映画とライフデザイン

大好きな映画の感想、おいしい食べ物、本の話、素敵な街で感じたことなどつれづれなるままに歩きます。

映画「チィファの手紙」ジョウ・シュン&岩井俊二&ダン・アンシー

2020-09-13 05:53:09 | 映画(アジア)
映画「チィファの手紙」を映画館で観てきました。


岩井俊二監督作品ラストレターは今年公開された中でも好きな作品だ。そのラストレターとほぼ同じストーリーを中国で岩井俊二監督が撮った作品「チィファの手紙」が公開されると聞き早々に見に行く。実は中国版の方が先に制作されたらしい。プロデュースにはこれも自分の好きな香港映画ラブソングの監督であるピーターチャンが加わる。どんな感じに仕上がるのか見る前から興味津々だった。

ラストレターが夏休みの出来事であるのに対して、「チィファの手紙」が冬の中国が舞台と対照的な設定がいくつかある。それでも、ストーリーと場面はほぼ同じなので目で追いやすい。岩井俊二自ら音楽担当のクレジットに名を連ねる澄み切ったピアノが基調の音楽に合わせて流れる映像は美しく快適な時間を過ごせた。

チィナンの葬儀が終わった後で、チィナンの娘のムームー(ダン・アンシー)は中学の同窓会の通知が母の手元に届いていたことをチィナンの妹ユエン・チィファ(ジョウ・シュン)に伝えて渡す。チィファは同窓会に出席して姉の死を告げるつもりが、本人に間違えられてしまいそのまま席に着く。そこには、その昔憧れていたイン・チャン(チン・ハオ)が出席していた。

思いもよらずスピーチを依頼されたチィファは早々に席を離れるが、彼女をイン・チャンが追いかける。チィファはここでも姉チィナンの代わりできたとはいえなかった。イン・チャンからこのあと一緒にどうですかと聞かれたが、交換先をスマホで交換して別れる。「あの小説読んだ?」と聞かれたが、チィファは意味がわからなかった。


帰宅後、イン・チャンが「ずっと好きだった」というメッセージを送ったのをチィファの夫が見つけて憤慨する。チィファのスマホは壊されてしまう。仕方なくチィファは、チャンに住所を明かさないまま手紙を送る。手紙を受領したイン・チャンは感激して返信する。

住所がわからなかったので元の住所に送る。宛名が死んだチィナン宛てであったので、娘のムームーと冬休みで来ていたチィファの娘サーラン(チャン・ツィフォン)が封をあけて手紙を読む。そして、2人がイン・チャンに向けて返信するのだ。


30年前にさかのぼる。北京からイン・チャンが家族で転校してきた。インチャンの妹とチィファ(チャン・ツィフォン一人二役)が同級で仲良かったので、妹が病気で休んでチィファが訪ねてきたときにはじめてインチャンと出会う。その後、インチャンの妹の病気が長引き、改めてチィファが訪ねてきたとき、たまたま外で姉のチィナン(ダン・アンシー一人二役)が自転車で通りかかる。

チィナンに一目惚れしたイン・チャンはラブレターを書き、チィファを通じて姉に渡してくれと頼む。何度も書いたのにもかかわらず反応がないのでどうしたのかと思っていた。生徒会の会合でイン・チャンとチィナンが会ったときに改めて確かめると、妹のチィファがイン・チャンのことを好きになったので手紙を渡していないのがわかったのであるが。。。

こうして現代と30年前が並行して流れるのはラストレターと同じである。

1.現代の中国ヘの変貌
こうして現代中国の場面が出てくると、少し前の中国映画や地方を舞台にした作品では映っていない現代風住居とインテリアが急激に洗練されたことに驚く。街並みもきれいに整った。システムキッチンも廻り縁のある部屋も少し前はこんな小綺麗でなかった。チィナンの父母も住む家が平屋で、岩井俊二監督中山美穂主演の名作「love letter」で中山美穂が住む家によく似ていることを思い出した。あの映画も冬の小樽が舞台だった。

2.中国版出演者
チィファを演じたジョウ・シュン は中国四大女優のひとりとまで言われる存在だ。個人的には永作博美に似ている気がした。ここでは大きな抑揚はなく中国の俳優らしく淡々と演じる。ラストレターでは福山雅治に対応する小説家をチン・ハオが演じる。松任谷正隆を散切り頭にしたような雰囲気の俳優だ。でも、賃料の高い上海にいることも含め、労働せずに文筆活動という設定自体が毛沢東がもっとも嫌悪するタイプで文化大革命を経た中国社会ではありえない存在ではなかろうか?と感じる。


それにしてもかわいいのは若き日のチィナンとチィナンの娘の一人二役を演じたダン・アンシーだ。この清楚さは新垣結衣を連想する。中国の女優というと、ゴンリーとかチャン・ツィイーのように気が強そうで、打算的に見える。それとは違う。広瀬すずもかわいいけど、チィナンの存在はこの作品が上に見える。


3.中山美穂と豊川悦司
ラストレター」のとき、もっとも衝撃的だったシーンは中山美穂と豊川悦司の2人が出たときだ。これには背筋に電流が走った。セリフと設定は若干違うが、同じようなシーンがある。残念ながらlove letterという前哨戦の名作があるからわれわれを驚かせたというハンデがあるわけど、これも日本版に軍配が上がる


