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映画とライフデザイン

大好きな映画の感想、おいしい食べ物、本の話、素敵な街で感じたことなどつれづれなるままに歩きます。

映画「福田村事件」 森達也&井浦新&東出昌大

2023-09-04 21:35:21 | 映画(洋画:2022年以降主演男性)
映画「福田村事件」を映画館で観てきました。


映画「福田村事件」は1923年(大正12年)9月の関東大震災直後に千葉県福田村で起きた事件をもとに森達也監督がメガホンをとった作品である。関東大震災直後に、朝鮮人が暴動を起こすという噂が流れて、惨殺された話はよく聞く。ただ、どこまで真実かな?と思う。いつものように左翼系の連中が流している噂のように感じていた。

しかし、とんでもない事件が震災後に千葉で起きていた。福田村の住人からなる自警団が、旅まわりの薬売りを朝鮮人の集団と勘違いして殺してしまうという悲劇が起きていたのだ。日本人が香川県から行商にでていた日本人を言葉がおかしいから朝鮮人だと決めつけて殺してしまったのだ。ビックリした。この事実から色んなことが言える。朝鮮人を偽りの正義心で惨殺したのはあり得るなと。

福田村で生まれ育った後に、教員になって日本領だった朝鮮に渡っていた澤田智一(井浦新)が妻静子(田中麗奈)を連れて故郷に戻ってきた。同級生の村長(豊岡功補)や昔の仲間も迎えてくれた。教員になって欲しいという村長の希望を断り、農業に従事することになる。福田村では、閉鎖的な村の中で長谷川(水道橋博士)率いる軍人会が仕切っている。シベリア出兵で夫が戦死した未亡人咲江(コムアイ)は出征中船頭の倉蔵(東出昌大)と不倫関係にあったり、その倉蔵に帰国したばかりの妻静子が言い寄ったり男女関係は入り乱れていた。


一方、四国の讃岐から親方(永山瑛太)を中心とする薬売りの行商の一団が関東に向けて出発しており、利根川を越えていったん福田村で商いをした後で野田の町に入っていた。その時、関東大震災が起きる。大惨事が起きたあといったん野田の宿で待機するが、数日経ち一団は利根川を渡って移動しようと、船頭の倉蔵と交渉する。その運賃で揉め事が始まる。


後世に伝えるべき真実をあらわにした。意義があると思う。
福田村事件については、一部証言者はいても、本当の現場でのやりとりはわからない。藪の中だ。ただ、10人もの香川県から来た日本人の薬売りの一団が殺されたのは事実だ。ドキュメンタリーを得意とする森達也監督は殺害現場におけるやりとりを類推して描いた。迫力がある場面である。映画の後半はそれぞれに熱のある演技で特によくできている。

森達也監督は、事件に至るまでの福田村の住人の物語が基本的にフィクションだとインタビューで述べている。であるから、朝鮮から帰郷した主人公も人妻と不倫する船頭架空の人物だ。前半では大正時代の村落の人々たちの性的な欲望を描く。この映画には荒井晴彦が絡んでいるし、若松孝二監督作品にも見られる田舎社会での男女関係が入り乱れた映画の色彩をもつ。ただ、エロ表現の一線は越えない。男性だけど、たくましい肉体で東出昌大エロチズムの匂いをだす。適役だ。


閉鎖的な村で、村の中がドロドロしてという映画は別に日本だけでなく諸外国でも数多く作られている。パターンとして、村の総意に反する行動で村八分になるか、流れ者が虐げられる話だ。どんよりとしたイヤなムードが流れる映画が多い。

日本人の同調性が高いことが最近前に増して言及されるようになった。しかも、SNSでの発信がより影響力を持つようになり、コロナ期のマスク警察の話はもとより小◯方女史や小△田プロデューサーなど異常なほど糾弾される人たちが出ている。恐ろしいくらいだ。

この映画で語られるように朝鮮人が暴動を起こすから注意せよと政府が一時的にも発信したとすると呆れる。この4年前1919年に三一運動という朝鮮人の独立運動朝鮮総督府の鎮圧があったのは事実だけど、その後政治的に朝鮮統治を緩めたことは歴史の教科書でも習う。でも、何をするかわからないと官憲は暴動を起こす可能性があると思っている訳だ。

大正12年で明治維新から55年しか経っていない。文明社会がまだ成熟していなかったのかもしれない。人を斬るということが存在した江戸以前を引きずっている気がして仕方ない。学校教育のおかげで大正時代には文盲はいなくなったとは言え、江戸後期から明治にかけて生まれた年寄はかなりの比率で文盲であろう。村の有力者の言う通りにするしかないのだ。しかも村の有力者にも従わなければならない上がいる。

小学生低学年の時、明治生まれの祖母と一緒に選挙に行ったことがあった。祖母は母が書いた自民党の議員の名前をそのまま書いた。そういうものかと思った。平成の初めに関西で仕事した頃、取引先が奈良のある町の有力者で、一緒にいると自民、社会、当時野党だった公明などからバンバン電話がかかってきて対応していた。もちろん票の取りまとめだ。有力者をおさえると票が読める。町の老人たちは言われる通りに投票するからそうなるのだ。東京生まれの自分は周囲にこんな話がなく驚いた。村八分を恐れる。周囲に逆らわない。これも同調の一種で、日本の市町村ではまったく歴史的に続いてきたことなんだろう。だからこんなことも起こる。

どの俳優もやる気満々でこの映画製作に参加した気概が映像から伝わった。自分には、東出昌大がいちばんよく見えたが、薬売りの親分永山瑛太も迫力があり、逆の立場の水道橋博士や松浦祐也も自分の役割を心得ている名演である。


根本的疑問
事件という真実があって他はフィクションということなので、いかようにも脚本はつくれる。でも、根本的な疑問がある。

⒈お国のためってセリフありうる?
一度は議員にもなった水道橋博士が演じる軍人が、盛んに「お国のために」と言っている。太平洋戦争中であれば、この思想が強いのは理解できるけど、1923年(大正12年)というのは割と無風である。日露戦争終了から18年たっている。シベリア出兵で亡くなった村民の話も出ているけど、末端の民衆たちまで赤紙をだして数多く出兵することがあったのかな。

(後記)幼稚絵NJUさんのご指摘をうけて関原正裕さんの博士論文「関東大震災時の朝鮮人虐殺における国家と地域」を読んだ。地域において在郷軍人を組織した在郷軍人分会があったようだ。映画を観た時に村の人が何で軍服を着ているのか論文を読むまで知らなかった。在郷軍人分会 がこの虐殺に大きく関わっているようだ。1920 年代においては日本軍による三・一独立運動弾圧、間島虐殺、シベリア戦争の三つの植民地戦争の経験が民族問題だけではない社会主義思想への対抗も含めた新たな朝鮮人との敵対関係が作り出され、関東大震災時の朝鮮人虐殺になったとしている。(関原正裕「関東大震災時の朝鮮人虐殺における国家と地域」2021p31)
自分にはシベリア出兵というのはあまり大きな出来事と感じていない感触があったが、実は強く根底に流れていたものがあったのだ。


⒉朝鮮飴の売り子っていたのかなあ?
旧福田村を地図で見ると、野田市駅から約6kmも離れている。確かに江戸時代からの伝統ある醤油産業で古くから野田の町は栄えていた。もし飴売りがいても通行人が多いところで売るだろう。福田村の神社にまでいくとは思えない。あとは、この時代に朝鮮の帽子をかぶって売る売り子って本当にいるのかな?疑問に感じる。いくらフィクションにせよ、こんな飴売りまで本当に殺したとしたら当時の日本人はやっぱり異常なのかもしれない。

(後記)幼稚絵NJUさんのご指摘をうけて関原正裕さんの論文「関東大震災時の朝鮮人虐殺における国家と地域」を読んだ。周囲の状況に不安を感じた飴売りの朝鮮人〇が自ら△警察署に保護を求めて署内にいた。□署での朝鮮人虐殺の状況を聞いた隣村の◎村の自警団は 5日夜に△警察署に殺到し、留置場から〇を引きずり出して虐殺している。(関原2021p37)それをみてショックを受けた。


(後記2)朝鮮飴売る人っていたのかと思い「飴と飴売りの文化史 牛嶋英俊著」を読んだ。もともと唐人の飴売りが江戸時代にいた。唐人とは中国人であるが、朝鮮をはじめ西洋人も含めて唐人と称したらしい。朝鮮風帽子をかぶって飴を売る絵が本に載っている。房総地方にもいたようだ。(牛嶋2009 pp.55-58)朝鮮人飴売りについても記述がある。安価な労働者として渡来した人たちが飴売りに転化した例が多いようだ。(牛嶋2009pp.121-134)千葉の飴売りについても記述がある。ふだんは商人宿に泊まり、不定期に来ていたが、関東大震災のあとは来なくなったと言うから、震災での朝鮮人迫害と関係するかもしれない。(牛嶋2009p125)


⒊女性新聞記者
女性新聞記者はこの頃も確かにいたと思うが、地方紙にいたかどうかは正直疑問だ。女性記者がピエール瀧にいう主張はもっともな話だけど、そもそもこんなに上司にタテ突くことはあり得るのかなあ?

