子供はかまってくれない

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映画「ファースト・マン」:騒音と振動と悲しい記憶と愛情を携えて月に立った男の物語

2019年02月17日 12時05分43秒 | 映画(新作レヴュー)
少し前の北海道新聞に「NASAの宇宙服が寿命を迎えている」という記事が載っていた。記事によると現在船外活動で使われている宇宙服は11着しかなく,しかもほぼ40年前に製造されたものを,修繕しながら使ってきたのだが,それも限界に近付きつつあるとのこと。「スター・ウォーズ」のミレニアム・ファルコンは,使い古した「くたびれ感」が売りだったが,リアルな宇宙開発では,そんな悠長なことは言っていられない状況のようだ。そんな宇宙服が作られていた時代から遡ること約10年,ソ連との宇宙開発競争華やかなりし時代のピークとなった月面着陸を成し遂げた船長を主人公に据えた「ファースト・マン」は,「宇宙もの」という言葉が誘発するイメージとはまったく逆向きのベクトルを持った,人間内面探査の旅を描いた地味ながらも深い作品だ。

「セッション」の息詰まる対決も,「ラ・ラ・ランド」の浮遊感溢れるダンスもここにはない。デイミアン・チャゼルが描く宇宙飛行士ニール・アームストロングは,過酷な訓練と葬儀を繰り返す。実際にニールが死を見送る相手は娘と,訓練を共にした仲間の飛行士たちなのだが,常に画面を支配するのはニール本人も含めた死の気配だ。
月に向けて出発する直前の食事の場面が象徴的だ。本来ならクライマックスに向けて飛行士たちの興奮が前面に出てきてもおかしくないシーンなのだが,地上で食べる最後の食事になるかもしれないという思いで黙々と食事をする飛行士たちの姿は,高揚感どころか,まるで死刑執行令が下りた死刑囚の最後の食事のようだ。彼らを月へと運ぶ宇宙船内の大きな騒音と激しい振動がリアルに観客を揺さぶる振幅そのものが,命の尊さを実感させるという点で,これほど「4DX上映」が相応しい作品はないかもしれない。

哀しみに堪える,という課題に完璧な答を返したライアン・ゴズリングの表情は,宇宙ものにも拘わらずクローズ・アップが連続する画面の緊張感を最後まで途切れさせない。対する妻役クレア・フォイの,夫と連帯しつつも,自分たちを置いて娘の元へと去って行ってしまうかも知れない夫に対する複雑な感情を湛えた演技も見事だ。出発前夜,沈黙を守る夫に対して,子供たちとの最後の会話を促し,その様子を静かに見守りながら,自分の想いを抑えて夫を見送る姿こそがハイライトだろう。

地味な内容故か,興行的には完全にコケてしまったようだが,チャゼルに対する信頼感はいや増す結果となった。今やチャゼル=ゴズリングのコンビネーションは,スコセッシ=デ・ニーロに匹敵する,と断言する。
★★★★☆
(★★★★★が最高)


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