浜名史学

歴史や現実を鋭く見抜く眼力を養うためのブログ。読書をすすめ、時にまったくローカルな話題も入る摩訶不思議なブログ。

「時流」に抗して

2012-12-31 17:07:06 | 日記
  ※ 某紙へ載せた文


「時流」が押し寄せる!

「時流」、『広辞苑』では、その意味を「その時代の風潮・傾向」とする。しかし私は、「その時代」という長い期間ではなく、もっと短期的なもの、つまり「ある一定の時期を支配する政治的・社会的な思潮」として使用している。

 その「時流」の多くは支配層がつくりだすものであって、それがマスメディアを通して、圧倒的な力で流れてくる。マスメディアが、ジャーナリズムの精神を失い、権力機構の一翼を担う機関として存在している今、人びとの意識は、「時流」によって大きく影響を受ける。最近の事例としては、陸山会事件がある。

 民主党政権が成立した頃、小沢一郎という政治家が激しく攻撃された。小沢に関わる陸山会事件は、検察による違法な捜査であり、検察審査会での議決もきわめて不透明なものであり、無罪判決は当然であった。しかし、マスメディアは総力を挙げて、小沢を犯罪者扱いした。私は小沢という政治家は好きではないが、しかしこの事件については当初からその不当性を認識していた(郷原信郎『検察崩壊』、毎日新聞社、2012年を参照されたい)。ここでつけ加えておけば、民主党政権への国民の「失望」も、この事件により増幅されたはずである。

今回の総選挙と小選挙区制

 今回の総選挙は、自民党の圧勝に終わった。しかし、すでに各所で論じられているように、自民党への投票は決して多くはなかった。投票率は59.3%、比例での自民党の得票数は1635万票で、1996年からの小選挙区比例代表並立制の総選挙での第一党得票数、得票率で今回の自民党は最低を記録している。また自民党の小選挙区での得票率が43.01%。これは投票した人の中での比率、全有権者に占める比率は24.67%でしかない。「選挙区でも比例代表でも自民党候補や党名を書いた有権者は「少数派」だ」(『中日新聞』12月18日付)。この世論と議席数の乖離は、小選挙区制がつくりだしたものだ。

 小選挙区制が民意を反映しないということは最初からわかっていた。だが、1994年の細川内閣時の「政治改革」推進の「時流」は、この反民主的制度を成立させてしまったのである。日本社会党も、この「時流」に乗って賛成票を投じた。

 今回、極悪の選挙制度により最悪の結果が生じたことについて、私たちは責任を感じなければならないだろう。権力やマスメディアが流す「時流」に抗する、私たちの側の「情報」(言説)を、国民に伝えきれなかったからだ。

「時流」に抗する言説を伝えること

「時流」に抗することは、実はとても難しいことだ。
まず「時流」は、国民の耳目になじむような、まことしやかな言説を流してくる。さらにその言説を、マスメディアも頻繁に流してくる。たとえば関西財界の支持を得た「維新」を、テレビなどは積極的に取り上げていた。あたかも、民主党、自民党のかわりになり得る政治勢力であるかのように。そうなると、国民も「維新」に期待するようになる。

 私たちは、「時流」の言説を「腑分け」しなければならない。そこに含まれている言説の「ウソ」を見抜かなければならない。そのためには、私たちは「腑分けする」力、「ウソ」を見抜く力を養わなければならない。

 そして、選挙の時だけではなく、「時流」に抗する私たちの言説を、人びとに伝える努力をしなければならない。今、「時流」以外の言説は、インターネットで獲得することはできるが、インターネット環境にない人びとは、そうした言説を入手できていない。圧倒的な「時流」に無防備のままさらされているのだ。これでは、勝てない。
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白川静のこと

