Death & Live

いわゆる日記とは違うようで。死に様や心の疲労について、つれづれなるままに書き綴るだけ。

そこで凹んでいる人へ

2006-07-31 07:53:38 | 死・自死
やさしい人って凹みやすいよな。

やさしいから、人の痛みを自分の痛みとしてしまう。
凹んでる相手に上手い言葉をかけられないことで、
自分が落ち込んでしまったりする。

やさしいから、自分が凹んでいることで、
人に迷惑をかけてやしないかと、
気になって気になって更に落ち込む。


逆に考えてみようか。


凹みやすい人って、やさしいんだ。

自分がちょっとでも人に迷惑をかけてないか、
気にしすぎて凹んでしまうほど、やさしい。

自分が凹んでいても、
凹んだ人を励まそうと一生懸命になってしまうほど、やさしい。

自分が凹んでいるのは、自分のわがままなのではないかと、
ついつい自分を責めてしまうほど、やさしい。


やさしい人は、そのやさしさ故、強い自己主張をしない。

だから、やさしい人は社会の中で無視されがちです。

無視されるならまだいいのか、
別の生き物のような眼で見られたりする。

やさしいだけなのに、
まるで甘ったれかのように誤解される。

それはそれはとても寂しいことですが、
やさしい人たちはそれでも怒らずに我慢してしまう。

凹みやすい、やさしい人々には暮らしにくい社会だな。


だがね.....


そこで凹んでいるあなたへ。
そこで凹んでいるやさしいあなたへ。

そんな社会だけど、
死にたいとか言わないで下さい。
いや、言うのはいいです。
でも、死なないで下さい。

世の中からやさしい人が減ってしまいます。

あなたのようなやさしい人がいなくなってしまうのは、
とてもとても悲しいことです。寂しいことです。

これだけ紛争の絶えない世の中から、
あなたのようなやさしい人が一人でもいなくなると、
世界は破滅してしまうでしょう。

世界を救うと思って、生き続けて下さい。
決して大袈裟な話じゃないです。
ほんとに、あなたのようなやさしい人が必要です。

例えあなたが一歩も外に出なくても、
それでも、世に中にはあなたのようなやさしい人が必要です。

やさしい人には辛い世の中です。
それでも、死なないで下さい。


人は死ぬために生きている。
だからこそ、充実した死を迎えるためにも、
衝動的な死を選んではいけない。
いつか必ず迎える死の時を、充実したものにするために、
凹んだままでもいいから、そこに居て下さい。


今までも何度か書いて来ましたが、
自分にはすでに家族がいません。

でも、やさしい姉がいました。
そんな姉にも辛い世の中でした。
リスカも何度もしましたよ。
そして死んで逝きました。

 もう、これ以上、やさしい人がいなくなるのは耐えられない。
そこで凹んでいるやさしいあなた、
お願いですから、自分より先には逝かないで下さい。

ハハハッ・・・・・最後は結局本音が出ましたね。
そうです。
自分より先に逝ってほしくないのです。
やさしい人がいなくなるのはもうイヤだ。


やさしい人のことをもっと皆んなが受け入れてくれるといいんだがな。
やさしい人がもっと凹まないでいい社会になるといいんだがな。


お願いだから、もう誰もいなくならないでくれ。



明日は姉の詩でも載せようか。




姉のこと、家族のことは過去に書いており、詳しくは割愛。 http://blog.goo.ne.jp/zooquie/e/a0cc000522a56568c2fb875397fc024b http://blog.goo.ne.jp/zooquie/e/1215779a1b30fd1af4fae478b0e113dc

映画 『オペラ座の怪人』

2006-07-30 06:08:11 | 映画 「お段」
『オペラ座の怪人』  2004年
原題 : The PHANTOM of the OPERA
監督 : Joel Schumacher

