昔、桃太郎は、狼藉を働く鬼をとっちめて、金銀財宝を取り返した。
吉備団子に買収されて、家来、手足となって、猿、犬、キジが献身的に働いた
現代の、ユ太郎は、貨幣、金融のしくみを悪用し
人面ホワイトマンキー、尾振りイエロードッグ、アジアンインチキンを操り、鬼ならぬ「大衆シタタカBAKABON」を騙し搾取し、エネルギーを独占しつつある。
いずれもその大親分は
「欲しいの世界の営利アン」 ということらしい!
ところで、
星の世界の智慧理アンが、むすび講座を開く!
dasoku:
札幌市 生涯教育センター「ちえりあ」でむすび講座が開かれる、という。
Ⅰ部:心身食のバランス健康法 楽々大往生
Ⅱ部:人間探求 矛盾解決 ヒフミ循環宇宙論
4月4日
Ⅰ部:13:15~
Ⅱ部:18;15~
「人間とはなにものか」に興味のあるひとにお勧めです。
霞ヶ関 永田町・・・現代は政治家と官僚・・昔は武家と公家
その陰に、「商売・・・生産と流通と消費」の絡みがある
いつの時代にも変わらぬ人間のドロドロがある
トラブル、犯罪、商売、政治もろもろの陰にあるものは
「一番に利益を得るものが主犯」である可能性が強いということ
特に、カネ、権力の世界では
「一番」でなければ意味が無いのである
検察・警察が独立して「捜査している」こと自体「変なこと」に気づかない国民がいるから問題は無くならない
警察力は、時の「真の権力者」の都合の良いように動くものである
真の権力者とは「一番利益を得る者」である
それは、小心官僚でもない のぼせ政治家でもない 警察でもない 日本国民でもない マスコミでもない
それは、アメリカを足場に、地球規模にグローバルに暗躍する「金融をコントロールする陰のカネゴン」
dasoku:
・神内智則の女々しい人生はこれからですかね。紀香は男だよ!
・テポドンを無視しよう!アメリカが拍子抜けするよ!
・政治資金の規正を、規制にするのは、国家権力・警察取り締まりの権力を強め、庶民の墓穴堀りであることに気づきましょう!
・一般に「刑罰」を強化するのは「権力のため」になり、庶民のためにはならない!
・ 文民・有識者・公家の戦略は「漁夫の利 濡れ手で粟」で自らは「汚れない」
・ のぼせ制服組は「踊らされる」
・ 裁判官は、犯罪者と一緒に刑務所生活をして、人間的なつきあいの中で真の裁きをすべきでしょう!
でなければ、ロボットかコンピュータに裁かせればよい!
・ 死刑執行は、死刑判決をする者が直接すべきであろう!
・ 仇討ちの復活を!権利放棄は自由にして!少なくとも当事者の関わりを認めよう!
・ 最近の無責任風潮は「代理~」が多すぎるためでしょう!
