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情報遮断

2019-05-26 20:13:08 | その他
 私はTwitterやFacebookをしていないが、いろいろな人のTwitterは見ることがある。香山リカ、本田由紀、冨永格・・・・。しかし今日のそれらの多くは、トランプのことを、批判的にではあるが、報じている。

 私はテレビを見ないので、もちろんテレビのニュース番組も見ないので、心静かに日々を送ることができている。私はこのトランプの来日も、ついてにオリンピックも、全く興味関心をもたないでいる。

 しかし、Twitterを見たら、トランプのことを熱心に追っている。なぜ無視しないのかと思う。もしトランプ訪日のことを論じるなら、彼が帰国してからでよいのではないか。

 今日、トランプについて書くことは、トランプに関する情報量を大幅に増加させることになる。

 無視すること、情報を遮断すること、こういうことも考えて貰いたいと思う。

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お悔やみ

2019-05-25 21:42:09 | その他
 4月18日、川根本町の茶農家で郷土史研究者のSさんが亡くなられた。95歳であった。その連絡をうけ、関係者が集まってお悔やみに、大井川を遡上した。▲Sさんとの会話の中で、もっとも記憶に残っているのは、「キツネの嫁入り」を見たことがある、という話しであった。Sさんの家は大井川に沿ったところにある。夜、対岸に「キツネの嫁入り」が進んでいるのを見た、というのだ。Sさんが言うと、真実かも知れないと思えるから不思議である。▲私は仲間たちと一緒に、「徳嶋若太郎」という村長を務めた人物の明治期の日記を復刻したのだが、その記述の中には不明なことがたくさんあった。私はこのSさん、そしてTさんから不明な点を聞いていった。お二人とも、地域の歴史や風習その他にとても詳しく、おかげで何とかまとめることができた。▲Sさんは、柔和で笑顔を絶やさない方であった。みずから調べたいことがあればどこにでも足を運び、それをいくつかの冊子にしてまとめた。活字として出版しただけではなく、みずからパソコンを駆使しても冊子にしていった。こういう人が地域にいることで、地域の歴史は伝えられていくのである。▲いただいた香典返しの中に「追悼のしおり」があった。おそらく息子さんが書かれたものだろう。その表題は、「冷静で誠実であれと教えてくれた父でした」。まさにその通りの人であった。またそのなかに「二番茶の茶部屋で全身汗して茶揉みをする父」という文言もあった。川根は茶所である。私もこの地域の茶業の歴史を調べたことがある。この地域での、好い茶を生産しようという努力は特筆に値する。今も「川根茶」はブランド茶である。Sさんは、そのなかでも高品質の茶の生産者であった。茶生産でも地域史の研究でも、冷静かつ誠実であった。Sさんの死を、この地域の「巨星」が一つ失われたという人があったという。同感である。

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企業にカネを流す時代

2019-05-25 07:38:24 | その他
 あらゆることを利用して企業に金もうけをさせる、というのが新自由主義経済の原理である。ナオミ・クラインが『ショック・ドクトリン』(岩波書店)で、そのことは論じられている。

 原発事故に関しても、それを利用して、国家や自治体が、湯水の如く、カネを民間企業、この場合は電通に流している。こういうカネが、ほんとうに被害をうけた人びとに流されれば、と思う。