2012-12-30 23:45:46 | 日記
 町田の住人は、時々重要な示唆を与えてくれる。主にボクの腰痛を喜ぶ電話の中で、白川静についての言及があった。

 白川静の本は、何冊か買ってある。しかし読み始めてほぼすぐに中断してしまっていた。ボクには白川の良さがわからなかったのである。

 町田の住人からの電話の後、書庫に松岡清剛の『白川静 漢字の世界観』(平凡社新書)があったことを思い出した。ずっと前に買ってあったもので、もちろん未読であった。そこで読み始めた。

 そして読み終えた後、ボクは白川の「世界観」を理解すべく彼の本を読みこなす準備ができたと思った。なかなかわかりやすい内容だったのだ。

 漢字を使う東アジア地域の中で、漢字の世界をこれほど深く詳細に研究した人は、他にはいないだろう。それができた背景には、日本人こそが漢字に使われるのではなく、漢字を日本という地域で使いこなすことができたという、そうした伝統があったからだと思う。

 ボクも日本史研究の末端に細い糸でつながっている者として、少なくとも白川の『字訓』は読んでみたいと思った。

 白川の本を未だ一冊も読んでいないボクとしては恥ずかしい限りであるが、すこしずつ白川の世界に踏み込んでみようと思う。

 町田の住人は時に良いアドバイスをしてくれる。だがボクのアドバイスはなかなか聞き入れない。ボクには必要ないものなのに、先に使ってその体験を語れとしつこく言うのだ。

 ボクは今から『回思九十年』(平凡社)を読む。漢字の世界を十二分に知り尽くした白川の語彙は、凄いの一語である。

 「孤詣独往」(こけいどくおう)という語は、白川の本の中にしかないだろう。知の巨人に挨拶をするのだ。
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マスメディアの無責任

2012-12-29 22:44:47 | 日記
 今日の『朝日新聞』の社説。まあ主旨は良い。だが、その自民党政権を暗黙の内に支持し、その方向に沿った記事をたくさん流してきたマスメディアの問題。今度の選挙でも、自民党勝利に貢献したではないか。

 山本太郎の応援演説に沢田研二がやってきた。インターネットではみることができたが、真摯な姿勢に好感が持てた。このようなことをマスメディアは報道しない。一党一派に偏しないといいながら、自民党や「維新」などを多く報道する。

 自民党は、原発推進政策を長年やってきた。そういう政党が、選挙でこう言っていたから・・なんて、社説子は何年記者をやっているのか。選挙前の公約は破棄される、それは民主党政権でも明白だった。自民党は公約を守ると本当に思っているのか。

 マスメディアは、無責任だ。自らの報道についてきちんと検証しないから当たり前だ。「時流」に沿った報道をし、そうすることによって「時流」に貢献し、そして社の経済的安定を図る。それが現在のマスメディアのしていることだ。

 こうして自民党政権の批判をしているが、新聞社は一貫した姿勢を堅持はしない。信用できないのである!!


原発新増設―「反省ゼロ」ですか?

 茂木経済産業相が就任早々、「未着工の原発の新増設は認めない」という民主党政権の方針を白紙にすると表明した。

 新増設の中止は、脱原発への幅広い民意を受けての決定だった。自民党も公明党との連立合意で「可能な限り原発依存度を減らす」としている。

 新増設を認めて、どうやって原発を減らしていくのか。あまりに思慮に欠ける発言だ。

 福島第一原発は、政府による「冷温停止状態」宣言から1年たつが、爆発が起きない程度に落ち着いただけである。詳細な事故メカニズムも不明だ。廃炉作業にも入れていない。

 周辺市町村の除染作業も遅々としており、避難した16万人の帰還や生活再建はめどが立っていない。二度と事故を起こさないために何が必要か。原発の新たな安全基準や「起きてしまった場合」の防護策すら整備できていない段階だ。

