ふぶきの部屋

侍ブロガー、ふぶきが宝塚とドラマ、皇室からワイドショーまで語ります。連載中の小説もお見逃しなく。

日本一運のいい女ー新皇后の肖像 6

2018-10-17 07:00:00 | 皇室報道

 メーガン妃は偉いわねー妊娠してもちゃんとご公務なさって。肌の色なんか関係ないわー要は覚悟よね。といいつつ、今回生まれてくるお子様は英王室の中で唯一肌の色が違う子なわけで。(さすがに白人と全く同じというわけではないでしょうし)

親同士は納得した上で結婚しているし自己責任だけどこの子が、兄弟が多ければいいけど一人ぼっちにならない事を祈ります。

それにしても「育児休暇1年」を要求したのに叶えられなかったからって「産後鬱」から適応障害になる日本の次期皇后ってなあに?だよね。

 1989年9月5日号

「皇太子お妃候補小和田雅子さん・25歳に怪文書が。

こんな馬鹿なことがあろうか。皇太子妃の第一候補の小和田雅子の祖父が、あの水俣病の水銀垂れ流しの原因株式会社チッソの、専務社長会長を歴任。しかも、水俣病の原因がチッソ工場排水と確定した37年に常務に就任した。その後41年に水俣病の原因アセトアルデヒトの生産中止するまで専務として、中止や損害賠償について何もせず。……≫(原文ママ)
 8月15日午後、本誌編集部に郵送されてきた“怪文書”はそんな書き出しで始まっていた。
 切手の消印は“名古屋中央”とあり、茶封筒の裏には“松本誠一”とボールペンで書かれていた。
 封筒にはワープロで打たれた19枚が同封されていて、現在、英国留学中の小和田雅子さん(25歳・外務省勤務)の周辺の人たちのことが克明に示されていた。
昭和48年までチッソの会長だった祖父のことを中心に、東大名誉教授、専修大教授、著名な評論家のおじから、雅子さんの父親のこれまでの行動等に細かくふれ、雅子さんが<皇太子妃にふさわしくない理由だ>というものだった。
 また、皇太子さまがファンでもある歌手の柏原芳恵が<小和田雅子の従姉妹>であり、<最近は下着一枚のセミヌードのビデオや週刊誌の写真に登場している>ことも“ふさわしくない”としている。
 雅子さんが最有力のお妃候補といわれて約2年。
 こんな“怪文書”が登場するあたりが“本命”といわれるところなのだろうか――。

 1989年9月28日。イギリスでマスコミに取材され「私は関係ありません」と発言。

 

 1989年10月 なぜかマスコミに満面の笑顔を向ける小和田雅子

 SPA1989年10月25日号

小和田雅子さんの母親が語った「お妃報道に娘は涙したこともあります!」

「皇太子殿下のお妃候補として、最有力とみられていた小和田雅子さん(25)が、「関係ありません」と自ら否定したことで、「お妃問題」は再び白紙状態に―。殿下の“意中の人”とまでいわれた雅子さんだったが、本誌の直撃取材に対し、雅子さんの母、優美子さん(51)も、同感した心中をのぞかせた」

 週刊新潮1989年11月23日号

「妃候補小和田雅子さんの線はこうして消えた」

雅子が皇太子妃になる可能性は全くありません。完全にゼロです

「「雅子が皇太子さまに四、五回お目にかかる機会があったということ。これは事実です。しかし、私が知る限り、小和田家としては、雅子がオックスフォードに留学する直前の昨年七月ごろに、東宮御所に対しては、しかるべき人を介し、皇太子妃ウンヌンはあり得ませんと、ハッキリお伝え申し上げてあるのです。もとより、それは御所から特別の意思表示がおありだったというわけではありません。」

「小和田さんがなぜあのような発言(私は関係ありません)をしなければならなかったかというと礼宮の婚約で興奮した日本のマスコミが「紀子さんの魅力に対抗できるのは雅子さんしかないとすっかり舞い上がってしまったからですよ」

「9月28日、自宅のアパートを出て図書館に向かった雅子さんを追いかけてインタビュー攻勢をかけたのですがその結果が案に相違して「私は外務省の研修生として研修が終わったら帰国し外務省に戻ります」という事実上のお妃拒否宣言。テレビ局としてはそこまでハッキリしや言葉ではなくむしろ、可能性をほのめかす程度の対応を想定していたようなのですがそれがすっかり裏目に出てしまったようなのですよ」

「それでまず起こったのが母親の優美子の心身耗弱。救急車で病院に運ばれて20日間程入院してしまったんです」

 どういうことかというと、皇太子がベルギー訪問をすることで、雅子さんとパリで会うんじゃないかという噂が立ち、マスコミが多数イギリスに押し掛けた。その結果母親の優美子が倒れ、アパートにまで押しかけられてSOSを発信した雅子さんはあのようなことを言ったというわけです。

 祖母の江頭寿々子も「雅子ちゃん、もうはっきり言いなさいよ」と言ったけど、

「本当は当人の口からはっきり言っておけばよかったのかもしれませんが相手が皇室だからそこまでは(話が)あったとは言ってはいけないしなかったとも言えない」ということで悩んでいたんだそうです。

 私はこれらの事から想像しますけど・・・・小和田家としては怪文書が出回るまではその気だったのではないかと。でもいわゆる怪文書に書かれていることは本当のことで、名誉に関わる、あるいは釈明せざるを得ず結果的に「私は関係ありません」になったのかなと思うんですね。でも妃候補である可能性は残したい。ゆえにはっきり「私は関係ありません」といいつつ、10月からはマスコミに笑顔を向けるようになったのではないかと。

