「もののけ姫」完成時あたりから「これが最後と思って作った」という心情の吐露が続いていたので,宮崎駿の引退宣言のニュースを聞いても驚くことはなかった。
長編からは引退,という言葉から,短編制作の可能性を読み取る向きもあるらしいが,仮にそれが実現したとしても「宮崎駿」という巨大なジャンルを深化させるような,果敢な試みに接することはもうないと思うと,やはり寂しい。
最後の長編作品となった「風立ちぬ」が予想を裏切る枯淡の境地に,静かなランディングを見せたことで,最後の作品に相応しいという感想を持つ一方で,「これで良いのか?」という気持ちが湧き上がるのも事実だ。
関東大震災を描くアプローチ,群衆の描写はさすがと言うほかない。今年の防災の日を前に,地震発生直後に皇居に避難してきた人々の姿を撮影した写真が公開されたが,リアリティと想像力の境界で恐怖と混乱を見事に形にして見せた手腕に,宮崎監督が強調する72歳という年齢の影は見られない。
半藤一利氏との対談で明らかになった,堀越は同僚の本庄(西島秀俊)とは仲が良くなかった,という事実を,映画の中では「同志≒親友」として描いた脚本上のアダプトも,目論見以上にプラスに働いているように思えた。堀越を引き立てるカプローニと黒川夫妻の描写も含めて,リアルな物語としての品格も充分に感じられる。
それでも充実したフィルモグラフィーの掉尾を飾る作品がこれなのか,という思いはどうしても拭えない。美しい飛行機が,同時に兵器としての側面を持つというアンビバレントな現実の昇華方法は,観た人には分かるはず,という監督の言葉によって浮力を与えられたまま,風に流されることもなく,私の頭の中で今も漂っている。
庵野秀明の声に対する違和感,新婚初夜の菜穂子の顔が「めぞん一刻」の大家さんに見えて仕方なかったこと,「ひこうき雲」に乗せて映像の断片が流れていく長尺の予告編を観た時の期待を上回るものがなかった失望などと同時に,映像的なヤマ場と言えるようなシークエンスがないにも拘わらず,あっと言う間に2時間以上を見せきってしまう濃密な語り口と絵,特に空に浮かぶさまざまな雲の迫力に圧倒されるという両極の思いを味わうのは,宮崎作品に長年接してきて初めてのことだった。中高年のリピーター発生,というジブリ史上初めての現象を引き受けていく,ということは,残された若手にとってとても高いハードルだろう。だが昨日の記者会見で発せられたのは,彼らなりの「ゼロ戦」を作ってみせろ,という宮崎翁の強く温かいメッセージだったはず。
ポカリと浮かんだままのゼロ戦の行方を想像しつつ,宮崎監督の労を讃えたい。
★★★★
(★★★★★が最高)
長編からは引退,という言葉から,短編制作の可能性を読み取る向きもあるらしいが,仮にそれが実現したとしても「宮崎駿」という巨大なジャンルを深化させるような,果敢な試みに接することはもうないと思うと,やはり寂しい。
最後の長編作品となった「風立ちぬ」が予想を裏切る枯淡の境地に,静かなランディングを見せたことで,最後の作品に相応しいという感想を持つ一方で,「これで良いのか?」という気持ちが湧き上がるのも事実だ。
関東大震災を描くアプローチ,群衆の描写はさすがと言うほかない。今年の防災の日を前に,地震発生直後に皇居に避難してきた人々の姿を撮影した写真が公開されたが,リアリティと想像力の境界で恐怖と混乱を見事に形にして見せた手腕に,宮崎監督が強調する72歳という年齢の影は見られない。
半藤一利氏との対談で明らかになった,堀越は同僚の本庄(西島秀俊)とは仲が良くなかった,という事実を,映画の中では「同志≒親友」として描いた脚本上のアダプトも,目論見以上にプラスに働いているように思えた。堀越を引き立てるカプローニと黒川夫妻の描写も含めて,リアルな物語としての品格も充分に感じられる。
それでも充実したフィルモグラフィーの掉尾を飾る作品がこれなのか,という思いはどうしても拭えない。美しい飛行機が,同時に兵器としての側面を持つというアンビバレントな現実の昇華方法は,観た人には分かるはず,という監督の言葉によって浮力を与えられたまま,風に流されることもなく,私の頭の中で今も漂っている。
庵野秀明の声に対する違和感,新婚初夜の菜穂子の顔が「めぞん一刻」の大家さんに見えて仕方なかったこと,「ひこうき雲」に乗せて映像の断片が流れていく長尺の予告編を観た時の期待を上回るものがなかった失望などと同時に,映像的なヤマ場と言えるようなシークエンスがないにも拘わらず,あっと言う間に2時間以上を見せきってしまう濃密な語り口と絵,特に空に浮かぶさまざまな雲の迫力に圧倒されるという両極の思いを味わうのは,宮崎作品に長年接してきて初めてのことだった。中高年のリピーター発生,というジブリ史上初めての現象を引き受けていく,ということは,残された若手にとってとても高いハードルだろう。だが昨日の記者会見で発せられたのは,彼らなりの「ゼロ戦」を作ってみせろ,という宮崎翁の強く温かいメッセージだったはず。
ポカリと浮かんだままのゼロ戦の行方を想像しつつ,宮崎監督の労を讃えたい。
★★★★
(★★★★★が最高)