 安全神話のもとで事故への備えを怠ってきた原子力行政は、長期にわたる自民党政権が築いたものだ。

 だからこそ、総選挙で自民党も「原発に依存しなくてよい社会」をうたい、「自分たちは変わった」と主張してきたのではなかったか。

 脱原発への航路や速度に議論の余地があるにしても、乗客が船に乗り込んだとたん、逆方向へかじを切るようなやり方は、政治の信頼性に関わる。これでは「反省ゼロ」政策だ。

 茂木氏は核燃料サイクル政策についても「完全放棄の選択肢はない」と明言した。だが、長年にわたって巨額の投資をしながら実現していない事業だ。そもそも原発を減らすなら、サイクルの必要性は薄れる。

 こちらこそ白紙に戻し、放射性廃棄物の現実的な処理策を真剣に議論すべきときだ。

 安全対策や後処理にかかるコストを勘案すると、原発の新設は他の電源に比べて決して安くない。それは、すでに検証済みだ。事故のリスクを考えれば、地震が多く、狭い日本での経済合理性はさらに怪しくなる。

 むしろ電源構成の思い切った組み替えや電力システム改革を進めたほうが、新しいビジネスや雇用を生む芽になる。

 原発の新増設に含みをもたせて、旧来の地域独占に守られた電力体制を維持していては、新規の民間投資も、健全な競争も進まない。原発依存から地域が脱する手立ても失う。

 茂木さん、「経済再生」と「新産業育成」が安倍政権の最優先課題ですよね。どっちが得か。よく考えてみてください。
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腰痛(その2)

2012-12-29 08:11:36 | 日記
 町田の住人からの、喜びに満ちた電話の中で、整形外科に行くことをすすめられた。一昨日のことだ。そこで昨日整形外科に行った。

 整形外科は、数年前左腕がしびれたので行ったことがあるが、あまりに混んでいて辟易したことがある。その整形外科は勤務先の近くにある。今はそこに勤務していないので、近くの新しくできたところに行った。

 腰痛が始まった26日に接骨院に行き、電気マッサージなどをしてもらったが、なぜ腰痛が起こったのかなどの説明はなく、ただ対症療法のみであった。それにより気持ちがすっきりしたわけではなく、痛みもなくならなかった。

 ところが整形外科は違った。

 診療開始時間の10分前に行ったのだが、すでに待合室には人、とくに老人でいっぱいだった。「初診です」と言って保険証をだし、問診票に記入していたら、待合室にいた人々が次々とリハビリ室へと姿を消していった。診察をまっているひとは、10人程度。ボクの後から来た人もいたから、ほどなく診察室に呼ばれた。

 若い医者だった。腰痛が始まったいきさつを話した。腰痛が始まった時、下痢もしたので内臓からのものではないかとも思うという話をした。接骨院では、この点は全く無視された。内臓からの腰痛があることは、インターネットで調べていた。

 医者は、ボクを立たせて、どういう姿勢の時に痛みを感じるか、を言わせた後、今度はベッドで上向きにさせ、それぞれの足を動かし、痛みがあるかどうかを確認していった。次にレントゲンを撮ることを促され、撮影。

 再び診察室へ、そこでレントゲン写真をみせながら、いろいろな腰痛に関わる原因について説明をしてくれた。どういうときに痛みを感じるか、そしてレントゲン撮影の結果から、椎間板障害といわれた。ただし椎間板の状態にほんの少し変形があるだけなので、大事にしていれば一週間もすれば何もしなくても治りますよ、といわれた。確かにボクの背骨は規則正しくきれいに並んでいた。少し、他のところと異なっていたところがあり、これが原因ではないかといわれた。

 きわめてスマートな、納得できる説明であった。さすが整形外科。接骨院とは違う。

 湿布薬と、飲み薬の処方が出された。

 昨夜から薬を飲み、湿布薬を貼付。今日の朝は、きわめて楽になった。全く痛みがなくなったわけではないが・・・。

 腰痛などが起きたら、整形外科に行くことをすすめる。接骨院は対症療法のみ。そしてその対症療法も効果的かどうかはわからない。なぜならその痛みの原因を知っていないからだ。