さらに紀子妃の誕生が雅子さんに火をつけてしまったというか、この年にやたら雅子さんを持ち上げても意味がないと考えたのか、ほとぼりが冷めるまで妃候補から外れた振りをして、でも本当は「紀子妃なんかより上」と言いたかったのかなと。

 

 

 1989年11月 自分とは全く関係のないマートンカレッジ(皇太子がいたところ)を訪れた小和田雅子

雅子さんとしてはその気がないのは確かだけど、オックスフォードで修士論文を完成させられなかったことで挫折感もあったかもしれないし。回りの態度や目線を感じ、それを一掃するには「皇太子妃におさまる」ことが最も得だと考え始めたのかもしれません。

なんて計算高い女なんだ・・・・と思いますけどね。

 

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皇太子一家映画鑑賞

2018-10-16 07:05:00 | 皇室報道

 ひょえっ!平日だよねーー愛子様?

 15日夜、有楽町で映画「旅猫リポート」を皇太子一家が鑑賞。

 チャリティ試写会で終了後には主演の福士蒼汰らと懇談。

この映画は福士蒼汰が初めて自分主演の映画で泣いたとかいう作品ですよね。

それにしたって愛子内親王・・・夜でも月曜日よ。あ、部活ないしいいのかーー学校で自慢できちゃうね。「福士蒼汰と話したよ」って。みんな羨ましがるだろうなあ。

これぞ皇族特権。

とはいえ、愛子内親王はまた顔つきが変わったんですか?どうせなら制服着てくればいいのに一目でブランド物ってわかっちゃうような服にバッグ。

次世代の公務はこういうものになるのね。

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日本一運のいい女ー新皇后の肖像 5

2018-10-16 07:00:00 | 皇室報道

 みなさん、KKについてあれこれ言うけど、それ以上に小和田雅子さんの方が半端なくグレーというか疑惑だらけですよね。

仮に・・・即位の大礼が洋装だったとして第一ティアラが出てくるか、それが果たして本物かどうか?いつまでもあの第二ティアラしかしなかったら絶対におかしいでしょう?あれは「皇嗣妃」にこそ譲られるべき。というか皇嗣妃がティアラを1つしか持っていないなんてありえない話ですが。

週刊現代だったでしょうか「嫁姑25年戦争の終わり」というタイトル。どういう事かというと

 今年の2月に皇后がわざわざ東宮御所を訪れて週刊誌に載った「紀子妃をもう一人の皇后に」という記事について謝罪し「皇后はあなたよ」と言った。

 香淳皇后逝去の際、式の打ち合わせで皇后がアドバイスしたことを雅子妃が「叱責」と受け止めて式をドタキャン。以後は出てこなかった。でも2月以降は皇后に認めて貰ったことで張り切ってフル公務している。

 眞子さまのKK問題は東宮にとって都合がよかった。

ここまではっきり書いてありました。ほんと、やな女 っていうかそこまで「次期皇后」として庇い立てする次期上皇后がおかしい。社会的倫理観に欠けている人だと思います。

昭和の末期、とにかく小和田雅子という人はマスコミの注目を集め続け、じらし続け、いつまでもいつまでも返事をせず「お妃候補から外れた」「いや、外れていない」これの繰り返しばかりでした。最後のお妃候補?三井史子さんが結婚した後はさらに小和田雅子に集中。

 1988年FOCUS4月15日号

「浩宮候補は目下研修中」ー小和田雅子さんを取り囲む霞が関永田町の雑音

 小和田雅子の仕事で雑用もあったけどどうしよう・・・これからは。

 もう「小和田君」何て呼べないね。

 

 1988年7月19日号

「小和田雅子さん英国留学へ出発」

1989年1月7日。昭和天皇崩御。

2月、皇太子は「小和田さんではだめですか」と側近に尋ねる。

 週間ポスト1989年7月7日号

「5年前の極秘旅行(1984年9月・12月)を徹底追跡!皇太子徳仁と小和田雅子さんアルザスの恋」

 1984年、メリベルで皇太子は心行くまでスキーを楽しまれ、岩肌が見えている危険なところも大胆に滑られた。日本人関係者が心配する程。

 実はこのとき、一行の中に殿下の意中の女性、日本でもその後最有力妃候補として取りざたされた小和田雅子さんが参加していた。

 しかもこの年、殿下はフランス国内を2度にわたって小和田さんを伴って旅行している。

 この旅行をきっかけに皇太子は小和田雅子さんに恋心を抱き、東宮御所に頻繁に招くなど力を入れていた。

 霞会館関係者「よくお調べになりましたね。皇太子殿下が小和田雅子さんと旅行されたのは事実です。天皇・皇后両陛下はマスコミの監視が比較的緩い留学期間中に皇太子殿下のお妃を決めたいとお考えでした。しかも、一方的ではなく本人同士が十分意志を確かめ合ったうえで決めて欲しいと考えられた。だから青年男女がお互いをよく知り合う場としてフランスが選ばれたんです。確かに旅行は2度、9月と12月に行われています」

 昭和天皇の崩御がなければもっと早く結婚していたのに。

 霞会館関係者「2代続いて民間からお妃を迎えるとなれば皇室の伝統が失われるというんですね。しかし、皇太子殿下にはそんな雑音には惑わされないでかつて天皇陛下が皇后陛下に「柳行李一つできてほしい」といったように強い意志で小和田さんへの気持ちを伝えて欲しい。これからの皇室にとっても皇太子殿下にとっても小和田さんのような美しくて国際感覚がある心優しい人が必要なんです」

