スウェーデンの今

スウェーデンに15年暮らし現在はストックホルム商科大学・欧州日本研究所で研究員

スウェーデン放射線安全庁の機関紙(2)- 事故後の監視体制とはるばる到達した放射能

2011-10-08 23:28:31 | スウェーデン・その他の環境政策
ヨンショーピン大学の経済学部で勉強していたときの友人で、現在は民生災害対策庁で働く人が、3月11日の大震災やそれに続く福島原発の惨事の直後、「スウェーデンの民生災害対策庁でも通常の24時間警戒体制を増強しながら日本の事態の推移を見守っている。夫が育児休暇中だから子どもの面倒を見てくれている」と連絡をくれたことがある(この夫も私の同級生)。

彼女が働くこの民生災害対策庁は、民生部門のさまざまな側面における防災計画を策定したり、訓練を行ったり、実際に災害が発生したときには援助・救助活動のコーディネートを行う機関だ(防衛省の管轄下にある)。3月11日の日本の大震災に際しては、EUの枠組みの中でスウェーデンが日本に対して行う援助活動をコーディネートしたり、原発事故を含むさまざまな災害対策として、スウェーデンが日本の今回の経験から学べることは何かを分析していた。日本から英語で発表された資料や記事の中に日本語が混じっているときには、訳を手伝ってあげたりした。

ただし、原発事故に関しては、この庁よりも専門性が高い放射線安全庁が存在するため、放射線安全庁との協力関係のもとで事態の推移を分析していたようだ。


【放射性安全庁が直ちに敷いた緊急監視体制】

前回紹介した放射線安全庁の機関紙の中では、事故発生直後の放射線安全庁の様子が描かれている。庁内では3週間にわたって緊急監視体制が敷かれたという。仕事場を庁内の指令センターに移動させ、職員総数の半分である130人が3シフトで事態の推移を見守った。主に国内での事故に備えて、このような緊急監視体制の準備が通常からされているが、今回の日本の事故に際しても、その手順に則った指令センターの設置が数時間ほどで行われたようだ。

(スウェーデン国内では今年の2月から、上に示した民生災害対策庁や放射線安全庁などの中央官庁や自治体などの職員、電力会社、業界団体、保険会社、中央銀行、金融機関、警察、メディアなど、総勢6000人が関与する大規模な原子力事故訓練が開始されていた(4月に終了)。そのため、つい数週間前に訓練したことが実践できた、とこの訓練に関わった担当者は述べている)

3シフトによる24時間体制の緊急監視では、福島原発から放出された放射性物質の量やその内訳、分散の仕方などが気象条件や日本政府や東電の記者発表をもとに分析されたという。ただし、日本から発信される情報は非常に少なかったため、放射性安全庁で勤務する専門家は、存在する情報をもとに現在の実際の状況を予測したり、影響の大きさを推計していた。

[私も放射線安全庁の専門家がかなり早い段階で「空焚きが続いた炉内の炉心(燃料棒)はもうほぼ融けている」とメディアでコメントしていたのを覚えている。当時の日本からの発表にはそのような情報はなかったし、ようやく部分的メルトダウンを認め始めていた頃だったと思う。おそらくそのようなシミュレーションや予測が根拠になっていたのだろう。諸外国がこのように事態を深刻に捉えていたことに対し、日本では「現状を知らず大げさなことを言っている」とか「不安を煽っている」などと批判があったが、結局、東京電力などがずっと後になって発表した報告書でも、空焚きが始まってわずか数時間でメルトダウンしていた可能性が高いことが判明している。]

その上で、スウェーデン外務省に対し、日本に滞在する自国民へのアドバイスを提案したり、食品庁や税関に対して輸入食品の基準値などにかんするアドバイスを提供したり、メディアに対する記者発表や市民からの問い合わせに対応していた。


【福島原発からの放射能はスウェーデンに到達したか?】

これについても、機関紙の中で少し触れられている。スウェーデン国内には6箇所に大気フィルター観測所が設置されている。これは国外で行われた大気圏内核実験の影響を感知することを目的として防衛研究所が1950年代に設置したものだが、以前にこのブログで取り上げたように、ソ連が国外に隠していたチェルノブイリ原発事故世界で最初にスウェーデンで検出されたときにも威力を発揮した。

2011-04-02:発生から2日後に発覚したチェルノブイリ原発事故

福島原発からと見られる放射性物質をこの大気フィルターが最初に検出したのは、最初の放出があった3月12日から9日後だったらしい。まず、ヨウ素131が検出され、その後、半日から1日ほどしてセシウム134や137も検出されるようになった。ただし、量はごく微量であった。ヨウ素131の最大値は1m3あたり2.15mBqセシウム134の最大値は1m3あたり0.445mBqセシウム137の最大値は1m3あたり0.557mBq。いずれもストックホルムの観測所での値が他の観測所よりも高く、また3月末に最大値に達している。ここに示した数字はそれ。機関紙によると、これらの放射能による被曝線量は全部あわせても0.1マイクロシーベルほどにしかならないという。

