浜名史学

歴史や現実を鋭く見抜く眼力を養うためのブログ。読書をすすめ、時にまったくローカルな話題も入る摩訶不思議なブログ。

国家財政は自民党の財政でもある

2020-09-30 22:06:05 | 政治

中曽根元首相の合同葬、予備費9600万円は「必要最低限」? 政府支出に法的根拠なし

 法的根拠がなければ支出してはいけない。しかし支出する。日本のデタラメ、ここにも。

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厚労省の医系技官は外国語文献が読めない

2020-09-30 21:27:25 | コロナ

 以前村上直子の『さらば厚労省 それでもあなたは役人に生命を預けますか?』(講談社)を紹介した。そのとき、厚労省の医系技官は外国語文献を読めない、ということも紹介した。

 なぜ日本の COVID-19対策が国際水準にはるかに及ばないのか、はここにある。彼らは「出世」と「利権」にうつつを抜かしているのである。

コロナ長期合併症軽視するな

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COVID-19に関する情報

2020-09-30 21:21:30 | コロナ

 政府・厚労省の医系技官たちは、国際基準の対応をしない。なぜなのか。おそらく「利権」に関わる。「利権」につながらない限り、動かないということだ。「利権」こそ第一の目的であって、そのなかで国民の生命や健康が冒されても意に介さないということなのだろう。

 メディアは、政府系の「専門家」の意見を多く報じているから(『日刊ゲンダイ』は別)、 COVID-19にどう対応したら良いか、が不明瞭化されるのだ。

7千例のコロナ感染者、屋外感染は「1件」との調査結果…なぜ日本メディアは報じないのか

 

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メディアはご臨終

2020-09-30 07:25:47 | メディア

 安倍晋三の記者会見。事前に質問する人(会社)、その質問内容を聞いておいて、官僚がその答弁内容を用意、会見が始まると、司会者は質問者を指名し、用意されていた質問に対する答えを安倍晋三は読み上げていた。

 つまりやらせであった。メディア各社はそれを認めて、そのやらせに協力していたのである。新聞もテレビも、台本に基づいた役割を果たしていた。要するに茶番であった。とりわけNHKは官邸に全面協力していたのである。

 新聞もテレビも、報道機関としてはすでにご臨終、いや死んでいた。

 政治権力に翼賛するメディアが、官許の情報を私たちに提供する。

 そんなメディアにカネを払いたくはない。かろうじて私は『東京新聞』購読の代金を払っているが、それ以外メディアにはカネを払いたくはない。もちろんNHKにも、である。

 【神保哲生さん】「政権ベッタリの記者たち ~政府が特権を与えることでメディア操作~」

 

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生き方

2020-09-29 22:18:35 | 社会

 人間は自分自身を確認するためには、他者を必要とする。他者の中に映し出される自分を感じ、あるいは他者の反応の中に自分自身を確認する。他者とのやりとりのなかで、人間はみずからを形成していく。

 しかしそれは主に思春期である。その頃に一定のアイデンティティは確立するのだが、なかにはそれができずに、つまりアイデンティティが確立しないままに大人になる人がいる。そういう人は、大人になってから自分の周囲にいる人びとの言動にみずからを合わせるような生き方をせざるを得ない。

 おのれを空しくして生きてきた大人は、あるとき、周囲にいる人、あるいはネットの記事、あるいは雑誌などから、おのれの虚しさを埋めてくれる何ものかを得ることがある。「ああこれだ!」というわけである。

 そしてその多くは、案外努力しなくても、簡単に分かることで、複雑さはない。考える必要もない、単純な内容に、「ああこれだ!」と乗っていく。今まで己を虚しくしていたから、真っさらであるが故に、すーっと入り込む。そして思い込んでしまう。

 自分の周囲にいる大人たちも、それを繰り返しているし、自分自身が同じことを語ると彼らは賛意を示してくれる。

 「ああこれだ!」は、ネトウヨが流す、ファクトを無視した、デタラメの言説なのである。

 杉田某は、おそらくそういう大人なのだろう。

「女性はいくらでも嘘」は杉田水脈氏の戦略? “成功”は完全否定しておきたい

 杉田某の存在理由、国会議員としての存在理由は、そうした言説を振りまくことであり、それが期待されて安倍晋三から拾われたのである。杉田はそれを続けるしかない、それ以外には何も期待されない、のである。杉田某も、それ以外のことをする能力は、おそらくない。彼女の顔が、それを表している。

 

 