 町田の住人の、適切なアドバイスを受け、整形外科医にかかったことが、この年末を楽に過ごすことを可能にしたといえよう。感謝である。

 しかし、町田の住人は、ボクの適切なアドバイスを聞き入れない。ボクのように素直になればいいのにと思う。





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政治

2012-12-28 19:54:31 | 日記
 今日の『中日新聞』の一面は「安倍政権の行き先」という連載記事の第一回、「民主政策リセット 急な保守回帰 危うさ」である。そこには原発ゼロ政策見直しや生活保護費の引き下げ、高校授業料の見直し、国債の大量発行によるおそらく公共事業の展開などが書かれている。

 自民党の圧勝に終わった総選挙。実際の民意とは異なった結果ではあるが、現行の選挙制度の下で、それぞれの選挙区では自民党への投票が多かったということである。

 そして安倍政権の支持率は62パーセント。

 自民党と公明党の政治は、思い出せば明確である。大企業や富裕者優遇の政治であり、またアメリカ隷従の外交もあった。

 その自民党を選挙民の多くは支持したのだから、その結果を選挙民は引き受けなければならない。生活保護費が下がっても、高校授業料が復活しても、いわば「自業自得」の面もある。とにかく自公を勝たせたのだから。なんてひどいことを、と思うかも知れないが、かつての自公政権の悪政を復活させたのであるから、選挙民は我慢するしかない。

 国民は、悪政が好きかも知れないのだ。あるいは政治がよくわからない、のかもしれない。でもわからないのは、国民の責任でもある。

 ボクは、一面この選挙結果にあきれているのだ。また今日のニュースで、日本未来の党が空中分解したようなのだ。

 悪政を推進する自民党、公明党、そしてその悪政に追随する姿勢をもった民主党。そうでない政党は、ひたすら極小化していく。「大同団結」が必要なのに、そうした意思はないようだ。政治を良くするよりも、みずからの政治家としての現状維持、あるいは政治勢力の温存が至上目的のようだ。

 みんながみんな自分のことばかり考えて行動していれば、社会や政治はよくなるわけがない。よくしようという人々は、圧倒的な少数なのだ。

 ボクは少数でいいと思っている。ボクは自らの理想を今後も追求していく、ただそれだけだ。

 その国の政治の状態は、その国の国民の意識に照応するしかない。それが国民主権。

 フクシマでも、オキナワでも、自民党が勝った。そうだったのか・・・とボクは思う。



 
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支え合い

2012-12-27 19:33:52 | 日記
 今日、朝九時に家を出た。沼津を経由して御殿場まで行かなければならなかったからだ。

 駿河療養所のAさんは、戦時中徴用で過酷な労働に従事しているなかでハンセン病を発症した。そこでAさんは、「戦傷病者戦没者遺族等援護法」による「援護」を求めている。知人の弁護士と共に、その請求を実現すべく、ボクはAさんの主張を事実でもって裏付けるべく、いろいろ調べ上げた。

 今日は、その結果を厚労省の担当官に口頭説明する日であった。開始は午後1時。沼津の知人の法律事務所に寄って打ち合わせの後、御殿場に行くという計画であった。

 ところが、浜松インターに入ってすぐに、なぜかハンドルはしっかりしているのに、車が蛇行する。おかしいなと思いながら、天竜川を越え上り坂に入る。すると、一応安定。しかしまた車が言うことをきかない。これはだめだと思い、磐田インターで降りる。料金所の手前で停車し、車を降りてみる。後ろの二本のタイヤがパンクである。

 すぐに車を購入したネッツトヨタ浜松のIさんへ連絡し、JAFにも連絡する。JAFは30分後に行くという連絡を受ける。実際にきたのは10時30分。車を見てもらい、この状態では応急修理は無理となり、ネッツトヨタへ車を運ぶこととなった。法律事務所に連絡し、直接御殿場に行くこととした。しかし間に合うかどうかわからない。また、ネッツトヨタに連絡し、代車の確保を依頼する。