4.30年前のチィナンのスピーチ
卒業式の答辞を依頼され、美人で優等生のチィナンが指名される。その添削をインチャンが頼まれる。手紙の文面が素敵だったからだ。チィナンが一生懸命考えてつくったそのスピーチがいい。当然、岩井俊二の思いが入っているわけだ。


われわれには無限の可能性がある。この場所で等しく輝いていたわれわれが違う人生を歩んでもまた巡り会おうというようなことを言っていたと思う。これを聞いて魯迅の「故郷」を思い出した。われわれの時も中学三年生の国語の時間で習ったけど、今も教科書にはあるらしい。40年以上前の授業だったけど、つい昨日のように思い起こせる。

自分の時は私立中学志向に移行し始める時期だった。中卒も若干いたし、結果的に高校中退もいた。勉強できるやつも含めてレベルは上から下まで公立中学で一緒に過ごしていた。この作品をあらゆる日本の中学3年生が習うのはこのスピーチにあるようなことを感じさせる意味があると思う。あれ?「ラストレター」のときはどうだっけと思いながら感激していた。
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映画「白と黒」仲代達矢&小林桂樹&橋本忍

2020-09-11 05:43:35 | 映画(日本 昭和35年~49年)
映画「白と黒」を名画座で見てきました。
これは実によくできたサスペンスである!


映画「白と黒」は昭和38年(1963年)の東宝映画である。昭和38年のキネマ旬報ベスト10の1位はにっぽん昆虫記で2位が黒沢明監督の天国と地獄とハイレベルな戦いである。その年の9位にDVDその他で見かけない作品があった。映画「白と黒」である。名画座での上映に思わず駆け込み、名脚本家橋本忍のオリジナルシナリオでサスペンスという先入観だけで見た。

先輩弁護士の奥様を男女関係のもつれから殺してしまった主人公の弁護士が、警察に捕まり自白した容疑者の弁護をひきうけながら、その罪の意識に心を乱すという話である。単純にはいかない展開と仲代達矢、小林桂樹という東宝の看板スターの演技合戦に息をのむ。

いきなり男女2人が言い合っている姿を映す。「あなたは私の男妾よ」といわれながら、男は女のクビを締めて殺す。男は浜野弁護士(仲代達矢)で、女は浜野がお世話になった宗方弁護士の妻靖江(淡島千景)である。浜野はすぐさま中目黒の宗方邸を立ち去り、自宅へ戻ると宗方宅のお手伝い(菅井きん)から奥様が亡くなったと電話を受ける。事件現場にいくと、浜野がその日に訪問したと聞いた刑事(西村晃)から何時に宗方邸をでたのかと事情徴収を受ける。そのとき、容疑者が捕まったという知らせが入り、浜野は驚く。

捕まった容疑者脇田(井川比佐志)は前科四犯の窃盗常習犯であり、送検され事件を担当する落合検事(小林桂樹)から事情徴収をうけた。脇田は現場から金目の貴金属や現金の証拠品を持ち去っていった。自分は盗みはしたけど、殺しはしていないよと主張する。それでも、執拗な落合検事の取り調べが続き、やがて自白した。弁護には殺された妻の夫である宗方弁護士(千田是也)と浜野弁護士があたることになる。宗方は死刑反対論者であった。

法廷検事に引き継いでいったん仕事を終えた落合検事が、夜のバーで顧問先の建設会社社長(東野英治郞)と一緒だった浜野弁護士と一緒になる。その席で酩酊した浜野弁護士が落合検事に対して、自白の根拠だけで殺しをやったと決めつけるのはおかしいのではないか。自白しても、物証はないではないかと浜野弁護士は主張する。その場では強く反発した落合検事であったが、確かに気になる点があると上司の部長検事(小沢栄太郎)の許可を得て、再度捜査を開始する。しかし、すでに法廷では脇田は死刑の求刑を受けているのであった。


その日に宗方邸のお屋敷に入ったのは浜野とお手伝い、2人と夫人の身辺を洗うと意外なことがわかってくる。徐々に浜野と婦人との関係を匂わせる証拠が出てきたのであるが。。。

1.橋本忍の緻密な脚本
いきなり殺しの場面がでる。犯人がすぐわかるわけである。早めに犯人を観客に知らせてどうやってその犯人が捕まるのか?または無罪放免になるのか?そういうことを観客に考えさせるという映画もある。「飢餓海峡」なんて映画は比較的中間地点で三國連太郎を犯人だと判明させる。でも、この映画では井川比佐志演じる別の犯人を放つ。現場から金目のものを奪って捕まってしかも自白しているのだ。われわれは仲代達矢が犯人だとわかっているから、これって冤罪モノかと考える。そんな感じで見ながら映画の行く先を考える。

しかし、筋立ては単純でない。映画の至る所に伏線を張りながら、少しずつ自分の予想をはずしていく。橋本忍は実にうまい。そして、特別出演で大宅壮一松本清張を登場させる。大宅壮一は当時当代きっての評論家だったけど、この時代のテレビの映像は意外に残っていないからこれって貴重な映像だよね。松本清張が特別出演する。この二人の存在が映画の中で生きる。

2.仲代達矢と小林桂樹のすばらしい演技
一連の黒澤明作品がピークに達している時期である。仲代達矢用心棒、椿三十郎という時代劇、捜査責任者を演じた「天国と地獄」、同じ時期にそういった名作はあれど、演技レベルでいえばこの作品がいちばんだと思う。