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テレビメディアのネトウヨ化

2020-09-29 13:05:34 | メディア

 今では、ネトウヨがトレンディなのだ。だからネトウヨ的な人物を抜擢すれば、視聴率が上がる時代となっている。

 テレビを見ない私としては、すでにテレビメディアは終わっているという気持を持っている。時たま余所で見ることもあるが、あまりにもつまらなくて、目を向けることはしない。

 時代は、「時流」というものができるとそれにながされながら動いていく。現在はネトウヨの時代。ネトウヨの時代というのは、学問や事実(ファクト)が無視ないし軽視される時代。だからテレビメディアも、それに沿った動きをとる。報道機関としては自殺行為であるが、国家権力も民衆もそれを望む。すべてのテレビメディアがご臨終である。時たま申し訳程度に「よい」といわれる番組を放映するようだが、プラスマイナスは、完全にマイナス。つまり見る価値はないということだ。テレビを見る時間は無駄な時間ということでもある。

 ネトウヨ局アナ・小松靖がテレ朝看板ニュース番組のメインキャスターに! テレ朝の御用化が止まらない、政治部には菅首相との…

 

 

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PCR検査とソフトバンク

2020-09-29 12:06:27 | コロナ

 経済活動を本格的に軌道に乗せるためには、PCR検査を広汎に行うこと、それが必要だと私は主張してきた。しかし、他の国のようには、日本政府は検査の拡充にまったく取り組もうとしない。

 PCR検査は3~4万円かかるといわれる。

 PCR検査は、なぜこんなにも高価なのか。政府は検査にはそれだけカネがかかるのだと主張する。しかし実際には2000円以下で可能だという。

 ソフトバンクは、2000円で検査をするという。

森永卓郎さん】「PCR検査、ソフトバンク2000円なのに国は3万円の謎」

 

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芥川龍之介の舌鋒

2020-09-29 11:02:59 | 芥川

 「侏儒の言葉」は、鋭い。

「人生」というところには、「人生は狂人の主催に成ったオリムピック大会に似たものである」という文言がある。なるほどオリンピックは「狂人」の主催であることは間違いがない。彼等「狂人」は、さらにカネが大好きである。競技者は、かれら「狂人」のために、グランドなどでピエロを演じるのだ。

 「或自警団員の言葉」には、「鳥はもう静かに寝入っている。夢も我我より安らかであろう。鳥は現在のみに生きるものである。しかし我我人間は過去や未来にも生きなければならぬ。という意味は悔恨や憂慮の苦痛をも嘗めなければならぬ。」とある。その通りである。だからこそ、吾々は悔恨や憂慮の苦痛につながらないように生きねばならない。時に襲い来る悔恨や憂慮の苦痛を少なくしないと、とても生きていけないからだ。

 「政治的天才」のことば。「古来政治的天才とは民衆の意志を彼自身の意志とするもののように思われていた。が、これは正反対であろう。寧ろ政治的天才とは彼自身の意志を民衆の意志とするもののことを云うのである。少くとも民衆の意志であるかのように信ぜしめものを云うのである。」だが、新自由主義の下、民衆の意志とは無関係に政治が行われる。民衆の意志は無視しても良いというのが現代。そしてまた多くの民衆の意志とは、ただ権力者がやることに賛意を示すこととなっている。「政治的天才」にとっては、もはや「天才」は無用である。

 「危険思想」。「危険思想とは常識を実行に移そうとする思想である。」その通りである。すなわちこれは、現実の社会がいかに「常識」が通用していないところであるかの証明である。

 「民衆」。「民衆は穏健なる保守主義者である。制度、思想、芸術、宗教、ー何ものも民衆に愛される為には、前時代の古色を帯びなければならぬ。所謂民衆芸術家の民衆の為に愛されないのは必ずしも彼等の罪ばかりではない。」なるほどその通りである。どうしたら「民衆に愛される」のかは、しっかりと視野に入れなければならない。と書いた芥川、次にはこう書いている。「古人は民衆を愚にすることを治国の大道に数えていた。丁度まだこの上にも愚にすることの出来るように。或は又どうかすれば賢にでもすることの出来るように。」と。民衆に働きかけて「愚」に、或いは「賢」にしようとしても、ムダということなのか。

 「事実」。「しかし粉粉たる事実の知識は常に民衆の愛するものである。彼等の最も知りたいのは愛とは何かということではない。クリストは私生児かどうかと言うことである。」は、正しい。民衆は体系だった学問や哲学とは無縁に生きている。民衆だけではない。政治家や官僚その他、同じである。日常生活や政治は、学問と切り離されたところで営まれているのだ。