(後記)「女のくせに 草分けの女性新聞記者たち 江刺昭子著」という本をピックアップした。一時代前はまさに男の世界だった新聞界で明治30年代から新聞記者はいたようだ。ただ、ほとんど婦人面、家庭面の寄稿である。でも、この本を読むと、かの有名な足尾鉱毒事件毎日新聞で記者として記事を書いた松本英子という記者がいた。 (江刺 1997 pp.110-117)すごい女性記者っていたんだね。ただ、出てくる記者たちはいずれも東京の大新聞社で地方新聞の記者は少ない。晩年議員として有名だった市川房枝女史は「名古屋新聞」の記者だった。(江刺 1997 pp.274-278)

⒋亀戸事件
映画には社会主義者平澤計七が登場する。亀戸事件と言われる関東大震災後の社会主義者者惨殺事件が取り上げられる。アカ嫌いの自分から見てもまあひどい話である。というか、この時代の日本や政府上層部はまだ江戸時代を引きずっている感じがする。

ただ、平澤が言う「資本主義は社会主義にとって代わる」と死ぬ前に言うセリフには違和感がある。学生運動の時代に妙な理想を持ちながら、◯マル派や△核派などの一派同士の闘争で死んだ人たちとかわらない気もした。それに社会(共産)主義国はどれもこれも独裁者支配になって、スターリンをはじめとしてとんでもない粛清をしていた上で国家崩壊しているからだ。


⒌映画評論家への逆襲
「映画評論家への逆襲(記事)」と言う荒井晴彦が中心になって書かれた本がある。これはおもしろかったので、ブログ記事にもアップした。その時に、森達也監督も参加している。プロデューサー兼脚本の井上淳一も参加している。読んでいて、井上の発言に違和感を持った。この人はひと時代前の「二分法」に行動を強いられている人と感じた。そういう知的でない人が関わっているので心配した。

森達也はその本でも偏向性のない発言であった。この映画にあたってののインタビューの発言もまともだ。森達也が主軸になっているこの映画は時折違和感を感じる場面はあっても事実を伝えるという意味で存在感がある。

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映画「ホーンテッドマンション」 

2023-09-03 10:49:31 | 映画(洋画:2022年以降主演男性)
映画「ホーンテッドマンション」を映画館で観てきました。


映画「ホーンテッドマンション」ディズニーランドでおなじみのアトラクションを実写化したディズニー映画である。ここしばらくはディズニーランドに行っていない。コロナ期の混乱はあったとは言え、チャンスに恵まれない。それでも行った時には「ホーンテッドマンション」に立ち寄ることも多い。でも、アトラクションの内容をかなり忘れている。

ジャスティン・シミエン監督ディズニーランドの元キャストで「ホーンテッドマンション」は休憩時間にかなり乗ったという。もしかして、2時間分アトラクションの気分が楽しめるのかもしれない。ゾンビ系に近いホラー映画に行くことはまずない。大量に出てくるというゴーストといっても「ゴーストバスターズ」みたいなものだろう。怖くない。そんな軽い気持ちで観る。

舞台はニューオリンズだ。医師でシングルマザーのギャビー(ロザリオ・ドーソン)が破格の条件で風格のあるお屋敷を手に入れた。 ところが、息子のトラヴィスがお屋敷に入るとゴーストたちが乱舞する怪奇現象に何度も遭遇する。二人は屋敷の呪いをとくためかなりクセが強い4人の心霊エキスパートに声をかける。宇宙物理学者上がりのゴースト専門家(ラキース・スタンフィールド)、歴史学者(ダニー・デヴィート)、霊媒師(ティファニー・ハディッシュ)、神父(オーウェン・ウィルソン)が集結する。


まあ、時間つぶしにはなったくらいの感触だ。
さすが、ディズニーといった感じでお金はかなりかかっていそうだ。これだけのセットはさすが米国資本という感じで、アトラクションのように縦横無尽に動くお屋敷の美術、ゴーストのVFXなどはすごい。「ホーンテッドマンション」を熟知しているジャスティン・シミエン監督ならではと感じる場面もある。でも、東京ディズニーで初めて「ホーンテッドマンション」に入った時の感激はない。これは経済学の「限界効用逓減の法則」みたいなもので仕方ないけど、リピーターは別なんだろうなあ。

出演者でインパクトが強いのは霊媒師のティファニー・ハディッシュだ。胡散臭くクセの強いパフォーマンスで家主たちを引っ張る。最近「カードカウンター」でギャンブルブローカーを演じてオスカーアイザックの相手役だ。かなり動的に変貌する。


あとはダニーデヴィートだ。歴史学者でお屋敷建築当時のエピソードを語るが、いつも通りのせわしないパフォーマンスは変わらない。最近「アウシュヴィッツの生還者」でボクシングのトレーナー役で出て、久々だなあと思ったらここで再会できてうれしい。「バットマンリターンズ」異形でインパクトが強いペンギン役が目に焼き付く。


心霊エキスパートを引き連れてのお屋敷での立ち回りはストーリー的に訳がわからなくなるが、仕方ないだろう。物語の構造的には宮崎駿「君たちはどう生きるか」と同じで、異様なお屋敷に入って、幻のような数多くの外敵と出会いなんとかしのいで無事に対決を終える話だ。ただ、悪いゴーストと良いゴーストがいて、良いゴーストと共存共栄という感じで締めくくるのは「ホーンテッドマンション」アトラクションを維持していくために必要なオチかもしれない。
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映画「春に散る」 佐藤浩市&横浜流星

2023-08-27 15:13:04 | 映画(洋画:2022年以降主演男性)
映画「春に散る」を映画館で観てきました。


映画「春に散る」は沢木耕太郎の原作を瀬々敬久監督が映画化したボクシングモノである。主役のボクサーに横浜流星で、トレーナー役が佐藤浩市だ。沢木耕太郎の本は割と好きな方で、ノンフィクションだけでなくある意味ギャンブル小説といえる「波の音が消えるまで」がおもしろかった。瀬々敬久監督が演出するとなると一定以上のレベルは期待できるので早速映画館に向かう。男臭い映画なのになぜか中年以降のおばさんが妙に多いのには驚いた。

元プロボクサーだった広岡(佐藤浩市)がアメリカから久しぶりに帰国して居酒屋で飲んでいる時に酔客に絡まれる。その時にたまたまいたボクサーの黒木(横浜流星)と出会う。そして、黒木のパンチをかわした広岡に弟子入りを志願する。そして、広岡と同じボクシングジムにいた佐瀬(片岡鶴太郎)とともに黒木を鍛えていく。


これはおもしろかった。迫力のあるボクシング映画である。
映画とボクシングの相性はいい。昨年キネマ旬報ベストテンで1位となった「ケイコ目を澄ませて」三浦友和の好演はあれど、自分にはよく見えなかった。あの貧弱なパンチでは相手を倒せないだろうというのがその理由だけど、「百円の恋」安藤さくらのようにボクシングファイトがリアルに迫らないと物足りない。そういった点では、横浜流星はもとよりライバルとなる窪田正孝もボクサーの役づくりに没頭して実に良かった。

沢木耕太郎の原作は未読だけど、典型的なボクシング映画のストーリーだ。落ちぶれた主人公に過去のあるトレーナーが付いて成長させていく。そこにライバルが登場して競い合うというのは、演歌の節回しのようにどれもこれも似たようなものだ。でも、大事なのはボクシングのファイト場面である。横浜流星はプロボクシングのC級ライセンスを取得したという。そこまでやらないと迫力がでない。礼儀知らずでクールなボクサーを演じた窪田正孝も今回はうまかった。


今回それに加えて良かったのが加藤航平のカメラワークだ。映画の大画面を意識した映像コンテがよくできている。これは当然瀬々敬久監督のセンスの良さもあるわけだが、何気なく映し出されるバックの風景もいい選択だった。ただ、最近の日本映画に多い傾向だけど、シングルマザーや食べ物にありつけない子どもを登場させたりする妙に格差社会を意識させる場面をつくってしまうのは余計な感じがした。

クリントイーストウッドの「ミリオンダラーベイビー」でいえば、トレーナーのイーストウッドに対応する佐藤浩市に加えて、モーガンフリーマンのようなサブのトレイナーとして片岡鶴太郎を登場させるのもそれぞれにバックストーリーを用意してストーリーに幅を持たせる。ボクサーへの短いアドバイスのセリフもいい。あしたのジョーの白木葉子のように山口智子をボクシングジムの会長として登場させるのも悪くない。あしたのジョーのようなクロスカウンターも含めて色んなボクシングモノの引用が感じられる気がするけど、いいんじゃないかな。