ひょっとこ=火男 ならば、
おかめは・・・
瓶カメのようなまあるい丸い形をした顔の女性の愛称か
かぐら・・・神楽は「神座=カミクラ」が語源とか・・・
神楽とは、神懸かりした「座=場」つまり神座のカミクラがカグラに訛ったとの音つながりと、岩戸開きの際に、神を楽しませ誘い出すために岩戸前で奉納した「踊り」とが合体した「洒落・掛詞」らしい・・・
その時、火男が、風・・陰と陽を操って火を熾し、「おかめ顔の光の神」を引き出した・・・
のかどうかは定かなことではないが・・・
その神楽を、芝の上に居て見物する様を芝居というそうな
dasoku:
永六輔氏は入れ歯の不具合のためか「レ音」が上手く発音できず
「エ」に聞こえる。鈴木杏樹も「けえども族」。
瞑想と冥想
瞑想の方は、目先のことを目標として文字通り目を瞑つむり瞑黙することであり
冥想の方は、冥土を思うがごとく、広く深く宇宙を想うことです。
現実逃避になりかねない冥想では困ります
目先の自分だけの現世利益を求める瞑想でも困ります。
ヨガは瞑想と冥想の両立をめざします。
ヨガの真義「むすび」を素直に理解して表現すれば
おのずと、体得、体現できるものです。
つまり、目先の自分と、奥深い宇宙とのむすびの実感です。
ひとえに、ヨガの目的は
宇宙と個人との合体でした。
それは具体的には
宇宙、世界、社会における、個人、自分の役割、存在意義の自覚と
そのお役目の実践です。
つまり、自分らしく輝いて生きることです。
自分発見と自分磨きと、社会貢献の実践力をつけるための訓練法が
ヨガなのです。
冥想と瞑想を結ぶ生き方を説いているのが
ヨガなのです。
正しく瞑想と冥想が合体したとき
個人には真の健康が、社会には真の平和が
訪れるのでしょう。
瞑想の方は、目先のことを目標として文字通り目を瞑つむり瞑黙することであり
冥想の方は、冥土を思うがごとく、広く深く宇宙を想うことです。
現実逃避になりかねない冥想では困ります
目先の自分だけの現世利益を求める瞑想でも困ります。
ヨガは瞑想と冥想の両立をめざします。
ヨガの真義「むすび」を素直に理解して表現すれば
おのずと、体得、体現できるものです。
つまり、目先の自分と、奥深い宇宙とのむすびの実感です。
ひとえに、ヨガの目的は
宇宙と個人との合体でした。
それは具体的には
宇宙、世界、社会における、個人、自分の役割、存在意義の自覚と
そのお役目の実践です。
つまり、自分らしく輝いて生きることです。
自分発見と自分磨きと、社会貢献の実践力をつけるための訓練法が
ヨガなのです。
冥想と瞑想を結ぶ生き方を説いているのが
ヨガなのです。
正しく瞑想と冥想が合体したとき
個人には真の健康が、社会には真の平和が
訪れるのでしょう。
いい顔
悪徳商人アメリカ人を操っている黒幕がいる
お金は「人間」を動かすエネルギー・パワーである。
人間を動かし操ることで
色々な、幸せを得ることができる。
沢山の幸せを得る為に
沢山の人間、芸術家、学者、技術者、政治家、ビジネスマン等々をお金で操ることによって
富と幸せが得られる現実がある
そのことを否定するのではなく、
お金よりも優れたエネルギーシステムを実用化することが、必要である
それが「無限発電」であるが、
このシステムには、究極の問題が含まれる
無限発電システムを、現在の「人面猿」の人類に公平にしよう許可を与えると
一機に、地球が消滅する可能性がある
津休消滅の前に、地盤沈下、大地震、大津波等々が起きるだろうが・・・
無限発電は「宇宙エネルギー発電」である。宇宙自身が無限に存在しているエネルギーである
宇宙空観で使う場合は大した問題にならないだろうが、地球上で節操なく使うと環境破壊になってしまうのだ
「電気=エネルギー」は
「パワーとパターン」「力と型」「0,1」「陰と陽」・・・・
エネルギーは「気」であり「キ」は
たとえば「木」のごとく、
①パワーとして・・・燃えて火となり、消滅する
②パターンとして・・形、構造体となって「家」の材料になる
この世界は「電気=エネルギー」で出来ており
見えないパワーと見える物質との循環バランスによって存在している
見えないパワー・力を「時間」ともいい
消える型を「空間」ともいう
本来、型と力の合体したもの・状態をエネルギーと云っているのである
パワーだけをエネルギーとは云わない
エネルギーは「物質」でもある
物質は、「E=MC・C」と云われるゆえんである
エンドルフィンはたしか脳内快感物質でしたでしょうか。
円と弗ドルの両方の貯えが充分あると、為替の変動があるたびに、為替差益が自然に発生する。
現在の大学の経済学を学ぶ目的は、真の「経世(国)済民」ではなく、如何に為替差益で濡れ手で粟の暴利を得るかである。
真の経済は「太陽・空気・水・海山河川 等」の自然エネルギーの無限循環を崩さず、穀物・デンプン食、海産物、林産物等を安定的に、生産・流通・消費させるシステムである。また、真の経済とは人間の強欲制御である。
インチキ経済は「糞転がし」ならぬ「金ころがし」による「虚業」である。
糞転がしは、生命連鎖の原点である!
