子供はかまってくれない

子供はかまってくれないし,わかってくれないので,映画と音楽と本とサッカーに慰めを。

映画「ハラがコレなんで」:みんなで光子の真似して,昼寝して風向きが変わるのを待ちましょう

2011年11月12日 11時13分20秒 | 映画(新作レヴュー)
妊娠9ヶ月。金なし。家なし。夫なし。それでも心意気は江戸っ子,行き過ぎる雲を追いかけて,風の向くまま,気の向くまま。
「ハラがコレなの」を除けば,まるで「男はつらいよ」の主人公車寅次郎の鏡像みたいな光子(仲里依紗)が,パワフルに,がに股でスクリーンを闊歩する。
寝たきりの老女も,失業サラリーマンも,斜陽食堂も,店を畳んで田舎に帰る喫茶店のママも巻き込んで,「OK!」を連発しながら世の中を真正面からガシッと四つに受け止める光子こそ,今の日本,ついでに言えばイタリアとギリシャで最も待ち望まれているヒロインかもしれない。

監督は,しじみ加工工場の歌が耳について離れなかった「川の底からこんにちは」で,満島ひかりを女優としてブレイクさせ,ついでにお嫁さんにしてしまっただけでは飽きたらず,今年は「あぜ道のダンディ」と本作をものすという八面六臂の活躍を見せる石井裕也。20代で50代のおっさんの悲哀を取り上げるのはまだ早いのではないかとの危惧が先に立ち,「あぜ道のダンディ」は回避したのだが,仲里依紗との親和力は予想以上に強かった。
アメリカ人なのか,アフリカ人なのか分からないという元夫譲りの「OK!」を先導に,「そんな時は昼寝さぁ」「風向きが変わったら,どーんと行けばいいのさ」等々の決め台詞を連発するところなんざぁ,「それをいっちゃぁおしまいよ」「よぉ,元気か,労働者諸君!」等々の名台詞で泣かせてくれた寅さんそのものよぉ。おっと,いけねぇ,油断してたらこっちまで粋な江戸っ子になっちまわぁ。

「川の底からこんにちは」に出てくる工場のおばさんたちの迫力は凄かったが,なかでも威圧感がピカイチだった稲川実代子が,幼少期の光子の人生観に決定的な影響を与えた大家さんとして,今回も好演している。樹木希林をデフォルメしたようなギョロ眼で,戦死した夫とは「いやらしいことなんか何にもしなかったぁ!」と張り上げる声が,可笑しくももの哀しい。
何度か出てくる,食堂の厨房に石橋凌と中村蒼が並んで立って正面やや下を見つめるショットは,微妙にデヴィッド・リンチぽいのだが,特に深い含意がないらしいところがいっそ潔い。

シンプルな物語で衒いのないヒーロー(ヒロイン)像をエンターテインメントとして創出する業を,既に自家薬籠中の物とした感のある石井監督だが,震災前に撮り上げられたこの作品のラストが福島というのも,何か大きな運命のようなものを感じさせる。眉間に皺を寄せずに考えさせられ,笑って,泣いて,最後は元気になって劇場を出て来られる新世紀の「寅さん」ものを,このまま作り続けていって欲しい。
★★★★
(★★★★★が最高)


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