といった“本丸”の製品で利益を上げるため、集客目当てで豆腐を赤字覚悟の値段で販売する店も多いという。

スーパーも単価を下げざるをえない。豆腐メーカーに仕入価格の値下げを要求してくる。

日本豆腐協会の調べでは、調査対象企業8社の全出荷金額に対する経費の割合は、2011年で99.9%。つまりメーカーの利益は0.1%しかない状況だ。1985年には7.7%、2005年でも3.6%は確保できていた。

豆腐の値崩れは“街の豆腐屋”にも影響する。豆腐製造業者の6割以上は従業者3人以下。つまり“街の豆腐屋”だ。2002年に全国の豆腐製造業許可施設は1万5028カ所だったのが、10年後の2012年3月末には9548カ所まで落ち込んだ。“街の豆腐屋”が次々に廃業している。

豆腐を安く買えることは、消費者にしてみれば得にも思える。だが、豆腐の価格破壊が続けば、豆腐の製造自体が廃れていき、おいしい豆腐を選べなくなる事態になりかねない。より大きく見れば、日本で大きく発展した食文化の1つが衰える事態になりかねない。

豆腐は、日本人のたんぱく源を支えてきた主流の食品である。若い人たちにもっと豆腐を食べていただきたい。そして、豆腐メーカーももっとおいしい豆腐を作っていってもらいたい。そのためには、逆ざやで販売しているような状況を脱しなければならない。

日本に根付き、発展してきた食品でも安泰とは言えない。将来を生きる人が日本の豆腐の歩みを追っていったとき、今という時はどのように映っているだろうか。




<了>






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「進化し続ける豆腐③」

2014-03-30 07:26:52 | 日本

日本人の栄養源でありつづけてきた大豆。戦後から現在にかけての豆腐の進化のしかたを見ていきたい。

食品の流通形態が変わる中、新タイプの豆腐も誕生し発展した。日本豆腐協会専務理事の町田秀信氏に、“現代の豆腐”について聞いてみた。

水に浸しておいた大豆を引き潰す。これを「呉」という。呉を煮て漉すと豆乳になる。この豆乳を凝固剤で固めれば豆腐になる。かつて凝固剤には、海水から食塩を晶出させたあとの溶液「にがり」を使っていた。

長らく食されてきた木綿豆腐の製法では、呉を濾した豆乳を凝固剤である程度固め、それを木綿を敷いた穴開きの木型に流し込み、重しで水を切りながら固めていく。水分は少なく、しっかりした食感の豆腐ができる。

一方、日本で江戸時代に開発された絹ごし豆腐は、木型に穴を開けず、そっと固める。水分の多い、滑らかで柔らかな食感の豆腐となる。「絹ごし」とつくのは、絹のようなキメの細かい表面になるからだ。

戦後、“街の豆腐屋”から、大規模化や現代化を果たした“豆腐メーカー”が現れた。豆腐づくりにも機械が導入される。カットされた豆腐を透明の包装容器に入れ、さらに加熱殺菌してから、スーパーマーケットなどに配送されるといったシステムが出来上がっていった。

凝固剤についても、塩化マグネシウムが主成分の「にがり」の代わりに、「すまし粉」とも呼ばれる硫酸カルシウムが使われるようになった。

1962年には、従来の木綿豆腐や絹ごし豆腐と異なる、現代の流通時代に即した豆腐が生まれた。「充填豆腐」だ。

従来の木綿豆腐や絹ごし豆腐は、熱い状態の豆乳に凝固剤を入れて、豆乳全体を固めてから1丁などの大きさにカットする。一方、充填豆腐では、豆乳を冷却して凝固剤を入れてから、それを包装容器に満たして加熱凝固させる。凝固剤入りの豆乳を容器にぴったり詰めて豆腐を作るため「充填」の呼び名がつく。

当初、充填豆腐はさほど日の目を見ることはなかった。凝固剤に使われていたのは硫酸カルシウム。すぐに豆乳が固まってしまうため、品質の不均一さをもたらしていた。包装の形状も魚肉ソーセージのような円筒のもので、空気を通すため日持ちしなかった。

そこで、グルコノデルタラクトンが凝固剤として導入された。それができたため充填豆腐が広まっていった。グルコノデルタラクトンとは、酸で反応させて豆乳を固める酸凝固剤の一種だ。塩で反応させる硫酸カルシウムや塩化マグネシウムなどと違い、時間をかけて均一的に豆乳を固めていくことができる。

1972年、四角い密閉容器に、グルコノデルタラクトンを含めた豆乳を入れて、均質的な充填豆腐の量産に成功した企業がある。日本豆腐協会の会員でもある朝日食品工業だ。密閉容器に豆腐を充填してから加熱凝固する製法のため、殺菌作用が効き、長期保存できるようになった。

当時、スーパーで売られていた豆腐の日持ちは平均3~4日ほど。一方、充填豆腐は1週間も持ったため、豆腐の広域流通化に貢献した。

その後、凝固剤の技術開発が進み、塩化マグネシウムなどの塩凝固剤も充填豆腐向けに使えるようになった。酸凝固剤よりも塩凝固剤のほうが味が優れるという見方もあり、いまはグルコノデルタラクトンを使う充填豆腐は少なくなった。

いま、朝日食品工業は、保存剤なしで賞味期限60日の「信州・安曇野おぼろ豆腐」などを長野県の安曇野工場で製造している。クリーンルームで充填豆腐を作っている。また、豆腐の熱が冷めると現れてくる芽胞菌を出さない技術もある。

容器の内側をアルミ箔で覆った紙パックを使い、さらに長期保存可能な充填豆腐を実現しているメーカーも現れた。井村屋は賞味期限90日間、さとの雪は180日間、森永乳業は10か月間の豆腐を製造している。原理的には缶詰と同じである。未開封の製品なら冷蔵庫も必要ない。









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「進化し続ける豆腐②」

2014-03-29 07:56:51 | 日本

江戸の時代を下っていくと、豆腐は庶民にも広く食べられる食材になる。豆腐を油で揚げて食べたり、湯豆腐にして食べたりと、食べ方への創意工夫も広がった。

現代の豆腐において主流になっている「絹ごし豆腐」も、江戸時代前期の元禄年間までには食べられるようになっていた。

それまでの豆腐は、現在の木綿豆腐を基本としたものだったようである。木綿豆腐は、穴をいくつも空けておいた木型に木綿を敷いて、そこに呉を移して上から重しを置き、水分を切ったもの。一方、絹ごし豆腐では、木型に穴を空けず、豆乳を入れてそのまま固める。表面が滑らかで、食感が柔らかな豆腐になる。

1691(元禄4)年、初代玉屋忠兵衛なる人物が、後西天皇の親王である上野の宮に御伴して京都から江戸に移ったとき、絹ごし豆腐を作って茶屋を開いたという。この豆腐が上野の宮に「笹の上に積もった雪のような美しさ」と賞讃されたことから、店は「笹乃雪」と呼ばれるようになった。いまも、東京都台東区根岸に同店がある。

こうして江戸時代、豆腐に日本独自の作り方や食べ方が加わっていった。製法や調理法の多様性を示すような本も出版された。その名も『豆腐百珍』印章職人の曽谷学川(そだにがくせん、1738~1797)は1782(天明2)年、醒狂道人何必醇(すいきょうどうじんかひつじゅん)という戯号で、100種類におよぶ豆腐料理の調理法を解いた本を出した。これが『豆腐百珍』。庶民の間で飛ぶように売れたという。
著者は、100種類もの豆腐料理を並べるだけでなく、その数々の豆腐料理を「格付け」もした。最高位の「絶品」には、ごま油で揚げた豆腐を油抜きして葛湯で煮る「油煠(あげ)ながし」、豆腐の田楽にからし酢みそや芥子の実をかけた「礫でんがく」、また、湯豆腐である「湯やつこ」などを挙げている。

その他、主だったところでは、「石燒とうふ」は最高位に次ぐ「妙品」、「絹ごし豆腐」は下から2番目の「通品」、そして「凍とうふ」「よせとうふ」「木の芽田樂」などは最低位の「尋常品」などとしていた。

ちなみに、戯号にある「何必醇」には「必ずしも濃厚な味ばかりがうまいわけではない」といった意味が込められているという。淡白な味もまた豆腐の特徴。絶品に「湯やつこ」を入れるあたりに著者の思いがうかがえる。