 ネッツトヨタには11時過ぎに到着。後ろの二本のタイヤには、なぜかそれぞれにネジが食い込んでいた。どこかで拾ったのではないかと言われる。しかし同時に後ろだけ拾うというのもおかしな話だ。

 ネッツトヨタに到着した時は、まだ代車が届いていなかった。取りに行ってもらい、なんとか代車に乗り込んだのは、11時30分過ぎ。すぐに代車(ヴィッツ)に乗り、第2東名目指して走る。

 とにかく一度も停車しないで、走る、走る。

 御殿場に到着したのは、13時40分。口頭説明をすぐに行うことができ、何とか間に合った。

 ボクは、御殿場行きを中止しようか迷った。中止すれば、Aさんは困るし、弁護士も困る。担当官には今日しか会うことはできない。ボクは、試練に立たされたようなのだ。

 せっかく代車を用意してくれたことから、行くしかないと決めた。そして、ひたすら走って何とか今日の責務を果たすことができた。

 Aさんを弁護士やボクらが支え、ボクをネッツトヨタのIさんが支えてくれた。支えあいである。こういう連鎖が社会を成り立たせているのだということを実感した。感謝、感謝である。

 まだ25日からの腰痛はなおっていない。しかし車の乗降の際には腰痛を意識することがあったが、それ以外は意識することなく、今日を生きた。

 たいへんな一日であった。


  
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喜びのメール

2012-12-26 20:27:23 | 日記
 昨夜、喜びに満ちあふれたメールが来た。「腰痛の由、お見舞い申し上げる」などと書いてあったが、その背後に、喜びを押し隠しているようなメールであった。

 なかなか治らないので、隣家の人と話したら、近くにできた接骨院いいったらといわれた。近所の老人たちが通院しているという話をしばしば聞いているので、郵便局からの帰途寄ってみた。電気マッサージなどを施してもらい、少しは良くなった。そこは近くの老人たちの憩いの場になっているようだ。

 家に帰って、運動不足が原因かと思ったので、近所を少し歩いた。立って歩くことに痛みはない。前屈みになると痛みを覚えるだけだ。

 その後、家にあるマッサージ器でいろいろやっていたら、まあ何とか痛みも少なくなった。明日は車で沼津まで行って、そこで弁護士と合流し、御殿場市まで行き意見陳述をすることになっている。すでに意見陳述の内容は送ってあるが、もっと強い内容にして欲しいというので、少し検討するつもりだ。

 キンドルで、戸坂潤の『日本イデオロギー論』。これはアマゾンが無料で配布している本の一つだ。現在も、内容のないナショナリズムに満ちあふれた言説を政治家や若手経営者たちが流布させているが、戸坂の批判はこれらに対しても十分に通用すると思いながら読んでいる。

 戸坂の批判を読んでいて、学問の無力を一方で感じる。これほど根底的な批判を加えているのに、同じようなあほらしい言説が、次々と「うたかた」のように浮かんでは消えている。ただ現在は、その「うたかた」は、大きくなっているようなのだ。

 学問の無力は、知性の劣化にもつながる。

 最近の風潮は、知性の劣化に起因するものが多いように思う。


 
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腰痛

2012-12-25 16:22:26 | 日記
 実家の庭木を大胆に刈った。それは4日前。今日、ゴミ収集日だったので元気に片付けていたら、急に腰痛となった。そのため作業は中断。

 その後少し前屈みになると痛みが増し、仕方ないから横になりながら読書に励む。そうしたら、東京大田区から電話。来年は田中正造没後100年。一緒に足尾に行く約束をしているのだが、その日程がほぼ決まった旨の内容。