原発事故後の復興PRに240億円〜電通1社で

 資本主義の腐朽は、これに象徴されている。
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偽作

2019-05-23 19:38:24 | その他
 今日の『東京新聞』の「こちら特報部」は、東洋英和学院の院長であった深井智朗氏が自身の著作に引用した文献を捏造したこと、それが明らかとなって、深井氏が懲戒免職になったことを取りあげている。▲大学の教授、さらに同大学のトップとなるような研究者が、なぜこのような不正を働いたのか理解に苦しむ。同氏の研究テーマはドイツ宗教思想史。おそらく日本にその研究をしている人は少ないだろう。だから同氏は、見つかることはないと高をくくっていたのだろうが、しかし悪事はバレるのである。深井氏のその著作を出版していた岩波書店は、同書を絶版にした。▲この記事では、学術書などレベルの高い書物を刊行している岩波書店がなぜそれを見抜けなかったのかという問題提起をしているが、それは無理だろう。編集者は編集者であって研究者ではないから、引用したり参考にした文献をきちんと確認するというところまではやれないだろう。とりわけ、深井氏が引用(参考に)したのはドイツ語の文献である。編集者がドイツ語の文献まで調べるのは無理だろう。▲岩波書店にとっても、学者が引用(参考)文献を捏造するなんてことは想像すらしていなかったはずだ。学問研究者は、研究の手法をきちんと守って執筆しているはずだと、岩波書店側は思っていたことだろう。▲しかしその思いは時代遅れかもしれない。というのも、岩波書店の一部の編集者は、そうした厳密さを著者に求めなくなっている。というのも、もう一つ問題を抱えた書物を岩波書店が刊行しているからだ。その本は、栗原 康著『村に火をつけ、白痴になれ 伊藤野枝伝』である。「伊藤野枝伝」とあるからには、当然伊藤野枝という人物について客観的に捉えたものだと思うかも知れないが、とんでもない、著者の思い込みを野枝に仮託して主張しているという代物なのである。そして事実を脚色して叙述するという「芸当」もしている。▲この本は一時話題になった。しかし事実を脚色して、みずからの思いを野枝に仮託して野枝像を語るというのはいかがなものであろうか。岩波書店は、すでに危険な道を歩み始めているのではないだろうか。
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差別発言

2019-05-23 06:45:40 | その他
 日本維新の会公認で参議院議員の立候補予定者である元フジテレビアナウンサー長谷川豊が、講演会で被差別部落をめぐって堂々の差別発言をした。▲「日本には江戸時代にあまり良くない歴史がありました。士農工商の下にエタ・ヒニン、人間以下の存在がいると。でも人間以下と設定された人たちも性欲などがあります。当然、乱暴などもはたらきます。一族、夜盗郎党となって十何人で取り囲んで暴行しようとした時に、侍は大切な妻と子供を守るだけのためにどうしたのか。侍はもう刀を抜くしかなかった。でも刀を抜いた時に。どうせ死ぬんです。相手はプロなんだから、犯罪の。もうブン回すしかないんですよ。ブンブンブンブン刀ブン回して時間稼ぎするしかないんです。どうせ死ぬんだから。「もう自分はどうせ死んだとしても1秒でも長く時間を稼ぐから、大切な君だけはどうか生き残ってほしい。僕の命は君のものだから、僕の大切な君はかすり傷ひとつ付けない」といって振り回した時に一切のかすり傷がつかないのが二尺六寸の刀が届かない三尺です。「女は三尺下がって歩け」、愛の言葉です。」として、「女は三尺下がって歩け」は、女性差別ではなく、女性を守るためのことばであった、というのである。▲私はこの「女は・・・」は、明確に男尊女卑の日本の封建的な秩序の現れだと認識しているが、しかし例としてあげられたこの状態には、まったく無理がある。武士が妻を同行しているときに集団で襲われたという事例が具体的にあったということを、私はまったく知らないが、近世の封建的な秩序においてそういうことは原則として起こり得ないと考えるからだ。「男女七歳にして席を同じゅうせず」という儒教的な語句があるほどに、男女は、とりわけ武士の世界では別とされた。▲そして武士に対して民衆が襲いかかるということも、戦国時代ならいざ知らず、「平和」となった近世においてはほとんどあり得ず、逆に武士が庶民に襲いかかるということはありえた。幕末の、薩摩藩(西郷隆盛)が主導した相楽総三らによる蛮行にはっきりと示されている。▲そして長谷川の発言の最大の問題は、その武士に襲いかかった例として被差別部落民を挙げていることだ。ほとんどあり得ない事例に、被差別部落民を取りあげたということは、長谷川は彼らをそういう存在として認識しているということになる。「性欲がある」ことを前提に、「当然、乱暴などもはたらきます」というつながりは、理解不能であり、長谷川もおそらく「性欲がある」から「当然、乱暴などもはたら」く人物なのだろう。とりたてて被差別部落民をあげる文脈にはないのに、あえて事例としたことをみると、長谷川は明確な差別意識を持っていること、みずからの発言について配慮しない、粗雑な人物であることを証明している。▲こういう人物が、国会議員になろうとしていること、それを公党が公認していることは、日本社会がものすごく病んでいることを示している。病は早く治さなければならない。しかし日本社会にその力があるのだろうか。

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こういう人物なんだよ

2019-05-22 22:43:06 | 政治
安倍首相が拉致問題の国民大集会を「公務」理由に中座し、自宅で休養! パフォーマンスだけの北朝鮮外交に批判
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跋扈する無知