 「可能」。「我々はしたいことの出来るものではない。只出来ることをするものである。これは我我個人ばかりではない。我我の社会も同じことである。恐らくは神も希望通りにこの世界を造ることは出来なかったであろう。」確かに。こうしたいと思っても、望み通りにはいかない。出来ることしかできないから、出来ることをしていくだけだ。寂しいことだが。

「芸術」の「又」。「芸術も女と同じことである。最も美しく見える為には一時代の精神的雰囲気或は流行に包まれなければならぬ。」これも真理である。ということは、美しく見せるためには「一時代の精神的雰囲気或は流行」をきちんととらえなければならないということである。

 「兵卒」。「理想的兵卒は苟も上官の命令には絶対に服従しなければならぬ。絶対に服従することは絶対に批判を加えぬことである。即ち理想的兵卒はまづ理性を失わなければならぬ。」「理想的兵卒は苟も上官の命令には絶対に服従しなければならぬ。絶対に服従することは絶対に責任を負わぬことである。すなわち理想的兵卒はまず無責任を好まなければならぬ。」とあるが、しかし芥川は日本社会を正確に理解しておらぬ。絶対的服従は求められる。がしかし、「兵卒」は責任を負わされる。逆に指揮官の高位にいけばいくほど、責任は追及されない。1945年に終わった戦争でそれが明らかになった。「兵卒」は理性を働かせることなく「上官の命令には絶対に服従」し、結果については絶対に「責任」を負わされる。しあたがって、「兵卒」ほどみじめな存在はない。

「結婚」。「結婚は性欲を調節することには有効である。が、恋愛を調節することには有効ではない。」と芥川は書く。しかし性欲の表れが恋愛であるのだから、要するに調節は出来ないということだ。かくて「不倫」がはびこる。

「自由」。「誰も自由を求めぬものはない。が、それは外見だけである。実は誰も肚の底では少しも自由を求めていない。・・・しかし自由とは我我の行為に何の拘束もないことであり、すなわち神だの道徳だの或は又社会的習慣だのと連帯責任を負うことを潔しとしないものである。」「自由は山嶺の空気に似ている。どちらも弱い者には堪えることは出来ない。」

 確かに人びとは自由を持てあましている。とくに男性。退職すると何もすることがなく、テレビばかり見ている。私の友人が70を過ぎてもとの職場でまた働き始めた。私に「みんながうらやましがる。何もすることがないのに、あんたは仕事がやれて幸せだと言われる」と。働くということは、自分の自由を売ることである。私は自由が大好きで、やることはたくさんある。この自由を売ることはしない。本を読み、野菜を育て、花を栽培する。コロナ禍で今はしていないが、旅行も自由に出来る。人びとは自由があってもその使い方を知らない。フロムの「自由からの逃走」はその通りである。自由があるからこそ、芥川龍之介全集を読める。読書の習慣のない人は気の毒だ。本を読めば読むほど、新たな思考が芽生えて、精神も自由になる。

 自由をつかえない人びとが、この社会にはたくさんいる。だから自由を抑圧する「自由民主党」の支持率が高いのだ。

 「文章」。「文章の中にある言葉は辞書の中にある時よりも美しさを加えていなければならぬ。」とは、良い言葉だ。芥川はまさにそうして文を書いてきた。私も精進しなければならない。

 

 これで全集第7巻は読了。

 

 

 

 

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ダム、ダム・・・

2020-09-29 09:39:22 | 政治

日本の行政は、基本的に「利権」につながる。

ダムも利権である。ダムを造れば土建屋がもうかる。県の職員や国交省の役人もそうした土建屋に天下りできる。

静岡県の西部を流れる太田川。太田川の上流部に太田川ダムがある(周智郡森町)。1970年代初めの七夕豪雨に対する防災用のダムとして建設されたが、そこに利水の機能をつけた。そのほうが国からの補助金を得やすいということだったらしいが、しかし周辺市町は太田川ダムからの上水はいらない。しかし静岡県に押し付けられ、太田川ダムから水を購入している。

 太田川ダムからの水を必要としない浜松市がもっとも多額のカネを払っている。できてから総額100億円(確認していないのでこの数字は?)だったか、ばく大なカネが消えている。

 

 とにかく国交省も静岡県もダムを建設したい。多額のカネが動くし、天下り先も確保できるというものだ。

 日本政府も自治体も、「利権」につながる支出はためらいがない。

球磨川の悲劇を繰り返さないために。なぜ日本の水害対策は「命を守る」視点が欠けているのか?