 インタビューされた江頭寿々子いわく「一度もそんなこと聞いたことございません。私が聞いているところでは絶対にそんなことはございませんんよ」

 FLASH1989年9月19日号

「来春婚約?浩宮さまと小和田雅子さんに再び熱い視線」

 1984年の9月12月に二人でフランスに旅行していたことが明らかになりました。

この当時、私自身は皇太子の「アルザスの恋」も「コルマール」も全く知りませんでした。自分自身の結婚式を9月に控えていたこともあり忙しくて週刊誌を見る暇がなかったのかもしれないし、8月下旬といえば「礼宮殿下と川嶋紀子嬢」の婚約が発表された時であり、むしろこっちに夢中で、皇太子なんて眼中になかったんです。

でも女性週刊誌やらおじさん向けやらが一斉に報道したということは、皇后からGOサインが出たと考えるべきでしょうね。庶民の目が礼宮に向いている間に皇太子のこともちょこっと報道させて「嘘はついてない」というアリバイ作り?

霞会館関係者のセリフは100%皇后のものでしょう。「雑音」は気にせずに・・ですってよ。笑っちゃうわ。おまけに「2代続いて民間妃云々」は霞会館関係者なら言うはずがなく、自分の時代が来た皇后が御代が変わってすぐ自分の価値観を週刊誌を使って反映させることを始めたのです。

ラスボスのように現れた久邇晃子さんへのけん制とも見て取れますし、とにかく家柄のよい女性は嫌だ―という皇后の叫びが伝わってきますよね。

でもこの話が本当だとして、それでもさっさとハーバード大を卒業後に外務省に入り、東大に学士入学してイギリスへ留学。皇太子など気にもかけない態度。どんなに皇太子が恋こがれても当のご本人はそんな気さらさらなく。

通常、独身皇族と一緒に旅行するといったらこれは「その気あり」と見るし本人も覚悟があったろうと思うのですが、そこらへん、どこまでもノリの軽い女性の小和田雅子さんだったのでした。

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小児脳腫瘍研究支援チャリティコンサートへ行ってきました

2018-10-15 07:00:00 | ヅカOG その他舞台

 ものすごく硬いネームですけど「小児脳腫瘍研究支援チャリティコンサート」を見に晴海トリトンへ行ってきました。

チケット代はいわゆる研究費にあてる・・・オーケストラの面々は全国のお医者さん達がやってるその名も「ムジーカ ニューロヒルルギアーナ」っていうんです。演奏演目はシューベルトの「未完成」で、お客はほとんどがオーケストラ団員の家族とかお医者さん系、そして夢輝のあファンって事になるでしょうか。

第一部はシューベルト「未完成」の演奏の後にそのまま宝塚の曲を演奏し、そこに夢輝のあ、万理沙ひとみ・彩苑ゆき、柊巴が登場して歌う。

2部は上記4人のOGのコンサートのような感じでしょうか。

夢輝のあは現在どこの事務所にも所属しておらず、お仕事は直接受けているようですね。主にマグノリアホールとか榛名由梨さんと一緒か、地方回り。

ねったんファンはみんなそうですけど、彼女が出て来ただけで涙がでちゃうという習性を持っており、特に今回は3列目あたりのど真ん中だったものですから、オペラなしでもドアップ。男役全開であのエンジェルボイスに酔いしれたわけです。

どうしてあんなに声がピアノの鍵盤の下から上まで出るんだろう。特に高音の響きはコーラスの仲にいてさえ「夢輝の声」とわかる程で、声量もありますし、このまま小さな舞台を続けるのは気の毒で・・だからあらゆる意味で泣いちゃうんじゃないかな。

驚いたのは万理沙ひとみの回復ぶりです。ずっと車いすでしたよね。

でも今回はドレスを着てちゃんと歩いて現役の時以上に綺麗になって歌も上手になってました。

長い時間立っていたり、お辞儀をしたりするのがちょっと大変そうなので一曲歌うと暫く引っ込むんですけど、その穴を埋めたのが彩苑ゆきで現在新潟で専業主婦さんだそうです。

柊巴も歌うのは久しぶりだそうです。

実はこの舞台にはNHKのアナウンサーが司会についていたんですけど、出演者のプロフィールくらいちゃんと調べておくべきじゃないの?と思いました。

それというのも「退団後、今までどんなことをやっていたか」と質問し万理沙ひとみにも当然、その質問はきたわけです。

ヅカファンなら彼女が福知山線の事故で瀕死の重傷を負い、ずっと療養しPTSDと戦って来たことはわかってる筈なのにしつこく聞くんですね。で彼女は「ちょっと事故にあって・・」と言葉を濁し、他のメンバーも黙るし、微妙な空気になってました。

無論、ねったんもその質問が来た時に「宝塚とは全く関係のない仕事をしていました」と言ったら会場から「ええーー?」という声が。特に私の前に坐っていたオーケストラ団員の家族のおばあちゃまが(エルメス着てうるさいったら)「勿体ない」と言い続け、前の席にいるのをいいことに必死に熱鍛に手をふり、となりの娘は写真を撮っており・・閉口しちゃった。

ちょっとお医者さまの家族なのに(なのに・・・っていうのが偏見?)演奏中も隣りの娘のひそひそ話続け、両手を挙げて拍手し、とてもセレブとは思えない状態だったんですが。

要するに、NHKのアナウンサーともあろう人がそこらへんのプロフィールくらい頭に入れて質問しろよと。「上級生とか下級生とか厳しいんでしょ」っていうなら「じゃあ、最上級生はどなた?」くらい聞いてもよかったと思う。

ねったんたちは答えに窮して気の毒でしたよ

衣装も自前、演奏家も自前かあ・・もっと大きな芝居に出してあげたい!と思うんですけどね。

多分稽古時間を節約する為に歌だけのショーなんだろうなあと思ってます。

ぜひお手紙を書かないといけないと思うのですが、それもコンサート会場で手渡ししないといけないそうで・・・次回、そういう機会があったら歌ってほしい曲を書こうかな。

友人二人と現役時代の話をしてて「ねったんってどの役が一番好きだった?」と聞いたら、二人とも「ヘス中佐」と来てびっくり。ジョヴァンニじゃないの?