翌年の1783(天明3)年には『豆腐百珍続編』が刊行された。豆腐本人気に火が付き、江戸の版元からは『豆華集』という本も出された。この版権を『豆腐百珍』の版元の藤屋善七が買い取り、『豆腐百珍余録』と書名を代えて1784(天明4)年に刊行した。

「酒屋へ三里、豆腐屋へ二里」という言葉も生まれた。豆腐屋へ行くにも数キロも歩かなければならないほどの辺鄙なところを指すもの。逆にそれだけ庶民と豆腐の距離は近かったわけだ。

明治時代も豆腐は食卓の定番だった。『新版 日本食物史』などを著した考古学者の樋口清之(1909~1997)によると、明治時代の都市住民の中級食の典型的な組み合わせとして、あじの塩焼き、なすのおひたし、沢庵漬け、白飯とともに、豆腐の味噌汁があったという。

また、小説家の村井弦斎(1863~1927)が1903(明治36)年から翌年にかけて報知新聞に連載した『食道楽』にも、豆腐の話は多く出てくる。「豆腐は大豆より製したるものにて滋養分多く、蛋白質七分六厘、脂肪三分六厘あり。最も賞用すべき安価食物なり」と村井は述べた。当時から栄養価の高く、かつ値段は安く手に入る食材として評価されていたことが分かる。『食道楽』では、明治時代に入り本格的に食べられるようになった豚肉を、炒った豆腐と組み合わせた料理なども紹介されている。

豆腐の日本における発展ぶりに、人びとの豆腐への期待感が見て取れる。栄養価が高く、値段は安い。様々な方法で食べてみたい。こうして、凍み豆腐、揚げ豆腐、絹ごし豆腐、田楽などと、豆腐の食べられ方の幅は広がっていったのだろう。
この歴史の延長線上に現在がある。








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「進化し続ける豆腐①」

2014-03-28 07:56:25 | 日本

酒好きなわが輩にとって豆腐は超!興味がある食材である。漆原次郎さんの論文に「進化し続ける豆腐」があった。
以下、要約し、4 回にわたり記す。



大豆は長い間、日本人に栄養をもたらす作物であり続けた。いまも、大豆を使った食材は、納豆、醤油、味噌、もやし、枝豆と、おなじ作物から作られたと思えないくらい色とりどり、食卓に並んでいる。

大豆由来の食べ物のなかでも、とりわけ万能的と言えるのが「豆腐」だろう。栄養価が高いのはもちろん、醤油、味噌汁、鍋、中華料理と、なににでも合う。色は白くて、食感は柔らか、そして風味はたんぱく。自己主張しすぎないこれらの要素が逆に豆腐の特徴にもなり、様々な食材との相性の良さを生み出している。

豆腐の原料である大豆は、2000年前の紀元前後には日本に伝えられていたとされる。日本で豆腐が作られる下地はあった。

そこに、豆腐の作り方が伝来したのは奈良時代から平安時代ごろ。遣唐使として唐に渡った僧や学者が日本に製法を持ち帰ったという説が有力である。

では、大もとの中国ではどのように豆腐が誕生したのか。これには、大きく2つの説がある。紀元前の前漢時代に生まれたという説と、数百年後の唐の時代以降に生まれたという説である。

前漢起源説の根拠とされるのが、16世紀末の明の医学者だった李時珍(1518~1593)が著した薬学書『本草綱目』にある「豆腐之法、始于漢淮南王劉安」という記述である。つまり、豆腐の製法は、漢の高祖劉邦の孫で「淮南王(わいなんおう)」に任ぜられた劉安(りゅうあん、紀元前178頃~紀元前122)が始めたのだという。

しかし、劉安の自著『淮南子』には豆腐についての言及が一言もないなど、説には限界もある。

もう1つの、唐代以降に豆腐が誕生したという説は、日本の食物史学者だった篠田統(1899~1978)によるもの。中国の陶穀(903~970)が編撰した『清異録』という書物には、安徽省の青陽県の時の官吏が倹約家だったため、豆腐を肉の代わりにしていたという記述がある。これが豆腐の記述の初出だという。篠田は、そこからさかのぼっても豆腐の発明は唐の末期の9世紀頃だったとしている。

日本での豆腐にまつわる最古の記述は、奈良の春日神社の神主だった中臣祐重の日記にある。平安時代から鎌倉時代へと変わる1183(寿永2)年に記された。供物を記した「奉献御菜種」のなかに「春近唐符一種」とあり、「唐符(とうふ)」という2文字が使われていた。

豆腐が日本に入ってからしばらくは、僧たちの食材となる。戒律で殺生を禁じられた僧たちは、植物を具材とする精進料理を発展させた。主役の座にあったのが、大豆を使った食べものである。豆腐はその主役の1つだった。鎌倉時代、高野山では僧が精進料理として用意していた豆腐を寒さで凍らせてしまう。ところが食べてみると独特な食感があり、ここから「高野豆腐」が生まれたと言われる。

水に浸しておいた大豆を引き潰したものは「呉」と呼ばれる。呉を煮て漉した豆乳を凝固剤で固める。これが昔からの豆腐の作り方だ。出来上がりまでに「豆を腐らせる」という工程はない。しかし、「豆腐」と呼ばれる。なぜだろう。

「豆腐」という言葉もまた中国から来たものだ。中国語では「腐」の意味は広く、「ぶよぶよしているもの」や「ぷるぷるしているもの」という語感を示すときにも使われる。

さらに中国語の歴史をさかのぼると、「ぼろぼろになる」といった意味でも「腐」が使われていたらしい。大豆を数時間以上水に浸して、形をぼろぼろに崩していくことから、この「腐」の字が使われていたようである。

日本では、当初「唐符」や「唐布」などの文字があてられていたが、伝来のものを素直に受け入れる日本人の特性だろうか、その後「豆腐」が使われるようになった。

日本料理の一流派「大草流」の料理書で、江戸時代初期に編纂された『大草家料理書』には、「うどん豆腐」「あん豆腐」「とや豆腐」とある。それぞれ、うどんのように細切りした豆腐を煮て、醤油、山椒、胡椒をかけたもの。豆腐を切ったうえで煮て、葛粉を煮固めた「くずだまり」をかけて、芥子、山椒、くるみの実を置いたもの。そして、水出しで少し煮て、山椒の粉をふったものである。

大草流はかつて足利将軍家に仕えた料理人の大草公次が創始したもの。江戸時代まで、豆腐は主に武士や僧たちの間で食べられる料理だった。名産地は奈良で、冬の季節には京都まで運ばれた。







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「呼吸法の実践(プラナヤーマ)」

2014-03-27 10:43:46 | 日本

今回は、各種呼吸法について学ぶ。



ゆっくり呼吸すると気持ちも動きもゆっくりになる。せかせか呼吸すると落ち着きがなくなる。息が浅いと元気がなくなる。このように呼吸にはこころの状態が表れまたからだの状態も表れる。

種々の呼吸法をすることで自律神経をコントロールし生命力を効果的に発揮うる。プラナヤーマとは宇宙に存在している生きるためのエネルギー生命素=プラナを体に取り入れる方法のこという。食事法もまた同じくプラナヤーマである。

プラナは宇宙に循環しているものであり、身体中にプラナを流すことで気力が充実し、まだまだ眠っている生命力を呼び起こす妙法である。呼吸法は息を入れることだけでなく、もう不必要になったものを出すことも、それ以上に大事で体が浄化されていく。

プラナヤーマを行うことで感情が安定し、自律神経・内分泌系・免疫系のバランスが保たれる。又腹圧が強化され、筋肉や神経が発達し、内臓が強化される。また胸が広がることで姿勢が矯正され呼吸器が強化される。緩急含めた自由自在の呼吸法によって血液の浄化や心肺機能を高める効果は絶大である。


1.自然呼吸法

・普通の呼吸の仕方で自然に呼吸をし、吐く息、吸う息ごとに胸・腹背中腰の脈動を感じるか、または鼻孔に意識を集中する。
・呼吸をまかせる気持ちで、自分の呼吸を心がけることがこつである。
・自然呼吸でもこのように意識して行うことによってプラナヤーマになる。
・これを行っているとき自分と宇宙普遍の生命力を結び付けるイメージを描く。精神力が強くなり集中力が高められる。