2019-05-22 06:59:35 | 社会
 『無知の涙』という本がある。連続殺人事件を起こした永山則夫が書いたものだ。貧しさの故に満足に学校も行かず、したがって普通の家庭生活もなく、大切な他者のいのちを奪い去った。すでに彼は死刑に処せられているが、捕らえられてからひたすら読書し、みずからの犯行の背景に「無知」があることを見出した。▲永山は、「無知」を否定すべきこととして捉えた。自分が「無知」でなかったら、こういう事件は起こさなかっただろうと思いながらも、しかしみずからが起こした事件を「無知」のせいにはしていない。事件の責任を負うことをみずからに課していた。▲「無知」は肯定されるべきことではない。永山だけではなく、少し前までは「無知」を自覚する者たちは、それに廉恥心を抱いていた。おのれの「無知」を自覚する者たちは、その「無知」から脱するために学び、みずからが「知」を有しないことについては沈黙を守っていた。▲しかし近年は、「無知」のうえにあぐらをかき、「無知」をあたかも誇るかのような人びとが増えてきた。いつ頃からかを振り返ると、安倍晋三という人間が政治の表舞台に出て来た頃ではないか。▲安倍が字を知らないことは公然化している。「云々」を「でんでん」と読むような人である。「願って已みません」を「ねがっていません」と読んだのは、つい最近のことだ。しかし彼はそれを恥ずかしいとも思わない。その安倍が今は首相である。政治のトップがこういう人物で、堂々と「無知」の上に居直ると、それを見ておのれも「無知」でもよいのだと錯覚する人びとが増えていく。▲「無知」に居直ると、思考も衰弱していく。元号による時期区分を私はしたくはないが、「平成」は「無知」が跋扈してきた時代と言えるのではないか。元号が変わっても、相変わらず「無知」の上にあぐらをかく者たちが躍っている。私はそういう事態を嘆かわしいと思っているが、世間はそうではないらしい。「無知」が跋扈する時代は、「令和」になっても続いている。

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雨雲レーダー

2019-05-21 09:01:49 | その他
 強い雨音で目が覚めた。土砂降りということばがぴったりするような雨音である。▲昨日は雨が降る前まで畑にいた。野菜の苗は水をたっぷり吸うと大きく生長する。雨が降る度に苗は大きくなる。しばらく雨が降らなかったので、毎日如露で水遣りをするのであるが、それは気休めにすぎない。というのも、如露でかけた水は土の表面だけを湿らし、土の中まで入っていかないからだ。そのため、小さな苗は雨が降る前、あるいはその直後に植えるのがよい。そう思って大粒の雨が降り出すまで畑で作業をしていたのだ。▲しかし野菜の苗も生長するが、雑草はもっと元気がよい。雑草は雨がなくとも生長し、降ればさらに大きく生長する。日本の農業は雑草との闘いである。昨日もニンニクを収穫しながら、その後を耕す。その際にはスギナとその長く伸びた根を除去していく。スギナはどんなに根ごと抜いても、毎年生えてくる。とはいえ、毎年毎年抜いていけば減ることは減る。しかし少し手を抜くとすぐに復活するし、雨が降ればほかの雑草も生長する。時に畑に行って驚くことがある。土が露出していたはずなのに、雨後に行ってみるとみどりに覆われている、そういう光景を何度も経験した。とにかく日々雑草を除去しながら農業は行われる。▲台風到来時や土砂降りの時はいつ頃去るのかと、ネットで雨雲レーダーを見る。土砂降りの時は、オレンジないしは赤色で示される。5分ごとに更新されるので、雨の動きをある程度予想することができる。土砂降りの領域は東に去っていく。いまは駿河湾から富士市、山梨県方面にある。遠州地域はいま濃い青であるが、いずれその雲も去っていくことだろう。すでに紀伊半島には雨雲はない。▲もうひとつ強い雨で困ることがある。私は花も育てている。バラが雨滴の重みでぐったりしている。キンセンカも道路に倒れかかっている。雨が止んだらそれらを起こして細い金属製の棒で支えてやらなければならない。雨が止んでみずから立ち上がる花もあるが、そのままのものもある。植物との付き合いはなかなかたいへんである。▲雨雲レーダーの青色が水色になりつつある。雨足もじきに通り過ぎるだろう。そうなったら出動である。
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「空気」を破壊するパワー

