goo blog サービス終了のお知らせ 

ふぶきの部屋

皇室問題を中心に、政治から宝塚まで。
毎日更新しています。

ROBIN THE HIRO・オーバーチュアライブビューイング

2025-04-15 07:00:00 | 宝塚コラム

大劇場千秋楽ライブビューイングを見ました。

 ROBIN THE HIRO 

斎藤吉正による芝居ってとにかく場面転換が多くて目がちらちらするのが欠点なんですけど、今回はそんな事もなく、多少の矛盾可愛く許せる範囲で、とにかく笑ってドキドキして最高に面白かったです。

 昭和世代の心を掴んだわね

私達「ロビンフッド」と言えば「♪いとしのロビンフッドさま♪」なんですよ。榊原郁恵の。

それを夢白あやに言わせるってやっぱりな~~と変に納得してしまい。斉藤君は昭和大好き博士ちゃんだけど、今回は秀樹もなく榊原郁恵とB'z でくるか‥って感じ。

そして、フェアリーでファンタジー好きなおばさま達の心をわしづかみして。

 朝美絢はコスチュームとファンタジーが似合う

元々フェアリー系の顔立ちで目立つ目立つの朝美絢。背が低いのが難でしたけど、ロビンフッドのような衣装なら背丈関係ないし、とにかく目線が美しくてかっこよくて、さらにコメディもばっちり。

 朝美絢と縣千の蜜月ぶり

この二人、前回の「ベルサイユのばら」でオスカルとアンドレを演じてから絶対に心が繋がったでしょうと思わせること今更。

ツーカーの仲だし、女性顔のくせして強気な朝美絢を穏やかな縣千が支える構図はドラマ「秘密」の二人のよう。瀬央ゆりあと三角関係か?って感じですよね。

 朝美絢と夢白ああやの相性がよい

付き合い的には長いので相性がよくて当然とは思います。

でも、あの男役ばりの夢白あやに負けていない朝美絢があっぱれかなと。

見た目がよろしいし、演技も似合ってるし。特に二人が入れ替わってしなうシーンは違和感なく見る事が出来た事、それが驚きでした。

 

今回映像の中で目立ち、特に目をかけたのが咲城けい

星組にいた頃はただ可愛いだけの男役で、前回の「ベルサイユのばら」でもやっぱりまだ女の子っぽいかなと思ったのに、今回はどうした?いやにかっこよくセリフもはきはき。二枚目路線まっしぐらになって。この勢いで華世京を追い越せと思ってしまいました。

 

 オーバーチュア 

我が家の姫は「三木先生ご乱心」と言っていたけど、私からすれば「いや、最近はいつもこうだけど?」って感じです。

意味不明、後味すっきりせず、いやに革新的な部分、ジャズの多用などは「クライマックス」からであれ以来、三木先生の思考が読めなくなりました。

不協和音が多く、ジャズが多く、オープニングからメロディとりにくくない?って感じで。

縣千のシーンは結局何をいいたかったのか?

瀬央ゆりあのシーンは?

何より、朝美・瀬央・縣と場面がはっきりと分かれていること。

こういうのはわりと意図的で、組内がごたついているか、力関係に配慮しての事。

トップスターと二番手が同期というのは、時折こういう事が起きます。

縣千も上に上げたいけど上げすぎるわけにいかない。あっちを立てればこっちが立たず。

礼真琴と瀬央ゆりあの時には良好な力関係ができていて、暁千星が入ってもバランスはよかったのだけど、雪組ではどうもそれがうまくいかないのかな?

単に三木先生は夢白あやが好きで、彼女を中心に場面を考えていたのかなとも思えて。

バイクのシーンや、「ジュテーム」の情熱的なダンスなど、さらに大階段の夢白。

本当に驚いたのは、大階段に夢白を最初に載せて男役たちを翻弄し、最終的に縣千と降りていく。

その後の朝美絢が一人で歌ってはけた事で、これって「黒燕尾なし」「デュエットダンスなし」なわけ?

ひょえ~~こういうフィナーレありなんだと。

今回のショーって朝美絢が中心になっている印象があまりないし、見せ場もあまりないんですよね。歌って踊れて美しい朝美絢に何をさせたら一番光るのか。名シーンになるのか、ちょっと考え付かなかったかなと。

ただフィナーレ―の衣装は古きよき宝塚の衣装でほっとすると同時に、こういう時代に戻らないかなと切に思いました。

この所、色の洪水というか柄に柄を重ねるような衣装が多くて品が落ちているんじゃないかと思っていたんですよ。

ワンパターンでも一色にビーズばりばりでいいから、そういう衣装を使って欲しいです。

昨今、アパレル系も円安のせいで高くなっているのは事実ですけど、そういう所はケチらずにしてほしいかな。デザイナーの「品格」が今問われていると思います。

 

今後の雪組ね「あいあいあい」に変わったし、新しい何かが必要なのは事実。

もう少し、アドリブ力や遊び心を持って自由に動ける組になるといいですよね。

 

 

コメント (1)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

谷正純氏死去 

2025-04-10 07:00:00 | 宝塚コラム

宝塚歌劇団の大御所の一人と言える演出家、谷正純氏が4月5日亡くなられました。

享年72歳。

ご冥福をお祈りします。

実は4月5日の夜、突如我が家の姫が「ANOTHER WORLD」のDVDを出して見始めたので、

「何で今?」と聞いたら「何となく」と答えました。

この作品をずっと見ていると、色々な思いが出て来ました。

私は冥途に恋してる」という歌詞・・非常に暗示的だなと感じて私もこんな風にふわふわわくわくしながら冥途に行けるなら怖くないのかなと、妙にこの歌詞が気にかかったんですね。

「ありがたや」の歌もずっと聞いていると身に染みるというか、こんな気持ちで旅立ちたいと思ってしまったり。

そんな谷先生が御霊になりはった。

冥途で6文銭は古いで。今は物価高や円安もあるから6万するんとちゃうか?