2.腹式呼吸法

・横隔膜を使い、腹を風船に見立てて、膨らましたり、すぼめたりして、ゆったりと行う。
・腹の筋肉をゆるめて吸い、下腹を締めるようにして吐いていく。プラナが下肺の深いところまで達する。意識はミゾオチの太陽神経叢に置く。深いリラクセーションが生まれる。
・骨盤の中に空気を送り込むと肛門や仙骨部までも膨らみ骨盤内臓器の血行もよくなる。骨盤隔膜の柔らかさを生み出す。マタニティライフには必須である。


3.胸腹式呼吸法

・一呼吸の中で腹式と胸式で呼吸法をする。
・腹で吸い、続いて胸で吸い、続いて少し止めてクムバクを行い、次に腹を閉じて吐いていく。
・肺全体にプラナを送り込む呼吸法で、胸に送り込むとき、下肺、中肺、上肺と意識しながら行い、上肺に達したときそこから息をもらすような気持ちで軽く息を止ます。そして次にからだ中から発散するような気持ちで息を吐き出します。
心肺機能を高める。ただしあまり長く行わないこと。長くするときは以下にある完全呼吸法を行うと良い。


4.長音発声法 (マントラ行法)

・「あー」「おー」「んー」と一息の中で長く、発声する。
・「あおん」は「オーム」と発声することもあり、宇宙の根源的な音、生命そのものの音、ひびきである。
・「あー」の音は心身がくつろぐ状態、「おー」は緊張する状態、「んー」は統一力、生命力発揮の状態を作り出す。
・この三つの音を連続的に発声する。繰り返すと自律神経のバランスがとれて心身の安定に効果がある。


5.短音発声法

・あいうえおの順で「あっ・いっ・~・・ろっ」までを大きな声で短くきって発声する。
・それを繰り返えす。急速に腹が収縮することにより腹筋が鍛えられ、内臓の強化にもなる。


6.完全呼吸法

・胸腹式呼吸法の要領で吸息、保留息、吐息の割合を1:2:2で行う。(理想は1:4:2の割合です。普通は5:20:10だが、徐々に長くしていってもよい。16:64:32秒の人もいる)
・保留息(クムバクという)は、息を止めることでそしてこのとき丹田に力を込める。これは生命力を喚起させ、呼吸法の中で一番、重要で基本となる。


7.クムバク(保留息)について

たいていは吸ってから息を止める。そして首のところに力が入らないように止める瞬間に肩の力を抜いて腹に意識をおき、クムバクの間、腹を練るように力を入れておく。クムバクは効果の大きい方法ですが間違うと血圧を上げて事故になりかねる。また深くて早い呼吸法をやっていて気分が悪くなるときがある。この時は過呼吸(かこきゅう)になって血液の酸素濃度が高くなっている(炭酸ガス濃度が低くなっている)ので、息を長く止めていると簡単に治る。精神的ストレスによる過呼吸で気分が悪くなったときもこのクムバクをすると落ち着く。


8.逆式呼吸について

息を吐くときに腹を引っ込めるのが腹式呼吸だが、腹を出す場合がある。スポーツや武道などでは力を入れるときこの呼吸をする。動物でも唸っているときがそうである。状況によってこの呼吸法は間違いではないが、リラックスを求めるときや深い呼吸を行うときはこの逆式では行わない。この逆式呼吸は瞬時の動きにとってはすばらしい呼吸法だが戦闘体勢ではない、平静のときもこれを行っているといつも腰に力が入っているため腰痛の原因になる。腰といえども普段は緩んでいた方がいいようである。


9.リズム呼吸

・この呼吸は吸う息と吐く息を同じにしてリズミカルに行う。
・吐く息と吸う息の長さを同じにし、吐く吸うの間に間を置かないようにする。
・意識は眉間のアジナチャクラ(悟りの座)に置く。
・出来るだけ深く呼吸する。
・十分なリラックスが得られる。


10.バストリカ

バストリカとは、鍛冶屋が鉄を鍛えたり加工したりするときに火を起こすのに使う「ふいご」のことで、これで炎が強くなる。

・間を置かず、急速に吐く吸うを繰り返す。
・20回行った後はクムバク(息を止める)を行ってから静かな自然呼吸に戻る。
バストリカの呼吸は肺の浄化法で、体内の汚れたそのものを取り除き、心臓、肺、横隔膜を強化し、無気力さを解消します。鼻の機能が高まり、心の働きが活発になり、体のほかの部分も正常に働くようになる。


11.カパラバーティ

カパラは額のことで、パーティは光のことある。このプラナヤーマを行うと脳細胞が活性化されるといわれている。
・吐く息だけに意識し、吸う息は自然にまかせる。
・自然に息を吸っておいてから、下腹部に吸収させて一瞬に息を吐く。
・吐き切ったところで間をとると、自然に吸う息に変わる。
・意識は眉間に固定し、鼻と下腹部以外の体は動かさないようにする。
・20回行った後はクムバク(息を止める)を行ってから静かな自然呼吸に戻る。
このプラナヤーマは出産のときのラマーズ法に応用できる。繰り返すことでリラックスし、腹圧が高まってくる。腹筋の弱い人もこの呼吸法で行うとよい。またヨガのポーズの最中に集中が必要なとき、痛くて緊張に移行しそうなときこの呼吸法をするとうまくいく。


12.ナディショーダナ

ナディは動脈、静脈、その他の流れを作っている管状器官のことである。ショーダナは浄化のことだから、ナディショーダナは体内の管を浄化することを意味する。血液、リンパ、気の流れの経絡、養分などが流れやすくするための呼吸法である。
・右手の親指を右鼻、人さし指と中指はアジナチャクラ、薬指は小指を添えて左鼻に当てる。
・右鼻を閉じて左鼻から息を吸い、左鼻を閉めて右鼻から吐き、吐いた右からすぐ吸って閉め、左から吐く。
・これを間を置かずに素早く繰り返す。


13.スカアプルバク

・右手の親指を右鼻、人さし指と中指はアジナチャクラ、薬指は小指を添えて左鼻に当てる。
・右鼻を閉じ左鼻から息を吐き、左から吸い、両鼻を閉じて保留息。右鼻から吐いていく。割合は完全呼吸法と同じである。5回くらい行う。
老化を防止し、新陳代謝を活発にし疲労を取り除いてくれる。


14.スイッタリー

口から呼吸をする唯一の呼吸法である。
・舌を丸くして口から出してストローのように唾をすするように音を立てて息を吸う。
・そして舌を引っ込めてクムバクをする。そして息を吐く。長さの割合は完全呼吸法と同じである。
緊張しているときは唾液の出が悪いのは周知のとおりである。赤ん坊でもよだれがたくさん出るのは元気な証である。唾液をコントロールしてリラクセーションを導く。又この呼吸法は飢えや渇きを克服する方法だといわれている。


15.ライオンの呼吸法

ライオンの威厳さを象徴する呼吸法である。
・正座、またはその他座法から手を膝に押し付け、指を開いて上半身を支える。
・息を吐きながら舌を大きく出し、目を開きうなじを伸ばす。
・息を吸って上半身を元に戻し、再度行います。5回続けて行う。
この呼吸法は、がく関節の矯正にもなる。舌を強く出すことで下がくが動きやすくなるからである。
首の緊張もなくなって顔周りがリラックスする。ヨガのポーズのときに行うとポーズがやりやすくなる。スポーツ選手が時々ここ一番というとき、舌を出すのはこの辺の事情である。







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「伊達政宗について」

2014-03-26 10:02:29 | 日本

伊達家第17代当主(仙台藩初代藩主)伊達藤次郎政宗。永禄10年8月3日(1567年9月5日)誕生。寛永13年5月24日(1636年6月27日)没。幼名:梵天丸、仮名:藤次郎。


◎神号 武振彦命

この神号と言う肩書は珍しく凄くいい。


◎死に様

寛永13年5月24日卯の刻(午前6時)死去。享年70(満68歳没)。死因は癌性腹膜炎あるいは食道癌(食道噴門癌)と推定されている。「伊達男」の名にふさわしく、臨終の際、妻子にも死に顔を見せない心意気であったという。5月26日には嫡男・伊達忠宗への遺領相続が許された。遺体は束帯姿で木棺に納められ、防腐処置のため水銀、石灰、塩を詰めた上で駕籠に載せられ、生前そのままの大名行列により6月3日に仙台へ戻った。殉死者は家臣15名、陪臣5名。「たとえ病で失ったとはいえ、親より頂いた片目を失ったのは不孝である」という政宗の考えから死後作られた木像や画にはやや右目を小さくして両目が入れられている。将軍家は、江戸で7日、京都で3日人々に服喪するよう命令を発した。これは御三家以外で異例のことであった。
辞世の句は、「曇りなき 心の月を 先だてて 浮世の闇を 照してぞ行く」