エンディングは説明少なく最小限にまとめる。これもうまいと感じた。
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映画「高野豆腐店の春」藤竜也&麻生久美子

2023-08-20 18:06:39 | 映画(洋画:2022年以降主演男性)
映画「高野豆腐店の春」を映画館で観てきました。


映画「高野豆腐店の春」は尾道を舞台にした豆腐店のがんこ親父と娘の物語である。三原光尋監督脚本で藤竜也が主演を演じる。気がつくと、藤竜也も80を超える。ついつい年上の愛妻芦川いずみが気になってしまう。大林宣彦監督作品などで映画の聖地のようになった尾道が舞台になっているので親しみがある。4年ほど前に尾道の街の中を家族で歩いてまわった。「クライムズ・オブ・ザ・フューチャー」エグい映像を見た後に、やさしそうな日本映画で心を静めたいという気持ちで選択する。

尾道高野(たかの)豆腐店を営む高野辰雄(藤竜也)は、娘の春(麻生久美子)とともに早朝から豆腐づくりに励む。辰雄は身体に異変を感じて病院に行くと、血管に異常がありカテーテル手術を勧められる。すると、独身の娘の行く末が気になり、商店仲間たちにお見合いの段取りを依頼して、まずは見合い相手と辰雄が面談する。そんな辰雄もひょんなことで病院で知り合った中野ふみえ(中村久美)と親しくなるが、ふみえは重病をかかえていた。


流れるムードはやさしい。
納入先のスーパーから東京進出を勧められても、強硬に断る藤竜也のがんこ親父ぶりが映画の基調である。そこに娘の縁談と父親の老いらくの恋を重ねてストーリーを展開する。加えて、山田洋次監督の作品のように、主人公の仲間である近所の商店主たちを登場させて下町の人情劇のような肌合いを持たせる。対岸の島を見渡す美しい尾道の海が至るところに映し出されるのはいい。レトロな商店街の肌合いもよく、それをバックに藤竜也と麻生久美子と中村久美を映す映像はいい感じだ。

豆腐づくりの映像が随所にあらわれるのもいい。早朝から豆腐づくりに励む藤竜也と麻生久美子が豆乳を一緒に飲むシーンに父娘のふれあいを感じる。とは言うものの、地方都市の下町でものすごく大きな事件は起きない。ありふれた人情劇の域を飛び出すことはない。むりやり長めにしているなと思わせるエピソードも多い。時間的にはもう少し短くできた感じもある。それでも、穏やかな作品を見れた実感はあった。


自分は1981年にパリのシャンゼリゼ通りの映画館で「愛のコリーダ」の無修正版を観ている。当然、藤竜也のアソコも観ている。すごく衝撃的だった。今から8年前北野武監督の「龍三と七人の子分たち」で主役張ったときはむちゃくちゃおもしろかった。今回は、妙にがんこすぎる職人肌の役柄だけど、生き方に不器用な部分がキャラにあっている。旧日活の残党は吉永小百合などの女性軍が健在だけど、頑張ってほしい。芦川いずみはどうしているんだろう?


麻生久美子がいい。父親を支える振る舞いで感じさせる全体的ムードがやさしい。個人的には「俳優亀岡拓次」で演じた場末の小料理屋の女将役が良かった。藤竜也の前妻の連れ子で出戻りという設定だ。その血がつながっていない父を豆腐づくりでバックアップする。結局お見合いした父親やその仲間が薦めるイタリアンの経営者とは付き合わず、父親が嫌がる町のスーパーの店長とつきあう。この組み合わせの意外性と父親の反発がこの映画のミソだ。


藤竜也が病院の診察を受けている時に、落とし物を拾ったのがきっかけで知り合ったのが中村久美だ。やさしいムードをもった老人女性を演じる。お互いに独身だし、不倫というわけでない。いかにも尾道らしい島が見える風景の中で藤竜也と並んで歩きながら撮るドリーショットはいい感じだ。それにしても、最近はずいぶんと年寄役ばかりになった。考えてみるとまだ60になったばかりで藤竜也とは20も違う。若き日は形のいい美乳を我々に見せてくれたが、そのギャップに驚く。
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映画「クライムズ オブ ザ フューチャー」 デイヴィッドクローネンバーグ& ヴィゴモーンテンセン

2023-08-19 08:39:23 | 映画(洋画:2022年以降主演男性)
映画「クライムズ オブ ザ フューチャー」を映画館で観てきました。


映画「クライムズ オブ ザ フューチャー」は奇才デイヴィッドクローネンバーグ監督が2022年のカンヌ映画祭に出品した近未来を描いた作品である。近未来モノは正直苦手なジャンルだけど、自分のベストラインナップにも入る「ヒストリーオブバイオレンス」ヴィゴモーンテンセンとデイヴィッドクローネンバーグ監督とコンビを組むとなると話は違う。しかも、ヴィゴの相手役が現代フランス映画の人気女優レアセドゥである。他にも「トワイライト」クリステンステュワートも出演してキャストはかなり豪華だ。予告編にはちょっとエグいイメージを持つが映画館に早速向かう。

映画がはじまり、いきなり母親が息子を殺すシーンがでてくる。父親も号泣するが、普通に遺体を処理する。これっていったいどういう意味だろうと思いながら映像を追う。すると、主役のヴィゴモーンテンセンとレアセドゥがでてきて、手術と思しきシーンで体内の臓器を持ち出す。ロボットのような機械装置が無機質に身体にナイフを入れて行う。内臓を見るとグロテスクだと思うけど、あまりにも飛んでいる世界なので意味がよくわからない。

理解不能なシーンが続くので、作品情報をそのまま引用する。

そう遠くない未来。人工的な環境に適応するため進化し続けた人類は、その結果として生物学的構造が変容し、痛みの感覚が消え去った。

体内で新たな臓器が生み出される加速進化症候群という病気を抱えたアーティストのソール(ヴィゴモーンテンセン)は、パートナーのカプリース(レアセドゥ)とともに、臓器にタトゥーを施して摘出するというショーを披露し、大きな注目と人気を集めていた。しかし、人類の誤った進化と暴走を監視する政府は、臓器登録所を設立し、ソールは政府から強い関心を持たれる存在となっていた。そんな彼のもとに、生前プラスチックを食べていたという遺体が持ち込まれる。(作品情報 引用)



エグい映像も多いけど近未来はこうなのか?という想像をかき立てる作品だ。映像のレベルが高い。
いきなり子どもを殺す場面はあるけれど、近未来に戦争が起きたり殺しあったりするストーリーではない。その方がいい。ロボットのような手術装置がたやすく解剖をしてしまう。自動車が自動運転する世界が間近となってきたのと同様に、手術装置が実現するのもそんなに遠い世界ではないだろう。医者がチェックリストをもとに手術してもミスがあるのに、AIの頭脳で精巧な機械が手術した方が確実な印象をうける。

臓器にタトゥなんてありえるけど、すごい発想だ。ショーでは手際よい手術装置とともに視覚的にエグい臓器も何度も映る。内臓の美的コンテストをやろうとする話がある。現代では考えられない。デイヴィッドクローネンバーグが想像する近未来は割とどぎつい。あらゆる内臓を人工的にしてしまうと人間が人間でなくなるなんてセリフも映画にある。人間の知能をAIが凌駕するシンギュラリティが実現する頃に人間の血流の中にカプセル(ナノロボット)を入れ込むことがレイカーツワイルの本には書いてある。レイカーツワイルの予言はこれまで次々と実現している。今、着々と科学の世界で進められているプロジェクトがこの映画の題材に組み込まれている気もする。


デイヴィッドクローネンバーグには近未来の出来事を予測する超能力者を描いた「デッドゾーン」という名作がある。薄気味悪いけど好きな作品である。クリストファーウォーケンの怪演が光る。ヴィゴモーンテンセンと組んだ「ヒストリーオブバイオレンス」は、日本で言えば高倉健が何度も演じているような話だ。もともとマフィアだった男が堅気になってひっそり生活していたが、暴漢を退治したことが記事になり旧知のマフィアがお礼参りに来るなんてストーリーは高倉健の十八番そのものだけど、おもしろい。そんな映画もあるけど、いつも大胆な発想で驚かせる。


それにしても、デイヴィッドクローネンバーグは80にして想像力豊かな監督である。これを1980年代に作れと言われても、そこまでのVFXなどの映像技術はない。ずいぶんと前からこの映画の構想を持っていたというが、こんな感じで自分が頭に描いたことを実際に映像にしてしまうところがすごい。ただ、異様な雰囲気は漂う。カンヌ映画祭では途中退出者も多かったらしい。映画を見る人は覚悟して映像を見た方が良い。