冥途喫茶にいきはりましたか?冥途歌劇団で「ベルサイユの蓮」を上演するのは、植田先生とちゃいますの?先越したらあきまへんって。でも先に行ってはったら先輩や、後から来る演出家の頂点でっせ。

きっと極楽や。歌って踊って楽しいやろうな・・・・

 

私が谷作品と出会ったのは1996年に上演された月組の「CANCAN」です。

 これが本当に面白くて、3回くらい見たでしょうか?日替わりアドリブもあったし、銀橋にずらりと並んだ下級生達の凄い事、さらに風花舞の素晴らしいピルエット。音楽も脚本も面白く楽しかった。

だから「谷先生はすぐに人を殺すのよ」と言われた時はびっくりしました。

ビデオで「エールの残照」を見て。

内容の暗さに驚き、銀橋で天海祐希が麻乃佳世を担ぎ上げて歩くシーンは「何て事させるんだろう」と驚いてしまいした。その後「エデンの東」も真矢みきのお披露目だっていうのに、何でこうなるの?だったし。

「皆殺しの谷」の異名をとるきっかけになったのが1996年の雪組、轟悠主演のバウ「アナジ」でした。

私は正直、九州の歴史は全然わからなかったので、長崎の松浦氏というのはいる事すら知らなかったのですが、その主人公が外遊して帰国してみたら日本が鎖国になっていて、どんどん追い詰められ、やがて全員殺されるというストーリーに劇場で大泣きした記憶が。

結局、この作品はラストシーンのアナジの死にざま、ロープでつり上がってる姿を出したくてこういう作品になったのかなと思います。

まるで学芸会のように一人ひとりセリフがあり、稚拙な部分も多々ある作品でしたが、ある意味衝撃でした。

1997年の真琴つばさのお披露目公演「エル・ドラード」はお披露目なのに皆殺しという、とんでもないストーリーでした。

でも、お披露目にふさわしい豪華さはありました。なんせ衣装が金色ばかり。

それにフィナーレの華やかさとお祭感は圧巻で今でもあのフィナーレだけ見てしまいます。選曲も素晴らしかったし。

純粋ゆえに戦う事を知らなかった民がスペインという強国に滅ぼされていく様というのは、非常に残酷でそして暗示的でもあります。

滅ぶ事で永遠に記憶に残る事もあると言いたかったのかと。

同じ年に雪組、轟悠の作品「春櫻賦」は帝国劇場での上演でしたが、非常に面白かったです。

 鹿児島に侵略された琉球王朝。その再興と復讐の為に日本中を桜を追いかけていく主人公の姿。

私にとっては「琉球」というものを深く知るきっかけになりました。

特にラストの桜のボレロは本当に美しくて、こういう作品を海外でやればいいのにと思いました。

でも、「皆殺しの谷」の面目躍如?な作品になってしまった2000年宙組、和央ようかお披露目の「望郷は海を越えて」は酷いの一言で、何でトップコンビ以外死んじゃうの?と。お披露目なのに何よこれ~~~!

以後谷作品にあたると「駄作」の二文字が頭をよぎるようになりました。

この当時の谷作品の特徴は

 学芸会のような演出

 集団芝居で各人に一言セリフを与えられる

 恋愛シーンがないのに、実は恋仲だったという設定

 全員死ぬ

特に恋愛シーンがないのに、恋をしていた設定は理解不能でした。

1997年、麻路さきと白城あやかのバウ「武蔵野の露と消ゆとも」は非常に斬新でした。

音楽は笛のみ、歌はなく、麻路さきの得意な日本舞踊が非常に光った作品でした。

しかし、ヒロイン、和宮と麻路さき演じる橋下実簗の恋愛は「言葉にもせず」という、あったかなかったかわからない設定。あの二人だから成立した話だったなと思います。

また、真矢みきのさよなら公演「SPEAKEASY」はオペレッタを題材とする谷先生の新境地だったかと思いますが、残念ながらあまり・・・

その後も迷走が続いたのですが、復活の兆しがあった作品が2009年の雪組、水夏希主演の「ZORRO仮面のメサイア」でした。

これは白羽ゆりのさよなら公演でした。冒頭の銀橋から降りて来る黒マントのダンスは圧巻。

ストーリー的にはどうしようもない部分もありましたが、コメディセンス抜群の水夏希と未沙のえるのお蔭でこれまたアドリブ満載の非常に面白い作品になりました。

ジェンヌにアドリブを許さない演出家より、自由にアドリブを許す谷作品は一服の清涼剤になり、次第に楽しみに。

またバウ作品では落語に傾倒したコメディを数作作りました。

2003年「なみだ橋えがお橋」これは霧矢大夢主演だったのですが、病気で急きょ月船さららが主演した作品。非常に楽しかった記憶があります。

2005年、蘭寿とむ主演の「くらわんか」これで貧乏神を演じた華形ひかるは「ANATHER WORLD」でも貧乏神。

2006年音月桂主演の「やらずの雨」も楽しい作品。

一時期、少数民族や、滅びの美学を追求しているように見えた谷作品に新しい風が吹き始め、前向きになり観客を楽しませる方に重点をおくようになりました。

さらに、落語やオペラを日本人にわかるように潤色するのもとても上手でした。

THE MERRY WIDOW」(2013年)

これはよく知られたオペレッタですけど、北翔海莉の演技力もありとても楽しく見ました。

 特にラスト、よくぞジェンヌが・・と思ったCANCANのシーンは、驚くばかりのもので、時々そこだけ見たくなる作品ですね。

それが恐らく星組トップとなった北翔海莉の「こうもり」(2016年)は

とにかく笑ってばかり、しかも最大級に盛り上がる作品になって大成功でした。

ウイーンの大晦日を彩るオペラ「こうもり」が日本で楽しい宝塚歌劇としてよみがえった瞬間でした。

北翔海莉と紅ゆずるは谷先生にとって、作品を楽しくさせる名プレイヤーだったのではないかと思います。

そして紅ゆずる主演「ANOTHER WORLD」に繋がったんですね。

死生観がそのまま舞台になったような。落語をベースとして「死」を描きながらも楽しく、そしてほろっとする谷先生の集大成の傑作でした。

2021年を限りにオリジナルは書かなかったようで、最後は2024年雪組

ベルサイユのばら

確か90年代から植田紳爾作品の演出をずっとされていました。

だってあちらの方が歳が上だから。

なのに、先に逝かれるとは。72歳なんてまだ若い。後期高齢にもならないじゃないですか。

早すぎますよね。本当に。

ご本人は冥途で楽しくやっていても、残された方はたまったもんじゃありませんよ。

本当に人と言うのは。

 

 

 

 

 

 

 

コメント (3)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

とんすけの 宙組を見に行きました

2025-04-07 07:00:00 | 宝塚コラム

 

久しぶり~~僕、だあれだ?

僕だよ。とんすけ。今日はね、ママや姫ちゃんと一緒に日比谷に来たの。

僕、お洋服着て靴下履いてるんだ。可愛い?可愛いよね。絶対可愛いと思う。

ますます派手になってく?・・違うよ~~そんな事ないけどさ、

 はい。靴下。

おかげで冬は暖かかったなあ。なんせ姫ちゃんの部屋は寒いから。

僕ね、お食事とかデザートとか大好きだから。早速・・・

 ちょうだーーい。

 わあ!僕大好き!

