ヴァンフォーレ甲府熱血サポーターへの道!!

山梨に住むユタカのブログ。地元ヴァンフォーレを応援してこのブログもなんと19年目を迎えました。ACL効果でJ1昇格だ!

ミスターヴァンフォーレの引退

2017-11-04 | Weblog



先日ヴァンフォーレに所属している石原克哉選手の今シーズン限りでの現役引退が発表されました。


石原選手は1978年生まれの現在39歳。山梨県出身であの中田英寿選手が2つ上の先輩にいた韮崎高校でプレー。高校卒業後は順天堂大学に進学し、クラブのセレクションを経て2001年にヴァンフォーレに加入しました。当時のヴァンフォーレはJ2で最下位を経験するなどいわば‘暗黒期’と呼ばれている時期で、チームが底にいた時代に石原選手は加入初年度からレギュラーとして活躍。スピードと豊富なスタミナを武器に主に左右のウイングとして存在感を発揮し、ヴァンフォーレ浮上のきっかけを作りました。その後コンスタントに出場機会を積み重ねていき、2005年には上位に進出してJ1昇格に届くチャンスを獲得。シーズン終盤の劇的な試合展開と柏とのJ1・J2入れ替え戦などドラマチックな試合を演じるヴァンフォーレの主力選手でした。チームが初のJ1の舞台に挑戦した2006年はチーム最多となるリーグ出場数を記録。7アシストとこちらもチームトップの成績を残し、主にセンターハーフの位置でチームを攻守で支える働きをしました。石原選手の活躍がヴァンフォーレが初のJ1で残留できた大きな要因となりましたね。

キャリア序盤はスピード豊かな突破や運動量を活かして攻撃的にガンガン行くプレースタイルだった石原選手でしたが、試合状況を見分けられる眼や自分を犠牲にしてまでチームに貢献できる献身的な姿勢を重宝され、サイドハーフやボランチ&サイドバックなどどこでもプレーできるポリバレントな能力を発揮していきます。また両足が遜色なく使えるということで、左右のポジション関係なく入れることも彼の魅力の一つでした。ヴァンフォーレがJ1を経験し、数々の実力者がチームに加入してくるようになると石原選手はその熾烈なポジション争いに後手を踏んでしまうこともありましたが、それでもめげずに努力していくことで主力選手が負傷したときや途中出場などで出場数を稼ぎ、チームの総合的な力を高めることに繋がっていましたね。J2に舞台を移し3シーズンチームの柱として活躍しましたが、2度目のJ1挑戦となった2011年シーズンを境にそのポリバレント性が逆に仇となり、有事のために準備を整えてベンチを温めることが多くなっていきます。

出場機会が少なくなっていたもどかしい状況を一変させたのは、城福体制3年目の2014年でした。この年は盛田選手などベテランアタッカーが台頭し、石原選手も2シャドーの一角としてリーグ戦28試合に出場し3得点を挙げるなど再び光輝く実績を残しました。石原選手がこのシーズンにシャドーとして起用された要因として、豊富な運動量を活かして前線でのチェイシングや中盤の幅広いエリアを動き回ってディフェンスに参加できる点を重宝されていたと思います。またそれに加えて攻撃面での活躍が光ったのも特徴的でしたね。


石原 克哉(甲府)の右足ミドルシュート! J1第21節 甲府vsG大阪


2014 J.LEAGUE GOAL COLLECTION J1 第4節 石原 克哉(甲府)

※音量注意


この動画の2得点は決して綺麗なものではなくいずれもチームの勝利に執念を燃やす石原選手らしい泥臭いゴール。特に2つ目はGKやゴールポストにボールが連続して当たるものの、足を伸ばして絡めるように突進していき体ごと押し込む彼の気迫を感じることができたナイスゴールでした。

近年では長年頑張ってきた反動による古傷の悪化がみられ、コンディション的に満足いかずにポジション争い自体に参加できない日々が続いていました。今シーズンの練習を見ていても全体練習に加わるというよりも、チームの補助的な仕事や周りをジョギングするなどしていた石原選手。今シーズンこれまで一度も出場機会がない苦しいシーズンを過ごしてきたことは、本人にとってかなり堪えていたと思います。大ベテランと呼ばれる年齢となりケガの回復具合が思わしくないことと、ヴァンフォーレがJ1に定着し新たな体制によって世代交代が図られていることから、チームのために今シーズン限りでの現役引退を決断したと思います。もちろんサポーターとして石原選手のプレーをヴァンフォーレでいつまでも見ていたいという気持ちはありますが、この大きな決断をした石原選手の勇気を称えたいですね(17年間Jリーグ467試合出場30得点)。

個人的な感想は、よくここまで頑張ってヴァンフォーレ一筋に頑張ってきたなと思いますね。ヴァンフォーレがドン底の位置にいた2001年から上昇して夢のJ1の舞台を経験した2006年。そこから2度のJ1昇格とJ2降格というチームの栄枯盛衰をチームの所属選手として直に味わってきた石原選手。大卒から一つのチームに17年間ヴァンフォーレのためだけにサッカー人生を尽くしてきた姿勢は、ひたむきで実直で努力の塊だったと思います。地元山梨県出身の選手として調子の良いときも悪かったときも常に気にかけるような存在で、サポーターから叱咤激励を受けてクラブとともに成長し愛されてきた存在だったので、この引退は正直さみしいですね。でも本人にとってもクラブにとってもこれからまた新たな次のフィールドに向かうきっかけだと思うので、ここからお互いさらにレベルアップしていきたいですね。


石原選手17年間本当にお疲れさまでした。傷ついた体をゆっくり癒しながら次の人生の目標に向かって頑張ってください。その前に今シーズンラストゲームで石原選手が安心して試合に出られるように、最終節前にチームはJ1残留をなんとか決めたいですね。最終節をチームのJ1残留と石原選手を労う日にさせたいですね。


…最後に持っている選手名鑑(2006年~2017年)に載っている石原選手を集めてみました。紹介文などを読むとまた違った石原選手の魅力が感じられると思いますよ。





2006年選手名鑑。




2007年選手名鑑。




2008年選手名鑑。




2009年選手名鑑。




2010年選手名鑑。




2011年選手名鑑。




2012年選手名鑑。




2013年選手名鑑。




2014年選手名鑑。




2015年選手名鑑。




2016年選手名鑑。




2017年選手名鑑。


個人的には2006年の写真がおすすめ。髪を染めてあか抜けた石原選手がいます(笑)




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