 その後も、キンドルに目を凝らす。戸坂潤の『日本イデオロギー論』を読む。今読んでも、十分に通用する。昔、本で読んだが、これも記憶がないので、新鮮である。

 今日は、パソコンの前に座ることもままならず、Hさんから依頼された卒論の校正は中断。

 
 あああ、こういうボクの姿を見たら、町田の住人は、さぞ喜ぶことだろう。

 インターネットでその原因を探ったら、体の冷えではないかという結論に達した。お茶とか、ホットレモンとかを飲み、家にあった簡単なマッサージ器で痛いところにあてていたら、少しは楽になった。

 明後日は、公用で御殿場に行かなければならない。車で行くことにしているから、明日までにはなんとか治したい。

 家人がしばらくいないので、生きていくために、ボクは動かずにはいられない。洗濯、料理・・・・

 明日までには治してみせるぞ!

 
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【映画】希望の国

2012-12-24 20:46:51 | 日記
 今日中に書かなければならない原稿が、思いの外早く片付いたので、15時50分からの映画「希望の国」をみにシネマイーラに行った。

 道路は空いていて、上映時刻の15分前に到着。待っている時間、最近買ったキンドルで、三木清の『人生論ノート』を読む。高校時代に読んだものだが、もう完全に忘れている。

 さて映画が始まった。福島第一原発のあと、某年、大きな地震と津波が襲い、再び「長島県」の第一原発で事故が起き、見えない放射能が「長島県」を中心に襲いかかる。この状況は、もちろんフィクションであるが、実際起きているフクシマの現実でもある。

 この映画、始まってから最後まで、映画の題名がでてこない。最後に「希望の国」という題字が浮かび上がる。

 「希望の国」とはいいながら、フクシマで起きた現実とがだぶるので、見ていて、悲しくて、悲しくてたまらなかった。別に泣けるような場面ではなくても、目に涙がでてきた。

 しかし原発事故が起き、放射能が降り注ぐと、そこには「希望」はない。出口のない不安と絶望が続く。おそらくフクシマの原発周辺の住民も、同様だろう。

 主人公の妻がしきりに「家に帰ろう」と主人公に語りかける。原発事故後には、帰る「家」はもうないのだ。

 国家によって、ふつうに日常生活をおくるところに、立入禁止の柵ができる。その柵が、あちらこちらで、分断する。

 「希望の国」の、英訳は“THE LAND OF HOPE”だ。だがその“LAND”が分断されている。分断されているところを、ボクたちは一歩一歩歩んでいくしかないのだ。

 内容はきわめて重く、いろいろ考えさせる映画だ。多くの人に、是非見て欲しいと思った。133分。一瞬たりとも目を離すことはできなかった。


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「維新」という政党

2012-12-22 20:04:52 | 日記
 なぜこういういかがわしい政党に投票するのかわからない。

http://blog.goo.ne.jp/raymiyatake/e/172dfa711e71ecf7ee78a059af324bfa
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極悪の小選挙区制

2012-12-20 22:03:08 | 日記
 このブログでも、小選挙区制については厳しく論じているが、政治学者の五十嵐氏のブログが厳しく指摘しているので紹介する。

http://igajin.blog.so-net.ne.jp/2012-12-20
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こういう事実を知っておこう

2012-12-20 21:59:54 | 日記
 『毎日新聞』の記事である。共同通信の配信である。これが日本の現実である。



賃金格差:働く母と男性、日本は先進国で最大 OECD
 2012年12月18日 10時51分

 子育てをしながら働く日本の女性は、男性との給与格差が先進国で最大−。先進34カ国が加盟する経済協力開発機構(OECD)が17日発表した報告書で、日本では働く母親が不利な労働環境に置かれていることが明らかになった。