「黒夢輝は最高だよーースカピンのショーヴランをやったらどんなに怖かったかなと思う」と言われて納得してしまいました。だよねーーあの声量と声の響きで「マダム・ギロチン」を歌ったら鳥肌ものでしょうね。

私は王子様系が好きだけどねーーでもちょっと夢輝エリックも見てみたい。そんなこと言ったら新人公演でやった夢輝トートよもう一度?みたいな?

とにかく幸せな半日でした。

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皇室ウイークリー

2018-10-14 13:20:49 | 皇室ウイークリー

ご日程

両陛下

10月5日・・・天皇陛下 → タジキスタン大統領と会見

             通常業務

              第10回日本・メコン地域諸国首脳会議について説明を受ける

10月6日・・・天皇陛下 → 2018年度日本魚類学会年会出席

10月7日・・・天皇陛下 → 20回日本太鼓全国障害者大会出席

10月9日・・・天皇陛下 → 第10回日本・メコン地域諸国首脳会議に出席する各国首脳等茶会

10月10日・・・天皇陛下 → 信任状奉呈式

               通常業務

10月11日・・・両陛下 → 離任大使夫妻と午餐・会う

             厚生労働大臣表彰の保健文化賞受賞者に会う

            勤労奉仕団に会釈

 

皇太子同妃両殿下

10月5日・・・皇太子殿下 → 離任大使と赴任大使に会う

10月6日ー7日・・・・両殿下 → 大分県訪問

・県勢概要聴取・大会関係者と昼食

・第33回国民文化祭・おおいた2018「おおいた美術散歩 OPAM&豊の国」,第18回全国障害者芸術・文化祭おおいた大会「障がい者アートの祭典を見る

・第33回国民文化祭・おおいた2018,第18回全国障害者芸術・文化祭おおいた大会開会式出席

・第33回国民文化祭・おおいた2018,第18回全国障害者芸術・文化祭おおいた大会「地球の歴史と繋がる宇宙ロマン~津久見を見る

・知事始め地元関係者と昼食

・しいきアルゲリッチハウス視察

10月9日・・・皇太子殿下 → 第10回日本・メコン地域諸国首脳会議に出席する各国首脳茶会

      両殿下 → 国際連合児童基金(UNICEF)事務局長と会う

10月10日・・・皇太子殿下 → 勤労奉仕団に会釈

 

秋篠宮家

10月5日・・・秋篠宮殿下 → 三の丸尚蔵館第81回展覧会 「春日権現験記絵-甦った鎌倉絵巻の名品-を見る

10月6日・・・眞子内親王 → 楽天・ジャパン・オープン・テニス・チャンピオンシップス2018出席

10月6~7日・・・佳子内親王 → 鳥取県訪問

・県勢概要及び鳥取県中部地震復興状況聴取

・とっとり花回廊視察

・第5回全国高校生手話パフォーマンス甲子園」交流会出席

・第5回全国高校生手話パフォーマンス甲子園」開会式出席

・和傘伝承館視察

10月8~9日・・・両殿下 → 福井県訪問

・福井県年縞博物館視察

・越前古窯博物館視察

・県勢概要聴取

・陸上競技を見る

・黒龍酒造(株)視察

・昼食会・公立大学法人福井県立大学視察

・総合閉会式出席

10月10日・・・紀子妃殿下 → 世界保健機関(WHO)の結核対策について説明を受ける

       両殿下 → 「平成30年度(第27回)ブループラネット賞」表彰式典及び祝賀パーティー出席

10月11日・・・秋篠宮殿下 → (「第10回世界水族館会議ふくしま」について説明を受ける

 秋篠宮家の報道が少なすぎるのはあまりにひどい。皇嗣殿下になるのに。

 天皇陛下も公務しすぎなんじゃ・・・・完璧に疲れているし。

 

 福井国体視察の絢子女王

 お幸せそうで何よりですが、1億かあ・・・学校を出てほとんど公務らしい公務をしてこなかったのにこれだけお金が支払われるとはね。

生活保護は切り下げられるのに・・・お金持ちに嫁ぐんだし別に「品位保持」に1億もいらないのでは?眞子さまや佳子様とはあきらかに立場が違うもの。

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日本一運のいい女ー新皇后の肖像 4

2018-10-13 07:00:00 | 皇室報道

 即位に向けて様々なことが決まっていきます。来年のGWは10連休。10月22日は休日。そして来年は園遊会なしで饗宴の儀は立食形式を検討?

