里山で出会った風景

趣味の山登りが出来なくなった爺さんが
下手な短歌で日々を綴る(老人のつぶや記)

東京都庭園美術館 彫刻

2010年09月29日 | Weblog
秋の長雨でもあるまいが今日も終日の雨。過日の庭園美術館の見学は
雨の合間をぬって良い日に遊べた。アウトドアは天気が一番で、天気が
御馳走と言われますが、それにもまして見る物が何よりの御馳走ですね
今回はボアズ・バーディアの作品が身近な題材で面白く、ぐるぐる廻って
鑑賞する。作者との共感? 他愛なく感動できて、美味しい御馳走でした

作品名「ビルタイとパシュフル」1992年ボアズ・バーディア(イスラエル)作
二人が語り合っている様にも見えるが、別々に自分の世界で物思いに・・・

膝を抱え、上を見て考える?下を見て沈んだ気持ち?見る人の感情次第で・・・

リラックスポーズ?投げやり?ふてくされ?見る人の心の在り様で変化・・・

作品名「INSIDE OUT CBG-2」 1991年菅原二郎氏作 素材は黒御影石
  ここに至っては凡人にはさっぱり解りません、解りにくい程芸術か?

        (22年9月26日撮影・東京都庭園美術館にて)

東京都庭園美術館 風を見る

2010年09月29日 | Weblog
昨日は豪雨、今日は打って変り秋晴れ!今日も有休。昨日のフォローで
眼科受診。病院は相模原のこもれびの森の中にあって吹く風が心地よし
秋風! 東京都庭園美術館で「風」を見てきたばかり。ブログは風に決定

庭園美術館の芝生広場に足を踏み入れて、驚かされるのが写真の彫刻
野外彫刻で有名な安田侃氏の作品を通じて吹き抜ける見えない風を見た

    タイトル「」、2000年、安田 侃氏作 素材は白大理石
東京都庭園美術館開催の「安田侃野外彫刻展」を記念して当館に設置

         真正面から見る↑ ↓正面右斜めから見る

             ↓後ろ右斜め方向から眺める

作品と設置場所の全体的雰囲気 (吹き抜ける風が見えませんか?)

       (22年9月26日撮影・東京都庭園美術館にて)

秋の七草 萩と葛

2010年09月28日 | Weblog
間違いなく。25日に風流人を気取って秋の七草を拾いに近隣を散歩する
拾えたのは花の少ないのクズでした。拙宅のにカメラを向けてアングル
を探ると、紋黄蝶が萩の花に華を添える。夢中で撮るレンズの先に秋の色

                 拙宅の鉢植えの萩

        アップで  (萩と聞いただけで秋を感じます)

   萩と戯れる紋黄蝶 (落ち着かない蝶でなかなか止まってくれません)

近隣の土手で拾った葛
(時期的に早いのか?遅いのか?、猛暑の影響なのか花が少ない)

      (22年9月25日撮影・拙宅の萩と近隣土手でさく葛)

あまり病気の事は書きたくないが、日記として残しておきたいので記す
有給休暇で北里大学眼科受診、治療。麻酔を打つとはいえ、生涯初の
眼球への注射に震える。記憶にない程に久し振りの眼帯を付けて帰宅
馬鹿なもので、今日くらいブログは止めればよいのに 片眼で四苦八苦

小さい秋

2010年09月27日 | Weblog
  今日の挨拶「寒くなりましたネ!」・・・1週間前は「暑いですネ」

  さつま芋のくりまさりのお裾分けに続いて、栗のお裾分け にあづかる
  夏の猛暑で今年は栗の出来がイマイチの様です。頂いた栗は中国産?
  近隣の栗の木の様子を見に出掛けるが、成程イガが小さく数が少ない
  猛暑の被害が秋刀魚に、栗に、梨にも、柿にも・・・・・大変な夏でした。