 報告書は教育や労働条件などについて各国の男女間格差を比較。育児期に当たる25〜44歳のフルタイム労働者の給与(主に2008年)を調べた結果、日本では子どもがいる女性の場合、給与の中央値が男性よりも61%低く、データのある30カ国中、男女間の差が最も大きかった。30カ国の平均は22%。(共同)

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POSSE

2012-12-20 21:40:44 | 日記
購読している『POSSE』17号が届いた。若い人たちのための雇用問題を考えようという雑誌である。これについては以前に紹介したことがある。

 悪政の限りを尽くした自公政権が、「維新」の力も加えて復活するわけだから、雇用問題ももっともっと労働者の側に不利になるような圧力が増してくるだろう。自公政権が決して働く人のためにならないということをしっかりと自覚することが必要なのだが、残念ながらそれだけの自覚はないようだ。

 ボクのように仕事をやめた人間にとって、この雑誌は決して必要なものではないが、このブログを読む青年諸君には、幸せになって欲しいと思うが故に、こういう雑誌も読んで情報を提供しているのである。

 てっとり早く、皆さんがこの雑誌を読んでくれればいいのである。1冊1200円であるが、労働世界に入っていくための知識が、この雑誌には詰まっている。

 労働者の権利などをしっかり知らないところから、経営者からいいように使われるのである。社会全体が新自由主義的な政策が強化されているからこそ、みずからにいかなる権利が保障されているのかをしっておくことは大切なのだ。

 具体的に労働者としての問題に直面した時には、ボクに是非相談して欲しい。友人の弁護士が全国にいる。彼らは労働者の味方である。

 さてこの号の特集は、「生活保護はこう変えろ!!」である。売れている芸人の親が生活保護を受けているということが報道されてから、生活保護へのバッシングが強められた。自民党などは生活保護制度に対する攻撃を組織的にしてきたから、この制度もこれからどういうように変えられるか。ただでさえ、生活保護を受ける権利をもつ、生活に困っている人々がたくさんいるのに、実際生活保護を受けている人の数はきわめて少ないのだ。生活保護ぎりぎりの生活をしている母子家庭など、まったく余裕のない生活に耐えている。

 戦後最高の数だという報道もあったが、戦争直後の人口と比べてみれば、たいした数ではないのだが。これについてはいずれ詳しく記すことにする。

 生活保護が改悪される前に、どのように変えればよいのかを、憲法25条の視点から考えようとしたのが、この特集である。

 最初には、作家桐野夏生のインタビューがある。この作家の作品は読んだことがないから全く知らなかった。しかしこのインタビューでの桐野の問題意識は鮮明である。『OUT』とか『メタボラ』など、労働問題を扱っているそうだ。是非読んでみたいと思った。

 (つづく)

 

 
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責任

2012-12-20 08:11:39 | 日記
 今度の総選挙は、論者をして「日本は戦争への道に踏み込んだ」を書かしめるにいたっている。書いた人は桂敬一、ジャーナリズムの研究者である。

http://jcj-daily.seesaa.net/article/308706657.html

 小選挙区制度が、いかに「極悪」の制度であるかを如実に示したのが、今回の選挙である。この選挙制度が国民の政治的意思を反映しない虚構の上に立つものであることは確かである。

 その虚構の上に、新しい自民党、公明党、「維新」による「極悪」政治がこれから行われるのであるが、だからといって今度の選挙において「責任」がないわけではない。「責任」を担いつつ、どのようにこの過酷な現実を打開するか。

 ボクたちのように、インターネットを駆使して、マスメディアの意図的な情報ではない情報を得ることは簡単にできるのだが、しかし多くの人は、そんなに簡単ではない。

 昔は、労働組合などがあって(「連合」などのように、権力の一翼を担う労働組合組織では、もちろんない。普通のあるべき労働組合のことをいうのだ)、そこから流される権力の流す情報ではない、異質な情報が存在した。しかし今、そうした回路はなく、権力側から流される情報だけが舞い上がっている。