まさに雅子さん仕様にあれこれ決められていくみたいですね。

さて、サブリミナル効果のように突如「小和田雅子」という名前がインプットされた私達ですが、当時は現実的ではないと思っていました。なんせご本人がまるっきり結婚に積極的という風には見えませんでしたから。

ただ単に浩宮が好きだ―と言ってるだけで。その好きだ―も人間性がではなく学歴とか見た目とかお金持ちであることがおたあさまからみて「OK」が出そうだから・・その程度だったんじゃないかと思います。

週刊誌は踊ります。

 FOCUS1988年1月8日号

「「最強の浩宮妃」登場ー東宮に招かれた女性外交官」

 FRASH1988年1月5・12日号

浩宮妃候補?女性外交官の素顔」

 週刊女性1988年1月14日号

「独占スクープ浩宮妃最有力候補才媛外交官小和田雅子さん24歳電撃浮上

 

  週刊女性1988年1月20日号

スクープ第二弾!浩宮妃最有力候補小和田雅子さん(24)と今春婚約の可能性

えー あまりにもすごい。昭和63年早々こんな記事が踊っていたんですよね。

昭和63年といえば前年の手術以降、公務復帰したかに見えた昭和天皇でしたが、明らかに痩せて病気がちになられた時でした。まるでその時を待っていたかのように週刊誌に「小和田雅子が浩宮妃最有力候補」として躍り出たのです。

 女性自身1988年1月20日号

「浩宮妃最有力候補小和田雅子さんがなぜか突然留学決定!」

同じ日に出た週刊女性と女性自身が違う記事を載せているんですね。

小和田雅子氏はハーバード大卒業後、東大に入学したけど中退して外務省に入省。

国費留学としてイギリス行きが決定したのでした。

 女性セブン1988年2月18日号

「浩宮妃本命女性がまさか!選定に重大影響 浩宮妃候補3人のまさかの難問」

これがいわゆる明石さんのお嬢さんのことでしょうか。ここであっという間に3人が消えて、浩宮の本命は小和田雅子だけになったみたいです。

 1988年2月5日「小和田雅子さんの誕生日にお花を贈られたそうですね」の記者の質問に「そんなことはありえません・・・神に誓って」と答える雅子さん。

いやーーありえません・・・・神に誓って・・・と言い切るすごい女性です。

 FRIDAY 1988年3月11日号

スワッ噂の女性外交官の両親が東宮御所へ浩宮様と山頂を極めるひとは誰?」

結婚については30までにはと考えております。富士登山に例えれば7合目~8合目といったところでしょうか」

2月23日の誕生日会見でこんなことを言っちゃった浩宮。すっかり小和田雅子さんと結婚出来るものだと思い込んでたようですね。しかも東宮御所でデートまでしていたことが女性週刊誌で発覚 普通なら「私はお妃になるかも」と思うはずが、小和田雅子は全くそうは思っていなかった・・奥手なのか?馬鹿なのか?

小和田夫妻と皇太子夫妻はパーティなどで話をする仲とも書かれているし、当然雅子さんもその場にいた事もあるようで、全く見知らぬ人ではないのです。

 雅子さんが最有力視される理由はまだある。抜群の語学力や明るい性格が殿下の理想とする「価値観が同じ人」に極めて近いこと。

 彼女には若き日の美智子妃の面影があること

 浩宮さまは彼女に特別の感情をお持ちと語る関係者がおおいこと

 語学力と明るい性格・・・今にしてみれば一体何の冗談だ?という感じですよね。外国語が話せれば誰でも妃殿下になれるのか?って話ですよ。そんな価値観を持っていた浩宮もバカです。

 雅子さんが美智子妃に似ているというのはどこなんでしょうか?

とにかく浩宮は燃え上がり、雅子さんは「珍しもの好きで彼と会ってただけ」というこの温度差を埋めたのは一体なんだったんでしょうね。

 週刊新潮1988年3月3日号

頂上が見えたというご発言で絞られる浩宮妃候補」


 何でも、女友達に、
プロポーズもされてないのに何でこんなに騒がれなくちゃいけないの
 といったという。
それにしては、何回も東宮へ行くのはどういうわけ?」
 と聞かれると、雅子さん答えていわく、
好奇心よ」
p.135
「小和田さんは“プロポーズもされてないのに、云々”と女友達に話したっていいますが、これまで東宮へ招待された女性の、ほとんどは一回で二度と行きません。本人が行きたくても、東宮で呼んでくれないケースも無論ありますが、浩宮様や皇太子ご夫妻が気に入られても女性の方で二度目の招待をお断りするわけです。それがお妃候補から外して欲しいという一つの意思表示になる。
 ところが小和田さんは少なくともこれまでに四回は浩宮様にお会いしています。いくら“好奇心”からだといっても、お相手が今どういう立場にいる人か承知しているわけですから、彼女の方にまったくその気がなければ出かけませんでしょう

 

でもその気がなかったんです。雅子さんの「好奇心よ」は本音でしょうね。

ずぶずぶと罠にはまっていくような・・・そんな印象を受けますね(笑)

あれだけマスコミに嫌な顔が出来る彼女だし「私はあなたと結婚する気はありません」と当人に対して言えそうなものですが、多分父親がそれを言わせなかったんだろうということと、この「立場」をもうちょっと楽しみたいという思惑があったのかもしれません。本当にズルい女だなあ。

 

 

 

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帰って来るなよ小室圭

2018-10-12 07:00:00 | 皇室報道

 すみません。過激なタイトルで。でも文春を立ち読みしてたらあの、奥野法律事務所が胸を張って「何で帰国なんて噂が出るのか?彼は3年間は帰りません。噂は事実無根です」と言い切っているから

そもそも、何でKKに帰国の噂が・・・といえば、どうやら留学に必要な「残高証明」がとれなかった為に留学ビザじゃなくて観光ビザで大学へ行っているのではないかという疑惑が浮上してきたから。

観光ビザで大学に入ったら違法だから強制送還あり?でもフォーダム大はそういうものを全部チャラにして入れた筈。通常通るべきシステムを通らずに特別扱いして。

しかし、やっぱり大学とあちらの法務省かなんかがもめているんだそうで。本当は学校に入ってからでも残高証明を出してぎりぎり間に合わせる事は可能だったようですが、それすら出来ないので11月に帰国するのではと言われています。

