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映画「約束の宇宙」:母はジェンダーという重力を振り切って宇宙へ飛び出す

2021年05月09日 18時09分47秒 | 映画(新作レヴュー)
メアリ・ロビネット・コワルがヒューゴー賞やネビュラ賞といったSF各賞を総なめにした小説「宇宙へ」も,本作「約束の宇宙」と同様に「宇宙」という単語に「そら」というルビを振っていた。女性パイロットがそれまでの「宇宙飛行士=男性」という社会通念に伍して宇宙へ出ていく,というプロットが共通している両作だが,最も大きな違いは,あり得たかもしれない別の歴史を舞台にした「宇宙へ」が持つSFテイストを,「約束の宇宙」は意図的に排除し,徹頭徹尾リアルな描写を貫いているところだろう。最も「宇宙」的だったのは,主人公を演じるエヴァ・グリーンの美貌と完璧なプロポーションだったかもしれない。

シングル・マザーとして,学習障害を抱える娘ステラを育てながら宇宙を目指して訓練に励むサラ(エヴァ・グリーン)は,宇宙ステーションの国際クルーに選ばれ,ロシアで訓練を受けることになる。「女性宇宙飛行士」に対する嫉妬とバイアスが交じった周囲の視線を受けながら,予想以上の過酷な訓練に耐える日々を送るサラは,徐々に開いていく娘との距離が何よりも気懸かりだった。やがて訓練を終え,発射基地となるバイコヌール基地へ移動したサラの元に,ステラがやってくる。隔離された部屋でガラス越しに娘と会話したサラは,ある決意を固める。

見どころは何と言っても宇宙船搭乗のためにサラが受ける訓練の日々に関する描写だ。「ライトスタッフ」以降,宇宙飛行士ものの定番となった遠心力耐久テストに始まり,宇宙空間において行われる遊泳作業に擬えた水中での訓練のスリリングなシークエンスは,欧州宇宙機関(ESA)の協力の下での撮影が実にリアルな迫力を生み出している。加えて,マット・ディロンを含む他の男性クルーとの距離感や,バックアップメンバーとの関係も,サラが女性であるが故の緊張感が通奏低音となって,ドラマを盛り上げる。そんなテンションを少ない音数で和らげる役目を担った坂本龍一の音楽も,最近では出色の出来だ。エンドロールでは,これまで実際に宇宙空間へ旅立った女性宇宙飛行士たちが紹介されるが,ジェンダーギャップ指数120位の国から唯一登場する山崎直子さんのポートレイトが,誇らしく輝く。

ただラストでサラが娘との約束を守るために基地を抜け出すエピソードは,ドラマのトーンを崩してしまった,という印象は免れない。その一点で画竜点睛を欠いたことは残念だったが,アリス・ウィンクールが脚本だけでなく,演出の腕も確かなシネアストであることはこの一作で証明されたと言えよう。COVID禍での地味な公開が残念な秀作だ。
★★★★
(★★★★★が最高)


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