◎独眼竜の由来

独眼竜は、元々唐の李克用のあだ名で、江戸時代の頼山陽の漢詩によって政宗にあてられるようになった。右目を失った原因は天然痘であった。政宗が隻眼の行者・満海上人の生まれ変わりであるという逸話は、政宗の存命中から広く知れ渡っており、東北地方の昔話の中には「仙台様(政宗のこと)の霊力で母親の病気を治してもらうために旅に出る農民の話」などが伝わっている。(東北放送ラジオ「みちのくむかしばなし」で語られた)


◎徳川家との関係

徳川家光からは非常に尊敬されており、「伊達の親父殿」と呼ばれたこともある。政宗本人の器量に加え、自らを将軍として立ててくれた後見人であり、また敬神する祖父・家康とも渡り合った戦国の雄でもあって、家光にしてみればあらゆる面で父親替わりだったのであろう。幕府の意向はどうあれ、家光個人が政宗に向けた処遇は、明らかに外様を遇する程度を超えていた。将軍の前での脇差帯刀を許されていたが、側近が酔って居眠りする政宗の刀を調べると、中身は木刀であったという。

二条城へと参内する際、御三家でも許されなかった紫の馬の総を伊達に与えた。政宗が病床についた際は、医者を手配した上で江戸中の寺社に快癒の祈祷を行わせ、死の3日前には家光自らが見舞いに来た。政宗が亡くなると、父・秀忠が死んだ時よりも嘆き入り、江戸で7日、京都で3日の間殺生や遊興が禁止された。実戦経験がない家光は、しばしば政宗など実戦経験豊かな大名に合戦について質問をした。ある日、政宗と佐竹義宣を招いて摺上原の戦いについて色々質問したが、勝者であった政宗が雄弁であったのに対し、敗者の佐竹義宣は始終無言で、唇を噛みしめているだけであったという。

老年期、徳川秀忠を屋敷に招いた際、秀忠に生前の豊臣秀吉から下賜され常に差していた刀を譲るように要求された際、「殿に御献上する品を選ぶのは家臣である私の勤めです。殿自ら子供のように品を所望されるのは、将軍家の品位を大きく損なうものでございます」と反駁したと伝えられる。


◎料理が趣味

元々は兵糧開発が主眼であり、岩出山名物の凍り豆腐と納豆は政宗の研究の末に開発されたものであった。仙台城下には味噌倉を建てていたが、味噌の大規模な生産体制が確立されたのはこれが最初といわれる。太平の世になると美食を極めることに目的を変えて料理研究を続けた。『政宗公御名語集』には「馳走とは旬の品をさり気なく出し、主人自ら調理して、もてなす事である」という政宗の料理観が残されている。この金言は和・洋・中を問わず後世の多くの料理人に感銘を与え、伊達家御用蔵が母体となっている宮城調理製菓専門学校のほか、服部栄養専門学校などでも校訓に引用されている。

料理の他にも多くの趣味を持ち、晩年は一日たりとも無駄に過ごすことがなかったという。特に若年から習っていた能には傾倒しており、奥小姓を太鼓の名人に弟子入りさせたり、自身も豊臣秀吉や徳川家光の前で太鼓を打つなどしている。政宗が晩年、能に使用した費用は年間3万石余に及んだという。


◎趣向など

秀吉が吉野で歌会を開き武将達はそれぞれ詩歌を詠んだ時、政宗が最も和歌に精通し優れていた。そのため秀吉も「鄙の華人」と褒め讃えた。

隙のない印象の政宗であるが、酒には滅法弱く、酔って失敗した逸話がいくつか残されている。中には将軍秀忠との約束を二日酔いですっぽかし、仮病を使って言い抜けたという話まである。酒自体は大変好んでおり、仙台城に酒の醸造所を作らせていたほど味に拘っていた。

養生法が変わっていて、冬に炬燵の片側を開けさせていた。朝は早く目が覚めても、定時に側の者が起こしに行くまでは起床しないという拘りがあった。身体の健康を常に気遣っていた。

喫煙者で、毎日起床後・昼・睡眠前と、規則正しく3回煙草を吸っていた(当時の人々は煙草を薬として服用した)。遺品に、愛用のキセルがある。


◎伊達一本締め

宮城県宮城郡松島町にある伊達光宗(政宗の孫)の菩提寺円通院には、伊達一本締めという仙台藩祖・伊達政宗ゆかりの一本締めが伝承されている。「いよ~っ、パパパン!、いよ~っ、パン!」という「3」と「1」の拍子の組み合わせが「三国一」を表しており天下を狙った政宗の夢が込められ、慶長遣欧使節の支倉常長もこの伊達一本締めで見送られ、徳川政権が安定してからは秘めた意味が露見しないよう姿を消したと言われている。そのため資料が一切残っておらず、伊達家所縁の円通院に代々人づてに伝えられていた。


◎伊達政宗の五常訓(処世訓)

仁に過ぎれば弱くなる
義に過ぎれば固くなる
礼に過ぎれば諂い(へつらい)となる
智に過ぎれば嘘をつく
信に過ぎれば損をする

気ながく心穏やかにしてよろず倹約を用い金を備うべし
倹約の仕方は不自由を忍ぶにあり
この世に客に来たと思えば何の苦もなし

朝夕の食事はうまからずとも誉めて食うべし
元来、客の身なれば好き嫌いは申されまい

今日行くをおくり、子孫兄弟によく挨拶して、娑婆の御暇申すがよし。


※<教訓>
結婚して家庭生活を持てば、食事は毎日の主要な行事となる。そして、炊事は主婦の日課となり、苦手な主婦にとっては何を作ろうか考えることがストレスの原因ともなる。そこへ、「まずい!」などと苦情を呈すれば、その後の成り行きの悲惨さは想像に固くない。平穏な家庭生活を営むためには、政宗のいうごとく、この世に客に来たと思えばよいのである。

 








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「寺田本家家訓」

2014-03-25 10:39:04 | 日本

下総神崎町にある造り酒屋「寺田本家家訓」が素晴らしいので以下に記す。



「寺田本家家訓」

1つ、人は、天と人様に支えられて生かされる。感謝と報恩を忘れてはならない。

1つ、人は死ぬまでどう生きるかが問われている。下座の菩薩行と心得よ。

1つ、人は自然の中の生き物である。自然に学び自然に沿って謙虚に生きよ。

1つ、人は与えたものが与えられる。喜びも自由もお金も親切も空っぽになるまで与え続けよ。

1つ、人は愛と調和と光を発している。お互い助け合い、支えあい、ともに生き、自ら灯りをともせ。

1つ、人は迷惑をかけながら、間違いながら生きている。どんなことでも堪忍せよ。

1つ、人は美化して観ると何でも美しく観える。いつでも、どこでも、誰にでも、どうよく観るかだ。






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サブリミナル効果とは、

2014-03-25 10:34:29 | 日本

ある知覚刺激が非常に短時間であるなどの理由で意識としては認識できないが、潜在意識に対して一定の影響を及ぼすことができるとの説があり、その「効果」をサブリミナル効果という。サブリミナル(subliminal)とは、心理学の用語で「識閾(しきいき)下の、潜在意識の」という意味の形容詞である。

当初は心理学、知覚心理学だけの領域であったが、現在は広告研究、感情研究、社会心理学、臨床心理学など幅広く様々な関心から研究されている。

1957年に米国の広告業者が雑誌に掲載した「実験」から、サブリミナル効果が世に知られるようになった。「コーラを飲め」「ポップコーンを食べろ」という1コマだけの文字メッセージを繰り返し差し挟んだフィルムを放映した映画館で、コーラとポップコーンの売り上げが急増したという。しかし、再現実験では実証されず、後になって虚構であることが知れたため、心理学の分野では学説として認められていない。しかしながら、仮に事実とすれば広告主にとっては「魅惑的」であり、消費者にはある種の脅威となるので、マスコミによりセンセーショナルに取り上げられた。また、「サブリミナル効果を洗脳手段に使う」という設定のサスペンスドラマや映画もある。サブリミナル効果ではないが、記憶についてのある種の無意識的な効果が知られていることなどから、この「実験」が事実であったかのごとく誤認し、過大に取り上げるケースも一部に見受けられる。サブリミナル効果の応用であると主張する睡眠学習法や、深層心理に働きかけて成功に導くCD・DVDなどを販売するなどの便乗商法も後を絶たない。