勿論、ビザの問題もあるけど、誕生日を迎える秋篠宮殿下対策での帰国、つまり説得工作をしようという事なんですよね。

で、行方不明になっていた佳代氏が突如戻って来たらしい。深夜にタクシーでサングラスかけて大きなカバンを持って。それも「金策」に走っていたのではないかと思われ。

あまりの根強い「KKは留学ビザを取得できなかった」噂に奥野法律事務所が「事実無根。KKは3年間は帰国しない」と言い切ったわけです。

女性誌では皇后陛下が自分の誕生日までに決着をつけようと「お別れ」の工作を始めているらしいです。

あまりに不審な行動が多すぎる小室親子ですが、陰謀説はさておき現実的に一体どこの誰がそこまでKKを擁護し金を用立て特別扱いをさせているのでしょうか?

秋篠宮殿下というのは絶対にありませんって。そんなコネクションがあったら今のような状態にはなっていないもの。

小和田家という噂もありますけど、それもあまり現実的じゃないですね。何とか奥野法律事務所にきちんとお金の出所を話して貰いたいです。

だって留学費用に残高証明まで請け負うなら400万くらい返してあげてもいいじゃない?それをあくまでも「贈与」を言い張るのは後妻業のプライドなのか?

普通に考えても3年後には莫大な借金を抱えることになるKK。それでも誰かにそそのかされてアメリカまで行った・・としか思えず。この人もまた「働いたら負け」組なんだろうなあ。

とにかく奥野法律事務所が「KKは帰国しない」って言ってるんだから絶対に帰国するなよ。何があっても帰国するなよ!!

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立皇嗣の礼は2020年4月予定

2018-10-11 07:00:00 | 皇室報道

まずはほっとしてますが再来年といえば東京オリンピックが8月でしょう?

その前に「クラウンプリンス」としてのお仕事を振ろうとしているのか?とは思うのですが。

 2019年4月30日・・・退位礼正殿の儀

 2019年5月1日・・・剣璽(けんじ)等承継の儀」「即位後朝見(ちょうけん)の儀」

 2019年10月22日・・・即位正殿の儀

 2020年4月・・・立皇嗣の礼

 

ひょえーー 来年の5月1日にはモーニングを着た徳仁天皇とローブ・デコルテ姿の雅子皇后がお目見え?いやしかし、果たして出てこれるのか?毎年正月の「朝見の儀」を全部さぼっているのに。「朝見の儀」と言えば各皇族、各国大使からご挨拶を受けるんだよ。ものすごーーく時間ががかかるのよ。そこで一人中座したら笑われるでしょ。「体調の波」をどこまで使うか見ものです。

で、この瞬間から「両陛下」となった徳仁一家の写真が号外に飛んで「新天皇ご一家」のご紹介。徳仁天皇の学歴から始まって「水の研究」で有名とか何とか。126代目の天皇陛下ですよーーって。

こういう時、使われる写真は正式のものか一家そろい踏みの写真ですけど、どの写真を選ぶ?

雅子皇后はハーバード大出のキャリウーマンから皇太子殿下から請われて転身。しかし長い間お子様に恵まれずに適応障害になり、現在も療養中と出ますね。

で、愛子内親王は久しぶりに「敬宮愛子内親王」天皇陛下の第一皇女として紹介され、今年は高校3年生で受験を控えている。得意教科は歴史と英語とか書かれる。ついでにイギリスへ留学した経験も・・・とか書かれそうですね。

宮中祭祀が続く筈だけど雅子皇后はしないでしょうし、春には養蚕が始まるけどこれまた週刊誌に「上皇后さま養蚕は私に任せて・・雅子様への応援歌」とかタイトル打たれるんでしょうねーー 目に見えるようです。

そして来年の10月22日にはついに赤の袍と十二単に身を包んだ「両陛下」が高御座と御調台に上がって即位宣言。

「皆さんと共に日本国憲法を守り・・・グローバルな国造りの一役を担いたい」とかなんとか?雅子皇后はよたよたしながら途中で中座かも。その後の白の十二単での賢所参拝なんて無理無理。そういうのは全部省略。

 

さて、重要な「立皇嗣の礼」ですがどうして「立太子の礼」ではいけなかったのかとつくづく思います。皇太弟殿下でいいじゃないかと思うけど、どうしても「壬申の乱を想像する人がいるんでしょうね。

立皇嗣の礼は黄丹の袍を着て行われると書いている雑誌もありますので、そうなると本来は眞子さま・佳子様・悠仁親王に「称号」がつかないといけないのです。が!

そこがただの皇嗣にすぎないので秋篠宮という宮号はそのまま。皇室のしきたりに詳しくない人、あるいは破壊したい人が考え出した名称と鳴ければ意味がない称号なしがきついな・・・と思っています。

それに・・徳仁親王がなくした、あるいは売り払ったと言われる「壺切の剣」の行方はいかに?