今回、ヴィゴモーンテンセンの存在自体は未来人だけど、人格的にはそんなに個性豊かな役柄ではなかった。ここでレアセドゥとクリステンステュワートの2人の美人女優をキーパーソンに持ってくるところが、配役の妙だ。レアセドゥもしっかり脱いで美しい裸体を見せてくれるし、クリステンステュワートの情感こもったキスシーンもさすがという感もある。エゲツないシーンだけで構成されているわけではなかった。
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映画「アウシュヴィッツの生還者」 ベンフォスター& バリーレヴィンソン

2023-08-14 17:54:26 | 映画(洋画:2022年以降主演男性)
映画「アウシュヴィッツからの生還者」を映画館で観てきました。


映画「アウシュヴィッツの生還者」は第二次世界大戦の最中、ナチスのアウシュヴィッツ収容所にいたユダヤ人男性が収容所でのむごい話を振り返り、戦後アメリカでボクサーとなった後の人生までをたどる物語である。最近多いナチス統治時代を描いた映画はめったに観ないけど、先日「ナチスに仕掛けたチェスゲームは観た。イマイチだった。今回はスルーの気分だったけど、監督がアカデミー賞作品「レインマン」バリーレヴィンソンだと気づくと同時にボクシング界では伝説的存在である無敗のチャンピオンロッキーマルシアノと対戦する場面があると確認して考えを変え映画館に向かう。

1949年、ナチスの強制収容所から生還したハリーハフト(ベンフォスター)は、アメリカに渡りボクサーになる一方で、生き別れになった恋人レアを探していた。自分の生存を伝える意味もあって、アウシュヴィッツ収容所帰りのハフトを記事にしようとしていたアンダーソン記者(ピーター・サースガード)の取材に応じた。


ナチスの軍人が仕切る賭けボクシングで、ユダヤ人捕虜と生き残りの試合をしていた過去があった事実を記者に告白する。記事となり世間の話題になっても期待していたレアからの反応はなかった。ハリーはレアを探すことで知り合った公務員のミリアム(ヴィッキークリーブス)と結婚する。しかし、トラウマで悪夢に襲われることが多くなる。

重い作品だけど完成度は高い。見応えがある。
ダスティンホフマンの「レインマン」、ロバートレッドフォードの「ナチュラル」など歴史的傑作を生んできただけあって、80歳を超えてもバリーレヴィンソン監督の伝記物での手腕を感じさせる。正直忘れていた存在だったけど、題材に恵まれ力量を発揮した。戦時中のモノクロ映像と戦後のカラー映像とを巧みに使い分け、時代背景も的確で構成力にも優れる作品だ。

収容所生活を描くモノクロ映像は悲惨である。
28キロ減量したというベンフォスターガリガリの身体だ。悲惨なアウシュヴィッツの収容所生活を表現するために体当たりで取り組む。これまでボクシング映画で思いっきり減量した俳優はいたけど、ベンフォスターのいかにも中年太り姿とのギャップに凄さがわかる。ベンフォスターの役づくりには感動する。しかも、多難な事象に接した時の心の揺れを表情で示す演技も味がある。


たまたま、ドイツ兵に反抗したユダヤ人捕虜ハフトが、あるドイツ軍将校に別室に連れて行かれる。そこで、ユダヤ人捕虜同士が立てなくなるまで闘う賭けボクシングの話を聞く。結局命令されてリングに上がることになる。負けた方は銃殺だ。まさにサバイバルゲームである。ハフトも最初はユダヤ人同胞を倒すことに躊躇する。でも、そんなことは言ってられない。必死に生き延びようとするエピソードをいくつも映し出す。卑劣である。

クエンティンタランチーノ「ジャンゴ」レオナルドデカプリオ演じる領主が奴隷同士を殺し合いと思しき真剣勝負で闘わせるシーンがあった。それを思い出した。その時も凄えむごいシーンだと思ったけど、視線は奴隷からではない。ここではやっている張本人から見てどう感じるかを捉える。欧米では権力者がずっとこんなことさせて遊んできたのかと思うとつらい。


1949年と1963年のハウトをカラーで映し出す
この映画の根底に流れるのは、収容所に入る前に生き別れになった恋人レアとの純愛だ。サバイバルゲームに耐え、ようやく一般社会に戻れてアメリカに移住しても連絡がつかない。最後に収容所にいたのは確認できている。でも、その後はわからない。彼女探しでお世話になったミリアムに接近する。


ボクサーになっていたハフトが自分が生きていることをレアに示すために、当時チャンピオンになる道を歩んでいる連戦連勝のロッキーマルシアノへの挑戦をジムで宣言する。でも、直近で負け続きのハフトとはやるはずがない。そこで、以前からアウシュヴィッツ収容所での様子を取材したいという記者の取材を受けて、生き残るための賭けボクシングについて語る。そうすれば、記事を見てレアから反応があると思ったのだ。でも連絡がなかった。ただ、世間の話題になった後でロッキーマルシアノとの対戦が成立することになった。

ボクシングの歴史を知っている人からすれば、無敗の世界チャンピオンだったロッキーマルシアノはあまりにも飛び抜けた存在だ。もちろん勝てるわけもない。話題になればきっとレアに会えるという思いだけなのだ。何気にロッキーマルシアノの戦歴を見ると、確かにハリーハフトと戦っている記録がある。その後、マルシアノは世界チャンピオンとなり、無敗のまま引退するのだ。


この映画の題材は盛りだくさんだ。エピソードが多い。
アウシュヴィッツ収容所での残虐なエピソードに加えて、ロッキーマルシアノとの対決に備えてのトレーニングに励む姿や試合の模様、もともとの純愛の行方など波乱の人生をハリーハフトがいかに送ったかを映像で追う。久々登場の怪優ダニーデヴィートの存在も効果的で、妻になったヴィッキークリーブスの優しさあふれる姿にも心ひかれる。


話のネタに欠くことがなく実に見応えがある映画になっている。
直近でいちばんのおすすめだ。
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Netflix映画「警視庁捜査一課 ルーシー・ブラックマン事件」

2023-08-06 08:23:09 | 映画(洋画:2022年以降主演男性)
Netflixドキュメンタリー映画「警視庁捜査一課 ルーシー・ブラックマン事件」は2000年に起こった英国人ルーシーブラックマンさん行方不明の全容を当時のニュース映像で振り返りながら、元警視庁捜査一課の腕利き刑事たちが犯人に迫る捜査活動をインタビュー形式で追っていく映像である。TVのワイドショーでは連日六本木の高級クラブで働いていた元客室乗務員のホステスが行方不明になったことを連日伝えていたのは記憶に新しい。


この事件の犯人とされるOは、他の事件で無期懲役となっているが結果的にこのルーシーブラックマン事件では無罪となっている。この映画では多数の警察OBおよびOGがインタビューに答えている。裁判の結果に不満を持ち、稀代の性犯罪者だったOが卑劣な行為をしたことを改めて訴えるために出演に応じている印象を持った。この警察関係者の捜査活動については改めて敬意を表したい。今でも遺体の見つかった場所にお参りに行っているらしい。


よくできたドキュメンタリーでNetflix会員は必見であろう。
金持ちには自己顕示欲の強い自慢話が好きな連中がいる一方で、ネットへの露出がないように周到に自分の存在を目立たなくする人もいる。どんな検索ワードを使ってもほとんど出てこない。でもリッチ。こういう人って意外に多い気がする。Oはその手の類だ。三浦半島にある自分の別宅で繰り広げた行為は凄まじかったのではないかということが、捜査員の証言でよくわかる。

でも、この映画ってNetflixだからできたのであって、日本では作れなかったのではないだろうか?例えば、ある意味天皇を冒涜した部分も感じられる「太陽」などもそうだろう。「ラストサムライ」でも明治天皇を気の弱い若者として描いている。水俣病患者を描いたジョニーデップ主演「ミナマタ」でも、チッソ社との軋轢が描かれる。チッソの当時の社長は雅子皇后の実の祖父である。

こういったことと同じような雰囲気を感じる。外国製作ということでか警察OBも思いっきり本当のことを話している感じだ。日本でつくっていたら色んな方面から映画製作者に圧力がかかって潰されたかもしれない。ただ、この犯人の信じられないような残虐さをともかく訴えたい一心だったかもしれない。


(余計な話だけど)
Oは自分の学校の先輩にあたる。それなので、この事件に関する週刊誌を読んだし、本も読んだ。すごいことする奴だなあと思っていた。ところが、ある時今も飲み付き合いのある先輩Tからすごい話を聞いた。その先輩Tは最近話題の猿之助と同じ学校ルートを歩んだ人だ。たまたま同じクラスにTと同じ高校の奴がいて麻雀をきっかけにTと親しくなった。酒も飲むようになった。九段にあるTの高校の側に名門女子校があり、Tの学校とは親しい間柄でそのお嬢さん学校出身の美女たちとも知り合う機会ができた。