テレビ放送においても、サブリミナル的なコマ挿入であると批判された例があり、日本民間放送連盟は表現倫理の観点から「視聴者が通常、感知し得ない方法によって、なんらかのメッセージの伝達を意図する手法(いわゆるサブリミナル的表現手法)は、公正とはいえず、放送に適さない」と放送基準に定めており、NHKにも同様の基準がある。NHKの大河ドラマ「天地人」では、2009年5月に放映した信長の最期のシーンに「天」・「地」・「人」をそれぞれイメージする3つのごく短いカットが挿入されていた。これについて、サブリミナル的手法ではないかと話題になったが、同局は信長の心理を表現した「短くても知覚できる」演出効果であるとコメントしている。


第二次世界大戦中には、タシストスコープ(en:tachistoscope、非常に短い時間だけ写真を投影する装置)を用いて兵士たちに敵機を認識させる訓練がほどこされた。今日では、この装置は読書速度の向上や視力検査のために用いられている。

2000年アメリカ合衆国大統領選挙のブッシュ候補のテレビコマーシャルで、ゴア候補の映像と共に「RATS」(ならず者・裏切り者)の文字が一瞬映り、サブリミナル効果ではないかと問題視された。実際は「BUREAUCRATS」(官僚)という単語が現れる瞬間に最後の4文字だけが映ったためであり、行政処分や選挙違反などの対象にはならなかった。

オウム真理教事件が日本を震撼させていた1995年5月2日、日本テレビ系列のテレビアニメ『シティーハンター3』第11話(1989年(平成元年)12月24日放送)の再放送で教団代表・麻原彰晃の顔が1フレームだけ挿入されていたことがTBS系のニュース番組で報道され、「サブリミナル効果」として問題視される。しかし、同年6月9日には逆に日本テレビ系列のニュース番組で、TBSのオウム真理教関連番組(1995年(平成7年)5月放送)に、麻原の顔等の画像が無関係な場面で何度も挿入されていたことが報道された。TBSはサブリミナル手法を番組テーマを際立たせる1つの映像表現として用いたと説明したが、非難が集中し、郵政省は同年7月21日、TBSに対し厳重注意を行った。これを受けて、TBSは「視聴者が感知出来ない映像使用はアンフェアであった」と謝罪した。

当初問題になった『シティーハンター3』も、同じく厳重注意を受け謝罪しているが、番組が放送された1989年時点ではオウムの犯罪性はまだ明らかになっておらず、「奇妙なパフォーマンスをする宗教団体」と思われていた時期だった。麻原の写真は同番組に挿入された複数のカットのうちの一つである(麻原のすぐ後には漫画『伝染るんです。』の登場人物「かわうそ君」が挿入されている)。

なお、1980年代から1990年代前半のテレビアニメでは、ビデオデッキで録画した番組をコマ送りしないと確認できないような内容に無関係なカットやメッセージを一瞬だけ挿入したり、群集シーンに別の漫画やアニメの登場人物を紛れ込ませるといった行為は制作スタッフの“お遊び”として当たり前のように用いられており、『シティーハンター3』だけが特殊なわけではなかった。しかし、ニュースでは麻原の写真が入っていたことのみがサブリミナル問題として取り上げられ、麻原以外のお遊びカットの存在や、TBS系も含む他のアニメ番組でも同様の無関係な映像が挿入がされていることについてはほとんど触れられることは無かった。

この事件以後、テレビ局の規制が厳しくなり、映像の変更が行われる番組もあったが、その後も何度か問題視されている。2004年(平成16年)2月、テレビ番組「マネーの虎」(日本テレビ)のオープニングに一万円札が、同時期の深夜アニメ『エリア88』(テレビ朝日)のオープニングに倒れている人や「WAR」「ATTACK」といった暴力を連想させる英単語が一瞬映っているとして相次いで報道された(どちらも報道後メッセージ性がないものに差し替えられた)。

1995年9月26日に日本放送協会(NHK)が、1999年には日本民間放送連盟が、それぞれの番組放送基準でサブリミナル的表現方法を禁止することを明文化した。

○日本放送協会 国内番組基準

・第1章 放送番組一般の基準
・第11項 表現
・6 通常知覚できない技法で、潜在意識に働きかける表現はしない。

○日本民間放送連盟 放送基準

・第8章 表現上の配慮
・(59) 視聴者が通常、感知し得ない方法によって、なんらかのメッセージの伝達を意図する手法(いわゆるサブリミナル的表現手法)は、公正とはいえず、放送に適さない。








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「大阪市長選、次点は白票?」

2014-03-24 07:29:50 | 日本

昨日(3/23)行われた大阪市長選。当選したのは橋下前市長だが、次点は何と白票無効票である。6万票余あったという。さらに投票率は23.59%である。

これは議会制民主主義に反するものではないのか?もし、白票に一票の法的効力があれば、恐らく数十倍の得票数になったであろう。さらに投票率は23.59%では、その地域に住む住民の民意を反映しているとは絶対に言えない。

直ちに現選挙法を正常に改めなければ民主主義国家が崩壊する。

例えば、投票率が、30%を切った場合や白票に一票の法的効力を持たせ、白票が有効投票率の1/3を占めた場合には、その選挙は無効とし、再度やり直しをする。それでも駄目なら議席を空席とする強い処分を科す。(今回の場合には、副市長が当面の間行政を運営する。一定期間が過ぎたら再度選挙を行う)これぐらいのことをしなければ、立派な政治家は生まれてこないし、選挙民も政治が他人事ではなくなり、強い関心をもつこととなる。結果、民意を反映した真の議会制民主主義政治が実現する。政治は遊びではない。


⇒参考記事

大阪市の出直し市長選が23日投開票され、大阪維新の会公認で前職の橋下徹氏(44)=日本維新の会推薦=が新人3人を破り、再選した。投票率は23.59%(前回60.92%)と、同市長選で過去最低だった。当日有権者数は211万4978人。

今回の出直し大阪市長選では、白票が4万5098票(投票総数の9.04%)もあり、当選した橋下徹氏に次ぐ結果になった。白票が次点候補者を上回るのは同市長選で初めて。白票を含む無効票は6万7506票(同13.53%)で、落選した3候補の合計得票5万3895票を上回った。出直し選を仕掛けた橋下氏に反発する有権者の票が、大阪府・市両議会の野党が候補を擁立しなかったために、行き場を失ったとみられる。

記録が残っている1951年以降、無効票の割合がこれまで最高だったのは63年の4.71%で、今回は8.82ポイントも上回った。同様に白票の割合は67年の1.79%で、7.25ポイントも上回った。

2005年にあった出直し市長選でも現職の対抗馬擁立が難航したが、無効投票率は2.63%、白票投票率は1.52%だった。また、河村たかし氏が市民税減税を訴えて仕掛けた11年の出直し名古屋市長選(投票率54.14%)では、無効投票率は1.36%、白票投票率は0.88%にとどまった。対抗馬選びが難航しがちな出直し選の中でも、今回は突出した結果といえる。

最近の選挙で無効票が多かったのは07年長崎市長選で、7.69%を占めた。選挙期間中に現職市長が射殺され、市長への期日前投票が無効票になるなどした異例のケースだが、今回はこれよりも5.84ポイント高かった。

一方、総務省によると、今回の投票率は、全国の政令市長選の投票率で、85年神戸市長選(22.44%)に次ぐワースト6位だった。過去最低は79年の京都市長選の16.13%。【山下貴史】