 てへ・・アイスも。

 御鼻にクリームついちゃったからママに吹いて貰ってるの。「もうとんすけったら・・綺麗にしないと」って。

ママはお小言いうけど本当は優しいよ。(って言っておく)でも姫ちゃんは

「ママは怖い。うざい。本当にうるさい」って悪口いうんだ。ダメだよね?そんな事言っちゃ。

僕、本当に久しぶりに東京の劇場に来たんだよ。そしたらさ、目の前にすごく綺麗なカーテンが。

「緞帳というのよ」ってママに教えて貰ったの。なんて綺麗なんだろう。

 ほらね。綺麗でしょ

 今日はこれを見るの。

ふむむ・・って何も読めないけど。

で、これが「宝塚110年のうた」家紋が一杯。それから映像が一杯。

ママ達ったらひどいんだ。休憩時間、僕を座席に独りぼっちにしてカクテル飲みに行っちゃったんだ。

一人寂しく椅子に座ってる僕。僕の事なんかどうでもいいの?

「面倒だからおいて来ちゃった」って姫ちゃんが言ったんだって。

こんな可愛い僕、もし盗まれたらどうするの?

長い長い阿30分。緊張しまくりだったの。

 

日比谷の通りの木には花が沢山つけられていたので、僕も撮って貰いました。

まるで羽根をしょってるみたいでしょ?えへ。

姫ちゃん、ママ、外に連れてきてくれてありがとう。またね。

 

 

コメント (2)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

宝塚110年の恋のうた RazzleDazzle

2025-04-07 07:00:00 | 宝塚コラム

大劇場に続き、東京でも正直チケットの売れ行きがいいとはいえなかった公演ですが、その分熱狂的なファンとOGに支えられたのかな。

まるで同窓会?と思う程、あっちこっちでかなり高齢の方々の集団が挨拶とお話に花を咲かせ、

ショーなどでは芹香斗亜が登場すると「きゃーー」と黄色い声も。

 

 宝塚110年の恋のうた 

これは大野拓史作・演出による和物ショーです。

しかも平安時代から始まるもので、雅でした。

主人公は藤原定家(芹香斗亜)が式子内親王の死に耐えられず歌が詠めなくなった所からはじまります。

この銀橋で一人歌う歌詞がものすごく今の芹香斗亜にとってリアルな恨み節で、思わず真顔になってしまいました。

余談ですけど式子内親王と言えば愛子内親王のテーマじゃなかったっけ?

確かに彼女は有名な歌人ですが、内親王としてはなかなか不幸な人生を歩んだ人です。

この人と定家の関係には言及しなかったんだろうかと。

そこに現れたのが装束姿の八千代・・つまりか春日野八千代(桜木みなと)で衣通姫(京三紗

と一緒になんとか定家を元気づけようと、様々な歌を聞かせる。

その曲というのが、何と宝塚歌劇で歌われた名曲の数々であり、リクエストによって決まったもののようです。

お披露目の「グランエスカリエ」も同じようなショーでしたが、あの退屈さに比べたらこちらは天下一品。ストーリー性のある所に、ごく自然に曲が登場し、きちんと題名まで教えてくれる。

「恋の辻占」とか「この恋は雲の果てまで」とか・・合間合間に式子内親王(春乃さくら)との別れが描かれるのです。

私が感動したのは、5場の「色のゆかり」で、ここは主に新選組が描かれるので、「誠の群像」と「星影の人」の場面が出てくるのですが、冒頭の天彩峰里演じる芸妓の美しいこと、色気のある事と言ったら!

私がお客で大金持ちなら延々と彼女を指名し続け、存分にお座敷遊びに興じるなあと思った程でした。

彼女の芸はもう宙組のてっぺんを飛び越えているようで。1場でも主役を抑えてその美しさと所作の素晴らしさを発揮しました。

ラストはテイカカズラに囚われる式子内親王を助ける定家。

これがテイカカズラというのですが、謡曲「定家」の演目で成就しなかった恋の執心で蔦葛となり、恋人である式子内親王の墓に絡みついたという伝説そのままに、蔦がぐるぐると式子内親王を縛り付けます。

定家はその蔦を切り「お逃げ下さい」というのですが、内親王は逃げない。

実は「恋の執心」を持っていたのは式子内親王も同じで、ここで大団円となります。

余談ですが、私もこのかずらの一種、ハツユキカズラを二度ほど植木鉢で育てようとしたんですけど、執心が足りないのか夏越ししてくれませんでした。

 

はたと気づいたのは・・・どういうわけか主役の芹香斗亜がわき役に見えてしまう事。

それは春乃さくらも同じで、むしろ桜木みなとと天彩峰里がとてもいいコンビとして華やかな舞台を作り出していた事です。

下級生らが演じる義経や武蔵や新選組メンバーらがとても生き生きと歌って踊り、イケメンも何人か発見。以前よりは個性を出せるような環境になったんだろうかと。

つまり、芹香斗亜と下級生の場面が別々に作られているような印象を受けたんですね。

間を取り持っているのが桜木みなとや鷹翔千空らだったって事ですかね。

このショーで最も楽しくさせてくれたのが京三紗で、年老いた衣通姫が八千代と丁々発止のギャグを見せ、結ばれた定家と式子内親王の早口の歌を最初はちゃんと現代語にしていたけど、次第いスピードが追い付かなくなって「うんうん」「そうそう」「わかるわ」とまるで少女のようにきゃっきゃっと騒ぐ様は「可愛い」の一言。

定家の事を「うちの御曹司」と呼んで、一々ほわんとする姿も本当に少女のようでした。

彼女がいなかったらこのショーの楽しさも半減した事でしょう。

ラストの大団円は「花吹雪恋吹雪」で、盛大に盛り上がりました。(ほんとあれは作品はダメダメだったけどポスターと曲は最高だったよね)

久々にショーで感動させて頂いて嬉しかったです。

 

 RazzleDazzle 

田淵大輔先生の作ですが、一言で言うと「ち~~~~~~~~~~~ぷ」の一言でしかなかったんです。

「ハリウッド最大の財産家である孤児」と呼ばれるレイモンド(芹香斗亜

両親が亡くなり年金で暮らしているけど、お金を使いたい放題。

今回も潰れたパブを買い取って新規オープン。

彼には他にも莫大な財産があるんですがそれを受け取る条件として、アビゲイル(天彩峰里)と結婚しなくてはいけない。

レイモンドはそうしたくなくて逃げ回る。

そこに、田舎から女優を夢見て出てきたドロシー(春乃さくら)登場。

彼女は自分をだました男に一発食らわせて、逃げる。その時にバッグを落とす。

そこでアビゲイルは「あの子を落としたら諦めて上げる」と賭けを持ち出し。友人でスター俳優のトニーも巻き込んでまずは映画の撮影所に潜り込む。

そして壮大なバビロンの場面が描かれるのですが、さすがにここは素晴らしい出来で、王役の桜木みなとと、王妃の瑠風輝の迫力に「おおっ!」と思い・・・その頃主役コンビはなんとエキストラだった。

