子供はかまってくれない

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映画「ストックホルム・ケース」:北欧の風に吹かれて

2020年11月17日 21時37分03秒 | 映画(新作レヴュー)
COVID-19対策に関して、スウェーデンは独自の対策を取った。ジャシンダ・アーダーン首相の強いリーダーシップの下、果断かつ迅速な対応を取って、いち早く感染拡大を収束させたニュージーランドとは対照的に、基本的に強い制限はかけずにゆっくりと国民の間に免疫を獲得していく所謂「集団免疫」と呼ばれる対策だ。その判断が正しかったかどうか、結論が出るのはまだ先になるのだろうが、国民がその対策を支持したことだけは事実のようだ。少なくともマスクの有無で支持政党が判別できてしまうような選挙戦が行われた国とは大分違うことが分かる。そんな国で起こった事件を題材にした映画「ストックホルム・ケース」は、そんな国民気質が犯罪事件にも現れてしまうことを期せずして顕にしてしまったユニークな作品だ。

冒頭からボブ・ディランの「新しい夜明け」が流れる。それも耳に慣れ親しんだバージョンではなく、ホーンが追加されて音がぐっと厚くなった別バージョンだ。これ以降、ドラマの中でラジオから流れてくる音楽が、まるでラジオ・ドラマのナレーションのように登場人物の動きを彩る。勿論主人公のギャングたちがラジオに向かって「ヘイ、Siri,外の警察の動きはどうなっているかな?」と訊いたりはしない。人質を取って銀行に立て篭もるギャングが主人公の犯罪映画にも拘らず、1973年のストックホルムの穏やかな空気の中で、犯人たちと人質と国家(警察)の間で交わされるゆっくりとしたコミュニケーションを観客は共有することになる。

犯人と人質の間の交流により、人質が犯人に対してシンパシーを感じる状況を指して「ストックホルム症候群」と呼ぶようになったきっかけとなった実際の事件を描いているというが,人質となった銀行員のビアンカ(ノオミ・ラパス)が愛する家庭に無事に戻りたい、という希望を超えて、犯人のラース(イーサン・ホーク)に強いシンパシーを感じるようになった決定的なポイントが何だったのかは、判然としない。結果的に犯人vs.警察という単純な対立構図に収斂することはない代わりに、登場人物たちの感情的な強いうねりも生じないまま、物語は淡々と催涙ガスによる解決へと進んでいく。その悠揚迫らぬ歩みを楽しめるかどうかで作品の評価は決まるだろう。
私自身は、BGMにディランが使われたことを抜きにしても、ストックホルムの短い夏の空気を楽しむことは出来た,という印象だった。

ただ思うのは、犯人が憧れたアメリカが今こんな状況に陥っているのを見ても、果たして「これって『ブリット』に使われた車なんだぜ」という能天気な台詞を吐いたかどうか、ということ。明治どころか,70年代も遠くなりにけり。
★★★
(★★★★★が最高)

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