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「年金財政実質運用利回り1.7%のカラクリ」

2014-03-24 06:52:28 | 日本

年金財政検証「実質運用利回り1.7%のカラクリ」について、アゴラの 鈴木 亘さんが配信している。
参考になるので、以下、要約し記す。


公的年金財政の5年に1度の健康診断である「財政検証」(将来にわたる年金財政の維持可能性のチェック)の作業が、現在、厚労省によって行われている。

前回の2009年1月の財政検証で、厚労省は、リーマンショックの最中にもかかわらず、リーマンショック前の景気好調時の統計のみを使って、バラ色の経済前提シナリオを描き、年金財政の「100年安心」が確保されていると宣言した。しかし、特に今後100年近い期間における積立金の運用利回りを、4.1%もの高率に想定したことに関しては、「粉飾決算」との激しい批判が行われたことは記憶に新しい。

今回の財政検証は今年6月に行われるということであるが、既にその前哨戦は始まっている。前回批判を浴びた運用利回りを含め、将来の経済状況(経済前提値)をどう想定するかについて、厚労省・社会保障審議会の専門委員会で話し合われてきたが、先日(3月6日)の委員会で、厚労省からその原案が示された。

もっとも注目される積立金の運用利回りであるが、結論は、実質利回りは「1.7%」ということである。

なるほど! 実質1.7%であれば、物価上昇率1.0%とすれば名目2.7%である(1.7+1.0)。日銀のインフレーションターゲットがうまくいって物価上昇率が2.0%になっても、名目で3.7%(1.7+1.0)なのか。

いくらアベノミクスがうまくいっているとは言っても、現在の株高は一時限りだし、100年近い将来の利回りとしてはちょっと高いけれど、まぁまぁ前回の4.1%に比べればだいぶマシになったなぁ・・・などと思ったら、大間違いなのである。

驚くべきことに、今度は、「実質」という言葉が「粉飾決算」になっている。実質と聞くと、普通は誰もが「名目利回り─物価上昇率」と思うだろうが、今回、厚生労働省が考えた定義は「名目利回り─名目賃金上昇率」だそうである。具体的に、厚生労働省が示した資料には、下記のように、あからさまな記述がある。

「○ 名目値による運用利回りがひとり歩きして運用目標に関する議論が混乱したとの意見があり、運用目標としては、名目賃金上昇率を上回る運用利回り(α)のみを数値で設定(名目賃金上昇率は数値を示さない)するよう運用利回りの示し方を変更する。」

*下記の資料の16ページ。
http://www.mhlw.go.jp/file/05-Shingikai-12601000-Seisakutoukatsukan-Sanjikanshitsu_Shakaihoshoutantou/0000040148.pdf

うーむ。ますます、粉飾ぶりが巧妙になっている。しかも、「批判されないために、簡単に計算できないように数字を示して誤魔化す」との意図が露骨に表現されており、「大丈夫、厚労省?」と、その唯我独尊ぶりに、私でさえ思わず心配してしまうほどである。

いずれにせよ、我々は実質利回り1.7%という数字と、別の資料の中からこの記述を見つけて、さらに別の資料にある実質賃金利回りと物価上昇率の数字を足し合わせなければ、本当に知りたい名目運用利回りを計算できないわけである。まるで、パズルである。

では、その名目運用利回りの数字はいくらになるのかと言えば、いくつかのケースがあるが、その範囲は「3.0%~6.0%」という数字である。そして、恐らく厚労省が標準シナリオにしたい中間ケースの利回りは、4.2%である。

「いくらなんでも6.0%は酷かろう」と、専門委員会の委員たちからも批判が上がっているということなので、これは「のり代」として叩かれるための数字であり、厚労省は4.2%を採用させる目論見だと思われる。6.0%という数字があれば、4.2%ももっともらしく見えるという算段だろうが、これは前回、批判された4.1%よりもさらに高い数字である。

4.2%という数字だと、100年安心が今回も確保されるか、それよりも若干下回る程度の浅い傷で済むだろうから、抜本改革は必要ない(もしくは、基礎年金の65歳までの保険料徴収など、ほんの少しだけ手直し必要)という結論になりそうである。抜本改革はまた先送りされ、年金財政の立て直しも、世代間不公平の改善も遠のくばかりである。


実質1.7%のカラクリも含め、日経ビジネスオンラインのインタビューで詳しく説明しておいた。しばらくは無料で読めるようなので、ご参考まで。

○公的年金の運用前提、これでは“サギ”だ
鈴木亘・学習院大学教授に聞く

http://business.nikkeibp.co.jp/article/interview/20140317/261231/?rt=nocnt

拙著「社会保障亡国論」(講談社現代新書)にも、年金改革について詳しく書いているが、こんな数字をスルーしてしまうような専門委員会では、もう駄目だ。年金は、最悪の状態になるまでは、抜本改革されないだろう。











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「日本の暦・和風月名」

2014-03-23 07:19:01 | 日本

「日本の暦・和風月名」
日本の自然と人間が一体となった様子がよく顕れている「日本の暦・和風月名」について学ぶ。



旧暦では、和風月名(わふうげつめい)と呼ばれる月の和風の呼び名を使用していた。和風月名は旧暦の季節や行事に合わせたもので、現在の暦でも使用されることがあるが、現在の季節感とは1~2ヶ月ほどのずれがある。

・1月  睦月(むつき)  
正月に親類一同が集まる、睦び(親しくする)の月。

・2月  如月(きさらぎ)  
衣更着(きさらぎ)とも言う。まだ寒さが残っていて、衣を重ね着する(更に着る)月。

・3月  弥生(やよい)   
木草弥生い茂る(きくさいやおいしげる、草木が生い茂る)月。

・4月  卯月(うづき)    
卯の花の月。

・5月  皐月(さつき)    
早月(さつき)とも言う。早苗(さなえ)を植える月。

・6月 水無月(みなづき) 
水の月(「無」は「の」を意味する)で、田に水を引く月の意と言われる。

・7月  文月(ふみづき) 
稲の穂が実る月(穂含月:ほふみづき)

・8月  葉月(はづき)  
木々の葉落ち月(はおちづき)。

・9月  長月(ながつき) 
夜長月(よながづき)。

・10月 神無月(かんなづき) 
神の月(「無」は「の」を意味する)の意味。全国の神々が出雲大社に集まり、各地の神々が留守になる月という説などもある。

・11月 霜月(しもつき) 
霜の降る月。

・12月 師走(しわす) 
師匠といえども趨走(すうそう、走り回る)する月。











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「本物は謙虚である」

2014-03-22 21:11:55 | 日本

菅家一比古さんから「言霊の華」が届いた。
以下、要約し記す。


私は幼い頃より直観力の鋭い人間だった。そして年(歳)と共に磨きが増し、初めて会った人でも瞬間的に魂の行方が判ったほどである。どういうわけか記憶のある頃(三才位か)から祈り始めたのも不思議なことである。布団の中や柱の陰、押し入れ、物置、人の見ていない所で祈っていた。

父が家族を置いて東京に行ってしまった時、私は小学校の一年生だった。三男坊である私は、誰からも何も言われないのに、神棚のお世話を毎朝するようになった。母も兄弟姉妹も知り合いも、近所の人も、不思議な子と言っていた。

確か、小学五年生の時だったと思うが、夢の中にモーゼが現れ、高い岩の上から杖を高々と突き上げ「この杖を享けよ!」と投げつけた。ブーメランのように飛んできたその杖を、必死の思いで手で受け留めた。

何故モーゼだと判ったかと言うと、幼稚園がカトリックで、教会の聖画に描かれていたモーゼそのものだったからである。

朝、目が覚めて家族に言うと、皆ただ笑うばかりでとり合ってくれない。「ああ、これは言ってはいけないのだ」と、それっきり私の記憶の中の一コマとして封印した。

二十代になってからも、亡くなったGLAの高橋信次先生が夢の中に現れ使命のチェンジが行われたり、生長の家の創立者である谷口雅春先生が、五度ほど決定的(私の使命を告げる)に現れたりした。

この頃を境に、私は「天之御中主大神」を説き始めていた。

そして三十代、生涯の師、中西旭先生との出会いを果たし、古神道の世界に導かれたのでる。天之御中主大神を説いている私を、師は鋭く見抜かれたようである。

師によって禊(みそぎ)の世界に入って行った私は、ある日カリスマ否定宣言をした。私が目指しているのは「底光るただの人」だと。

中西旭先生から学んだことの大きな柱は「謙虚であること」だった。謙虚さの足らない高慢な私は、常にそのことを念頭に置いて歩んでいた。中西先生は謙虚の最たる方だった。

カリスマでもない、教祖でもない私。底光るただの人でありたい私。だからこそ天之御中主大神を深く捉え、会社を賜り、美し国を預かることができたのだと痛感する。

しかし、未だ未だ修業は果てしなく続く。







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「謙虚であることが最も美しい」

2014-03-22 21:11:03 | 日本

菅家一比古さんから「言霊の華」が届いた。
以下、要約し記す。



人間は氣づかぬうちにとことん傲慢になる。よく耳にするのは「地球を救う」という言葉である。これなどは全くもって傲慢の極みに達している。地球は滅びない。滅びるのは人間であり、人間のつくった文明である。救わなければならないのは人間である。