仲代達矢小林桂樹が対峙する場面がある。電車がとおる音が響く個室で、小林桂樹が迫る。そのセリフの一つ一つは橋本忍に緻密に設計され、それに対して仲代達矢が対処する顔つきはすごい迫力を持つ。すばらしい!小林桂樹成瀬巳喜男監督「女の中にいる他人」で逆に殺人犯を演じたが、そのときと同じような匂いを感じた。社長シリーズのおちゃらけた姿とは違ううまみがある。

3.60年代が匂う映画
マツダの三輪車トラックや外車の黒塗り送迎車などで「三丁目の夕日」を地でいっている60年代の光景が映る。殺された邸宅もいかにも一時代前のお屋敷の雰囲気を持つのだ。設定自体も山茶花究演じる建設省の役人と東野英治郞演じる建設会社の社長が夜の接待で一緒になったりするのは最近ではあまり見ない光景だろう。そこに絡む特殊音の使い方のうまさ、武満徹の不安を感じさせる音楽が効果的に使われる。映画会社専属がいわれていた時期に、こういうシリアスな映画では俳優座の団員たちなしでは成立しなかったのもよくわかる。

仲代達矢がにげきれるのか?捕まるのか?このあたりに緊迫感をわれわれに感じさせる。そうやって迷彩をつくりながら、一瞬にして思わぬ死角をつくる。ネタバレになるからいえないが、橋本忍の脚本は実にお見事である。松本清張がゲスト出演したのもそう思ったからであろう。自ら犯した殺人事件に別の犯人が現れ、その人物の弁護をする弁護士が主人公なんて設定はありそうでなく現代にリメイクされてもおかしくない。

今日はボロボロのフィルム上映だったけど、AMAZONプライムにあった。ただ、この映画は大画面で観た方がいいと思う。

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映画「mid90s ミッドナインティーズ」 ジョナ・ヒル

2020-09-07 19:32:56 | 映画(洋画:2016年以降主演男性)
映画「mid90s ミッドナインティーズ」を映画館で観てきました。


映画「mid90s ミッドナインティーズ」はマネーボールウルフオブウォールストリートの名脇役で存在感を示したジョナヒルの初監督作品だ。13歳の不器用な少年がスケートボード好きの年上の不良少年たちの仲間に入って大人の世界に一歩踏み入れようとする青春映画だ。これといったスターは誰も出演していない。評論家筋の評価は高く、女性陣からは感涙というコメントもあるが何で泣くのかな?ちょっと大げさかなという感じを持つ。

1990年代半ばのロサンゼルス。13歳のスティーヴィー(サニー・スリッチ)は兄のイアン(ルーカス・ヘッジズ)、母のダブニー(キャサリン・ウォーターストン)と暮らしている。小柄なスティーヴィーは力の強い兄に全く歯が立たず、早く大きくなって彼を見返してやりたいと願っていた。


そんなある日、街のスケートボード・ショップを訪れたスティーヴィーは、店に出入りする少年たちと知り合う。彼らは驚くほど自由でかっこよく、スティーヴィーは憧れのような気持ちで、そのグループに近付こうとするが…。(作品情報より引用)

⒈背伸びした13 歳の主人公
ちょっと古いが「小さな恋のメロディ」マーク・レスターに似ている。13歳の男の子は小学生の雰囲気が抜けきれない少年も多い。背も小さい。片親で兄貴と暮らしているが、兄貴にはいじめられている。スケートボードショップにたむろう不良グループの中で存在感を認めてもらおうと一生懸命だ。気持ちはよくわかる。


スティーヴィーはただ突っ張っているだけの嘘つき少年である。タバコ吸ったことないくせに、無理やり吸ってゴホン、いつも吸うけどこれじゃないんだなんていう。パーティで知り合った年上の少女と2人きりになって、デートしたことある?と聞かれ、思わずフロリダのディズニーランドに行ったなんていってしまう。

でもこのくらいの年齢ってこんなものでしょう。悪さの数々がばれて母親が何でなんでも話してくれないの?と言うけど、なかなか母親には本当のこと言わないよね。

でもあることで仲間に認めてもらう。黒人は日焼けするか?と不良の先輩たちに質問されてしばらく考えこんで、「黒人って何?」といってしまい、周囲がなごむのだ。

⒉アメリカの格差社会をのぞく
ジョナヒルの自叙伝的意味合いを持つという。どちらかというと、片親で、持ち家には住んではいるが下層階級に近いかもしれない。最近日本は格差社会なんて言うけど、アメリカは極端だ。比較的まともな本の部類の小林由美「超格差社会アメリカの真実」によれば、「公立の小中高等学校ヘいけば、麻薬、セックス、暴力が蔓延している」となっている。この映画はそれを地でいっている。ともかく途中からめちゃくちゃである。


日本では私立の名門も多いが、一時の公立の低落傾向も収まり公立名門校は数多く存在する。「低所得に生まれ、低水準の公共教育しか受けられなかった人は、その後の人生を通じて衣食住すべての日常生活で大きなハンデキャップを背負う」とまで言い切る。不良仲間の一人が高2になったので、うちは金があるからそろそろハーバード大を目指すなんてセリフもある。少しづつ格差をのぞかせるのだ。ジョナヒル自身も「マネーボール」でイェール大出のインテリ野球オタクを演じてそっちの部類かと思ったらどうやら違うようだ。