 

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日本一運のいい女ー新皇后の肖像 3

2018-10-10 07:00:00 | 皇室報道

 後々になって「馬鹿野郎」という言葉が雅子さんの口から出て来た・・それを国民が事前に知っていたら誰も「ご優秀でお妃にふさわしい」などとは思わなかった筈ですが、愚かなことに庶民には大本営は何も知らせず、本人すら知らなかったのです。

まさか自分が本気で「浩宮妃候補」だなんてねーー

何で1986年の写真週刊誌に載った写真。見るからに綺麗すぎるキッチンで油もひかずにウインナーを炒めている小和田さんですが、無邪気な笑顔が得意満面でしょうがない。

マスコミにやたらサービス旺盛な顔。要するにこれは「勉強も語学も出来るけど実は家庭的」であるという演出に他ならない。

ちょっと美智子妃殿下の

これとよく似てます・・・・不必要な台所を作らせて大仰に離乳食作りをするお姑さんとよく似ていますよね。

でも小和田雅子さんとしては「私が小和田恒の娘でハーバード出て東大入って外務省試験にも合格したからこんなにマスコミに取り上げられるんだわ」と思っていた・・筈です。

この時点ではお妃候補に出てこないんですから。

でもこのくったくのない笑顔のまま、よそのもっとお金持ちで好き勝手やらせてくれる男性と結婚していれば本人なりに幸せだったんじゃないか?と思われて仕方ありません。

娘の幸せより「権力と権威」を望んだのは父親の小和田恒です。

これらの明るい笑顔から「雅子さん入内作戦」は見事にスタートしたんですから。

綺麗なキッチン、すごい成績、結構美人、みんなが欲しかったものをこの女性は持っていたんですよね。あきらかに。

でも一方で冷静な方々としてはまだ小和田雅子を妃候補とは考えていなかったようで

 

  「1987年11月写真週刊誌。

急がれる浩宮妃の条件。有力候補8人に見る血統と才色」

三井史子さん、渋沢肇子さん、服部聡子さん、徳川冬子さん・直子さん(姉妹) 、徳川恵子さん・純子さん(姉妹) 、明石牧子さんの8人。

その中でも当時、最有力と言われたのが渋沢肇子さんだったような気がします。

・日本人であること

・心身共に健康であること

・容姿端麗であること

・語学が堪能であること

この4つが当時の「お妃の条件」とされていたようですが、日本人であることと心身共に健康であることはいいとして、どうしてそこに「容姿端麗」「語学堪能」が出てくるのか。モデルは明らかに正田美智子さん。

家柄より金持ちであること、血筋より学歴があって特に英語がペラペラじゃないと・・という価値観は全て正田美智子さんをモデルにした結果のことなのです。

1980年代はイギリスのダイアナ妃を始めとするきらびやかなイギリス王室が「もてはやされた時代です。ダイアナは家柄がよく皇太子が初恋で本当の「レディ」であったけど実は高卒で保母さんだったという経歴。かの大英帝国王室の皇太子妃選びは学歴より血筋を尊ばれたというのに、「英国のような開かれた皇室」を目指していた日本は真逆の価値観を持っていました。

美しくなければお妃じゃない・・・華やかなお妃、華麗なる皇室外交をするにはまずは英語!ってな所でしょうか。この時代の日本人は誰も「皇室の本義は祭祀である」なんて思ってもいませんでしたね。

浩宮がイギリスに留学し、美智子妃が世界のベスト・ドレッサーに選ばれ、「これからの皇族は華やかなのが一番」と思っていたのかも。

 

そんな中、高円宮邸に招かれた小和田雅子は浩宮と深夜まで楽しくおしゃべり。

宮邸に深夜までい続けるという非常識さも、「この二人は気があっているんだ」となればまあ大目にみるでしょうし、この件で浩宮は「小和田雅子は自分を好きだ」と思ったに違いないのです。

まさか(こればっかりですが)雅子さんの尻が重いのはしつけの悪さのせいだとは・・・誰も考えなかったのでした。

私達庶民は密かな「小和田雅子浩宮妃」作戦が始まっているのも知らずに浮かれていたんですね。あるいは昭和天皇の病気にかかりきりになっていたというか。

サブリミナルのように出てくる小和田さんの写真。

まさに「お妃になる気満々」と言われてもしょうがないけど、本人はさっぱりその気なし!

 

 

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日本一運のいい女ー新皇后の肖像 2

2018-10-09 07:00:00 | 皇室報道

 さて、私達の目に写真週刊誌を通して入ってきた小和田雅子さんはバブル時代の象徴のように見えましたね。

ハーバード大卒で東大を受けたら受かっちゃって、しかも母国で働きたいから外交官試験を受けたらさらに受かっちゃった・・・というあたりがまさに何でもありだなと。

実際にはこの年、女性で外交官試験を受け合格したのは最多の3人でした。そして私達が当時知り得なかった情報として

 小和田雅子がハーバード大に合格したのは父親が教授をしていたから。ハーバードは実はとってもコネに弱い大学である。

 現役外交官の娘で小和田恒の娘が試験を受けて落ちるわけがない

ということでした。要するにここらへんから「頭脳明晰で美女のお妃候補」としての売り出しが始まったんでしょうね。

 

では次の一枚は

これは1987年(昭和62年)に写真週刊誌に載った写真。俗に「指差し恫喝」写真と呼ばれるものです。

前年、あれだけ派手にマスコミデビューを果たし「美しすぎる外交官の卵」「清原級ルーキー」ともてはやされた小和田雅子がいきなりマスコミに指さし恫喝です。

外交官試験に合格してから2週間もたたない1986年10月18日、雅子さんは元赤坂の東宮御所で開かれたスペインのエレナ王女の歓迎の茶会の席に招かれた。

彼女の名はタイプで打った招待者名簿に手書きで追加されていた。

意外に知られていないが実はこの時、雅子さんは外務省筋が推奨するお妃候補の最右翼だったのである。お妃候補の選定に動いた中川融・元国連大使(61)の証言

【85年秋、英国留学から皇太子が帰国されてからすぐ宮内庁で本格的なお妃選びが始まった。私にも依頼が来たので私なりに外務省関係者にあたってみた。するといろんなところで雅子さんの名前が出た。宮内庁に推薦したのは外交官にパスしたあとでした。推薦したのは彼女一人だけではありませんが、雅子さんを第一候補として推薦しました】