2019-05-21 07:46:24 | 社会
 『朝日新聞』に「退職願2度認めず→突然の解雇通告 その日に命絶った夫」という記事があった。リードは、「男性(当時46)が自殺したのは職場でのパワハラが原因だったとして、男性の妻らが勤務先の給食センターを運営する「エイエスワイ」(青森市)に損害賠償を求めた訴訟が15日、仙台高裁で和解した。同社は解雇により男性に精神的苦痛を与えたことを認め、妻らに和解金2400万円を支払う。給食を作ることが大好きだった夫はなぜ自殺したのか。悲しみを抱え続けた妻が、胸中を明かした。」である。

 「原告らによると、自殺したのは平内町の花田司さん。勤務先のエイエスワイは当時、平内町から委託を受けて町内の学校給食の調理や輸送をしており、町の職員がセンター長を務めていた。花田さんは1999年から勤務し、2012年からは主任を務めていた。

 14年、従業員同士で無視し合ったり従業員が花田さんに反抗的な態度をとったりするようになり、花田さんは会社に改善を求めた。しかし、従業員と面談した社員は花田さんが女性従業員と交際しているなどのうわさを聞いたとして、事実関係を確認しないままに花田さんに注意したという。その後、数人の従業員が退社した。

 従業員の態度はその後も改善されず、花田さんは食欲が減ったりめまいを訴えたりするようになった。花田さんは2度にわたり退職したいと会社に申し出たが、認められなかったという。ところが15年6月12日、花田さんは会社から「多数の人員異動の原因を作った」として、即時解雇を言い渡された。

 その日の夕方、花田さんは自宅で命を絶った。」

 ここに悪しき日本社会の特質が見える。
 一定の集団に、ある「空気」が醸成されると、集団の構成員はその「空気」に支配される。どんよりとした「空気」が集団を覆う。他に数人の従業員が退社していったというから、花田さんだけがその「空気」を感じていたわけではなさそうだ。花田さんと彼らとの違いは、彼らが退社していったことだ。花田さんは「退社できなかった」。
 しかし「退社できなかった」ということは、現代日本社会では法的にはあり得ないはずなのだ。「退職の自由」は権利として存在している。退社を通告するだけで、それは成立する。それができなかった、ということは、そのエイエスワンという会社がいわゆる“ブラック企業”であるということであり、トップが町の職員なら、その町役場も“ブラック”であったということである。
 花田さんは仕事が好きであり、また「主任」という立場であった。その点で責任感を強く持っていたのだろう。「退社」できなくとも、行かないようにすればよかったのだが、花田さんはそれができなかった。

 職場に醸成された「空気」を誰も破壊しようとしなかった。破壊するべきまず第一の当事者は経営者でなければならない。しかし、経営者はそういうことに無頓着である。日本的風潮、「波風を立てたくない」があるからだ。この場合の経営者は町の職員。役場のひとつのポジションとしてその職はあり、「波風」が立てばその後の彼のポストに傷が付く。だから見て見ぬ振り、改善に手をつけない。

 そういう「空気」をまったく顧慮しない従業員が二人くらいいれば、と思う。私は「出る杭は打たれる」に対して、「出過ぎた杭は打たれない」という考え方で生きてきた。もちろんそういう生き方は「出世」とは無縁である。しかしこれほど自由な生き方はない。

 以前、東日本大震災で津波に遭って多くの子どもの犠牲が出た石巻市の大川小学校に行ったことがあり、その経緯を調べた時、私がいれば救えたと思った。校長が不在という中で、教員等が校庭でどうしようかと思い悩んでいた、すぐそばに山があるのに、津波が到来する直前に川の方に向かっていくという謝った判断をしたのだ。誰も判断をしないという「空気」。責任をとりたくないからだ。山に逃げようという意見があったがそれは採用されなかった。山に逃げた人だけが助かった。どんどん子どもを山に逃がせばよかったのだ、子どもがケガをしたらごめんなさいすればよい、死ぬよりかずっとマシだ。

 ある種の悪しき「空気」を破壊するパワーを持つべきだ。あるいはそこから脱出する「勇気(?)」を。悪しき「空気」の下で、善人ぶることはない。

 良き人であった花田さん。責任感が強い善良な性格であったために死に追い込まれた。闘うことができなかった。闘う組合(仲間)があれば違っていたなあ。いまは、闘う組合はほとんどなく、残っているのは「御用組合」だ。こういう時代、個人が強くならなければならない。「出過ぎた杭は打たれない」のである。それもまた日本社会の「空気」である。