⒊優しい年上の女の子
13歳のくせにタバコをすうだけなく、ドラッグにも酒にも手を出す。ただ、うらやましいのは、パーティで年上の女の子にちょっかいを出してもらえることだ。しかも、ドラッグでメロメロだ。ラリっているときに流れるのがハービーハンコック「ウォーターメロンマン」なかなかいい取り合わせだ。


デートをしたこともないのに、したよとドキドキしながら嘘を言う。でも女の子にも好奇心があるのか?別室に誘われてペッティングをしたと大騒ぎだ。このころは、憧れだけはあったけど、そんなことには当然無縁だった自分からするとうらやましい。
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映画「シチリアーノ 裏切りの美学」 マルコ・ベロッキオ

2020-09-02 19:48:27 | 映画(欧州映画仏以外 )
映画「シチリアーノ 裏切りの美学」を映画館で観てきました。

「シチリアーノ裏切りの美学」愛の勝利を ムッソリーニを愛した女眠れる美女という傑作でメガホンをとったマルコ・ベロッキオ監督の新作である。愛の勝利を ムッソリーニを愛した女はイタリアの独裁者 ムッソリーニが共産主義者だったころから支えた女性との関係を描いた作品である。ムッソリーニ自らの演説も混ぜた編集、感情を揺さぶる音楽をふくめ 撮影、映像コンテすべてにおいてすばらしい作品だった。今回もそれに期待して映画館に足を運ぶ。


マフィアの鉄の結束を裏切った男に焦点をあてて、実際の抗争とマフィア幹部を裁く裁判を80年代から約20年にわたって追っていく。 日本の傑作といわれる「仁義なき戦い」などの実録もの映画は、裏切りに次ぐ裏切りの連続をスピード感をもって描いている。 ここでは深作欣二監督作品のようなスピード感こそないが、 イタリア人独特の情熱的なパフォーマンスや日本ではありえない大人数の被告人が檻の中から罵声を発する裁判の形式自体に圧倒的迫力を感じる。


1980年代初頭、シチリアではマフィアの全面戦争が激化していた。パレルモ派の大物トンマーゾ・ブシェッタ(ピエルフランチェスコ・ファヴィーノ)は抗争の仲裁に失敗しブラジルに逃れるが、残された家族や仲間達はコルレオーネ派の報復によって次々と抹殺されていった。ブラジルで逮捕されイタリアに引き渡されたブシェッタは、マフィア撲滅に執念を燃やすファルコーネ判事(ファウスト・ルッソ・アレジ)から捜査への協力を求められる。


麻薬と殺人に明け暮れ堕落したコーザ・ノストラに失望していたブシェッタは、固い信頼関係で結ばれたファルコーネに組織の情報を提供することを決意するが、それはコーザ・ノストラの ”血の掟” に背く行為だった。(作品情報より引用)

1. 主人公ブシェッタと ピエルフランチェスコ・ファヴィーノ
よくぞまあ、人相の悪い主人公を選んだものだ。結婚は3回目、パーティがあると前妻との子供も一緒に加わる。 女好きで、刑務所の中でもやりまくりだ。 両方のマフィアのグループの間に入ろうとするが、うまくいかないとわかるとさっさとブラジルに行く。

そこで麻薬で捕まって当局から拷問を受ける。2台のヘリコプターに乗って、片方には拷問で負傷している ブシェッタ、片方には吐かないとヘリコプターから海に落とすぞとばかりに妻クリスチーナを吊るすシーンがすごい。

2.裁判
大きな裁判所の法廷である。その法廷の片隅に檻に入っている被告人が大勢いる。なんじゃこれ?中からは大きな声で裏切り者にたいして罵声が飛ぶ。傍聴席にいる被告人の妻たちも叫びまくる。すごい迫力だ。この連中も人相が悪い。裁判長もそのパワーに負けじと対抗する。ブシェッタとボス的存在だったピッポ・カロ2人並んで証言する。裁判と言うより罵り合いだ。兄貴は会ったことあるけど、本人には会っていないよと。もうその時点でブシェッタの兄貴は暗殺されている。でもとっておきの証拠があると、写真をおもむろに差し出す。


3.印象に残るシーン
あるターゲットがいる。その男に狙いを定めてブシェッタは待機している。相手は自分が狙われていることに気づくと、生まれてまもない赤ちゃんをおもむろに抱く。すると、ブシェッタは撃てない。年数を経てもずっと狙っている。公衆の面前ではいつでも子どもと一緒だ。そうやって時間がたち、その子どもが結婚することになる。ようやく1人になりブシェッタはピストルを手に取るのだ。いつまでたっても追い続ける執念がみなぎっていた。



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映画「女は二度生まれる」若尾文子

2020-08-28 05:28:48 | 映画(日本 昭和35年~49年)
映画「女は二度生まれる」は1961年(昭和36年)の大映映画


九段下に行くと、坂を登れば靖国神社だ。靖国神社は諸外国からみて右翼の象徴みたいになっているが、軍人を祀るということなのにちょっと大げさである。その靖国神社の参拝シーンが多い映画がある。川島雄三監督若尾文子主演「女は二度生まれる」である。靖国神社の近くにあった富士見町の花街の芸者を演じている。てっきりブログアップしていると思っていた。60年前の東京にタイムスリップするのも悪くない。