でも全然違和感ないわけですよ。

トップスターをエキストラにするって、結構やるなあと思います。

しかも壮大な場面で荷物運びしているんですからねえ。

でもそのエキストラ体験で仲間を作ったレイモンドが純粋にドロシーに惹かれ、そしてエキストラを救う為に潰れかけた撮影所を買い取って大団円。

ここでも存在感を発揮したのは桜木みなとと天彩峰里で、この二人、今後もコンビでいてくれないかなと思いました。

 

芹香斗亜はもう退団するのであえて何も言う事はないんですけど、しいて言えば、トップになると言う事は今まで隠していた部分が露呈される事なんだなと再認識しました。

というのも、二番手の頃の輝きに比べると、欠点ばかりが目立つようになってしまっているからです。個性はどこに?随分長い間星・花・宙と渡り歩いてきて「これぞ芹香斗亜」を作り上げられなかった事が残念ですよね。新人公演の時とあまり顔も芸風も変わっていないというか、成長してなかったんだなと。

春乃さくらは、前回は舞台度胸のある子だと認識したのですが、化粧のせいなのか、本人の顔なのかとにかく平凡すぎて、他の娘役の中に埋もれてしまうんですね。

特に歌が・・とかダンスが・・というものもないし。

だから余計に天彩峰里の個性が際立ち、欠かせない存在に見えるのでは。

瑠風輝は、今回はキワモノの女優役で、昔の男役が女装するとこんなだったよねと。

確かに桜木を支える二番手として必要な存在だとは思うけど何で組替えなのか。

背は高いし、歌唱力もあるけど、どこまで星組になじめるかはわかりません。

鷹翔千空、風色日向、亜音有星はいつも3人一緒にされていて、鷹翔千空が頭一つ出て来たようですが、ここでも個性はあまり見られません。

むしろ、ロケットをやってる子達の方が、個性的なんじゃないかな?と希望的観測。

個性って、例えば同じような役3人だった時に、それぞれ「この人はこんな性格で過去にはこんな事があって」と役作りして演技をする事で、3人3様の個性が出て来ると言う事。

エキストラでも、そうなった経緯とか野心とかある筈でみんながみんな明るくて仲間ですって感じではないと思うんですけどね。

 

そして芝居でも、やっぱり主要キャストと下級生が区別されているような気がして。

別々に稽古して繋ぎ合わせてる感半端なかったな。

間を取り持つ桜木みなとは大変でしたね。

でもこれで一区切りついたんじゃないかなと私は思います。

いつまでもああだこうだ言ってる下級生がいるとしたらそこまでの人間ですから。

 

それと衣装がチープでした。

これじゃ近いうち、OSKになるな。

歌劇団は気づいているのかしらね。

 

 

コメント (5)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

株式会社化で宝塚は変わるのか・・・伝統は守られるのか

2025-03-29 07:00:00 | 宝塚コラム

暁千星の星組トップスター就任決定、本当におめでとうございます。 両方同一人物なの。不思議な魅力ですよね。男役も女役も完璧。

とはいえ、個人的にはなぜか憂鬱。

やっぱりヒガシマル醤油には勝てなかったか~~と

確かに「1789」などで共演はしてるけど、私は「意外に似合ってない」と思ってて。本当に意外だったんだけど。

延々と気の合わないトップコンビを見て来たので今度こそと思ったんだけどな。

それにどっちも組替えして来たってどうなの?って悪口言う人もいると思うし。

だけど両性具有のトップスター(歴代でもぴか一)にはより儚げで折れそうだけど芯が強い娘役がよかった。しかも星組育ちでね。

極美慎はいなくなるし、瑠風輝は来るし・・・何かよからぬ予感が。

先日、「TARKIE」を見た夜、姫と一緒に「昭和を感じたい」って事で、過去の作品を見てたんですけど。姫曰く「私がリンゴの唄が好きなのも、青い山脈が好きなのも全部宝塚で知っているか」と言う事だったんですね。

そして最後に「さよなら1000days劇場」のDVDを見たのですが、15年ぶりですか?見たら発見が一杯あって。

 大劇場上演中の花組トップの愛華みれと大鳥れいが日帰りで東京に来て翌日また公演

 71期トップ4人と和央ようかがほぼぶっつけ本番で司会を務めた。

 衣装が今より上品で華やか。

 フィナーレで客席から呼ばれた麻路さきが私服なのに、衣装に全然まけておらずトップオーラそのものだった

ああ、懐かしい・・・と思いつつ、はっとしたのは。

彼らの衣装が今よりずっと華やかできらめいていると言う事です。

また娘役トップ達の髪飾りが個性に溢れて「真似したい」と思えるようなものだった事。

でも、これらは全部今で言えばパワハラになってしまうんですよね。

無理をさせないように5組が揃う事はないだろうし、同じような髪飾りを着けるだろうし、衣装も安易に派手な生地を使うだけになる。

そして何よりも残念なのは、5組が揃わないので今まで歌われてきた昔の宝塚の曲が消えてしまう恐れがある事です。

私達ファンは、ファンになった時から毎年のように「オータカラヅカ」や「モン・パリ」などを頭に叩き込まれてきました。お笑い要素のあるお祭だから、昭和歌謡をパロディにしてみたり、100年も前の曲を改めてアレンジして歌って見たり。

つまり、こういうお祭によって、ファンもジェンヌも歴史を知り、思いだし、さらにそれを忘れないようになるわけです。

小林一三の功績は一番最初に叩きこまれる事だし、白井徹造や芦原邦子など戦前を彩るスターへのオマージュを見せられる。

それが例の一件によって、無残にも打ち砕かれ「伝統はダメ」になってしまった。

それが110年の歴史を持つ歌劇団にどんな影響があるかわからないでしょう。

江戸時代に隆盛を誇った歌舞伎や狂言などがパトロンを失い、明治になって復活出来ないかもしれない危機に陥りました。

狂言も一つ流派をうしなっています。

400年も積み上げたものが瓦解するのは非常に簡単なんです。

ましてやたった110年なんて石ころのように蹴られて終わりではないですか?