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「無知の力」

2019-05-20 19:59:26 | 政治
 
「エタ・ヒニンは十何人で暴行する犯罪のプロ」維新の長谷川豊参院選候補の発言が再び話題に

 「無知」であることを力にしている政治家候補。
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【本】後藤正治『天人 深代惇郎と新聞の時代』(講談社文庫)

2019-05-19 22:43:10 |
 電車に乗る時には、必ず新書か文庫を持参する。しかし、電車の揺れはなぜか眠りを誘う。本を開いても、いつのまにか目が閉じてしまう。しかしこの本の場合、私の眼は、眠気を吹き飛ばしながら活字を追い続けた。後藤の筆録と、深代惇郎という「天声人語」を書いていた人間の魅力、この二つが私を眠らせなかった。
それほどの内容をもつ。

 内容は多彩だ。もちろん深代が中心ではあるのだが、その周辺に配された人物も魅力溢れる者たちである。「新聞記者が好きです好きでたまらない」という共通意識がありながら、その現れ方はまったく個性的で、その個性と個性との接触が、この本の面白さでもある。本書に紹介されている記者たちに、今どきの記者に見られるヨコ並びの思考はない。
 したがって本書は、新聞記者論でもあり、同時にジャーナリズム論でもある。

 そして深代が朝日新聞を代表する文の書き手であるが故に、文章論にもなっている。深代のような文を書くために必要なことは、「人に会うこと、本を読むこと、深く考察すること」であり、またひとり旅も付け加えられる。

 この本を読んでいて、いま私が描こうとしている竹久夢二と深代とがつながるような気がしている。それは寂しい人であったということだ。本を読んでいる時、頭の中では、その人のイメージを思い浮かべる。深代の場合は、夜の街をコートを着てひとり歩いている、その背後から冷たい風がついて回る、というものだ。夢二も、同じように、絵かきの道具を持ってひとり静かに歩む姿だ。いろいろな交友関係はあったとしても、心はいつもひとり。そしてふたりとも余分なことをしゃべらない、どちらかというと寡黙な人だったようだ。

 昨日昼頃届けられた本であるが、一気に読んだ。約500頁の本である。読まなければならない竹久夢二関連の本は、この本に押しのけられてしまった。
 
 
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2019-05-19 10:57:01 | その他
 研究会終了後、台湾料理店で懇親会をもつ。なぜ台湾料理店かというと、そこは酒が安いからだ。安い酒、このことばを酒飲みはことのほか好むようだ。はじめて懇親会に参加した方に、酒豪のひとりがなぜこの店かを説明する時、必ずこのことばが発せられる。▲私は酒が飲めない。父方の系統が皆飲めない。むろん、飲もうと思えば飲めるが、しかしものすごく弱い。以前組合の仲間と宴席を持ったことがある。始まって1時間も経たないうちにトイレに行きたくなった。宴席を離れてトイレに向かったことまでは覚えているが、その後の記憶はない。気がついた時には、自宅の蒲団のなかにいた。その間、同僚が救急車かタクシーで夜間救急に運び、タクシーで自宅まで送ってくれたという。後日、夜間救急に支払いに行ったが、まったく覚えていない。私は頭を打ち、10針くらい縫われていた。▲酒を飲むということを知った学生時代から、私は、飲めば強くなるということばを信じてよく飲んだ。しかし少し飲むだけで顔は真っ赤となり、心臓の鼓動は激しく打つ。そして眠気に襲われる。そういうことをくり返していた。しかし、この事件を契機にして、酒に強くなろうという気持ちはなくなり、いつのまにか全く飲まなくなった。私の体質にはまったくあわないのだ。▲いま「天声人語」を書いていた深代惇郎の評伝を読んでいるが、深代はいろいろな人びとと酒席を共にしている。みずからの脳を活性化させるためには、外からの刺戟が必要だ。本を読むこともその一つであるが、他人の話を聞くことも刺戟となる。他人の話しを聞く際にその潤滑油となるのが酒である。▲酒を飲まないと、他人の話しを聞く機会が少なくなる。好きでない酒を無理して飲むのであるから、特定の人としか会わなくなる。かくて交遊関係は広がらない。▲酒は「百薬の長」と言われるが、酒自体ではなく、酒を介して他人との交友関係をつくりあげるに価値があるように思われる。昨日、私は酒を飲まずに、人びとの話に耳を傾けていた。酒を飲まずとも、酒席にいればよいのである。