もともと家柄もよく清楚なかわいい子が多い学校だが、一緒に飲みに行く中に2歳年上で長身の凄え美人の先輩がいた。雰囲気は萬田久子をもっときれいにした感じだ。話をするとざっくばらんでいい人なんだけど、どう見ても自分にはムリ目で遠い存在な方だった。その人にはポルシェに乗る田園調布に住む彼氏がいるといううわさだった。Tも田園調布居住だったけど、どうもレベルが違うらしい。

ある時、六本木のジャズバーに行った時にその美女が彼と一緒にいるのを偶然見つけた。値の高いボトルで飲んでいた。その後出ていくので、好奇心でお見送りに外へ出たら、ポルシェが来て去っていった。自分とは異次元の世界だと思っていた。


事件が判明してしばらくたってTはその件を思い出すが如く、あの時の男ってOだよという話がでて驚いた。確かに田園調布に住むポルシェに乗る男とプロフィールは一致する。ルーシーブラックマンさんは175cmの長身だったという。そういう長身系美女をはべらせて、自分の住処に連れだし、いいように扱ったのだろうか?自分の先輩はあの時どうだったんだろうか?警察関係者の証言にあるようなことはなかったのか?そんなことを考えていた。
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映画「コンサート・フォー・ジョージ」エリック・クラプトン&ポールマッカートニー 

2023-07-31 21:28:28 | 映画(洋画:2022年以降主演男性)
映画「コンサートフォージョージ」を映画館で観てきました。


映画「コンサート・フォー・ジョージ」は2002年11月ジョージハリスンの追悼コンサートの映像を映画化したものである。21年の歳月を経て、日本で一般公開された。盟友エリッククラプトンが協賛するミュージシャンを集めてロンドンのロイヤルアルバートホールで開催された。ポールマッカートニーとリンゴスターのビートルズメンバーに加えて、後期の準メンバーといえるビリープレストンやジョージが傾倒したインド音楽のラヴィシャンカール父娘も参加している。

感動しました。
すごすぎる映像だらけである。
恥ずかしながら、こんなすごいコンサートが開かれていたことを知らなかった。1971年バングラディシュ救済のためのコンサートをジョージハリスンが主宰してマジソンスクエアガーデンで開催された時、輸入盤のLPをすり切れるくらい聴いたものだ。ジョージを除いたメンバーは似たようなメンバーだけど、今回はエリッククラプトンが仕切る。音はかなり洗練されている。

⒈ビートルズ中期のジョージ
まずはビートルズ時代の曲からスタート。
ラバーソウルの「恋をするなら If I Needed Someone」はビートルズが1966年に来日して東京公演した時のセットリストの一曲である。TV放映した時、長い長い前座があってからスタートしたわけだが、小学校低学年の自分はビートルズが登場する時には寝てしまった。父がオープンリールのテープレコーダーに録音して何度も何度も聴いていた。自分には良さがまったくわからなかった。

それから3年ほどたって本格的に聴くようになって、テープレコーダーをもう一度聴き直した時、「恋をするなら」が耳に焼きついた。今回はエリッククラプトンが歌う。


⒉タックスマン
自分が普通の人と違うビートルズへの目覚め方をした曲である。小学校の同級生でお兄さんがいるビートルズを聴いている奴がいた。彼が住む社宅に行ったら「タックスマン」を勧めてくれた。当時よくあった4曲入りのEPだ。リズミカルなテンポで、父が聴いているテープの曲よりもよく感じた。ウルトラシリーズがリアルに全盛な時で「バットマン」と同じような感覚で「タックスマン」ってキャラクターだと本気で思っていた。

家で親にねだったら、「タックスマンって税務署員だぞ。とんでもない。」と父に言われた。この衝撃は57年たった今でも忘れられない。自営業の経営者だった父にとっては税務署は敵だ。税務調査でいつも絞られていたのだ。でも、買った後一番聴いたのは父かもしれない。


⒊リンゴスター
バングラデシュ救済のコンサートにも参加している。全米ヒットチャートNo.1の「想い出のフォトグラフ」はまだ発売されていないので、「明日への願い」を歌っていた。ビルボードではトップにはならなかったが、キャッシュボックスでトップになった。もう一曲は「ハニードント」だ。だいたいLPに一曲くらいリンゴスターがリードボーカルの曲がある。

カールパーキンスの正統派ロックンロールである。ジョージハリスンのギターが印象的な曲だ。いかにもリンゴスターらしいスッとボケたボーカルだ。この後、リンゴスターは数々の名曲に合わせて後ろの席でドラムを叩きつづけるのが印象的だ。


⒋ヒア・カムズ・ザ・サン
「アビーロード」に入っているアコースティックギターの名曲だ。ジョーブラウンがギター片手にさわやかに歌う。実はジョーブラウンのことはあまり知らない。もともとビートルズより先のデビューでヒット曲を出していた。ジョージハリスンがジョーブラウンの歌をコピーしていたようだ。最後にウクレレ片手に「夢で逢えたら」を歌う。


⒌ラヴィ・シャンカール
映画が始まってすぐ凄いインド美人が出てくる。いったい誰なんだろうと思っていたら、ラヴィシャンカールとくっついてインタビューを受ける。こんな若い美人と一緒になるなんて凄いなと思ったけど、娘のアヌーシュカ・シャンカールだということがわかる。高齢になったラヴィ・シャンカールは今回は演奏せずに娘に任せる。いかにもインドの音楽にエリッククラプトンがギターの音色を合わせるのが素敵だ。


艶福家のラヴィシャンカールはこの美女の前に歌手ノラジョーンズをこの世に送り込んでいる。異母姉妹の共演をやっていること自体で凄いと感じる。

⒍ポールマッカートニー
コンサートの中では一番の格上だ。登場した時の拍手も大きい。得意の左ききスタイルでアコースティックギターを持って「フォーユーブルー」を歌うが、いかにもジャムセッション的な曲である。その後でウクレレを持ってジョージハリスンの代表曲「サムシング」を歌う。これはすばらしい!

ジョージハリスンウクレレが好きだったという。それを意識してか左利き持ちのウクレレでサムシングをじんわりと歌う。途中からエリッククラプトンにヴォーカルを交代するが、実に味がある。映画の大画面に映るポールとエリックを見て、こんなすばらしい組み合わせってあるかしら?と思う。これには感動して涙がでてきた。このコンサートのヤマであろう。

「サムシング」の原曲でポールマッカートニーが弾くベースのメロディラインは歴史的名演で、本当はウクレレからテンポが変わるときに左利きベースで弾いてほしかった。

「ホワイルマイギタージェントリーウイープス」ではホワイトアルバムと同様にピアノのイントロをポールマッカートニーが弾く。裏でリンゴスターはドラムスを叩くし、リードギターはエリッククラプトンだ。まったくの再現である。

⒎ビリープレストン
「レットイットビー」や「アビーロード」の頃は実質5人目のメンバー的活躍をしている。ゲットバックのエレクトリックピアノのソロがいちばん際立つ。ジョージハリスンがLP「オールシングスマストパス」から「マイスウィートロード」をシングルカットしたけど、最初にシングルを出したのはビリープレストンである。

いかにもアフリカ系の声で清々しく歌う。いい感じだ。個人的にはヒットしたインストメンタルの曲「アウタスペース」がすばらしいと感じる。ロックとソウルとジャズの混合に大きく貢献した曲だ。でも、コンサートの4年後若くして亡くなってしまう。残念である。


⒏エリッククラプトン
リーダーとしてコンサートを仕切る。20年以上前のコンサートとはいえ、改めてエリッククラプトンの凄さを再認識した。今回逆に感心したのはリードギターでオリジナルから逸脱したアドリブを演奏していないこと。エリッククラプトンも長髪のバングラディシュの頃はジョージハリスンのヴォーカルの後ろでギターに専心している。ジョージもギターを合わせるけどアドリブが若干ちぐはぐ。今回の方が泣きが入っているね熟練の味だ。すばらしい!!