 

一件、音楽学校の制服が変わるわけでもないし、緑の袴はそのまま、大階段も銀橋もあり、シャンシャンもロケットもある。だから宝塚である。

宝塚のテーマ曲は「すみれの花咲くころ」だけでよいのだと。

私は違うと思います。

宝塚歌劇団が今あるのは、発足当時からいた方々の努力のお蔭。

何とか宝塚市の小さな歌劇団を日本一にしようと積極的に新しいものを追求してきた。

その一方で過去の作品や楽曲も大事にしてきた。

だからじゃないのかな?と思うのです。

 

昭和のころ、宝塚は「阪急のドラ娘」と呼ばれていました。

小林一三存命中は予算はかけ放題だったから、衣装もセットも本格的に華やかで常に新しかった。それが阪急が傾き始め、阪急の下部組織に入りました。

理事長には植田紳爾が就任し、「新専科制度」と呼ばれる、リストラとも呼ばれる大改革をしました。

それは沢山のファンを泣かせたし、ジェンヌにも辛い思いをさせました。

一方で藤井大介・木村信司・児玉明子・植田景子・斎藤吉正・荻田浩一・小柳奈緒子ら若手が台頭してきたのですが、いわゆる徒弟制度を失くした事で木村・児玉・植田が宝塚にそぐわない作品を発表し続けジェンヌもファンも翻弄されました。

荻田浩一はそんな宝塚を嫌って出ていくし、残ったのは藤井大介と斎藤吉正と小柳奈緒子。

この3人のうち、例の事件で干されたのが宝塚の最も大事な演出家と言える藤井大介です。

彼ほど「宝塚の歴史」へのオマージュを欠かさない人はいないのです。

そして「ドラ娘」から自立しろと言われた歌劇団のスターは、スポンサーなしではその地位につけなくなりました。

そう・・・あの新専科制度の頃から「なぜこの人がトップに?」という迷走人事が行われて今に至るのです。

 

で、4月から株式会社になるとどうなるでしょうか。

株式会社は株主のご機嫌が一番大事なのです。

コンプライアンス的にこれは・・・と言われたら何もかもそこでストップです。

そして、会社ですから利益優先、人件費縮小が一番の目的になります。

 団体と貸し切りだらけになる

 人が入るだろう演目しか上演しない

 1組の人数が減る

 スタッフが減る

こういう事が起こると思われます。

宝塚の魅力は人海戦術なんですけど、少子化と人件費の為に組子が減ったりすると華やかさがなくなります。

今でもチケット難で一般人があまり見る事が出来ない宝塚。

今後はもっとそういう事が起こるとおもわれ、基本的にチケット代+αを払える人しか見る事が出来ないものになるでしょう。

また、「エリザベート」「ロミオとジュリエット」のような集客がはっきりしている演目を今以上に再演するかもしれません。

さらに、植田体制の時もありましたが、スタッフの数が減った事でセットが突貫工事になったり、雑な作りになったり。

最近はどこも背景が映像というものがありますが、宝塚にもこの流れは来ていますよね。

見たい人が見る宝塚」ではなく「見る事が出来る人が見る宝塚」になるだろうと。

これははっきり言って文化の衰退を招きます。

帝劇のさよならの時もそうだったけど、実はみんなミュージカルを見ていない事が発覚。

ディズニーアニメの曲ばかりが上位に来て、みな映像でしか見てない事がわかりました。

今のディズニーランドもシーも、インバウンドの為の施設になりつつあり、普通の家族連れにとっては今まで以上縁が遠くなっています。

舞台という、生でしか見られない素晴らしいもの。

宝塚というどこにもない文化が選ばれた人しか見る事が出来ない代物になったらそこで、伝統も終わるでしょう。

私はそれをとても心配しています。

せっかく推しがトップになっても、何だか心配でしょうがないのです。

 

 

 

コメント (8)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

心置きなく宝塚の話が出来ればねえ・・・・

2025-03-22 07:00:00 | 宝塚コラム

最近、普通にテレビ見ている人は腹が立つ事だらけの筈なんです。

だってそうでしょう?

石破って人は、断然日本破壊をしたい~~と思ってるようで、中国と一緒になれば自分の身だけは安全でしかも権力が持てると思っている。岸田もそうです。いや、自民党がそうだし、立憲民主党もそう。

だから日本の民が困っていても

 円安なので米の輸出を増やすぞっ

 退職金に税金かけるぞっ

 交通費にも税金かけるぞっ

 独身にも税金かけるぞっ

 パートの手取りを増やしたら国が亡びるぞっ

 ガソリンの定率減税を失くしたら国が亡びるぞっ

 どんどん移民を増やすぞっ 

 外国人の犯罪は不起訴 日本人が何か言ったら差別

 新人議員に10万円はハンカチ代だぞっ

と言っています。知らない人も多いでしょう。うちの旦那なんか「へえ、それはひどいね」っていうだけで、仕事をしてると毎日本当は国会で何が起こっているかなんて関心がない。

私も仕事をしているけど、回りの人はほとんど関心がないというか、そういう話は聞きたくないという雰囲気。テレビの街頭インタビューでは笑いながら「高いですよ。困ってます」と仕込みに言わせ、毎日「メジャーだ!大谷だ!」と騒いで一日中これをやってる異常さに誰も気づかない。

いや、気づいても「どうせ国民が何を言っても無駄だから」という感じですよね。

最近見ている韓ドラ「アゲイン・マイ・ライフ」では、政治と警察の汚い部分をあぶりだししているんですけど、政治家が堂々と「事件をもみ消す為に他にスキャンダルを出せ」と堂々と命じる。そうか、韓国ではお馴染みなんだな。日本の政治家も半数くらいは在日だから、そういう策はすぐに思いつくのかな。と、思うとさらに落ち込みます。

岩手の山火事で政府が動いたのは2週間後、今になってせっせと仮設を立ててる始末。

日々そういう事柄が生活を圧迫してくると、ストレスもたまるし悲劇的な気持ちになります。

超お金持ちは全然影響なし。低所得と言われる人達は国からお金が貰える。

でも一番国に報いて来た筈の働きバチはどうでもいいわけなんだな。

現実を忘れる為にも宝塚を見たい。そういう話もしたいと思うんですけど、これまたコロナ前のようにはいかないのです。

先日、私のバッグについている暁千星の缶バッチを見つけて話しかけてきた人がいました。

真矢みきの頃から見ているけど、最近はチケットが当たらないので見てないと。

そこで「動画でも見れる」と話して、アマプラとかHULUとか楽天テレビの話をして、「携帯でもパソコンでも見れるから」と言ったら「今はそういう時代なんですね」と。

本来舞台は生で見るのが一番です。

その昔、私が麻路さきにハマっていた頃は、ほぼ毎週のように劇場に通っていました。

なぜって「生もの」ですから。一般の人は「なぜ同じ舞台を二回も三回も見るのかわからない」というのですが、そこが宝塚で四季や東宝とは違う。日によって演技が変わったり、声の調子が違ったり、力の入れ方が違ったり・・・そういうのがたまらなく面白い。