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本を読めること

2019-05-19 07:49:00 |
 私の知人、すでに80代に突入した歴史学者であるが、近年は本を読めないと言っている。本を読めなくなると、創造活動が停滞する。何ごとにつけてもだろうが、インプットにより知的な刺戟が入らないと、脳の活力が減退する。▲一昨日、YouTubeのデモクラTVで、佐高信ともと朝日記者の早野透の対談を見た。そのテーマは『天人 深代惇郎新聞の時代』(講談社文庫)をもとに、深代について語り合うというものだった。深代は朝日新聞の「天声人語」を書いていた。40代の頃だ。その文が光っていた。視野が広く、明晰であり、しかも柔軟な思考、そしてユーモアがあった。もちろんその時代のあり方にビシッと批判もしていた。言葉というものが力を持った時代であった。いや単なる言葉ではなく、そういう文が力を持っていた時代である。しかし深代は46歳で亡くなった。白血病がいのちを奪ったのだ。▲「天声人語」は、朝日新聞のなかでも、名文家といわれる者が書いているのだろう。しかし、とはいっても、書く人によって優劣は出て来る。朝日新聞を購読しているときは、「天声人語」を真っ先に読んでいたが、ある時期、筆力が落ちたなあと思うことがあり、それ以降は熱心な読者を卒業した。今は朝日を購読していない。毎月980円を払ってネットで記事を読むことが出来るようにしているが、「天声人語」は読んだり読まなかったりである。▲しかし深代の「天声人語」は、読まさずにはおかないという迫力があった。その迫力は自ずからにじみ出てくるものであって、努力して出て来るものではないだろうが、そうはいってもインプットがないとフレッシュな文は書けない。深代は若い時から、すごい読書家であったという。「天声人語」を書いている時も、おそらく厖大な書物に接していただろう。この『天人』にもそうした場面がでてくる。記者クラブで他の者が麻雀や花札をしている時も、ソファに横になって文庫本を読んでいたという。▲その深代を描いた『天人』、昨日届けられた。昨日は静岡市で研究会があり、電車の往復にこの本を読んだ。著者は後藤正治であるが、私は乗っている間、ひたすら読みふけった。それほど深代は魅力的な人物であり、またその周囲にいた者たちも個性豊かで秀逸であった。そのなかには本田靖春もいた。▲近年、私の身近には、そういう個性豊かで秀逸な人びととがいなくなっている。その分、私は本を読むことに傾注しているが、しかしいつ頃まで本を読むことが出来るだろうか。▲昨日研究会の帰途、途中まで一緒だった某氏が、「もう本を読めなくなった」と言っていた。佐々木実『資本主義と戦った男』(講談社)を数頁読んでその後読めなくなったという。私もその本を読みかけているが、佐々木の筆力はなかなかのもので、最初の章だけは読み終えている。▲私は出来るだけ長い間アウトプットをしていきたいと考えている。本が読めなくなったらどうしよう。最初に紹介した歴史学者は、今は文を書いていない。書けなくなるのだ。
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忖度

2019-05-18 08:55:22 | メディア
 テレビを見ない私は、ネットで民放のニュースを時々見るのだが、「テレビ朝日」が報じる事件、「当て逃げで弟を身代わり出頭 兵庫県議を書類送検」を見た。

 この県議、所属政党は自民党。今まで議員が関わる事件の報じ方を見ると、自民党でない場合は所属政党を報じている。自民党の場合は、ただ〇〇議員。

 「テレビ朝日」の報道部門は、アベ政権の軍門に降っている。
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生と死の境界

2019-05-17 17:30:46 | その他
 今日、劇団俳優座の「北へんろ」をみた。上演中に携帯電話のベルが三箇所で鳴り、近くの老女と老男が携帯電話の画面を時々見ていた。携帯の画面は暗いところではかなり明るく、迷惑この上ない。

 岩手県の山田町のどこかに古びた旅館があった。「清和(せいわ)館」という。そこはすでに他界している老夫婦が旅館をしている。旅館の老女は、旅館を経営しながら、ニューギニアで戦死したという息子「清和(きよかず)」の帰還を待っている。その亭主は老女よりも若い。老女よりも早く亡くなっているから若いのだ。