地球の歴史は自然淘汰の歴史である。あの恐竜時代でも二億年の間、栄えていた。勿論主人公は恐竜たち。人間の歴史はたったの十万年。短期間で自然環境を破壊し続けてきた。それによって人類社会は滅亡を招く。恐竜たちから笑われること必定である。恐竜たちよりもずうっと劣っていた人類だったと。

これからも数十億年生き続ける地球で、人間は果たしていつまで主人公でいられるか。新しい生物、生命体が人間に取って替わる時代がやってくるのかも知れない。近代文明とは傲慢極まりない文明である。人も文明も謙虚であるべきである。謙虚な人こそ「美しい」人である。

美しいものに愛は流れる。美しいものは守られる。私の「美しい」原点は禊をしながらする祈りだと実感している。この祈りに「我(が)」入らないよう「請い願い(執着が入る)」や「念力」を排除する。美しい祈りの言霊が言霊を呼(喚)んでくる。自分が祈っているのではない。祈らされている。導かれるかのように祈っているのである。

計らいが消えて、大いなるものの計らいが私の身も心も覆っていくのが判る。この祈りこそ最強の武器である。

いえいえ、この表現もこの思いも、やはり「思い上がり」で謙虚さに欠け、もう既に美しいとは言えないのかもしれない。自戒と内省と感謝あるのみ。






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「空前の和食ブームを追い風にせよ」

2014-03-19 09:16:22 | 日本

白田茜さんの論文「空前の和食ブームを追い風にせよ」食の国日本に必要な輸出戦略とは?を、以下、要約し記す。



政府は、農林水産物・食品の輸出額を2020年に1兆円規模にするとの目標を掲げた。各都道府県も海外で自治体主催の展示会を行うなど、輸出の促進に向けた積極的な取り組みを行っている。

輸出先の中心になっているのは米国とアジア。特に高所得者層の増加が著しいアジアへの輸出の伸びが顕著である。こうした動きの背景には、日本の人口が減少に転じ、国内市場が規模縮小していることがある。新たな市場の開拓が迫られている。以下、日本食品の輸出の可能性と課題を探ってみたい。

ユネスコの無形文化遺産に登録された和食。世界では「健康的な食事」として以前から注目を浴びていた。2013年時点で日本食レストランは世界に約5万5000店ある(外務省調べ)。2006年には約2万4000店だったので急増していることが分かる。主な地域では、アメリカなど北米に1万7000店、アジアに約2万7000店あると推計されている。

日本のレストランチェーンも次々と海外に進出している。家庭的な和定食が好評の「大戸屋」は、2014年現在、タイに42店舗、台湾に17店舗、インドネシアに6店舗、香港に4店舗、上海に1店舗、シンガポールに3店舗、アメリカに2店舗を出店している。

ちなみに、「和食」ではないが、カレーハウス「CoCo壱番屋」もアジアを中心に出店。現在、中国に36店舗、香港に7店舗、台湾に21店舗、韓国に20店舗、タイに20店舗、シンガポールに3店舗、インドネシアに1店舗ある。このように、近年レストランチェーンの出店の中心になっているのがアジア圏である。

農林水産省によると、世界の食の市場規模は2009年時点で340兆円。2020年にはアジア圏の経済成長などで680兆円に倍増するという。アジア圏だけ見ると、市場規模は2009年の82兆円から229兆円へと約3倍に増加すると予測されている。背景には、アジアの経済発展で高額所得者層が急激に増加していることがある。

今や、日本から海外への輸出は、対アジアが72.8%で大部分を占める。次いで北米16.5%、ヨーロッパ5.9%となる。国・地域別に見ると、日本最大の輸出先は香港。次いで、台湾、中国、韓国、タイ、ベトナムと続く。これまで日本の最大の輸出先は北米だったが、2009年に香港に取って代わられた。

和食がユネスコの無形文化遺産に登録されたことや、和食ブームを追い風に伸びたという。特に経済成長が続くアジア地域への輸出が大きく伸びている。味噌・醤油、日本酒などの和食関連の商品が伸びたほか、ホタテやりんごなどの農林水産物も好調だったという。

和食ブームを受け、味噌・醤油など和食文化を代表する食材を中心に輸出を伸ばそうとしている。しかし、日本の輸出総額51億ドルのうち、味噌・醤油等は3億ドル、日本酒は1億ドル、茶は0.6億ドルに過ぎない。和食を代表する食材が占める割合は決して多いとは言えない。

そこで、政府は「日本『食』の基軸となる食品・食材を、食市場の拡大が見込まれる国・地域へ輸出することで、2020年までに1兆円目標を達成」すると新たに目標を定めた。

同時に、2012年から2020年にかけての重点品目の輸出目標額を定めた。水産物を1700億円から3500億円に、味噌・醤油などの加工食品を1300億円から5000億円に、米・コメ加工食品は130億円から600億円に、りんごなどの青果物を80億円から250億円に、牛肉を51億円から250億円にするという。

輸出するために押さえておかなければならないのが、輸出先の規制や認証制度である。

近年増え続けるアジア圏への輸出で壁になっているのが、イスラム教徒の戒律に基づいた食品「ハラル」である。

イスラム教には様々な戒律がある。豚やアルコールは口にできず、牛肉や鶏肉はルールに従って処理されたものでなければならない。この戒律に基づいた食品を「ハラル(「不浄ではない」という意味)」という。

東南アジアにはイスラム教徒が約2億人いると言われており、インドネシア、マレーシアに多い。タイ、フィリピン、ミャンマー、中国にもいる。

食品が国境をまたがって流通をしている現在では、東南アジアの各国政府やイスラム団体が「ハラル認証」を始めている。生産地から消費者までのすべての製造流通過程を情報公開し、第三者機関が監査し認められなければならないといった厳しい内容である。

日本でハラル認証を受けている企業は、キユーピーや味の素など。熊本県のゼンカイミートは日本国内で初めてハラル認証された牛肉を扱っている。日本ではハラル認証を取っている企業はまだ少ない。
認証取得をはじめとする海外への輸出体制には、まだ課題が残されている。

日本食ブームに追い風を受けながら輸出を拡大しようとしている日本。しかし、制度、慣習や文化の違う外国で、もともとその国にある食品と競合することになる。国内で売るよりずっとハードルが高いことは想像にかたくない。輸出拡大の鍵を握るとされる和風調味料でさえも、日本から輸出されているものではなく、現地調達されている場合が多いと聞く。

輸出先の国の食文化をよく知り、どうしたら現地に入り込めるのか、支持される価格はどうか、流通はどうなっているのか、広告・販促活動はどうすれば効果的か、明確な戦略を立てていく必要があるだろう。








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「2016年、米軍撤退でアジアの大混乱が始まる」

2014-03-19 09:14:52 | 日本


日高義樹さんのワシントン情報「2016年、米軍撤退でアジアの大混乱が始まる」の論文には驚くべきことが書かれていた。凄く重要であるので、以下、要約し記す。




◎アメリカ軍はアジアからすべて引きあげる
   
アメリカは2014年以降、本格的にアジアから引きあげる。すでに述べたように、沖縄からグアム島に海兵隊が移動し、日本にアメリカの基地はあっても、アメリカ軍がまったくいない状況になる。

アメリカ第七艦隊が横須賀や沖縄に基地を持っているが、海軍というのは、孤立主義の象徴と言ってもよく、基本的にはアメリカ本土から出撃する体制をとる。海軍力の日本における存在は軍事的には無視される。

2016年、アメリカ陸軍部隊は完全に韓国から撤兵する。アメリカ軍はアジアからすべて引きあげることになるのである。アジアを取り巻く西太平洋、日本海から南シナ海、インド洋からペルシャ湾に至る広大な海域は、アメリカの戦力地域からはずされることになる。その結果、アジアにおいて、これまで予想しなかったような大動乱が起きると予測される。