宝塚大劇場と東京宝塚劇場では同じ作品なのにこんなに違うの?って思う事があったり。

DVDとスカイステージで流される映像の違いを楽しんだり・・そういう楽しみで盛り上がりたい。

「昔はよかったですよね」と話し合いながら。

そもそも東京宝塚劇場が新しくなった時から、システムががらりと変わって、チケットはヤフオクで転売されるようになり、さよなら公演になると30万40万が当たり前の世界になりました。

今ではファンクラブでも見る事が出来ない。

それだけ「席の囲い込み」が増えているのです。

宝塚は4月から株式会社になりますが、そうなったら余計に「利益優先」になるでしょう。

貸し切りや団体ばかり入れるようになると、興行主はすごく助かるけど一般のファンは困るようになる。

恐らく、こういう事は四季でも帝劇でもやってるでしょう。

 

なので最近ではよく絶望的になり、ついに旦那に「私、ありちゃん(暁千星)が退団したら宝塚をやめるからいる間だけはムラに行かせて」と言ってしまいました。

無論、旦那は「そんな約束は絶対守らないと思う」といい、姫は「チケットとれないなら、OGおいかけるとか生きがい持ちなよ」っていうけど、推しは無理やりつくるもんじゃないし。

というわけで、私が今一番慰められているのは礼真琴が歌う「ANTHEM」です。

これが宝塚か?と言われるとちょっと違うんですけど、見た事ない人でも馴染めるかと思って。

YOUTUBEで探してもなかなかよい動画がなくて。とりあえず

 

 

 

コメント (6)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

花組 博多座で起きた迷惑行為

2025-03-17 07:00:00 | 宝塚コラム

日々、低所得者ながら何でチケット取れないのかな・・・何で貸し切りばっかり。何で団体ばっかり。何でお金持ちばっかりと恨みつらみで「ヅカファンやめたい。でも暁千星がいる間だけは何とか・・」と思っている私です。

コロナ以後、転売問題なども出てきて横のつながりも断ち切られ、気軽に誘い誘われもなくなり、同じ趣味で話す相手もなくもんもんなんだよね~~~

って私の愚痴を聞いて頂いた所で、博多座で上演中の花組の話です。

 3月14日。ショーの客席降りの時。

 赤毛の白ロングTシャツを着たガラの悪い男。(最前列にいたわけ?)

 客席降りしてきた永久輝せあ(ポスター右)を指さし、星空美咲(ポスター左)がハイタッチした手を離さず肩を触り、スタッフが慌てて来て離してそのまま進行。

 この男は足を投げ出して座っており下駄が転がっていた。

 幕間にスタッフと話し込むも本人納得せず

 幕間に知らない女性に話しかけていた

という事で、怒ったのは当然ヅカファン。

もし彼が刃物を持っていたらどうするんだ!被害届出せ!という意見も。

正直、どこまで事なかれ主義なんだ。歌劇団は。

こういう事はきっちり警察を呼んで事情聴取して逮捕して貰わないとダメです。

「ジェンヌを守る」って事にはなってないでしょ?

何でも「我慢しろ。スタッフが行くまで」みたいな態度はよくない。

そういう時は「殴ってもよし」でいいと思う。

これ、星組だったら絶対、トップが助けに入るとかすると思うんですけどね。

ご贔屓なもんで。

とはいえ、こういう事は起きて欲しくないし、客席降りがなくなるのも困る。

 

どうやらこの男、本当に最前列のチケットを持っていたかどうか不明。

1幕目は空席で2幕目に空いていたから座ったという可能性もあるらしい。

みたい人が見る事出来ず、犯罪者まがいが最前列座ってわいせつ行為をするも、黙る歌劇団とはね。

 

 

 

コメント (6)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

長崎ランタン祭の皇帝役に飛翠真凛

2025-01-30 07:00:00 | 宝塚コラム

いきなり「長崎ランタンフェスティバル」と言われても、長崎に縁遠い存在の私にはぱっとはわからず、そういえば、いつぞやの月9のドラマでそんなシーンがあったかもと。

こんな感じのフェスティバルだそうです。

これの2月8日のパレードの皇帝役に星組106期で長崎出身の飛翠真凛が選ばれたそうです。

へえ・・・106期かあ。

たった1日とはいえ、大役ですね。確か今、「にぎたつ・・・」が終われば休みだし?

 結構化粧が上手になればイケメンになりそうな・・・

で、皇帝役ってどこの皇帝なの?と思ったら。

去年の皇帝が福山雅治だったらしい。

あら、皇后陛下は仲里依紗。

しかしこの衣装は確かに清朝だけど、何で下半身が袴なんだ?

宝塚から「蒼穹の昴」の衣装を借りてはいかがでしょう?

でも、こんな格好の彼女を見てみたいと思うのは私だけかしら?

きっと若くて立派な皇帝陛下になりますわ。

コメント (1)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

礼真琴のANTHEM の意義

2025-01-27 07:00:00 | 宝塚コラム

何日経過しても武道館の興奮が収まらないのであえて書かせて頂きます。

とはいtっても、しつこく書くけど武道館は決して音楽向きの場所ではないです。

アリーナ席と1界のスタンド席以外は舞台がほぼ見えなくなるので、礼真琴がトロッコに乗って動いているシーンや、舞台上の群舞の意味も、双眼鏡だけでは読み取れない。

ただ、会場がくるくると色が変わっていく、炎が燃え立つ、紙吹雪がこれでもかっと言う程に飛び出す、みんなのブレスレットが勝手に色を変える。

そういう意味では現場で見てよかったなとは思います。

しかしながら、いわゆる「アリーナ席」はOGが沢山いました。その理由は恐らくですが、

礼真琴で武道館を埋める事が出来るか」という問題だったと思います。

アリーナ席を用意するのでと呼んだOGは本当に沢山いたし、彼女達がかぶりつきで見る事が出来た事に文句をいうつもりはありませんが、いわゆる、コツコツお金を貯めて、ファン歴も長いファンを「貢献度」によって差別化するというのは、ちょっと嫌、許せないなと思います。

