子供はかまってくれない

子供はかまってくれないし,わかってくれないので,映画と音楽と本とサッカーに慰めを。

映画「リコリス・ピザ」:若さという慣性で坂道を走り抜けるトラックのように

2022年09月04日 09時53分10秒 | 映画(新作レヴュー)
1970年代のハリウッドを舞台にした若者の恋愛劇,というシンプルなプロットを,あのポール・トーマス=アンダーソン(PTA)が撮ると,ここまで捻れて豊かな物語が現出するものなのか。主人公を演じる二人に新人を充て,トム・ウェイツ,ショーン・ペン,そしてブラッドリー・クーパーというビッグ・ネームを,メイン・プロットから逸れていく横道に配することで,映画ならではの贅沢な空間を生み出す手腕は,まさにPTAならではのもの。ニーナ・シモンから始まり,トッド・ラングレンを挟んでデヴィッド・ボウイへ,という渋い選曲と盟友ジョニー・グリーンウッドが生み出す旋律に彩られた恋物語は,まさにLPレコードを模した「リコリス・ピザ」のようにぐるぐる回り続ける。

PTAのきらめく作品群の中では,ひとりの青年がポルノ映画の制作現場という舞台を入り口に,魑魅魍魎の大人の世界に闖入していく「ブギーナイツ」にフレームは似ているが,そんな一言で括れないのがPTA作品の厄介な魅力だ。主人公の青年(クーパー・ホフマン)は,ルーシーショーの子役という「脇役」に飽き足らず,ピンボールマシーンからウォーターベッドの販売にまで手を染める自信満々の起業家として,年上の女性(アラナ・ハイム)に積極的にアプローチする一方で,時に同級生にふらつく普通の高校生という一面を見せて,一筋縄では行かない青春を立体化する。その点で,下敷きにしたと思しきジョージ・ルーカスの「アメリカン・グラフィティ」には「胸キュン度」では劣るものの,物語の「二枚腰度」で凌駕する独自の世界は,サブ・プロットそのものが「タクシー・ドライバー」だったり,トム・ウェイツがモデルにしたというサム・ペキンパー作品までもを想起させるような,実に危険で妖しい空気を纏って暴走する。

上述したサブ・プロットに登場する個性的な人物にはすべてモデルがいるらしいことに加え,PTAのパートナーであるマーヤ・ルドルフの顔見せや,劇中の台詞で登場するバーブラ・ストライサンドが出演した「スター誕生」のリメイクを生み出したブラッドリー・クーパーを,当時のバーブラの実際の恋人役で出演させたり,ウォーターベッドの件に登場するあやしい老人にレオナルド・ディカプリオの実の父親を起用したり,といったハリウッドならではの遊びを探す作業も含めて,PTAの振れ幅に驚き,楽しむ贅沢な133分。フレッシュ!
★★★★★
(★★★★★が最高)


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