 その旅館に、いろいろな人がやってくる。すでに亡くなっている人、心に大きなキズを持っている人。すでに亡くなっている人は、死んでも死にきれない人びと、いわゆる浮かばれない人びとだ。心に大きなキズを持っている人は、生きているのだが、死に近いところにいる。

 老女が死にきれない理由は、息子清和である。清和は戦死。非業の死である。戦争がなければ死ぬことはなかった。息子のことが忘れられない。だから死にきれないのだ。

 旅館に長逗留しているもと牛飼いの場合は、東日本大震災による福島原発事故で牛を殺し、牛飼いができなくなって自殺した人である。普通に生きていた牛飼いが、原発事故によって人生を狂わされ、生きる意味を奪われたのだ。だからこそ、おめおめと「死にきる」ことができないのだ。
 しかし、仙台で農業高校の女子高校生が牛を大事に育てているのを知り、そこに行くことを決意して旅館を去る。

 裕子と市夫は夫婦。しかし裕子には隆一という愛人がいてデート中に津波に呑まれた。もう亡くなっている。しかし離ればなれになってしまい、おいそれとは死にきれない。夫の市夫が、次ぎに隆一が、旅館に逗留している裕子を訪ねてくる。隆一と会うことができた裕子は一緒に「死にきる」こととなり旅館から去っていく。市夫もあきらめて去っていく。
 彼らの死も、「非業の死」である。突然、死に呑み込まれてしまった人たちである。

 ジュンは生きている。民謡教室を開いていた両親が津波に呑まれ亡くなった。旅館に面倒を見てもらいながら、ずっと海を見つめ民謡をうたう。

 宮城県名取市の小学校の先生は、多くの教え子が津波に呑まれて亡くなった。果たして自分は生きていてよいのかと煩悶する。煩悶の果てに自死を選ぶが、旅館の人たちに助けられる。

 津波に呑み込まれた閖上(ゆりあげ)地区を、私も訪ねたが、ほとんど住宅は失われ、中学校なども津波の被害をはっきりと示していた。ことばがでなかった。
 2011年3月11日、津波の映像を見、その後の被害を知るにつけ、私自身でさえ生きていてよいのか、私は楽しい生をおくってはならない、などと考えた。

 当事者ならなおさらそうだろう。

 もうひとりの男性は神戸出身だ。阪神大震災で妻を亡くし、娘を育てた。その娘が仙台の男性と結婚、名取市に住んでいた。そして娘とその子どもは、津波に呑まれた。彼は仕事を辞め、遍路にでる。そして東日本大震災の被災地をまわる。そしてこの旅館にたどり着くのだ。彼は娘の結婚を許さなかった。だから娘とは音信不通だった。しかし娘は亡くなった。
 彼は、すでにガンが全身を蝕み、この旅館で息絶える。

 旅館の老女は、戦死した息子が還ってきて、母が自分を待っているから自分も死にきれないままでいることを話す。息子のその気持ちを父親も察していた。

 結局、死者はみずからの死を受容する。そして最終的には、ジュンと先生だけが生きる道を歩み始める。

 この劇の登場人物は、生ける者も死ぬる者も、生と死の境界をさまよっている。「清和館」は、その境界に立つが故に、死者も生者も訪ねてくるのだ。そして何故に「死にきれないか」、何故に死に向かいたいかを明らかにしていく。
 戦争や津波などの災いが個人個人に襲いかかり、無数のいのちを奪い取っていく姿が示される。死者にとっては、なぜ私はここで死ななければならないのか、それがわからない、だから魂は漂流する。

 この劇は、漂流する魂の姿を示すことにより、戦争や津波、原発事故を私たちに想起させ、もう一度考えてくれと言っている。それを受けとめることが、観劇した私たちには必要なのだろう。「清和館」は、私たちの心に棲息するようになるのだ。

 この台本を書いた堀江安夫の意図は十二分に演じられていた。そしてその意図も正当である。だが、一部、作為的だと思うところがあった。作者の意図を前面に出すが故に、過度に劇的であった箇所がある。だがその劇的なところで、主演の老旅館主を演じた川口敦子の熱演ぶりが目を引いた。またその夫である武正忠明の演劇的に完成した声には感動した。また加藤佳男の落ち着いた語りもよかった。さすが俳優座である。
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