あらかじめ演出された出会いであったがこれが皇太子と雅子さんの初めての顔合わせとなった。その後、御所で開かれた内輪のお茶席、日英協会のパーティなどで出会いは積み重ねられた。

翌87年、高円宮邸でのパーティは、皇太子に決定的な印象を残した。この日、同席予定の英国人夫婦が欠席、高円宮夫妻のほかは皇太子と雅子さんだけが招かれた形となった。皇太子はインド、ネパールなど外遊先で撮った写真のアルバムを持参。歓談は深夜に及んだ。

が、二人の「デート」はマスコミに漏れ、取材陣が殺到した。当写真は「どの社ですか。名刺を出しなさい」とカメラマンを一喝する雅子さん。中々の迫力でありました」

この件に関しては「小田桐誠著【消えたお妃候補たち」には

自宅を出てきた小和田雅子の前方に、早朝から張り込んでいた写真週刊誌などマスコミ4社のカメラマンが群がり、一斉にフラッシュをたいた。彼女は顔をこわばらせ、
なんですか、あなたたちは。やめなさい
と抱えていたバッグで顔を隠した。カメラマンたちは構わずシャッターを押し続ける。
あなたたち、どこの会社なの。名刺を出しなさい」
と憤りをあらわに二の矢を放った。それでも取材攻勢はやまない。このため彼女は自宅に駆け戻り、息を切らしながら「お父様ァッ、お父様ァーッ!」と叫んだ。

1993年発売「SPA」にて田中康夫は

例えば、自宅前で激写(フォーカス)された際、舌打ちしながら明らかに「馬鹿野郎」と呟き、「どこの社(プレス)よ、名乗りなさいと気丈な反応を見せた魅力を、今の彼女の中に見出すことは、難しい。

この写真の小和田雅子から感じ取られるオーラはなんでしょうか?

いくら男女共同参画時代、男女平等の時代とはいえ、マスコミ相手に「名刺を出しなさい」と20代の女性が恫喝する上から目線。

普通は「どのような取材なのですか?お答えすることは出来ません」で済むような話なんですけど、見事にキレてますよね。もし「お父様ーー!」と叫んだのが本当だとすると、虎の威を借りる狐のごとく、権威主義にも見えます。

「馬鹿野郎」という言葉も今時は普通かもしれませんけど、良家の女性なら絶対に口にしない言葉です。

いきなり登場した「お妃最有力候補・小和田雅子」の名前は私達、皇室に関心のない人の間にも十分に浸透するように繰り返し週刊誌等が取り上げ、皇太子の初恋のように語られ始めました。

しかしながら、私達庶民からすると皇太子と小和田雅子の共通点が何も見えてこないんですね。ツーショットの写真もないし。本人は皇太子なんか意に介さない感じだし。ちょっと感じ悪いというか、お友達にはなれないなあと感じたのは

1989年9月、留学中の小和田雅子を追いかけてマスコミが取材している中、彼女はきっぱりと「わたくしはお妃問題には関係していません、ずっと外務省職員として生きていきます」と言った事。確か「浩宮さまとは結婚しません」みたいな話もしていたようで、そのあまりのきっぱりとした姿に「こりゃ駄目だわ」と感じましたね。

でもさらに1年前、88年にしつこい新聞記者に「あんな家にはいかない」と言い放ったそうで。

小和田雅子さんの⒦の手のエピソードは枚挙がありません。

 駅で写真を撮られた時に記者の胸倉をつかんでゆすぶり「フィルム出しなさい!」と怒る

 駅のホームでマスコミに気づくとタートルの襟をあげて顔を隠す。

 「マスコミってウジ虫みたい」発言

 温厚なベテラン記者の名刺を目の前で破り捨てた

残念ながら上記のエピは全て結婚後に出て来たもので、リアルに報じていた写真週刊誌ですら「なかなかの・・・」と誉め言葉調で、よほど皇室に関心がある人でなければ「こんな女はダメだ」とは思わなかったのではないかと。

これらの事実から見えてくるものはなんでしょうか。

 小和田雅子の皇太子妃への推薦は外務省&小和田恒主導で本人無視の形で進められた。

 何で「お妃候補」を国連大使やら外務省にもお願いするのよ。政治的な関りを持つ家は避けるのが普通なのに。

 小和田雅子は自分が本気で「お妃候補」になっているとは思っていなかった。

 高円宮邸に招かれた時も「私ってすごい」程度の感覚で恐れ多いなどとは一切考えていなかったでしょう。だから長々と時間を気にせずお邪魔して・・他人様のお家に深夜までい続ける図々しさは今も健在。

 皇太子はぱっと見、小和田雅子は好みのタイプだし、物をはっきり言う女性には会ったことがないので新鮮だったと思うが「小和田雅子が一番」と回りに洗脳されていったのではないか。

 例えば「最近の流行はいちご大福で」

「いちご大福とは?」

「えーーいちご大福知らないんですか?遅れてるーー」みたいなノリが好ましかったと思われますが、皇太子自身、自分が言った「ティファニーであれやこれや買う人は困る」をあっさり忘れているところがかなしいですよね。

 見た目、学歴、高級な服装、流行りのキャリアウーマンという外側からのみ「皇太子妃にふさわしい」と思われた。そう思ったのは皇太子のみならず、その母である美智子皇后だったろう。

 

 

 

 

 

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