当初は余裕でチケットが取れるようなことを言いながら、一か月前には「チケット難」になり、結果的に上手下手に追いやられたファンたちはどの層なのか。

毎回目にするこういう光景が、少しずつ不信感へ繋がるなと思いました。

この武道館は配信で見るのが最も正しかった。でなければアリーナ席か。

とりあえず私が見た千秋楽はブルーレイになるようなので、この際、ファンであってもなくても、何なら宝塚を見た事のない方にもぜひ見て頂いて、それくらいの価値はあると思います。

総合演出を手掛けた太田高彰氏による会場の雰囲気作りは抜群で、それはもう宝塚じゃなくて、様々なバンドやアイドルのコンサートのようで、さらにその中でも非常に上質で迫力あるステージ作りだったと言えます。

今まで武道館でコンサートを行って来たのは二人。

真矢みきと柚希礼音でした。

真矢みきが武道館でコンサートを行うと聞いた時の驚きと「席が埋まるのか?」という心配は今とすっかり同じでした。

でも真矢の生み出した世界は、あの当時の宝塚ではありえない程現代的でかっこよかったと思います。

柚希礼音の場合も、ダンス力を生かした素晴らしい舞台だったと思います。

しかし、今回のANTHEMはまずテーマがそこにありました。

応援歌」を意味するANTHEMという言葉を軸に、ファンに対して前向きになれるような楽曲だけを集約して選びました。

私は、礼真琴の最初のコンサートである「VERDAD」を見ています。

まだコロナ禍で会場はアンフィシアター、これまた円形の不思議な劇場の、ありがたい事に一番うしろだけど真ん中から見る事が出来たのです。

前半は星組の歴史を振り返るような演出。後半はJ-POPやミュージカル曲に特化して進みました。

宝塚らしく、おしゃべりも多かったなと思います。

でも、カラオケボックスをイメージした背景と礼真琴が歌うAdoの相性のよさに驚いて、「礼真琴にぜひJ-POPを歌って欲しい」と思いました。

その願いが叶って「REACH」というアルバムが出たんですけど、個人的にはちょっと期待外れ。もう少し最近の曲を入れて欲しかったなと。

とはいえ「ギラギラ」「勇者」などは本当に素晴らしい出来で、退団したらシンガーになってくれたらいいのにと思いましたよ。

だから今回も「VERDAD」のようなものになるのかなと予測していたら、とんでもないものだったという話です。

最初から照明は勿論レーザー光線飛びかう中で、EXSILEやそれ系の人達が表現できない「真っ当な歌唱力と圧倒的なダンス力」でガンガンと「ANTHEM」を歌い出すわけですから。

見た目は勿論いいし、星組のメンバーの個性的といったらない程で、それなのになぜかものすごくグループとしてまとまっています。

礼真琴のオーラが組子に放射状にのびているかのような錯覚を起こさせるものでした。

「オーリバル」など日替わりのメニューでは、その度に照明が変わり、当たり前ですが曲のイメージを変えていく・・そして老人ですらもノリノリにならざるを得ない程のパワーに圧倒されていきました。

曲を選ぶ→順番を決める の流れがものすごくよくて、違和感も変化もわからず、一瞬にして世界観が変わっていく感じでした。

ひろ香祐がマイクを担当したトークで語られた内容は、宙組だったらきっとパワハラと言われるのではないか?と思う事もありましたし、でもそういう事があったから下級生が育ってきたのだと思うと感慨深いものがありました。

組において下級生が育つ理由は二通り。

 ものすごく目端が利いて面倒見のいいトップ

水夏希や北翔海莉がそういうタイプで、すれ違いざまにアドバイスしたり、楽屋で指導したり、厳しい事もいいつつ褒める事も忘れない、飴とムチを使い分けるタイプ

 自分が何も出来ない事を認めて下級生に委ねるタイプ

真琴つばさや紅ゆずるがこのタイプで、自分の欠点を認め、苦手な事は出来る生徒にどんどん振るおおらかさを持っている。彼らが教える事は常識です。

 

礼真琴は目端が利いて面倒見がいいタイプです。むしろ、カリスマトップの元では下級生は頼ってしまって育たないというわけです。

そんな人柄を知った所で、「これからはちょっと宝塚の世界に戻りまして」と言われて始まったのが、一つの曲の中に宝塚の礼真琴が関わった作品を織り込んでいくという手法。

そして、それを下級生が実際に衣装を着て担当し、礼真琴と和していく。

これで泣かないファンはいないだろうと思います(私はひたすら関心してたけど)

で、最も素晴らしかったのは「マダム・ギロチン」でこれ以上ない悪役の顔を見せた礼真琴が、そこから「最後のダンス」を歌い、そして消え、そこに暁千星が圧巻のモダン・ダンスを見せて、礼真琴が中央のセリから飛び出すシーン。

私から憎しみを奪うな」から「栄光の日々」とヅカメロディを紡いだと思ったら、そこからまた一瞬にしてJ-POPへ戻る。

通常だと暗転してちょい時間があって、トークを挟み・・という場面からなんでしょうが、これを省略しても全然問題ないという流れに圧倒されました。

ミセスの「Soranji」は多分、本人達が歌うよりずっといいと思いました。

Adoなどの曲もそうなんですけど、いい曲をさらに綺麗な声で迫力で盛り上げる礼真琴の歌唱力は本当にPOPSに向いています。

最後に「星を継ぐもの」で締め、「THIS IS ME」をアンコール曲に選んだことも、最初から最後までファンを応援し続けてくれた楽曲選びだった思います。

 

礼真琴とテジェさんの新曲「SOULS」を聞けばわかりますが、彼女は宝塚の域を超えたコンサートを行ったと思います。

これを見た後では過去のどんな宝塚のコンサートを見ても古いと思ってしまうかもしれません。時代の流れにピッタリで、むしろ最先端をいく楽曲が宝塚のトップスターが歌い切ったという意味で、本当に意義深いコンサートでした。

TCAミュージックで「RECH」の中の曲がアップされているので、騙されたと思って一度お金を払って聞いてみて欲しいです。無論「SOULS」も。

退団が惜しまれるな・・・・と。

 

 

コメント (2)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

ANTHEM 千秋楽

2025-01-22 07:00:00 | 宝塚コラム

「ANTHEM」見てまいりました。

結果的に日曜日と千秋楽を見て、間の月曜日は配信で見たので、合計3回見た事になります。

 1月19日

この日は余裕があって、とんすけと姫と靖国神社へ行き遊就館を回って武道館入りしました。武道館はそもそもがコンサート向きではないと思ったのですが。

トイレも女性に配慮されていたとはいえ、結構大変でした。

1月19日の18時半の部の日替わりの曲は「オーリバル」で会場がオレンジ一色に染まりました。

若い時以来、コンサート経験のない私にとって上手側のスタンド席は、正直、出演者が何をしているのかわからなくて、ただひたすら、レーザー光線のすごさや紙吹雪の華やかさに圧倒された時間でした。

