子供はかまってくれない

子供はかまってくれないし,わかってくれないので,映画と音楽と本とサッカーに慰めを。

映画「ル・アーヴルの靴みがき」:淡々と語られる奇跡と不幸と諦念と希望を言祝ぐ桜の木

2012年07月01日 22時13分30秒 | 映画(新作レヴュー)
主人公は善良だけれども世事に疎く,次から次へと不幸なことが身に降り掛かるのだが,最後は小さな幸せを手にして映画は終わる。
フィンランドのアキ・カウリスマキが撮る作品は,まるで小津安二郎が年老いた父親のことを案じてなかなか嫁に行こうとしない娘を描いた諸作のように,同じような登場人物とストーリーで作られていながらも,鮮やかな色彩に彩られた微妙なグラデーションを毎回安心して楽しむことが出来る,どれも極上のエンターテインメントだ。
フランスの港町を舞台にした「ル・アーヴルの靴みがき」は「街のあかり」以来5年ぶりとなる新作だが,心配は要らない。希望と諦念がよい塩梅に淡々と刻み込まれたフィルムは,いつものカウリスマキ節に満ちている。

いつもの,と書いてはみたが,本作ではアフリカから母を追って不法に海を渡って来た少年が,警察に通報されそうになる場面で,走って逃げる。アキ・カウリスマキ作品で,登場人物が「走る」なんて記憶になかったのだが,そこはそれ,大捕り物や血湧き肉踊るアクションになることはないので,安心されたい。
だがこの少年の存在こそが,不幸な初老の夫婦に不幸が降り掛かる,というこれまで何度も観てきた物語の既視感を越えたところに「新しい家族像」を提示して,実に新鮮だ。離別した実の母にいつかは再会出来るのだろうかという不安を押し殺し,警察の目を盗んで靴みがき業に精を出す少年は,「ほぼ無表情」がトレードマークの主人公夫婦が「授かった」子供役らしく,感動を煽る技に長けた今どきの日本の子役の対極に位置する渋い演技を見せてくれる。

「ラヴィ・ド・ボエーム」に出ていた主役のアンドレ・ウィルムは,「ファミリー・ツリー」のジョージ・クルーニーの裏表紙みたいな役柄を,酒場で飲む一杯の食前酒を慈しむような佇まいで演じて見事だ。カウリスマキ作品における「原節子」カティ・オウティネンも,相変わらずの不幸オーラを振り撒きながら,突拍子もないラストで観客に向けて豆鉄砲を放ってみせる。シンプルなオムレツ,美味しそうだった。

夫婦が住む横町の住人,酒場のおかみに,少年を捜索する刑事。みんな寡黙だが,夫婦を優しく見守る視線が物語のベース・ラインを形成する中,ひとり世間から離れて悪意を灯す役に,「コントラクト・キラー」のジャン・ピエール=レオをもってくるというツイストが光る。お伽噺も一筋縄では行かない時代だからこその,カウリスマキ・マジック。私にとっては,彼こそが本当の「メンタリスト」だ。
★★★★
(★★★★★が最高)


最新の画像もっと見る

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。