エリッククラプトンはほとんど登場しているけど、地味な曲でもバングラデシュでもやった3枚組ファーストアルバムに入っている何故か自分が好きな「ビウェア・オブ・ダークネス」が良かった。


それにしてもジョージハリスンのセガレは父親に容姿も声もそっくりだよね。コンサートでやったのに何で「ギブミーラブ」入っていないんだろう。それだけ不思議??
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映画「ミッションインポッシブル デッドレコニング part1」トム・クルーズ

2023-07-22 19:06:57 | 映画(洋画:2022年以降主演男性)
映画「ミッションインポッシブル デッドレコニング」を映画館で観てきました。


映画「ミッションインポッシブル デッドレコニング part one」は言わずとしれたトムクルーズの新作である。監督はシリーズ3作目のクリストファー・マッカリーだ。映画館で予告編を何度も観ていたので、アクションシーンの予想はできていた。映画の醍醐味を味わいに早速映画館に向かう。最初に潜水艦がAI操作で自爆してしまうシーンからスタートした後に、我々にはTV「スパイ大作戦」時代からおなじみのテーマソングが流れる。正直なところ「トップガン」のスタートでケニーロギンスの声を聞いた時の方が衝撃が強かったが、ここでも背筋がゾクっとしてしまう。

頭の整理がつかず、いつものようにストーリーの要旨が書けない。単純ではない。重要な鍵2本を見つけるのに、諜報部員やCIA、アメリカとか色んな利害関係が絡むというのはうっすらわかるけど、よくわからない。「トップガン」の方がはるかに理解しやすい。つい先ごろのインディジョーンズの時も世界中をかけめくって海外旅行がなかなかできない自分の視覚を楽しませてくれた。ここでも砂漠のアブダビ、ローマ、ベニス、アルプスの山間部で凄いアクションを連発する。

話のディテイルがわからなくても十分堪能できた。
3時間近い長時間の作品だけどあきない日本の長時間映画だと、不必要な長回しで妙に時間稼ぎしている感じがするのに対して、適切なカット割で数多くのアクションを見せる。しかも、盛りだくさんだ。いくつかの映画のオマージュを感じさせるが、これだけ予算がないと日本映画では無理だ。イーサンハントことトムクルーズのやることが何もかもうまくいくわけでない。ドジを踏むこともある。「トップガン」同様完璧なキャラクターでないのもいい。おなじみ手を大きく振る「トムクルーズ走り」も3回ほど見せてくれてうれしい。


ローマの街を走るカーチェイスってすごすぎる。
インディジョーンズのモロッコのカーチェイスも十分楽しめたけど、ローマって世界中から観光で集まるところだよね。しかも、セットには見えない。コロシアムもスペイン広場もでてくる。むちゃくちゃな運転をするヘイリー・アトウェルフィアットを走らせる。ローマの休日のアクション版だ。いったいどうやって撮ったの?それがベネチアの路地にまで続いてしまう。


そして、4人の美女が勢ぞろい。前回同様に謎の女としてヴァネッサカービーが登場する。味方なのか敵なのかわからない。ここのところ連続ででているレベッカファーガソンも中東で死んだふりして生き残る元Mi6の女ででてくる。最初に観た時に格闘能力のすごさで度肝を抜かれたけど今回は残念なことにもなる。

主力は女スリで各国でお尋ね者になっているヘイリー・アトウェルでなかなかいい女だ。最後までトムクルーズのアクションに付き合う。映画「戦場にかける橋」のように橋が爆破される。その後続車両に乗っている2人の脱出劇で息を呑む。


アジア系の冷徹な殺人鬼としてポム・クレメンティエフを登場させる。サトエリこと佐藤 江梨子そっくりで途中までまさかの登場かと疑った。カナダ生まれのフランス人のようだが、母親はコリアン系だそうだ。それで納得。

そして、予告編で誰もがすごいと思う断崖からバイクですっ飛ぶシーンだ。これって本当にリアルでやっちゃうの?と思っていたら、準備にも相当時間をかけて決行したようだ。何でこんなことするのかと思っていたら、暴走するオリエント急行に乗り込むためだという。パラシュートで地上に飛び降りるシーンの映像もある。こんなとことやっちゃうの?トムクルーズはさすが千両役者だ
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映画「君たちはどう生きるか」宮崎駿

2023-07-15 20:09:56 | 映画(洋画:2022年以降主演男性)
映画「君たちはどう生きるか」を映画館で観てきました。


映画「君たちはどう生きるか」は一度は引退を表明していた宮崎駿監督の復帰作品だ。予告編もなく、事前に情報が何もない。徹底した秘密主義である。吉野源三郎「君たちはどう生きるか」との関係がどうなっているのか?すでに80を越えた宮崎駿の創作意欲を確認するために映画館に向かう。さすがに広い映画館内も満席である。声優たちのメンバーリストを見て、超豪華なので驚く。

第二次世界大戦の東京への空襲で母親が入院している病院が爆撃されて牧眞人(山時 聡真)は母を失う。その後、眞人の父親(木村拓哉)が経営する航空機部品工場のある田舎に疎開する。同時に父親は母の妹夏子(木村佳乃)と再婚して、大勢いる使用人のばあやたち(大竹しのぶ、竹下景子、風吹ジュン、阿川佐和子)と大きなお屋敷に住むことになる。そこには鳥のアオサギ(菅田将暉)が何度も眞人にちょっかいをだしてくる。しかし、地方の生活に慣れない眞人が自傷的行為を起こして、イジメではないかと父親がヤキモキする中で夏子が姿を消す。眞人は夏子を探しに、ばあや1人を連れて森に入っていく。アオサギの誘導で入った古い屋敷で奇想天外な世界に巻き込まれる。

ここからは宮崎駿のファンタジーワールドの世界に導かれる。

上質なファンタジー映画である。
吉野源三郎の本に影響されている内容かと想像したが、さほどでもない。亡くなった母のおすすめの本というだけだ。個人的には村上春樹の小説を読んでいる時と似たような感覚を味わった。村上春樹の小説では誰かが突然いなくなることが多い。ここでも同様な展開になる。このファンタジーな世界では生と死の境目を彷徨う。こういうことかと解釈は一通りにはならない。観客それぞれに何かを感じればいいのではないか。眠りに誘われることなく時間を忘れてあきずに観れる。

ここで凄みを感じたのが色彩設計だ。色合いの豊かさに魅了される。生と死をさまよう内容でも明るい色が基調だ。アオサギだけでなく、インコなどいろんな鳥が美しい色でみられる。あとは映像にぴったり合う久石譲の音楽だ。これが近来の映画にないすばらしい音色だ。ここぞという場面にやさしいピアノが基調の音楽が流れる。沈黙の場面も効果的に浮き彫りにする。映画音楽としてこれほどマッチングして、観ている我々の感覚を揺さぶる音楽はないだろう。


改めて、宮崎駿の履歴を見ていると、父親が航空機部品の製造会社の役員だったのだ。宇都宮に疎開したことや若き日に母親を亡くしたことなどこの映画に共通する履歴がある。疎開した先の学校でイジメを受けたことなども実体験としてあったのかもしれないし、大勢のばあやもいたのかもしれない。キムタク演じる父親の気が強い性格もそのまま受け継いでいるのだろう。宮崎駿監督にとっての自叙伝的要素をストーリーの根底においた感じがした。必見だと思う。
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映画「1秒先の彼」岡田将生&清原果耶

2023-07-09 18:43:35 | 映画(洋画:2022年以降主演男性)
映画「1秒先の彼」を映画館で観てきました。


映画「1秒先の彼」は2021年の台湾映画「1秒先の彼女(記事)」のリメイクである。オリジナルの「1秒先の彼女」ファンタジー的要素が含まれていて、コメディ的要素もありよくできたラブコメディだった。宮藤官九郎脚本で山下敦弘監督の起用と期待できるスタッフを使って、男女の立場を逆転させるという発想のもとに岡田将生と清原果耶のW主演で日本版をつくった。これは楽しみだ。この作品は途中からファンタジーの世界にはいるネタバレが厳禁の映画だ。必要最小限だけストーリーを紹介する。

京都洛中の郵便局に勤務するハジメ(岡田将生)は何をするにも1秒早い。写真はいつも目をつぶったまま。容姿はいいのでファンもいるが、彼女には恵まれていない。鴨川沿いでストリートライブをしている桜子にアプローチをしたら好感触で実家のある宇治の花火大会に一緒に行こうと意気込んでいた。

ところが、気がつくと1日飛んでいて日曜日のつもりが月曜日だ。街を歩くと、写真館に日焼けした自分の写真がある。アルバイトに来ていたレイカ(清原果耶)が写したとわかる。毎日のように郵便局に切手を買いにくる女の子だ。一体どうなっているのか?