            お裾分けで頂いた中国産(?)の栗

           今ハジケンとする近隣の栗の木のイガ

                ?柿  生育の程は?・・・

                ?柿 生育は・・・

            (22年9月25日撮影・近隣にて)


東京都庭園美術館

2010年09月26日 | Weblog
有給休暇を挟む4連休は雨にたたられる。今日は退屈しのぎに目黒駅から徒歩
7~8分の「東京都庭園美術館」で遊ぶ。催し物は、お爺さんには全く縁のない
香水瓶の世界」でしたので、美術館には入館せずに庭園見学だけにして帰る・・
館内見学が出来ると思って行ったが駄目でした、建物公開は下記の通りでした
     東京都庭園美術館建物公開─朝香宮のグランドツアー 
       2010年12月11日(土)~2011年1月16日(日)

  催し物案内  きらめく装いの美「香水瓶の世界」~11月28日まで

東京都庭園美術館
昭和8年に朝香宮(あさかのみや)邸として建てられた建物を、美術館として
公開したもの。戦後の一時期、外務大臣・首相公邸、国の迎賓館などとして
使われてきたが、昭和58年に美術館として新しく生まれかわりました。
この建物は1920年代から1930年代にかけてヨーロッパの装飾美術を
席巻したアール・デコ様式を 現在に伝えるものだそうです

庭園美術館入り口                美術館玄関前の狛犬
 
庭から建物の真横を見る             園内の芝生広場
  
   建物を角度を変えて見る (昭和8年築にしては素晴らしい建物)

        (22年9月26日撮影・東京都庭園美術館にて)

夏の終り と 秋の入荷(くりまさり)

2010年09月25日 | Weblog
隣人が平塚へさつま芋「くりまさり」掘りに出掛け今年もお裾分けにあずかる
去年も同じ事を書いた様な気がしますが,九里四里旨い十三里半、それより
更に旨い十五理の秋が入荷 「くりまさり」。一方暑い夏を咲き続けて,名残り
惜しむ終りがけの夏の花。夏の終りと秋の始まりが 拙いブログの中に在り

               平塚名産「くりまさり」※

長い時期咲いている、ハナトラノオ(別名カクトラノオ) そろそろ終り

  これまた夏の時期を咲き続けてそろそろ終りのノウゼンカズラ

            ハーブの一種アメジストセージ

             アップにして毛深さを強調

                 ?
 
          (22年9月25日撮影・近隣にて)

くりまさり (パンフ抜粋)
  どの品種にも見られない良い食味の反面、形が長くなったり
  くびれが出来たりして形状が悪い欠点がある。平塚市大野地区
  だけで栽培されていて埼玉のいも菓子会社へ出荷されている

横浜ブランド「浜なし」 と 千葉産「かおり梨」の競演

2010年09月24日 | Weblog
愚妻の妹が一個で1㌔を越す大玉で有名な千葉産「かおり梨」を送って来た。
偶々敬老の日に横浜ぶらんど「浜なし」(豊水)を買いに出かけた時の写真が
あり千葉産と横浜産の梨競演とあいなる。かおり梨の食べ頃は美味しい香り
がしてきてからと言う事で未だ食しておらず。大きさでかおり梨に軍配をあげる

  左:「かおり梨」”新興”と”幸水”の交配種(これはは860g)24日撮影
   
     横浜ブランド「浜なし」の”豊水” 浜なしも大きいのですが・・・。
  
            はま梨直売所今年は23日で終了 
  
        敬老の日、購買客が絶える事のない人気ブランドです
  
           (22年9月20日撮影・近隣の梨園にて)


江戸東京たてもの園 大須賀 一雄透明水彩画

2010年09月23日 | Weblog
       
   昨夜は中秋の名月、今日は雨。急激な気温の低下で寒いくらい。

江戸東京たてもの園では種々な物を見て楽しむ。楽しめたのは建物だけ
ではなく、透明水彩画で有名な大須賀一雄氏の水彩画を見る機会に巡り
あえた事もその一つです。伊達家の片番所前で写生をする団体に作品を
写真に撮らせて貰おうと一声かけると、 個展の案内ハガキをもらいました
東急吉祥寺店で開かれる「大須賀一雄透明水彩の世界展」の案内でした
それが大須賀一雄氏でした。偶然に驚く。透明水彩の世界を覗いて下さい

   大須賀一雄の透明水彩の世界←作品の数々が見られます

  独自の技法で研究し透明水彩で描かれた大須賀一雄氏の作品

↓会水庵(杉並区、大正期、茶室) ↑大須賀氏の作品と比較して下さい

 伊達家の番所前で大須賀氏の指導を受けて会水庵を写生する生徒
 大須賀一雄氏が懇切丁寧に指導をされているのを目撃しました

          大須賀氏から頂いた個展案内はがきの裏

               個展案内はがき表

       (22年9月12日撮影・江戸東京たてもの園にて)

江戸東京たてもの園 高橋是清の書

2010年09月22日 | Weblog
高橋是清直筆の掛け軸:「不忘無」。金もなく、地位もなく、何も無かった
頃の事を忘れるなと言う戒めでしょう。私には今でも金もなければ何も無い
ので縁の無いお言葉です。不忘無とは何もかも持てる貴方への戒めです!

居合わせた習字の先生が御世辞にも上手いとは言えないと解説してました

  ↓この和室の隣りの部屋の↑床の間に掛けられていました

           (22年9月12日撮影・高橋是清邸にて)

江戸東京たてもの園 午砲

2010年09月21日 | Weblog
いつも昼食は國學院大學の学食を利用している。今日は特別混んでいたので
聞いてみるに今日から学校が始まった由。今後は午砲を聞いてから駆け付け
ていたのでは、昼の休憩時間がなくなるので、少し早めに出掛ける事にしよう

午砲
皇居内旧本丸跡に置かれ、正午を知らせる空砲(午砲)を発射していた大砲。
昭和4年にサイレンに切り替わるまで使用されていた様です。

皇居正門石橋飾電燈(明治20年頃の製造)
 皇居正門石橋(二重橋の手前側)の欄干に設置されていた飾電燈
 老朽化のため昭和61年に同形の飾電燈を製作して交換設置
 同じ物が愛知県の明治村にも展示されているそうです。

小金井御仮寓所跡
 ここの西側にあった文部省の建物が昭和21年から3年間学習院中等科
 校舎になった。その為東宮御仮寓所が造られ中等科在学中の皇太子殿下
 (現天皇)がここに住まわれた。その建物は24年12月に焼失された由

                 小金井公園

        (22年9月12日撮影・江戸東京たてもの園にて)

江戸東京たてもの園 伊達家の門と紋

2010年09月20日 | Weblog
敬老の日。新聞の一面では65歳以上の人が2,944万人居る事を伝え
テレビも元気な長寿者の特集が組まれている。小生も元気な老人として
山登りの準備をして就寝するが、今朝の体調やや不良で山登りを諦める
「長寿とは元気で過し意味があり」。敬老の日に古きたてものに教えられ

 伊達侯爵家(旧宇和島藩伊達家)が大正時代に建てた屋敷の表門
 東京白金三光町、伊達家の門と右側に請願巡査が詰めていた番所

番所
片側に一つだけなので片番所。門の両側につくと両番所と言い格式が高い

          特徴的な起り屋根(むくりやね)の番所

     門柱の上には木彫りの伊達家の家紋(竹丸に雀紋)
 仙台藩伊達家の紋は四つの節から葉を出すが、これは竹の節が三つ

       (22年9月12日撮影・江戸東京たてもの園にて)


江戸東京たてもの園 東京手描友禅と銭湯

2010年09月19日 | Weblog
昨日は都電で東京を表現してみたが、今日は伝統工芸士の東京手描友禅
昔馴染みの銭湯の絵で昭和初期の東京を表現してみた。 何となく雰囲気が
出せたかな? 昔は写真の「子宝湯」の様な銭湯が多かったが、今銭湯は・・・

      東京都伝統工芸士・東京手描友禅の高橋貞雄氏の実演
      肖像権、掲載は本人に諒解済み・・「良い男に撮れよ!」

   東京手描友禅の筆使い           東京手描友禅
 
子宝湯:足立区千住元町、昭和4年築 東京の銭湯の代表的建物
     神社仏閣を思わせる入母屋作りの大屋根と唐破風が立派です 

(荒物屋)丸二商店:神田神保町、昭和初期。小さい銅板片を巧みに組み
            合わせ模様をかたち作って正面を飾っているのが特徴。

       (和傘問屋)川野商店:江戸川区小岩。大正15年

        (22年9月12日撮影・江戸東京たてもの園にて)   

江戸東京たてもの園 都電7500形

2010年09月18日 | Weblog
たてもの園だからと言って建物ばかりでは飽きが来ます。懐かしの都電
載せて、生まれても、住んでもいない小生が 昭和初期の東京の雰囲気
推測で演出。万世橋の交番がその雰囲気作りに貢献をしてくれました。

  都電7500形 新橋行き 懐かしい都電が往時を偲ばせてくれます

明治後期築万世橋交番(神田万世橋のたもとにあり正式名は須田町派出所)
たてもの園で唯一の煉瓦造り。クレーンで吊り上げトレーラーに乗せて移設

     これまた懐かしのロングノーズバス 上野広小路行き

手前倉庫は休憩棟、中央が三省堂文具店(昭和2年)、隣りが花市生花店
一番奥が荒物屋の丸二商店(神田神保町昭和初期)

花市生花店:昭和2年に神田淡路町に建てられた(看板建築)の花屋です

        (22年9月12日撮影・江戸東京たてもの園にて)

江戸東京たてもの園 三井八郎衛門邸

2010年09月17日 | Weblog
又暑さぶり返す。これから歯医者に行って抜歯予定。怖い!簡単にブログ更新
古くもないが新しくもなく、三井財閥家としては質素系の造りの三井八郎衛門
しかし仏間、書院、客間、居間、シャンデリア、屋久杉のフスマ等々もの凄い!

三井財閥の三井同族十一家の総領家三井八郎衛門高公氏が戦災で邸宅を
焼失後新しく昭和27年に建築した建物↓

         横へ廻って見ると入り組んだ建物と屋根が凄い

 庭園から眺めた主屋 昭和27年築だが建物に古さは感じられない

               部屋から眺めた庭園

                玄関前の鹿の置物

      (22年9月12日撮影・江戸東京たてもの園にて)

江戸東京たてもの園 田園調布の家(大川邸)他

2010年09月16日 | Weblog
急に涼しくなって、今朝の通勤電車の中で私の様な半袖シャツ姿は少数派
そろそろ衣替えか?衣替えは直ぐ出来るが、当ブログがなかなか衣替えが
出来ずに365日ワンパターン。素人ブログは元々自己満足の世界とはいえ
自身も内容とスタイルに飽きて来た。そう言いながら今日も 江戸たてもの園

田園調布の家(大川邸)(大正14年築)この頃としては全室洋間は珍しい由
      大正時代にしては現在以上の斬新なデザインですね!

この頃でも田園調布は憧れの住宅地だったのだろうか
          今は東急田園都市線沿線がサラリーマンの人気住宅地
 
近代建築の発展に貢献した建築家前川國男氏の自邸(昭和17年築)
      昭和17年にしてはデザイン斬新。西丹沢山自然の家みたいです

小出低((大正14年築)建築家堀口捨己がヨーロッパ旅行帰国直後に設計
>
              常盤台写真場(昭和12年築)

↑照明設備が発達してない当時、安定した照度を得るために2階撮影場の
    窓には北側から光を採る為に刷りガラスがはめ込まている

         (22年9月12日撮影・江戸東京たてもの園にて)