芸者小えん(若尾文子)が筒井(山村聡)と床を共にしていると、太鼓の音が聞こえる。なんだこれは?と筒井は驚くが、靖国神社で朝5時に鳴る太鼓の音だ。その場限りのお付き合いだが、売春防止法もあり、自由恋愛なのに名前を知らないのもおかしいと筒井の名刺を求める。建築設計士だった。小えんは芸者といっても芸のできない不見転(みずてん)芸者、御座敷の後でお呼びがかかると一夜を過ごす。


小えんは花街で顔を合わせる大学生牧純一郎(藤巻潤)に心を寄せるが、店を贔屓にするお偉いさんに同伴して御座敷に来た新橋烏森の寿司屋の板前、野崎(フランキー堺)とは気があった。一緒に熱海に遠出する仲の正体不明の社長矢島(山茶花究)と銀座に行った後野崎の鮨屋へ押しかける。自ら誘って酉の市に鷲神社へ一緒に行き商売をはなれて泊ったりした。


そんなある日、彼女のいた置屋の売春がばれて警察の呼び出しがかかった。やむなく、小えんは芸者仲間に以前から誘われていた新宿のバーにつとめると、思いがけず筒井に再会する。やがて、渋谷のアパートで筒井を待つ生活をすることになる。それでも、映画館で知り合った17歳の少年工と遊ぶと、それがバレて筒井から大目玉をくらったりした。そんなとき、筒井がガンになってしまう。不治の病にたおれると本妻の目をぬすんで看病したりもしたのであるが。。。

1.富士見町九段三業地
現在だと、千代田区富士見の地名は靖国神社から見て北側で飯田橋駅に接近するが、靖国神社から靖国通りを渡ったあたりに九段三業地富士見町の花街があったようだ。富士見という名前はでてこないが、神楽坂では靖国神社の太鼓は聞こえない。昔から神社のそばには花街があるという。九段下には旧軍人会館のちの九段会館がある。軍人がいるところにも花街は絡むものである。今から約60年前に靖国神社に参拝する人が映し出される。貴重な映像である。


とは言うものの最初に若尾文子が登場するこの階段はたぶん神楽坂の風呂屋裏芸者小道の階段ではないか。最初に銭湯から色街の姐さんがでてくるシーンもあるけど、今もある風呂屋だと思う。はっきり富士見花街が舞台といいきらないのはこのように混ぜ合わせているからだろう。


現在の階段(筆者撮影)
若尾文子の位置から向かって右に映る壁に縦にパイプのようなものがある。60年前と現在の写真とほぼ同じ位置だ。その壁から階下に向けて階段が広がるように見えるのも同じだ。


2.若尾文子演じる女たちの性的観念
若尾文子が演じる昭和35年の作品では女経ぼんちをブログにアップした。
この辺りの自由奔放さは最近では考えられない。自分の母と同世代なので気分は複雑だ。自由恋愛、売春防止法というのがキーワードである。

若尾文子は美しい。その美貌と併せて、着物のセンスがいい。昭和35年当時に20代半ばとすると、昭和一桁生まれか?昭和8年生まれの若尾文子と同じくらいの年齢であろう。両親は空襲で両方とも死んだとセリフにあり、「筒井の奥さんは女学校出身」なんて台詞もあるので小学校卒業を超える学歴はないと思われる。昭和9年生まれは義務教育で中学校に行けたが、それよりも上の人は行っていない。いつ置屋に入ったのであろう。女の武器で生計を立てるというのが当たり前の世界なのか。


ここでよくわからないのが、若尾文子が寿司職人や17歳の工員に惹かれるところだ。映画観客動員数のピークは1958年の112万人、TVは普及しているが1960年はまだそれなりに多い。新制高校進学率は男女合わせて1950年で46%、1960年は57%(文部省資料 1962)である。観客の学歴は決して高くない。そうなれば、観客の目線にも合わせる必要がある。大学の制服を着た藤巻潤を登場させるが、一方で職人や工員を美女の若尾文子とカップリングさせないと観客とレベルが合わない。そんなことなんだろう。

現代の映画と違って、露骨に男女の絡みはみせない。ふすまや雨戸を閉めてこれからスタートということで画面は変わる。若尾文子はこれからどう抱かれるのだろうと次のことを連想させる。それはそれでいいのかもしれない。
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映画「赤い闇 スターリンの冷たい大地で」ジェームズ・ノートン

2020-08-26 21:45:26 | 映画(欧州映画仏以外 )
映画「赤い闇 スターリンの冷たい大地で」を映画館で観てきました。

世界恐慌が全世界に猛威を振るっている1933年前後、社会主義国のソ連のみが不景気の影響を受けていないと言われていた。この映画では、英国人ジャーナリスト、ジョーンズがスターリン率いるソ連が繁栄している理由を探りに行ったにもかかわらず、民衆の生活が飢えに苦しんでいるのを目撃し唖然とする姿を描いている。

映画「太陽に灼かれてなどでスターリンの粛清は語られている。ここでは、英国人記者が実際のソ連の飢えに苦しむ姿をみて、それを記事にするべく悪戦苦闘する姿とスターリン体制に買収されたような米国人記者の対比が映画のテーマになっている。


この映画はできる限り大画面で見た方がいい。ジョーンズが向かったウクライナで映し出される雪が激しく降る画面が映像として見どころがある。

1933年、ヒトラーに取材した経験を持つ若き英国人記者ガレス・ジョーンズ(ジェームズ・ノートン)には、大いなる疑問があった。世界恐慌の嵐が吹き荒れるなか、なぜスターリンが統治するソビエト連邦だけが繁栄しているのか。その謎を解くために単身モスクワを訪れたジョーンズは、外国人記者を監視する当局の目をかいくぐり、すべての答えが隠されているウクライナ行きの汽車に乗り込む。やがて凍てつくウクライナの地を踏んだジョーンズが目の当たりにしたのは、想像を絶する悪夢のような光景だった……。(作品情報より引用)


