浜名史学

歴史や現実を鋭く見抜く眼力を養うためのブログ。読書をすすめ、時にまったくローカルな話題も入る摩訶不思議なブログ。

【本】松尾尊兌『昨日の風景 師と友と』(岩波書店)

2020-01-17 23:13:59 | 近現代史
 松尾氏は京都大学で教鞭を執った日本近現代史学者である。松尾氏の大正デモクラシーや普通選挙制度成立史などの研究書を何冊か保有し、また読みもしている。文章はわかりやすく、またきちんと実証的な研究をされていて、近現代史を学ぶ者は、松尾氏の研究書を必ず読んでいることだろう。

 私は、一度だけ松尾氏と会ったことがある。私の属する研究会に総会記念講演の講師としてきていただいたのだ。それ以外は、本でしか接したことがない。

 本書には、松尾氏が書いた追悼文が多数掲載されている。そのほとんどは歴史研究者であるが、そのうち一人だけよく私が交流していた学者がいる。江口圭一氏である。江口氏は、『15年戦争史』などの著書で有名だが、自伝的な内容の『まぐれの日本近現代史研究』を最後に亡くなられた。私もその本をいただいてすぐに江口氏の訃報を聞き驚いたことがある。その後、自伝を書くと長命はできないということを聞き、私は自伝的なものは書かないようにしようと思ったことがある。

 松尾氏が言及している学者のほとんどはもう亡くなっているが、私が歴史学の勉強をしていたときに読んだ研究書の著者たちであり、私も歳を重ねたなあと言う感慨がある。そのため、私自身の研究ももはや過去になったという気もする。松尾氏も、すでに亡い(2014年に逝去)。

 本書を読んで、記憶に残しておかないといけないと思ったことを紹介しておく。

 まず山川菊栄が馬場孤蝶に宛てた書簡のなかに、関東大震災を安政の大地震に、大杉や平沢らの虐殺を安政の大獄になぞらえたことが記されていたという記事(24ページ)である。そういう見方を山川菊栄がしていたことを忘れないでおこうと思う。

 1945年の敗戦のあと、昭和天皇は「人間宣言」をだすが、それを松尾はこう書いている(54ページ)。

 昭和天皇は敗戦直後「人間宣言」というもの出しましたけれど、私に言わせれば、あれは人間の「天皇宣言」なのです。天皇が、自分は神ではないが、依然として日本帝国の君主だと宣言したのです。要するに彼は、死ぬまで「我こそは天皇である」「日本国の統治権の総攬者である」という意識を持ちつづけたと思います。そういう人間をアメリカも、歴代の日本政府も奉って、利用した。あれだけの戦争をやって、国民に一言も謝罪せず、退位もせずに居すわった昭和天皇は、政治家、しかもそう簡単に片付けられない政治家だと思います。

 いわゆる天皇の人間宣言を、松尾氏は上記のように解釈したのであるが、さすがだと思った。

 (この項つづく)

※ 書いたものを私が読んでパソコンにデータとして記録させるために、私はドラゴンボール11というソフトを持っていたが、それはWindows10では使用できないということでインストールしなかった。しかしWindows10には、音声認識の機能があることを知ってやってみた。完全に読み込むことはできなかったが、少しの修正で、松尾氏の書かれたことをデータ化することができた。Windows10では、音声認識ソフトを購入する必要がない、ということである。
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伊方原発運転差し止め

2020-01-17 20:48:42 | 政治
 四国電力伊方原発3号機(愛媛県伊方町)の運転差し止めを山口県東部の住民が求めた仮処分申請の即時抗告審で、広島高裁(森一岳裁判長)は17日、申し立てを却下した2019年3月の山口地裁岩国支部の決定を取り消し、運転差し止めを命じる決定を出した。(『毎日新聞』記事。)

 こうした判決を下した裁判長にありがとう!といいたくなる。

 裁判長はすぐに定年となるそうだ。残念ながら日本の司法は行政から独立していないので、政府の政策に反するような判決を下すと、その裁判長は左遷される。だから、左遷されたくないために、政府の政策に反するような判決を出さない。実際、教科書裁判や朝日訴訟で原告を勝たせた杉本良吉裁判官は、そのあと家裁に回された。もちろん杉本裁判長はそうされることを覚悟して原告を勝たせたはずだ。

 この判決を下した裁判官はすぐに定年を迎える。だからこうした判決をだした。裁判官のなかには、「良心」にしたがって政府の政策に反するような判決を出したい人もいることだろう。だが、左遷されたくないために、「良心」を曇らされてしまうのだ。

 日本がもっと民主主義的な国家であったなら、良心的は判決がもっともっと出てくるだろうに・・・・・
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【本】滝沢秀一『ゴミ清掃員の日常』(講談社)

2020-01-17 20:28:32 | 社会
 30分で読める漫画である。しかし中身は濃い。

 著者の滝沢さんは、芸人であると同時にゴミ清掃員だ。芸人として売れない彼は、ゴミ清掃員として生きるところから生活の糧を得ている。この漫画には、滝沢さんの真面目で真摯な性格と、人生に対する透徹した思想が描かれている。

 人間として生きるためには、まず稼がなければならない。ゴミ清掃員として発見したこと、考えたことが盛り込まれている。

 私の家のすぐ近くが、ゴミ集積場となっている。そしてそこにゴミを出す住民が一週間ごとにゴミ当番となってゴミの出し方を見つめている。燃えるゴミが週二回、プラゴミが週一回、資源ゴミ(ペットボトル、カン、瓶)が2週間に一度、不燃ゴミも2週間に一度、そして電池や蛍光管、スプレー缶が月一回である。高齢者がいるために、時々、間違って出されることがあるけれども、私が住むところは、滝沢さんが「芸術的な美しさ」と思えるような出し方がされていると思う。
 出されるゴミがその人の生活を表し、またゴミの出し方によってその地域のコミュニティのありかたがわかるという。そうだろうな、と思う。

 読んでいて感動したのは、内山さんのことだ。30代で子どもが四人、ところが癌になってしまった。化学療法をしたが吐き気が止まらず、それをあきらめ、亡くなる三日前まで仕事をした。ゴミ清掃員としての日常を続けることによって自らの生をまっとうさせたのだ。その生き方には、まさしく思想がある。

 滝沢さんは、内山さんの生き方を学び、またそれ以外の同僚からもいろいろなことを学び、ゴミ清掃員として頑張っている。

 この漫画を読んで、ゴミの出し方に注意しなければいけないということを学び、そして内山さんたちの生から生き方を学ぶ。

 日々の日常を生きるところに小さな幸せをみつけ、貧しいながらも幸せな家庭生活を送っている滝沢一家に、少しでもこの本の印税が入ることを願って、ここに紹介する。

 ただし私はこの本を買ったわけではなく、図書館から借りてきた。
 
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