よくできたリメイクだ。
リメイクしようと考えたのは監督の山下敦弘のようだけど、脚本に宮藤官九郎を起用したのが大正解だ。原作のもつコミカルなムードを増長させる。京都を舞台にしたのも正解だ。原作には空白の1日に海辺に向かうシーンがある。天橋立という格好の場所を選んで京都とセットにしたのも成功している。ネタバレ気味の話であるが、この映画では一斉に時間が止まってしまう。そのシーンを観光客が戻ってきた京都で撮ったというのもすごい。よく撮れたなあと感心する。


岡田将生の身動きがいつもよりコミカルだ。台湾版「1秒先の彼女」では慶應義塾の中室牧子教授にそっくりなリー・ペイユーのコミカルな女性主人公が笑いを誘った。ここでも、男前の岡田将生がモテそうでモテない三枚目的動きをするのがいい。ラジオの人生相談にハマっていて、DJの笑福亭笑瓶と掛け合うシーンにコテコテ関西といった感じの母親役羽野晶紀をからませるのはおもしろみがある。


清原果耶は次から次へと主演級で登場するけど、自分には成田凌と組んだ『まともじゃないのは君も一緒』積極的な女子高生を演じたのが印象に残る。今回は真逆で何をやるにもワンテンポ遅い設定で、自分の考えをはっきり言い出せないタイプだ。途中までは存在自体が地味なのに、ある場面を転機に清原果耶がクローズアップされる。ここではバスの運転手荒川良々を清原に絡める。山下敦弘と宮藤官九郎作品の常連だ。


清原果耶はいろんな性格の人物を演じることで演技の幅がひろがっているなという印象を受ける。


以前阿部サダヲ「舞妓Haaan」の映画を撮っているので、宮藤官九郎京都はよく知っている場所だろう。洛中でないと京都ではないなんて語って京都そのものを脚本にうまく活用しているし、「なぜにあなたは京都に行くの」なんて久々に聞いた京都っぽい歌も奏でられる。大学でロケをしたり、学生の協力も得ているようだ。

それなのに京都の街に学生が多いのを皮肉ったり、郵便局でせこい大学教授が悪態をつくシーンがあるのは宮藤官九郎に京都の大学にいいイメージがないからなのかな?

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映画「インディジョーンズ 運命のダイヤル」 ハリソンフォード

2023-07-03 06:00:39 | 映画(洋画:2022年以降主演男性)
映画「インディジョーンズ 運命のダイヤル」を映画館で観てきました。


映画「インディジョーンズ 運命のダイヤル」ハリソンフォードの人気シリーズの新作だ。前作から15年ぶりになる。「ブレードランナー」の続編を2017年に公開した時と同様に今や80歳になるハリソンフォードが,現役最後を意識してかの登場である。これは見逃せない。

インディジョーンズシリーズはこれまでスティーヴン・スピルバーグがメガホンを持っていたが,今回は「フォード&フェラーリ」「ナイト&デイ」等でスリリングなアクション映画を作っているジェームズ・マンゴールド監督に交代してスピルバーグはプロデュースに回る。ジョンウィリアムズのおなじみのテーマソングが鳴るだけでリアルタイムで観てきた自分はワクワクしてしまう。ディズニーシーのアトラクションに行った時にしか聞けない曲だったのに、映画館の大画面を見ながら体感するのは快感だ。

1945年の映像からスタートする。ナチスドイツが世界大戦に敗れてヒトラーが自ら命を絶った後、ナチスの残党たちがアルプスを走る列車に乗って戦果品として奪った骨董品を持って逃走している。そこにはドイツの物理学者フォラー博士(マッツミケルセン)が乗り合わせていた。考古学者のバジル(トビージョーンズ)とインディジョーンズ(ハリソンフォード)はナチス残党にいいように奪われまいとする。そこで運命のダイアルの一部を持ち去る。

冒頭いきなりのアクションシーンである。例によっての活劇的躍動感を感じる。ナチス残党を相手にインディジョーンズはこれでもかとピンチに見舞われる。おそらくはCG処理されたと思われる昔の顔でハリソン・フォードが登場する。ジョン・ウィリアムスの音楽がうるさすぎる位に高らかに流れ、ハラハラドキドキの興奮を増長させる。


時代はアポロ計画で月面着陸に成功した1969年に移る。インディジョーンズは大学の考古学の教授になっていた。学生たちのやる気のなさに嫌気がさしてそろそろ辞職しようとしていた時、講義でジョーンズの質問に答える女子学生がいた。旧友ですでに亡くなっていたバジルの娘ヘレナ(フィービー・ウォーラー=ブリッジ)だった。倉庫にあった運命のダイアルを旧友の娘とついつい気を許してしまいカネに強欲なヘレナに持ち逃げされる。

世界の各地にロケ地を移してくれて視覚的に楽しく観れた。
ディズニーとパラマウント映画が組んで、いかにもカネがかかっている作品ですべてに余裕を感じられる。モロッコ、ギリシャエーゲ海、シチリアと場所を移す。いきなり映る列車の上での逃走劇は、同じようなアクション映画で観てきたようなものと文法的に同じで既視感がある。それでも楽しい。

それよりも映画の中でもっとも興奮したのは、宇宙飛行士の歓迎パレードで馬に乗るハリソンフォードのシーンとモロッコの街角でのカーチェイスだ。これには度肝を抜かれる。

⒈度肝を抜かれるシーン
ナチスのロケット開発に携わっていたことで、戦後アメリカの宇宙計画のために引っ張られたフォラー博士(マッツミケルセン)は月面着陸の功績で大統領に招かれていたにもかかわらず、「運命のダイアル」を奪いとるのを優先する。月面着陸に成功した宇宙飛行士を歓迎するパレードのど真ん中で、インディジョーンズは馬を走らせて逃げまくる。地下鉄の線路の中で馬を走らせるシーンはスタントを使ったり、VFXで調整したりしていてもすごい。

あとはモロッコのタンジェの細い道を追いかけっこするシーンは実に痛快で、撮影の難易度は高い。モロッコのカーチェイスも「007シリーズ」や「ボーンシリーズ」での既視感はあってもすごい。ドキドキするというより思わず吹き出してしまう。モロッコは映画界に開放的な国で、別の中東の国を舞台にした設定でも多くのアクション映画がモロッコで撮られている。懐の深さを感じる。


⒉豪華な脇役
デンマークの名優マッツミケルセンは007のカジノロワイヤルで名を売ってから、メジャー映画から声が掛かるようになった。でも、昔ほど得体のしれない怖さが半減しているので、この映画でも悪役的凄みが弱いのが残念。スペインのアントニオバンテラスをエーゲ海の海底の秘宝を探るダイバーとして登場させた。「え!これだけ」という登場の仕方にしたのはぜいたくな金の使い方としかいいようにない。ミケルセンもバンテラスはいずれも母国映画では主演しかない存在だ。

⒊元ナチスでアポロ計画を仕切った科学者
今回アポロ計画でフォラー教授が協力していたというストーリーになっている。これって大丈夫なの?と思ってしまう。アポロが月面着陸した翌年1970年の大阪万博では月の石をみるために小学生だった自分も大行列に並んだ。むろん月面着陸のTV放送は家族そろってどこの家でも見ていたし当時の日本では大騒ぎだった。


当時の少年向けの雑誌では、戦前ナチスドイツでV2ロケットを開発したブラウン博士が、その能力をかわれてアメリカに行きアポロ計画に大きく関与した記事が取り上げられていた。ドイツ人のブラウン博士のおかげで月面着陸できたのは当時の日本人で知っている人は少なくないはずだ。明らかなモデルがいるのに、悪者にしてしまって大丈夫かと思うのである。

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映画「カードカウンター」 オスカーアイザック&ポールシュレイダー

2023-06-25 20:06:25 | 映画(洋画:2022年以降主演男性)
映画「カードカウンター」を映画館で観てきました。


映画「カードカウンター」は「タクシードライバー」の脚本で知られるポールシュレイダー監督オスカーアイザック主演で孤独なギャンブラーの偶像を描いた作品だ。カードプレイヤーを描いた映画というと、マットデイモン「ラウンダーズ」などの名作がある。この作品も同じようにギャンブラーの浮き沈みを描くものだと思っていた。でも、オバマ元大統領が選ぶ2021年のベスト映画の一つに入っている。意外にもオバマもギャンブルに興味があるのか?そんなことを思いながら映画館に向かう。

ウィリアムテル(オスカーアイザック)は長年の刑務所生活でカードゲームを覚えて、日々カジノ周りで暮らしていた。ある日、ギャンブルブローカーのラ・リンダ(ティファニー・ハディッシュ)と出会い、ウィリアムの腕前を見てポーカーの世界大会への参加を持ちかけられる。その直後、かつて上等兵だった時の上司ジョン・ゴード(ウィレム・デフォー)とウィリアムにゴードへの復讐を持ちかける若者カーク(タイ・シェリダン)と出会う。世界大会に参加することになったウィリアムとカークは車でカジノまわりをすることになる。