ジョエル・シューマッカーの大ファンでして、
去年の2月に日劇1で観賞。

有名な作品でありながら、
ほとんど予備知識は無いまま。

歌の美しさに感動すると共に、
虐げられてきた人の心の傷の深さを描いたストーリーに、
更に感動を覚える。

心の傷は、時に人を優しくする。
心の傷は、時に人を盲目にする。

そして、心の傷を持った人は、癒されたいがために迷走してしまい、自分を見失う。

彼に手を差し伸べたいがために、終盤は緊張し続けていた。

こんな手が何の役に立つワケでもないのに。

映画なのに、フィクションなのに、どうにか彼を救えないものかと考えてしまう。考え続けてしまう。

想像する作業

2006-07-29 13:17:07 | 戦争・紛争・内戦・テロ・虐殺
9・11同時多発テロから3年経った時、新聞で読んだ。

「せがれに私がいたように、亡くなった人の後ろには家族や恋人がいる。それを想像する作業を人間はやらなければならない」。

世界貿易センタービル内で働いていた息子さんを亡くされた方の言葉。

世界中で紛争の絶えない日々。
兵士だけでなく、多くの一般市民が犠牲になる毎日。
彼らの後ろには、彼らの死を嘆く人々がいる。
今日も、明日も、あさっても、想像し続けなくてはいけない。

映画 『ガーダ パレスチナの詩』

2006-07-28 08:14:51 | 映画 「あ段」
『ガーダ パレスチナの詩』
2005年
監督 : 古居みずえ

ドキュメンタリーは苦手だな。
すぐに飽きちゃうんだよ。

パレスチナ人の言い分にだけ光を当てたストーリー。

家を失った女性が言う。
「同じ思いをイスラエル人にさせてやりたい」

これじゃダメなんだよな。

こればっかりは想像力を働かしても、
彼らの気持ちが解る、
なんてエラそうに言えないな。

たまには音楽のことなど...

2006-07-27 07:58:48 | つれづれなるままに
なんか最近、色々と考え込むことが多く.....

世界中で起きている紛争のこと、
自然災害のこと、
対アジア外交のこと、
仕事のこと、
生活環境のこと...


色々考えていると過去を振り返りたくなったりすることもあり、
DVDで古い映画でも観ようかとも思いましたが、
それではあまりにも振り返り過ぎかと...(笑)
なので、少し前のCDを漁ってみました。

ジャンルを問わずに聴きます。
3枚ほどPick-up

「マグノリア/オリジナル・サウンドトラック」
         エイミー・マン他

「エル・チャランゲーロ・マヨール」
         ダビ・カルサード・イ・ス・チャランガ・アバネーラ

「2004 GRAMMY NOMINEES」
         コールドプレイ、エミネム他


今年に入って、とある事をきっかけに、
"夢を追いかける" ことを忘れていた自分に気付いたもので、
また追いかけ始めようか、などと思っていたはずなのですが、
それさえも忘れてしまっていた(笑)
あまりにも寄り道しすぎたので、
もう追いつかないかもしれないが、
もう一度、追いかけてみるかな(苦笑)

映画 『イン・アメリカ 三つの小さな願いごと』

2006-07-26 07:47:38 | 映画 「い段」
連日蒸し暑いよね。
そんなんで、思い出した。
エアコン必死で手に入れたのに、
すぐ壊れちゃった映画あったなぁ、と。
「ゲット・リッチ・オア・ダイ・トライン」と同じ監督だし。

『イン・アメリカ 三つの小さな願いごと』  2002年
原題 : IN AMERICA
監督 : Jim Sheridan

2003年12月鑑賞。
サマンサ・モートンのファンでして。

マテオだったかな、黒人のアーティスト。
彼の存在感がたまらないね。

そして、必死で生きてる家族。

家族がいて、隣人がいて、そうやって皆で生きていく。

ひとりじゃなくて、皆で生きていく。

なんて言っても2人の姉妹が可愛かった。


そんな人々のエネルギーが今のアメリカ合衆国を作ったんだろう。

あんな国になっちまうなんて思わずに.....

医者と癒しと整体と

2006-07-25 08:04:47 | 凸凹な人々へ ∋zooquie
内科とか、何でも、整形外科とかでもいいんだけど、
そういう医者って、聴診器あてたり、レントゲン撮ったり、
色々診察して、診断はするけれど、
結局のところ、自分自身では何も治してないでしょ?
本当の原因を突き止められなくても、
熱があるとか、痛いとか、そういうことに対しての
対処療法として、薬を処方したり、点滴打ったり、
湿布貼ったり、注射打ったりするだけじゃん。
薬や注射が痛みを止めたり緩和しているだけ。
医者自身は何にも治してないんだよね。

実は7月7日の記事に書いた "ある人" とは
整体の先生なんだけれど、そういう整体の先生とか、
例えばマッサージとか針灸とかそういう先生って、
自分の技術というか、自分の手で治すんだよね。
だから、そういう人たちの "治してあげたい" という気持ちも、
直接伝わってくるのかも知れない...と、思った。

だから、医者に自分の症状を説明して、
わかってもらったのか良くわからないまま、
薬だけ出してもらったとして、
痛みはとれたとしても、
それはきっと癒されたことにはならないんだな。

でも、人の手で、気持ちのこもった手で、治そうとしてもらうと、
実際の効果以上に癒された気持ちになれるのかな、と。

だから、その7月7日の記事の時、
それは、やはりその話の前に、
自分がまず、先生の気持ちのこもった手で、
直接癒してもらっていたから、
なおさら、先生の話が心にストレートに入って来たのかもしれない。

そんなこと、ふと思いついた。

映画 『ステイ』

2006-07-24 20:22:44 | 映画 「う段」
『ステイ』  2005年
原題 : stay
監督 : Marc Forster

『Re:プレイ』でも描いていたけど、人間の死ぬ瞬間のイリュージョン・ワールド。
もちろん死んだことないから、一体どんなもんだかは検討つかないけどね。
人が死ぬ時の生への悔いに対する、瞬間的な思考の大回転。
そういうものを描いているのかな、と。

人は死ぬために生きている。

だから、生の世界に悔いが残るのなら、死を受け入れにくいものなんだろうな。

ナオミ・ワッツは美しい。
あの二人は現実世界では結ばれたのだろうか...

2006-07-23 11:16:49 | 
「眼」

なんていい加減な人たちなんだ
真剣な人たちを無視して
自分たちの力を抜くことしか考えてない
なんていい加減な人たちなんだ

真剣を持続することの大変さを
真剣を持続することの大変さを
いい加減な人たちに伝えなくては

待ち続けていた人の気持ちを
いい加減な人たちに伝えなくては

それなのにそれなのに
いい加減な人たちへ言うべき言葉が見当たらない

映画 『ゲット・リッチ・オア・ダイ・トライン』

2006-07-22 11:28:39 | 映画 「え段」
『ゲット・リッチ・オア・ダイ・トライン』  2005年
原題 : GET RICH OR DIE TRYIN'
監督 : Jim Sheridan

『イン・アメリカ 三つの小さな願いごと』 と同じ監督なんてな。
監督ってスゴイと思うワケですよ。

50セントはカッコ良いね。

"逆境に挫けず" って、正にこういうこと言うんだろうな。

ラスト・シーンとかメッチャいい!
防弾チョッキ脱ぎ捨てて、スポットライト浴びて。

無いモノねだりですかね.....
カッコ良すぎてたまらんです(笑)

ひとつの考え方

2006-07-21 07:46:55 | 凸凹な人々へ ∋zooquie
――立ち止まるのもいい

こんなくだらない世の中に生きていれば、
イヤなことなんて星の数ほどある。
変化なんて数えるだけ無駄だ。

無理して前へ進もうとしたり、
自分を振り返ったりしないで、
落ち込むべき時は落ち込んでおこう。
流されるべき時は流されておこう。
ちっぽけな自分を噛みしめて、さんざんに悔しがる。

但し、忘れてはいけないこと.....
下を向いていないで周りを見ろ、
風向きの変化を見逃さないように。
胸を張っておけ、
ちょっとばかりの波風に煽られないように。
二本の足を踏ん張るな、
いつでも次の一歩が踏み出せるように。

そんなにしてると、いつの間にかマイペースな自分がそこにいる。

映画 『サイドウェイ』

2006-07-20 07:41:05 | 映画 「あ段」
いい歳してても、なかなか上手くいかないことは多いんだな。

↓そんな映画。 去年の3月鑑賞。

『サイドウェイ』  2004年
原題 : SIDEWAYS
監督 : Alexander Payne

失敗して、凹んで、ヤケになる。

人間ってヤツは40年や50年生きたくらいで "悟り" はひらけないんだな、ってことを悟らせてくれた映画だね(笑)

そんな人生でも、やっぱり最後に笑顔になれるヤツらがいる。

旅もいいやね。

心地よい波を待とう

2006-07-19 07:43:25 | 凸凹な人々へ ∋zooquie
自分が自分を取り戻す時って、
ホントは至福感がなくてはいけないと思うんだな。
苦痛を伴っていてはいけないよ。

だから、元気になろうとする時に、
もし少しでも苦痛を感じるのならば、
その波は自分に合わない波だから、
一度、砂浜に戻って回りを見回した方がいいんだろう。

そうやって出たり入ったり、いろんな波に乗るうちに
きっと心地よい波がやってくる。
そんな気がするぞ。

自分をみつめ、悪いところを治そうと思っても、
そう簡単には直せない。
だったらいいところを伸ばしていけば、
自然に悪いところも消えるんじゃないだろうか?

なーんて色々、考えてみたりした。

映画 『アビエイター』

2006-07-18 07:56:44 | 映画 「あ段」
最近、チャップリンの伝記を読みまして、
そうしたら、出てきたんですよ、この人が。
ハワード・ヒューズ。

『アビエイター』  2004年
原題 : THE AVIATOR
監督 : Martin Scorsese

映画を観たのは、去年の3月ですね。
もう一年以上前です。

一人の男を描き切った、すばらしい作品だと思うのですが、
どうしても、こういう作品って、イマイチうけないんですよね。
童顔のディカプリオも精一杯熱演していたのに。

人の生き方って、結局のところ暗いんだな。
だから、現実に近ければ近いほど、陰鬱なストーリーになりがちなのか。

自分は、あんな金持になった事も、世間との繋がりを完全に遮断した事もありませんが、彼の心の波は何となく理解できて、泣けてきた。

心の弱さだけは、お金の力ではどうしようもできなかったんだな。


宴の後、一人の部屋に帰るのは淋しすぎる。
だったら、宴など行かず、最初から一人でいた方がいい。

凹むということ

2006-07-17 12:08:07 | 凸凹な人々へ ∋zooquie
どれくらいの頻度で凹むかね。

1ヶ月に2度か3度かね。

外的要因が少ない時は、それくらいかね。

しかし、以前の職場は外的要因が非常に多かったから、数日置きには凹んでいたかね。

異動してかなり変わったね。

自分が非常に強くなるのでは、などと期待もしたがね。

それはちょっと違ったね。

もう何十年もこの性格なのだから、そう簡単に変わりはしないやね。

だが、何も変わってないワケじゃないしね。

少しはね、ほんの少しは強くなったかね。

イヤ、やはり変わってないね。

外的要因が少なくなっただけで、決して自分が強くなったわけではないね。

この文章も、支離滅裂だしね(笑)

強くなっていないのなら、凹むのも当然だね。

しかし、明らかに以前ほど凹まなくなったかね。

凹むことも悪いことではないと思えるようになったしね。

前向きに生きてる人には理解してもらえないかもしれないがね。

正直な自分ってことだね。

強くなろうともがいて凹むくらいなら、このままの自分を受け入れるのが良策だね。

心が満たされるなんてことは無いからね。

満たしたいと思って凹むのは誤りだね。

そーゆーこと。