⒈ソ連の偽りの繁栄とウクライナ
1929年10月に始まる米国株価大幅下落を受けて、世界恐慌が始まる。その中で、社会主義計画経済のソ連は1928年にスターリンが第一次5ヶ年計画を発表、重工業化を進めるとともに、集団農場(コルホーズ)による農業の集団化を図った。それにより世界恐慌とは無縁だった。というのが定説であった。でも、実際にはうまくいってなかった。現在の世界史教科書では「政府は集団化に抵抗する多数の農民を逮捕、投獄し、生産物の強制供出を実行した。そのため1932~1933年には農民に多くの餓死者が出たが、集団化はほぼ完了した。」(詳説世界史 山川出版)この映画に準ずる記載がされているが、その昔はこう習っていないかもしれない。


コルホーズを重点的に進めたのがウクライナである。ジョーンズはソ連の経済発展のカギはウクライナにありとの話を聞いて、列車に乗って向かう。ジョーンズの母親はウクライナで生まれていた。同行したソ連の高官をまいて一般車両に乗り込む。どんよりとした雰囲気だった。そこでりんごをかじると、乗客からじろっと見られる。食べ残したりんごが取り合いになるのだ。行先の駅では倒れている人がいる。雪の中、母親の育った家に向かうと、飢えに苦しむ人たちを大勢見かけるのである。ジョーンズはあぜんとする。


⒉ソ連当局に買収される米国人記者
モスクワに到着したジョーンズはニューヨークタイムズのモスクワ支局を訪れる。そこにはピュリツアー賞を受賞したウォルター・デュランティ(ピーター・サースガード)支局長と女性記者エイダ・ブルックス(ヴァネッサ・ガービー)がいた。デュランティはソ連の高官たちや他の記者たちと乱行パーティで遊び呆けている。


ジョーンズは飢えに苦しむウクライナの実情をマスコミに公表しようとするが、デュランティはそういった事実はないとニューヨークタイムズとして発信する。誰もが天下のニューヨークタイムズの発言を信用する。そして、1933年米国とソ連は国交を樹立する。その一方で故郷ウエールズに帰還したジョーンズは虎視眈々とチャンスを狙っていた。そして「市民ケーン」のモデルとして名高い新聞王ハーストと面談するチャンスを得るのだ。


ベルリンの壁が壊され、共産主義国のリーダーであったソ連が崩壊して共産主義というのが妄想となった。日本の左翼系知識人は真っ青である。それ以前からスターリンによる粛清が取りあげられているが、学生運動に狂ったアカ学生はソ連をたたえていた。町でビラを配っている共産党系BBAはこういうのを見てどう思うのか?

「ファシズム」と「共産主義」を研究対象としてきた人々が、当初の期待にまったく反して、この両体制の下における諸条件は、多くの側面において驚くほど似ている事実を次々と発見して、衝撃を受けている。(ハイエク「隷属への道」西山訳 P.28)
ハイエクはピーター・ドラッカーの言葉を引用する。「ファシズムは共産主義が幻想だとあきらかになった後にやってくる段階なのだ。そして、今、ヒットラー直前のドイツでと同様に、スターリン下のソ連において、それは幻想だとわかった。」(同 p.31)

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映画「最後の追跡」 ジェフ・ブリッジス&クリス・パイン

2020-08-23 19:24:33 | 映画(洋画:2016年以降主演男性)
映画「最後の追跡」は2016年のNetflix映画


「最後の追跡」は日本未公開でNetflixのみ配信である。大ファンのジェフブリッジスが主演というのに映画の存在すら知らなかった。コロナ騒ぎまでNetflix派でなかったことを悔いた。なんとアカデミー賞で4部門(作品、助演男優賞、編集、脚本)でノミネートされているというではないか。アメリカで公開されたとはいえ、一部の公開で実質Netflix映画である。米国の評論家たちの評価は極めて高い。

銀行強盗とそれを追うレンジャーという構図は伝統的題材である。ここでは、テキサスの田舎町を映し、都会に比較すると前近代的にゆったり時間が流れる。まさに古典的な西部劇的要素が強い。ハイテクな要素が少ない。え!何度もこんなに銀行強盗できてしまうの?とまで思ってしまうが、この地方の風土がトランプ大統領を生んだ素地なんだろう。クリス・パインが持つ迫力とベン・フォスターの破茶滅茶な姿は30年前だったらジェフ・ブリッジスが演じたであろうに。そんなことを思いつつ映像を追った。


テキサス西部の田舎町で、開店前のミッドランズ銀行に覆面をかぶった2人組の強盗が入る。周囲には人が少なく、あっという間に逃走し、別のミッドランズ銀行の支店でも同様に強盗に入って現金を強奪する。兄タナー(ベン・フォスター)と弟トビー(クリス・パイン)は母親の借金で実家につけられている銀行抵当を返済により外して、弟が別居している息子に財産を残すのが強盗の目的だ。銀行が抵当権を行使する期限は間近に迫っている。一方で地元レンジャーのマーカス(ジェフブリッジス)とアルベルトは捜査に着手する。