ブレスレットも勝手にぴかぴか光るのを楽しんでいました。

隣の人はノリノリで一生懸命拍手していたけど、こちらは追っていくのがやっとという状況で(情けない事に)

ただ礼真琴の歌唱力の圧倒的なうまさに感動し、照明その他、装置の素晴らしさにただただ震えていたという事です。

また暁千星が髪を伸ばしてる事に驚き、二番手としてまた礼真琴の相手役として素晴らしく立派になった事にやっぱり感動していました。

選曲の素晴らしさ、そしてその順番に寸分の間違いもない事に驚き、その世界観に埋没して気が付いたら終わったって感じです。

トークコーナーでは天飛華音が「ANTHER WORLD」の礼真琴の役を貰って、震えて泣いてしまった時、礼真琴に優しく「大丈夫」と抱きしめて貰ったそうです。その後も本番までなにかと面倒を見て貰ったと。

そういう上級生と下級生の間柄は本当に宝塚ならではの事で決してこれはパワハラではないのにと思いながら聞いていました。

驚いたのは後半、宝塚の曲を下級生が衣装を着て登場。それらを礼真琴が一緒に歌いながら、最後に「VIOLETOPIA」の曲で締めるかっこよさ。

さらに「マダム・ギロチン」から「最後のダンス」と来て「栄光の日々」への流れが自然すぎて聞き入ってしまったこと。

さらに礼真琴の新曲「SOULS」のナンバーが全然浮かなかった事に驚きました。

正直、武道館というのはアリーナ席で見ないと何の意味もないなと思わせる部分もありました。

端っこで見てると何が何だかわからないし、ただ、紙吹雪とレーザー光線、そしてブレスレットの光はその場にいないと経験出来ない事なので、それだけはよい経験だったと思います。

 

1月20日

この日はOGが沢山来てて配信でもみんなが落ち着かない事がよくわかりました。

正面からの配信でやっと出演者が何をしていたかわかり、「ああそうだったのか」と納得したりね。

そもそもコンサートならではの音の重厚感と照明の連携がすばらしく、ANTHEM=応援歌という意味が本当によくわかりました。

礼真琴はファンの為に「応援歌」になる曲ばかりを選んでくれたんだと。

マイナスの言葉が一つもない世界観。癒しと許しと自己肯定感に満ちた楽曲は本当に心地よく、礼真琴はポップスが似合う。

それは「VERDAD」の時によくよくわかっていたけど、あの当時よりより強くわかりました。礼真琴は宝塚で唯一無二のボーカリストです。

何というか、礼真琴によって武道館のコンサートの様式が変わったというか、今までのスターとは違う、J-POPもミュージカル曲も歌い分けられる実力が必要なのだという事です。

「流星」は礼真琴と暁千星のデュエット作品ですが、二人の音域や声の質の合う事と言ったら!いい相手役なんだなと勝手に思いました。

礼真琴の過去の作品へのオマージュは、下級生が衣装を着て一緒に歌うという趣向でこれがわりと斬新に見えました。

そうか、この子でこの役でもよかったんだなと。

どの役も「ただ愛しい」それがよくわかる演出でした。

 

1月21日 千秋楽

この日は大変でした。ぎりぎりに九段下に着いて、とりあえず駅のトイレ待ちをしてたら時間がなくなって、この年で姫にはっぱをかけられながら北の丸公園を走り抜け、そこから階段を上がって西側へ行く・・・という事をやってしまったので席に着いた時は吐きそうになるし、咳が止まらなくなっているし。

よくぞ姫に引っ張られながら走ったものだと自分で自分を褒めちゃう。

そして、今回は下手側だったので前回よりは舞台がよく見えてほっとしました。

そうですね。

「流星」の時、より一層礼真琴が暁千星の肩によりかかって結構「姫」してました。

JーPOPで歌い上げた前半は衣装も華やかで、観客の心に刺さるものばかり。

礼真琴は音域が広いからいいのですが、やっぱり下級生が大変だったのでは。

その下級生たちも全面に出る事が多くて、番手の順を関係なくしている事が新しく、それぞれの個性が見えて、一回り大きくなったような気がします。

宝塚の曲では「マダム・ギロチン」の圧倒的な迫力にびっくりして、そこから静かに「最後のダンス」へ行き、そこから違和感なく「栄光の日々」への流れが素晴らしく、聞き入ってしまいました。

「栄光の日々」では暁千星がパーシーの部分を歌っていたんですけど、もしかして「スカピン」も合うんじゃないか?と思ったり。

そして「Soranji」にはみな泣かされました。

「われらは尊い」という歌詞が突き刺さるんです。

いつかミセスとコラボしてほしいとつくづく思いました。

また、暁千星のダンスもすごくて、いや、何でこんなに目に焼き付くようなダンスを・・・・と言葉が出ないわ~~と。

そういう得意な事をやらせてくれるのも素晴らしくて、礼真琴の懐の広さを思いました。

「SOULS」は最初はわけがわからず聞いていたんですけど、よくよく聞くと名曲だなと。礼真琴の宝塚人生が詰まっている歌詞に心打たれました。

本当に本当によくぞここまで…と思うと下級生の頃から見て来た身としてはただただ嬉しくて、ありがたくて。

ここにいるのは大スターだけれど、ある意味等身大のエンターテイナーで、この10年以上、悩みつつ葛藤しつつ自分を磨き上げて来たのだと思うと、若さというのは素晴らしいと思うし、今まで宝塚にはいなかったタイプだったのだと気づき、今、目にしているものの価値を再確認しました。

無理してでも来てよかった。時間を共有出来てよかった。

私ももうちょっと頑張れるかと思いました。

私はブルーのパーカー。なぜかとんすけも一緒。千秋楽までついて来るなんてねえ。

「だってぼく、ずっとこっちゃんみてきたし」

はいはい。

姫は緑のパーカー。緑というよりカーキですね。この色を着ている人が多かったです。

「僕も忘れないで」あ・・・とんすけったら。

でもこのパーカーはラメがぼろぼろ落ちるので、たちまち上に着ていたコートもキラキラ。洗濯したら下着までキラキラ。

どうするの、これ・・・・って感じです。

 

 

コメント (2)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする