昨日、ちょっと触れたから、補足として。
スーダン南部の内戦
1983年にアラブ系の政権によるイスラム法(シャリア)の導入に抵抗するため、キリスト教徒の黒人を中心に、スーダン人民解放軍(SPLA)が結成され始まった。兵士は2万~3万とされ、政府軍から奪った戦車や対空砲を装備。エチオピア、ウガンダ、ルワンダなどの周辺国や、スーダンをテロ支援国家と見なす米国がSPLAを支持したことで長期化し、戦闘や政府軍による空爆で約200万人が死亡、数百万人が難民化した。
スーダン南部の内戦
1983年にアラブ系の政権によるイスラム法(シャリア)の導入に抵抗するため、キリスト教徒の黒人を中心に、スーダン人民解放軍(SPLA)が結成され始まった。兵士は2万~3万とされ、政府軍から奪った戦車や対空砲を装備。エチオピア、ウガンダ、ルワンダなどの周辺国や、スーダンをテロ支援国家と見なす米国がSPLAを支持したことで長期化し、戦闘や政府軍による空爆で約200万人が死亡、数百万人が難民化した。