兄は刑務所から出所したばかりで、向こう見ずだ。弟が銀行を下調べして念入りに計画していたのに、弟が食事している時に1人で別の銀行に入り込み、慌ててその場を脱出しようとする。勝手な行動で弟は腹を立てるが、ゲットしたお金はオクラホマのカジノでチップに替える。


マーカスとアルベルトはある支店に来ると読んで銀行前で待機していたが、おそらくは別の支店に狙いをつけるはずだと移動する。そう思ったときに兄弟はポストという町の支店に強盗に入る。しかし、給料日で大勢の顧客が来ていた。今までのようにはいかず、銃を所持している顧客の抵抗を受けた。逃走車を何台もの自警団の車が執拗に追っていくのであるが。。。

小技が効いている脚本である。メキシコとアリゾナ州の国境ラインでの攻防を描いた「ボーダーライン」でも脚本を担当したテイラー・シェリダンテキサス出身、地元を知り尽くしているのであろう。寂れた町の状況を映し出し、ストーリーと並行して突飛な人物を放つ。ウェイトレスもみんなかわっている。変人だらけで会話がおもしろい。人種差別用語もひんぱんにでてくる。それが映画のレベルを昇華している。

⒈ジェフブリッジス
退任寸前のレンジャーをジェフ・ブリッジスは演じる。相棒は先住民族の男だ。人種差別的発言連発でいつも相棒をからかっていて、性格はいいとはいえない。見ようによってはいやな奴だ。ここでの捜査はヤマカンもいいところ、まったく科学的ではない。追われた兄貴が必死の抵抗をするが、ふと背後から捕らえることを考える。ここだけは老練である。


念願のアカデミー賞主演男優賞に輝く飲んだくれミュージシャンを演じたクレイジーハートやコーエン兄弟の巧みな脚本で引き立つトゥルーグリットと比較してもずいぶんと老けて落ち着いてしまったなあという感じだ。でももう少しがんばって!

⒉クリス・パイン
クレジットでは格でジェフ・ブリッジスがトップとなっているが、実質的にはクリス・パインが主演である。ここではかなり躍動的活躍をする。兄貴に町の暴走アンちゃんが絡んできて、それをコテンパンに倒す暴力表現が本気かつワイルドで、やられた役者大丈夫かと思ってしまう。


離婚して家庭破壊になっているんだけど、何としても息子には石油が出るとわかった自己所有の土地を残したい。その思いが強い。抵当権を行使されたらそれができない。母親に不利な条件の融資をして抵当を付けている銀行をあえて狙う。強盗に入る銀行の支店では、いずれも監視カメラの映像がその場に残らないのをわかっている。無鉄砲な兄貴と違って、銀行員にバラのお札のみ出せと言ったり、下調べもした上の慎重な計画を実行していく。でも、慣れないのでスキはできる。途中でウエイトレスに惚れられるシーンがある。このやりとりがお遊びで楽しい。

⒊前提条件に疑問?
いくら田舎のテキサスとはいえ、1950年代のアメリカを舞台にしている訳ではないから、もう少し科学的な捜査をしても良さそうだ。これが現実なんだろうか?被害に遭った銀行は、テキサス州内しか支店がなく、被害額もさほど大きくないのでFBIが出動しないという。

それにしても、被害に入られた銀行に防犯カメラがあるが、すぐさま本部に転送になりすぐ映像を確認できないとか、一つの銀行に強盗が入ったのに別の銀行にすぐさまその事実が通知されないとか、このあたりはそんなことあるの??という感じである。
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映画「糸」菅田将暉&小松菜奈

2020-08-22 20:08:01 | 映画(日本 2015年以降)
映画「糸」を映画館で観てきました。


久々に日本映画を映画館で観た。菅田将暉小松菜奈のコンビはディストラクション・ベイビーズ溺れるナイフでみている。いずれも2人の演技が冴え、好きな作品だ。気になっていた作品で、公開早々にむかう。この映画では平成という時代を意識したストーリー展開だ。ともに平成元年に生まれた2人の男女の人生をたどる。長期にわたってのそれぞれの人生をたどるので、取りあげる出来事が多い。多すぎるせいか、それぞれが中途半端になってしまう感もある。それでも、オーソドックスな長期にわたるラブストーリーで最後まで退屈せずにみた。


平成13年、ともに平成元年に生まれた北海道美瑛で暮らす13歳の高橋漣と園田葵は、地元の花火大会で知り合う。サッカー部に所属する漣の試合を葵が見に行ったりして、急速に接近する。ところが、いつも2人で待ち合わせる場所で漣が待っていても葵はこなかった。心配になり、漣は葵の自宅に行ったが誰もいなかった。

その後、葵の友人弓に連絡先を確認して、札幌に向かう。そこで会った葵はだれかに殴られた跡を隠すかのように眼帯をしていた。それが継父の虐待によるせいだとわかった漣はその場から葵を連れだし、列車に乗って以前いったことがあるロッジに向かう。しかし、一晩泊まって警察の捜索の手が伸び保護されることになってしまう。

それから8年、漣(菅田将暉)は地元のチーズ工房に勤務していた。中学の同級で親友だった竹原直樹(成田凌)と葵の友人だった弓の結婚式に出席するために上京して式場で葵(小松菜奈)と再会する。北海道を離れた葵は大学の経営学部で学んでいた。久々に会って会話を交わすが、そこには投資会社社長の水島(斎藤工)が迎えに来ていた。もう別の世界になっていることで落胆した漣だったが、職場の先輩桐野香(榮倉奈々)と付き合うようになる。