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日本と韓国と

2020-09-28 20:32:14 | 社会

 以前このブログで、一人当たりのGDPが韓国とほぼ同じで(購買力平価での比較)、すぐに韓国が日本を追い抜いていくだろうということを指摘しました。日本以外は賃金が上昇しているので、外国の国々が日本をさっさと追い越しているのです。

 

 その象徴が、韓国の給食です。以下に紹介するサイトをご覧下さい。日本ではあり得ない動きです。

 

韓国の学校給食の写真公開!オーガニックの無償給食に?!

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自民党にはカネが集中する

2020-09-28 13:27:15 | 政治

 カネを出せばいろいろなことを聞いてくれる政治家がたくさんいるんだね。

パーティー収入、9億7千万円超 菅内閣閣僚、18年報告分

 

 

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阿(おもね)る女性

2020-09-28 11:08:03 | 政治

 日本の社会は、男性優位の構造をもつ。そして、男女平等なんかどうでもよいという考え方をもつ「ふつうの人々」もたくさんいる。

 「男女共同参画」ということばがあるが、これは男女平等のことであるが、男女平等ということばを行政の場で使用することが憚られたことから編み出されたことばであるという。

 しかしそのことばでさえ、非難の的となった。非難する人々は、あまり使いたくないことばではあるが、「ウヨク」的な発想をもつ方々だ。彼らは、ミソジニー、つまり女性を嫌悪し、侮蔑する。

 そして女性のなかには、そういう傾向を持つ男性に媚びるような発言をして喝采を受けたいと考える人もいる。

 杉田某という政治家はそれではないか。「ウヨク」的な傾向が強くなっている「時流」のもと、そういう人々の支持を得ようと、彼女は「努力」し、そこにみずからの存在理由を見出しているのである。

 私からみれば、滑稽でもあり、憐れでもあり、同時に軽蔑に値する人物である。そういう人を自民党は、比例で当選させている。自民党という政党の本質がここにも現れている。

奥様は愛国、杉田水脈のこと

 

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芥川龍之介のことば

2020-09-28 11:08:03 | 芥川

 『芥川龍之介全集』第七巻の末尾は、「侏儒の言葉」である。ずっと若い頃読んだことがある。まだ大人になりきらない頃であった。おそらく文庫本か何かで読んだのだろうが、まったく忘れ去っている。

 読みはじめると、含蓄のあることばが並んでいる。たとえば「鼻」。クレオパトラの鼻が・・・ということから書き始め、最後にはこうある。

 つまり二千余年の歴史は眇たる一クレオパトラの鼻の如何に依ったのではない。寧ろ地上に遍満した我我の愚昧に依ったのである。哂(わら)うべきーしかし荘厳な我我の愚昧に依ったのである。

 ようするに、そうなのだろうと思う。一向にこの社会はよくならない。悪くなるばかりである。

 また「神秘主義」にはこうある。

我々の信念を支配するものは常に捉え難い流行である。

 この点について私は、「流行」ではなく「時流」ということばをつかって同じようなことを言ったり書いたりしてきた。

 今の「時流」は、新自由主義である。

「小児」という有名な個所がある。

 軍人は小児に近いものである。英雄らしい身振を喜んだり、所謂光栄を好んだりするのは今更此処に云う必要はない。機械的訓練を貴んだり、動物的勇気を重んじたりするのも小学校にのみ見得る現象である。殺戮を何とも思はぬなどは一層小児と選ぶところはない。殊に小児と似ているのは喇叭や軍歌に鼓舞されれば、何の為に戦うかも問はず、欣然と敵に当ることである。
 この故に軍人の誇りとするものは必ず小児の玩具に似ている。緋縅)()()の鎧や鍬形は成人の趣味にかなつた者ではない。勲章も――わたしには実際不思議である。なぜ軍人は酒にも酔わずに、勲章を下げて歩かれるのであろう?

 軍人だけではなく、政治家も、「ふつうの人々」も、みな同じだ、と私は思う。

 ※緋縅は「ひおどし」。

 

 

 

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アベノマスクは一枚143円!!!

2020-09-28 11:00:37 | 政治

 あの何の効果もないといわれる「アベノマスク」。なんと一枚143円だとのこと。業者はものすごく儲けることができたはずだ。あまりにも高すぎる!!!

 いかに日本政府の財政支出が「利権」となっているかがわかるというものだ。

 

「アベノマスク」の単価は143円 黒塗り非公表の文書で黒塗りし忘れか

 

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それでも怒る人は少ない

2020-09-28 08:02:39 | 社会

中曽根元首相の合同葬に「1億円税金」はやっぱりおかしい! 関係者のみ参列なのに過去最高予算 国民に自助求めながら身内優遇

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