日本にとって最も懸念されるのは、いくつかの戦争と、インドネシアのイスラム勢力による反米の動きが、中近東から日本への石油の流れを阻害する結果、日本に石油危機が到来することである。

そうした戦争をもたらす要因として、中国、ロシア、インドなどにおける地殻変動的な政治的変革を挙げることができる。まずこの変動について述べてみよう。

アメリカ国防総省の推定によると、中国国内の政治情勢は2013年現在、きわめて不安定になっている。アメリカ国防総省の中国専門家は次のように指摘している。

「習近平政権は軍部の圧力のもとにあり、中国の地方は完全に無政府状態になっている。軍部の力がなければ中国の統一は不可能な状態になっている」

この国防総省の分析に、アメリカのCIAなども同意している。習近平政権の誕生は、実質的には軍部による政権収奪であったと見ている。

アジアの3番目の勢力であるロシアは、プーチン大統領が全体的な情勢を把握してはいるものの、極東および中央アジアにおける政治力が極端に低下しているだけでなく、国防力も弱まっている。

アジアにおける4番目の大国インドは、経済がうまくいっていない。このため、経済的に影響力を失いつつある。インドは2002年から2011年まで、年間の国内総生産を7.7パーセントまで拡大し、中国に追いつきつつあった。ところが2012年に入ると急速に経済の開発が縮小し、通貨ルピーが安くなる一方では、インフレがひどくなり、財政赤字が止まらなくなっている。

インド経済がつまずいたのは2004年に登場した現在の政権が経済政策を誤ったからであり、アメリカのオバマ大統領と同じように経済の構造改革ができず、一方で社会福祉の経費を増やしすぎてしまったからである。

「中国の国内が混乱して軍部が権力を掌握している。インドの経済開発が失敗し、当面、国際的な地位が縮小し続けている。そして日本は相変わらず日和見主義を続けている」

アメリカ国防総省やCIAはアジアの情勢についてこう見ている。このため、アジアが大混乱するのは避けられないと分析しているのである。

アメリカ国防総省がまとめた「2025年後の世界」という予測の中では、アメリカ軍が東シナ海、西太平洋、南シナ海、そしてインド洋から、兵力を引きあげるため、大きな軍事的変動が起きると予測している。

アメリカ陸軍やCIAの推定によれば、2016年以降、南北朝鮮合併の動きが強くなる。政治的に見ればこの合併は不可能だと思われるが、中国の影響力と日本に対する戦略的な目的から、統一・合併の動きが強まると見る分析官が多くなっている。国防総省の専門家は韓国と北朝鮮が合併すれば、核兵器を背景に日本に対する戦略的な脅しを強め、極東アジアが一挙に緊張すると見ている。


◎圧力を増す中国の動き

続く大きな問題は、ロシアと中国の国境および中央アジアの情勢で、今後急速に緊張が高まり、各地で混乱が起きると予想される。アメリカ国防総省は中国がエネルギー不足から、周辺に対する戦略行動を強化し、向こう1、2年以内にシベリアやカザフスタンなどに対する侵略を開始すると分析している。

この中国の動きに対してロシア側は核兵器による報復の脅しをかけるとともに、軍事行動の準備に入る。極東ロシアや、中央アジアに油田を持つ世界の巨大石油企業は、アメリカに介入を求めるが、アメリカ議会は簡単には動かないと予想される。

第三の紛争地域は台湾である。中国は台湾を合併する欲望を捨てていない。香港方式の合併を求め、アメリカが軍事力を後退させるとともに、露骨な動きに出てくる。これに対して台湾側は、核兵器の開発を含め、中国に対する対立的な態度を変えないと思われる。しかし、ここでもアメリカが積極的に軍事力を使って介入する見通しはあまりない。

アジア4番目の衝突はインドネシアである。インドネシアのイスラム勢力が暴動を起こし、マラッカ海峡や、スマトラとジャワ島の間のスンダ海峡、バリ島とロンボク島を隔てるロンボク海峡の閉鎖を行い、世界の海上輸送に大混乱を生じさせる。

インドネシアのイスラム勢力が行動を起こすのは、次のアメリカ大統領選挙戦の最中である2016年になると思われる。大統領選挙が終わったあと、アメリカ国内では、アメリカ海軍をインドネシアに送るかどうかという問題が論議されると思われるが、アメリカ国民は賛成しないだろう。一方、中国とインドは積極的に介入し、インド海軍はマラッカ海峡までを制圧すると思われる。

こうした変動の結果、石油の値段が一時的に上がったり、周辺が大混乱したりするが、アメリカの世論はアメリカ海軍が再びアジアへ戻っていくことには反対すると思われる。

インドネシアの暴動などの結果、シーレーンの確保に中国とインドが重大な役割を果たすことが明確になるとともに、インドと中国の海軍力の同盟体制が確立することになる。アメリカ海軍がアジアに戻らないことが明らかになるとともに、アジアにおける新しい軍事バランスが確立することになる。

2020年から25年にかけて、アメリカの核拡散防止政策が力を失い、世界各国が核兵器を競ってつくるようになると見られる。この結果、日本がアメリカの核の傘の下に居るために同盟体制を取り続けるのか、あるいは独立した軍事力を持つようになるのか、さらには中国との軍事同盟体制をとるのか、重大な選択に迫られると、国防総省関係者は見ている。

アメリカ国防総省をはじめ専門家が最も注目しているのは、日本の核装備と日本の軍事力強化である。それと同時に、インド、中国、インドネシア、台湾が日本との戦略的な話し合いに力を入れてくると見ている。CIAも10年後には、日本、インド、中国、ロシア、それに台湾との戦略的な話し合いがきわめて重要になってくると見ている。


◎石油が日本に来なくなる~迫られる選択

こうしたアジアにおける新しい戦略体制の話し合いは、アジアの国々が、アメリカ抜きで、石油などの海上輸送路の安全を確保する体制を考え始めていることを示している。2016年以降は、世界の石油の需給体制が混乱し、アジア全体が動揺するが、それと並行して中東において再び混迷が始まる。

アメリカはシェールガスとシェールオイルの増産が確実なこと、カナダやメキシコからふんだんに石油や天然ガスを得られることから、中東への関心をなくしつつある。とくに外交問題を軽視するオバマ政権は、イラク、アフガニスタンを見捨てるだけでなく、イランとの関わりをも放棄しようとしている。

オバマ大統領はイランに対する経済制裁をやめることで、イランに核兵器開発を諦めさせようとしているが、この外交戦略がうまくいくはずがない。イランは核兵器開発の道を突き進むだろう。

イランの核開発は中東情勢だけではなく、アジア太平洋の軍事情勢を混乱させる。いま中東で懸念されているのは、過激派の攻勢によってパキスタンが国家としての機能を失い、崩壊することだ。

中国はパキスタンにテコ入れをしようとしているが、インドがそれを許さないとアメリカの情報関係者は見ている。またインドとイランは、アフガニスタンを分割するための話し合いを始めるとともに、軍事的な占領体制を強めてくると見られている。

アメリカの専門家は、中東情勢がどのような形で安定するか見極めかねている。最悪のシナリオは、アメリカがアフガニスタンとの間でアメリカ軍を駐留させるための地位協定を結ぶことができず、アメリカ軍が完全に撤退したあと、アルカイダ系の部族の首脳が大統領に就任することだ。

イラクとアメリカの関係もうまくいっていない。このため、中国が経済的な影響力を急速に強めてきている。中国、インド、イランが軍事的な協力体制を強化し、中東情勢を安定させた場合、日本の立場は苦しくなる。

日本はインド、中国との関係を強化して、石油の安定供給を図ろうとすれば、アジア、西太平洋において、アメリカとの関係を断ち切っていかなければならなくなる。日本とアメリカの関係が弱くなれば、中国の強い影響のもとに置かれることになる。アジア極東における日本の立場は急速に悪くなる。

向こう10年、東南アジアが混乱すると同時に、その混乱が中央アジアや中東にも及べば、日本の石油戦略に大きな影響が出てくるのは避けられない。その場合、アメリカのシェールガスや天然ガスにどこまで頼ることができるかが、日本の政治的、そして軍事的な立場を決めることになる。中国をとるか、アメリカをとるか、日本の存在を賭けた選択を日本は避けることができない。





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