子供はかまってくれない

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映画「スティーブ・ジョブズ」:膨大な言葉が露わにする天才の苦悩

2016年03月06日 11時23分55秒 | 映画(新作レヴュー)
映画における脚本の力をまざまざと見せつける作品だ。「ザ・ホワイトハウス」や「ソーシャル・ネットワーク」等の作品群で,骨太の構成力と厳選した言葉の鋒の鋭さを見せつけてきたアーロン・ソーキンによる三幕の舞台劇のような新作は,一方で映画ならではの表現をちりばめながら,稀代の天才が持っていたダークサイドを露わにする。アシュトン・カッチャーが主演し,ジョシュア・マイケル・スターンが監督した同名作品が,ジョブズがガレージでの試作品の製作から出発して栄光を掴むまでの半生を丹念に描きながら,小学生向きの伝記本を読んだときのような平板な印象しか残らなかったのに比べると,実にヴィヴィッドだ。観客は皆,ジョブズの広報担当としてアップルという大きなパズルの欠くことの出来ないピースの役割を果たすジョアンナ(ケイト・ウィンスレット)が感じた焦燥感や幻滅や高揚感を,味わうことが出来るだろう。

描かれるのはMacintosh,NeXT cube,iMacという,ジョブズにとって画期的で重要な3つの製品を発表するためのプレゼンテーション前のわずかな時間。いずれの製品も直前で不具合が起きたり,ジョブズが知らないトラブルの種が蒔かれようとしていることが発覚したり,プレゼンテーションの内容に横やりが入ったりして,いずれのバックステージも混乱の極みとも言えるような状況を迎える。
中でも核となっているのが,若いときに別れた妻との間に出来た娘リサに対する,ジョブズ自身も御しようのない感情だ。プレゼンの直前になって「ハロー」と言わなくなってしまったMacよりも,「AppleⅡの開発スタッフに対して,一言で良いので謝辞を述べてくれ」と14年間に亘って執拗に迫り続けるウォズニアックよりも,ジョブズにとっては厄介な存在のリサ。そんな彼女に対して心ならずも言ってしまう「お前の名前とLisa(開発したシステムの名前)は何の関係もない」という言葉のデバッグに苦しむ姿を,この異型の大河ドラマの駆動力としたソーキンの慧眼に拍手を送りたい。

ジョブズに扮したマイケル・ファスビンダーの冷徹な自己愛に満ちた造形力も素晴らしかったが,ジョアンナを演じたウィンスレットの受けに回った演技の深みは特筆に値する。最優秀助演女優賞にノミネートされていたオスカーでは,「タイタニック」チームの一員であるデカプリオとのW受賞はならなかったが,「ザ・ホワイトハウス」のクレッグ報道官を彷彿とさせる役を卓抜な理解力で形にしたケイトの演技はローズ役から18年間の成長を感じさせるものだった。

ラストのプレゼン会場に張られていたアラン・チューリングの大きな写真も含めて,ソーキンのシナリオを巧みに映像に移し替えたダニー・ボイルの演出力,ウォズを哀愁を込めて演じたセス・ローゲンの演技等々,ジョブズの人生とは異なり,彼の孤独な人生を「チーム力」で映像化したスタッフ・キャストのチームワークに,とびきりの「Hello!」を。
★★★★
(★★★★★が最高)


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