 ボクたちは、マスメディアの流す意図的な欺瞞的な情報ではなく、真に民衆のための情報を伝えていくことを真剣に考えなければならない。

 来年は、関東大震災九〇年である。ということは、朝鮮人虐殺九〇年、大杉栄・伊藤野枝・橘宗一虐殺90年ということになる。

 大杉の書いたものに、「新しき世界の為めの新しい芸術」がある。民衆の芸術について書いたものであるが、これは芸術を情報に置き換えてもいいのではないかと思った。

 「民衆芸術は、其の第一条件として、それが娯楽である事」

 「民衆芸術は元気の源でなければならない」

 「民衆芸術は理知の為めの光明でなければならない」

 (これは「青空文庫」からコピーしたもの)

http://www.aozora.gr.jp/


 人々が楽しめる、元気の源になる、理知のための光明となる情報、これを流していかなければならない。現実が現実だから、そういうような情報は難しいと思われるかも知れないが、しかしいかなる時代であってもそういう情報は存在したであろう。なぜならそういう情報があったがために、独裁政権は倒され、抵抗は続けられたのだ。

 「責任」を担うということは、「極悪」の政治を推進しようとする「奴ら」の困るような情報を、積極的に流していくことだ。彼らにも必ず弱点がある。最大の弱点は、彼らも民衆の支持がなければ何もできないということなのである。

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統一戦線を!

2012-12-19 22:19:11 | 日記
 悪政の限りを尽くした自公政権が復活する。もっと悪いのは、それに石原、橋下が率いる「維新」も加わる。悪政は、さらにその「悪」を深めていくだろう。

 だが、もし安倍新政権が、自らの政策を推し進めていくなら、国内の矛盾、さらに対外的な矛盾はもっともっと激化するだろう。

 日本人が、自民党や「維新」に投票しているということは、まだ日本人が究極まで追い詰められていないということだろうと思う。

 中江兆民の研究者は、日本人はあの「敗戦」を二度三度繰り返さないと自覚できないのではないかと語ったそうだ。

 考えてみれば、安倍新首相は、前回みずからの政権を投げ出した人だ。自民党や「維新」の政策は、以前の自民党の政策よりももっともっと「過激」である。はたして安倍はその仕事を担えるのだろうか。

 彼を見ていて思うことは、彼はスマートではないということだ。もちろん外見についていっているのではない。知性の点でスマートではないと言っているのだ。

 そういう人物が、いろいろな政策を過激に推し進めていくことはできるのだろうか。彼の前には、官僚がいる。官僚は問題が多いが、突飛なことをどんどんすることには慣れていないし、安倍新内閣はおそらくあまりスマートでない人々が結集するだろうから、政治の流れを急激に変えることはできないだろう。

 もちろん、「悪」は深まる。だが、急激にはいかない。まだ時間がある

 もう少し経つと参議院選挙がある。そのときまでに「統一戦線」をつくるのだ。未来、社民などが大同団結をするのだ。

 共産党も加わって良いが、おそらく共産党は加わらない。独自路線を生きていくだろう。共産党は、ボクの経験では、闘いに勝つことよりも、組織の拡大を最優先する党だ。自ら譲歩することをいやがる人々が多い。

 統一戦線では、すべての政治勢力が、譲り合って、一致できるところで手をつなぐと言うことだ。譲り合いが、共産党はできない政党であることを、ボクは経験的に学んでいる。共産党の選挙を担っている人々の姿を見るが、ほとんどが年齢を重ねている人々だ。このままでは共産党はまちがいなく、衰退を強めていく。衰退がいやなら、統一戦線に加わるしかない。

 平和憲法が好きな人、脱原発を支持する人、隣国と仲良くしたい人、みんながそれなりに幸せに生きていくことができるように最低限の生活が保障されるべきだと考えている人、そういう素朴な考えを持っている人々が、手をつなごう。

 今から統一戦線をつくっていこう!

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