良質の糞はすみやかに蘇生してふたたび「食物」となる。
「粉ころ菓子」
為替差益を確実に得るためには、金融の情報を優先的に手に入れて、インサイダー行為をすることである。
時の権力はそれが目的である。権力側がインサイダー行為をすることは許される。特権である。それが無ければ権力は資力を得られないから。
庶民がインサイダー行為をすると「罪」になる。
円とドルの両方をもっていて、インサイダーを実行すれば
欲ぼけ脳は喜ぶ
dasoku:
憤殺菓子
1月31日から約2ヶ月のアンケート結果から
披露聡秘の心で、その深層心理を読み取れたらお慰み・・・
質問「今の貴方の生き方」で優先するのは・・・
①やりたいこと40%
②やるべき事35%
③何もしない15%
④バランスがとれている6%
⑤出来ること4%
所見
今どきの若いひとが「やりたい事を一番」にやっているという解答をどのように観取るか。
ひとが行動するとき、「やりたい気持ち」が有るのは当然でしょう。しかし、今の時代にやりたい事を優先して生きているひとが「一番多い」との結果が出るとは、ちょっと首をかしげたくなります。
自分のやりたいようにやって生きている、と解答した心理の底には「そう思いたい」「そう思って自分を納得させ、欲求不満の慰め」の気持ちがあるように観えます。
本来熟慮して解答するなら「出来ることをやっている」という解答が一番になるのが真理と思いますが、実際は一番少ない。
一般的思考の哲学性の乏しさを痛感するとともに、人類の未来に光が見えません。逆に発想すれば「哲学を啓蒙するチャンス」とも云えますが!
また、やるべき事が、やりたい事とほぼ同じであることに自然のバランス感覚の存在を感じます。
ほんとに今時の若い人が「天地に誓って」、「やるべき事」をやっているだろうか。
やるべき事の程度の問題がありますが、
やるべき事という言葉の語感は、厳しいものがあると思いますが、アンケートの質問に答えた時の恐らくそのやるべき事とは「人間社会のルール」に則ってのことでしょう。しかしより深く考え、やるべき事を自然の掟に厳しく回答するとしたら・・・
突然、天地に誓ってなどと振りかぶられると戸惑いもあるでしょう。常日頃から自分の行動を意識的に行っている人がどれほどいるでしょう。およそ惰性で生きているのではないかと勝手に憶測をしているわけですが、言葉遣いの不具合なども考慮して、考察をさらにすすめましょう。
出来ることを優先していないとの解答結果「4%」の理由は、単純にそういう思考、言葉遣いに馴染んでいないのだろうと思われる。いずれにしましても・・・(どなたかの国会答弁のいいまわしのよう・・)普段やるべきことも、やりたいことも常識的に最低限出来ることをやっているので、意識にほとんどのぼらないために、4%という数字になるのでしょう。
ともかく、やりたいことを優先しているのは、ブログに興味をもっているひとの、僅かな人数の人たちの心構えであり、世の若者の平均的心がそうであるとは限りません。僅かなデータで真剣に論じるのはバカバカしいお笑いです・・・そのつもりでお付き合い下さい・・・
やるべき事がほぼ同率ですが、あえて、本当にやりたいことが「本当にやりたいこと」なのかしつこく聞いて見たい。(しつこい性格は女性に嫌われる性格ナンバー1だそうですが)
また、やるべき事とは何なのかも聞いて見たい
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今風活動写真