また、大気フィルターによる検出と平行して、国内の16地点では牧草からサンプルが採取され、放射性物質の検出が行われた(4月上旬)。その結果は以下の通り。
  • 最も高い濃度のヨウ素131が検出された場所はスコーネ地方のTorekovという場所で、牧草1kgあたり34Bqだった(ストックホルム11Bqヨーテボリ14Bq)。ヨウ素131による汚染が最も懸念されるのは牛乳だが、ヨウ素131を1kgあたり34Bqを含む牧草を乳牛が1日50kg食べたとしても、牛乳に移行するヨウ素131は1kgあたり14Bqという低い水準にとどまるという。

  • 牧草のサンプル調査から検出されたセシウム134の最大値はヴェクショーで1kgあたり4.9Bq(ストックホルム1.9Bq、ヨーテボリ2.4Bq)だった。また、セシウム137の最大値は同じくヴェクショーで6.5Bq(ストックホルム 検出されず、ヨーテボリ3.0Bq)。ただし、セシウム137は半減期が30年と長いため、ここにはチェルノブイリ事故のときに降下したセシウム137も含まれている。ヴェクショーに次いで、イェーヴレでは6.4Bqという値が検出されているが、この大部分は1986年に降下したものであろう。(これに対し、ヨウ素131の半減期は8日、セシウム134の半減期は2年であるため、チェルノブイリ事故のときに降下したこの二つの物質はもうほとんど崩壊している)
さらに、放射線安全庁は国内の28箇所にガンマ線観測所を持っており、観測結果を1時間ごとに放射線安全庁の本部に送っているが、ここでは通常よりも高い放射線量は検出されなかったという。福島原発から到達した放射性物質から出る放射線量は非常に低い値であったため、自然放射線量の変動幅内に収まったからであろう。

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4 コメント

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ありがとうございます (里の猫)
2011-10-09 16:31:55
当時の内側の状況、興味深く読ませていただきました。
私はあの時、4月13日から27日まで、4人のスウェーデン音楽家を連れて広島交響楽団との共演に始まる(私としては)大々的な日本公演を行う予定でした。スウェーデン大使からのレセプションの予定もあり、続々と東京を去る他国の大使館などの動きを見て、スウェーデンは踏みとどまってるなあ、と思いました。
スウェーデン政府の関東以北の旅行は奨励しないというのが、出発の2週間前ぐらいに日本全国(北海道から沖縄まで)の旅行をほとんど禁止に近いような勧告令がでて、公演は延期になりました(来年5月に行きます)。
当時はスウェーデン政府を恨んだものですが、このようにしっかりとした体制が組まれていたのだと分かると、しょうがなかったかなあ、と思うようになりました。
原子力は (tnd)
2011-10-10 21:55:07
せっかくスウェーデンにいて、経済学の専門家なんだから、そういうお話の方が読みたいです。
原子力の方は、日本の専門家やゴミコラムニストが好き勝手書いてくれてますからね。
スウェーデンの原子力行政との比較は興味深いのですが、他にも知らしむべきことはたくさんあると思います。
Unknown (Yoshi)
2011-10-11 04:49:34
日本経済が抱える問題や麻痺した政治の問題、男女平等の問題などを考えるにつけ、日本の現状をどうしたら打開できるのか? そのために、スウェーデンのどのような部分から学ぶべきか、という問題意識を常日頃もっています。環境政策や経済政策、社会政策などスウェーデンの個別の政策を視察したり、参考にしたりという動きが日本では相変わらず続けられていますが、私が感じるにそのような個別分野で表面的に参考にしたところで、日本の今の問題はほとんど解決できないと思います。結局、日本が様々な面で麻痺しているのは、政治プロセス、意思決定の過程、意見形成の過程、官僚・行政制度、地方自治など、言ってみれば民主主義の根幹に関わる制度の部分であり、そのような面で日本がスウェーデンから学ぶことは非常にたくさんあると思っています。

私が原発問題やエネルギー問題を中心に書いているのは、環境問題・温暖化問題に以前から大きな関心を抱いてきたことが一つの理由です。しかし、それだけでなく、悲惨な放射能汚染をもたらした原発事故や、これまで経産省・電力会社お任せで進められてきたエネルギー政策、緊急時にうまく対応できない日本の官僚組織・政治組織など震災後に大きく顕在化した問題は、まさにこれまで日本が抱えてきた様々な矛盾や問題を、凝縮した形で現している一つの典型例だと感じるからです。
Unknown (tnd)
2011-10-11 23:19:26
お返事ありがとうございます。

原発事故が~典型例というのは全く同感です。

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