予想外に重い展開の映画であった。
一度観ただけでは、自分の理解度の拙さもあるけど、理解できずに進む場面も多い。でも、オバマ元大統領が推すという意味がわかった。イラクの刑務所で収容した捕虜を自白させるために拷問したことがあったらしい。オバマは拷問しないと政権公約している。ビンラディン殺害計画の映画「ゼロ・ダーク・サーティ」でも捕虜の拷問は取り上げられていた。ウィリアムは刑務所で虐待した罪で長期の収監をされた。ところが、指示をしたその上司が問題なく生きていることに憤りを感じるのだ。ウィリアムたちのしたことはハンナアーレントが言うナチス党員の「悪の凡庸」の話に通じる。


カードゲームのプレイそのもので、相手との心理戦をする闘いの映像は少ない。ウィリアムがボード上で結果的にゲームに勝つ映像はあるけど過程は見せていない。身を隠すように生きているギャンブラーのウィリアムは目立つことを好まない。それがこれまでのギャンブル映画と違う。阿佐田哲也(色川武大)が目指す生き方だ。カードカウンティングの手法を露骨に使うとカジノから締め出しをくらう。ウィリアムは大勝ちはせずにカジノをまわっていく。宿泊も高級ホテルではなくモーテルを選び、部屋の中も異様な感じで整理する。ひっそりとカジノを巡る旅まわりのギャンブラーってこんな感じなのであろう。

ブラックジャックのカードカウンティングの話は有名なエドワードソープの「ディーラーをやっつけろ」などの本で読んでいるし、映画「ラスベガスをぶっつぶせ」も観ている。カジノにも日本の競馬よりは少ないながらも控除率があり、長期で賭けると大数の法則で絶対にカジノが優位になる仕組みだ。その控除率を乗り越えて賭ける方を優位にするのがカードカウンティングだ。でたカードが優位な時に大きく賭けることで、長期的に優位に進められる。あからさまにやっているのがわかれば出禁になるが、大きく儲けるわけでなければ見過ごされるはずだ。ウィリアムもそのスタイルだ。


映画「レインマン」で、弟のトムクルーズに無理やり連れていかれたカジノで自閉症の兄ダスティンホフマンカジノで大勝ちする痛快な名場面がある。これは、でたカードを全部暗記してしまうサヴァン症候群の特殊能力によるものだ。2人は何か悪いことやっているのではないかとカジノを追い出される。カードカウンティングは容易ではない。


オスカーアイザックはクールなギャンブラーを巧みに演じた。主演作を観るのは3作目だ。ギャンブラーのウィリアムに注目した黒人女性のギャンブルブローカーとの恋も語られる。相手役のティファニー・ハディッシュにはどっしりした存在感がある。白人と黒人の恋というのも時代を感じさせる。脱ぐかと思ったが、寸止めだった。


ティファニー演じるラ・リンダがギャンブラーの1人をファッツとして紹介する場面ではポールニューマンの名作「ハスラー」でライバルだったビリヤードの名手ミネソタファッツを意識していた。ベテラン映画人ポールシュレイダーならではの登場だと思うけど、今の人は知らないよね。なぜか今日の日経新聞で自分が敬愛する芝山幹郎ポールシュレイダー「ローリングサンダー」を取りあげたのにはビックリだ。
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映画「逃げ切れた夢」 光石研

2023-06-10 18:15:42 | 映画(洋画:2022年以降主演男性)
映画「逃げ切れた夢」を映画館で観てきました。


映画「逃げ切れた夢」は名バイプレイヤー光石研主演で少しボケが入った定時制高校の教員を演じる新作である。光石研の地元北九州市が舞台だ。つい先日も「波紋」失踪した後ガンになって戻ってきた男を演じたばかりである。彼の履歴を見ると、半分以上の作品は観に行っている。見た目まじめそうだけど、どこか抜けていてとんでもない間違いを起こす役が目立つ。「由宇子の天秤」教え子をハラませた塾講師を演じた時もそんな役柄だ。

予告編で定年前なのに認知症の気が出てきた教員を演じていることがわかる。今までの光石研との長い縁?と「孤独のグルメ」松重豊の登場で早々に映画館に向かう。

定時制高校で教頭をしている末永(光石研)はお人好しで面倒見がいい先生だ。ある日、教え子の南(吉本実憂)が勤める定食屋で勘定し忘れて、店を出てから南に呼び止められ最近物忘れが激しいとカミングアウトする。家では妻(坂井真紀)との関係は最悪で、一人娘からも相手にされない。旧友のバイク店店主(松重豊)と杯を交わすと自分勝手と言われる始末で、教員生活を終えようと思っている。


光石研のワンマンショーだ。
本当は校長になりたかったが、教頭であと一年で教員生活は終了だ。年齢は58くらいだろう。学校でも常に周囲に声かけして、校舎の周りの掃除もする。一見気のいい男だ。そんな真面目な男も家でも嫌われている。妻は浮気もしているかもしれない。しかも、物忘れが激しくなって、アルツハイマーの疑いで医師の治療も受ける。でも、年老いた父親には時々面会に行っている。似たような人って世の中にいるかもしれない。

そんなキャラを光石研は巧みに演じる。11年ぶりの主役だという。前の主演作「あぜ道のダンディ」も観ている。怒りっぽい不器用な妻を亡くしたがんこ親父を演じた。いずれも名作である「ヒミズ」「共喰い」のように暴力を振るう親父役なんて作品もあった。その後、光石研は官僚的な県警本部長の役もやったし、元ヤクザの親分の死刑囚も演じられる器用な役者である。どちらかというと、近年の「由宇子の天秤」「波紋」のようにどこか抜けている男の方がうまい。


この作品は俳優としても数々の作品にでている二ノ宮隆太郎監督作品で、カンヌ映画祭ACID部門にも出品している。光石研の故郷北九州での全面ロケで、何と光石研の実父まで出演している。座敷のある居酒屋や古い商店街や喫茶店など地方都市を感じさせるバックに映る北九州の光景の肌合いは良い。ロケハンには成功している。そんな場所で、地元の言葉で光石研も松重豊も言葉を交わす。それ自体は好感がもてる。


直近でブログアップした「新夫婦善哉」の記事で、同じ長回しでも森繁久彌と淡島千景の笑いを呼ぶ掛け合いに圧倒されるとする一方で、最近の日本映画は不必要に長い沈黙が多いという苦言を述べた。そんな話をした後で、この映画を観てまさにそのパターンだと思った。

定食屋で勘定の支払いを忘れて食い逃げまがいに店を出た時の店員である教え子の女の子との会話をクライマックスに持っていく。定食屋の店員を辞めて中洲で働くと彼女がいうのに付き合うのであるが、さすがにこれだけではストーリーの中身が薄い。それまでの家庭での会話などあっても明らかに物語としてネタ不足だと思う。まあ、色んな作品で楽しませて頂いている光石研の主演なので全て許せるけどね。


それにしても、最後の場面で主人公が2人で会う女の子が娘なのか定食屋の女の子かしばらくわからなかった。作品情報のプロフィール写真で違うのはわかるけど、小さな真四角の画面ではわからない。最近の女の子はみんなキレイだけど同じように見える子が多い。中洲で50万円の収入保証って彼女言っていたけど、何かな?
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映画「アフターサン」

2023-06-07 18:41:25 | 映画(洋画:2022年以降主演男性)
映画「アフターサン」を映画館で観てきました。

映画「アフターサン」はある女性が20年前11歳の時にトルコのリゾート地で父親と2人で過ごした時の想い出を描いた作品である。監督はスコットランド出身の女性監督シャーロットウェルズだ。父親役のポール・メスカルがアカデミー賞主演男優賞にノミネートされる。父娘の交情を描く映画ってついつい観てしまう。

細かく説明しているわけでないけど、2人は別々に暮らしているようだ。父親は30過ぎて間もないようで、ずいぶんと若い時の子だ。娘のソフィーはやさしい父親が大好きで、ビデオカメラでリゾートで暮らす一部始終を記録している。そんな記録を30過ぎたソフィがビデオを見ながら回顧する。


2人は海辺のホテルで過ごす。プールがあって、そこではしゃぐ。近くの遊戯場で娘のソフィは同世代の少年と知り合ったり、カップルでリゾート地に遊びに来ている若者たちとも知り合う。思春期の少女が目覚めていくきっかけもできる。11歳というと日本でいえば小学生6年生だ。うちの娘はその頃どうだったんだろうか?ふと思う。こういったゆったりとした余暇の一部始終を観るのは悪くはない。バックに流れる音楽のセンスは抜群だ。


ただ、感想が書きづらい映画だ。両親が離婚で別れてしまうので、最後の記念旅行だったのであろうか?特には語られないが、そんな気配はある。ずっと、父親の挙動がおかしい。何か困っているように見受けられる。お金もなさそうだ。何か起きるんだろうかと思いながら、最後まで追っていく。後半戦は父親の動きばかり気になる。いったいどうなるのか?いくつかの微妙なシーンがある。でも、この映画はどのように決着をつけようとしたのか?正直よくわからなかった。
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