やがて結婚の決意を固め、役場で結婚届の準備をしようとしていたところで、偶然葵と会う。葵は地元美瑛に戻った母親の行方を探しに来ていたところだったが、もうすでに函館の兄のところでなくなっていた。漣は函館までついて行ったが、もはやそれぞれの恋人がいるのでその場で別れるのであったが。。。

1.平成元年生まれにとっての重要出来事
会社に平成生まれの新卒が入社してきた時、いよいよそういう時代になったのかと思ったものだ。平成元年は日経平均株価が39000円近くまでつけて、経済のピークであったのはまちがいない。いろんな経済指標が平成2年から3年にピークをつける。そして、平成ヒトケタは下降をたどるのみである。

そんな時小学生だった平成生まれには景気は無縁の存在だったろう。米国ニューヨークで平成13年(2001年)テロ事件が起きたがあまり日本には影響がない。リーマンショックが平成20年(2008年)、東日本大震災が平成23年(2011年)このあたりが彼らにとっては重要な出来事かもしれない。

ここでは継父(もしかしたら入籍していないかもしれない)から家庭内暴力をふるわれる。母親は転んだことにしておいてと。最近ブログアップした「幼い依頼人」でも継母の家庭内暴力があった。昭和の末期にかけては校内暴力がひどかったが、平成は校内暴力をするような奴が家庭内暴力にまわったのかしら?平成を生きた若者には主要出来事よりそちらの方が近い存在では?

この世代にはむしろ西暦の2000年というのを起点とした方がなじみがあるのではないか。自分は最近平成20年代の後半の年号を言われるといつのことだかわけがわからなくなる。西暦が普通になってきた。

この映画観て、平成生まれの人どんな風に思うんだろう。見終わったとき、そんなことを考えていた。


2.キャバクラと投資家との出会い
葵(小松菜奈)と漣(菅田将暉)が共通の友人の結婚式で再会する。そのとき、葵が大学の経営学部に通っているというセリフを話したときに一瞬不自然だなと思った。漣はすでに地元で就職していた。葵はもうあと少し我慢して中学を卒業したら就職するんだと言っていた。継父の虐待を見て見ぬふりをした母親の存在もあり、よく大学に進学できたのかと思ったら途中で謎が解けた。


当然のことながら、片親のような存在では10代半ばからキャバクラでバイトして生活するしかない。そこで投資会社社長の水島(斎藤工)と知り合う。水島は恵まれない育ちの子だと見抜く、なんとか助けてあげようとお金をだしてもらって大学にも行けたのだ。そうだよね。

最近はあまり行くことはなくなったが、キャバクラに行くと片親の女の子に随分と出くわしたものだ。わりと学力のある子で、片親だから大学の学費を自分で稼ごうとキャバクラ勤めの子もいたがレアケースで、高校中退のような子がほとんどだった。このあたりは実際にありえそうな話には思えてくる。キャバクラというのは昭和の最後には少しだけあっただけだから、ある意味平成を象徴する形態かもしれない、


3.双曲線を描く恋
古くは成瀬巳喜男監督高峰秀子主演の「浮雲」が強烈な双曲線を描く恋だ。このブログでも、長期にわたってくっつき離れてという恋はずいぶんと取りあげてきた。この類いではいちばんの傑作は香港映画ラブソングかと思っているが、比較的近年ではあと1センチの恋がよかった。

この映画を含めた共通点は、それぞれがいったんは別の人と一緒になってしまうということである。ここでも2人は完全に別の道を歩むことになる。でも、ちょっと題材が多すぎか?漣(菅田将暉)のお相手はがんになってしまうし、葵(小松菜奈)は相手の投資会社社長がバブル崩壊した上に、シンガポールで事業をやって頂点のところで仲間の裏切りに引っかかったりする。幅広くしすぎたのではないかな?そこがこの映画の欠点だと思う。

4.名優再登場
主演級であった3人が年をとったので驚く。倍賞美津子は久々にみた。一連の今村昌平作品だけでなく、エロ女の匂いをプンプンさせていたが、ずいぶんとBBAになったモノだと思う。その昔、Hニューオータニの「トレーダーヴィックス」で彼女が40代の頃みたことがあったが、かっこよかった。最終に向けては重要な存在となるけど、美津子というより姉の倍賞千恵子が演じるような役柄に思える。


漣(菅田将暉)が最初に結婚した相手の父母役が永島敏行と田中美佐子である。永島敏行の主演作「遠雷」は長年にわたって自分のブログでは閲覧数が多い作品だ。不器用なイメージが牧場主の役柄には合う。自分と同世代の田中美佐子は30代半ばに人気急上昇してTVで売れっ子になった。日本ではあの世代でピークを迎えるのはめずらしいのでは?さすがに色あせたのは仕方ない。今後はこういう母役が増えるかも。
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映画「女囚701号 さそり」梶芽衣子

2020-08-20 05:37:53 | 映画(日本 昭和35年~49年)
映画「女囚701号 さそり」は1972年(昭和47年)の東映映画


「女囚701号 さそり」梶芽衣子の代表作と知りながら、なぜかご縁がなかった。怖いもの見たさに覗いてみると、これがまた凄い。梶芽衣子本人の存在感は言うまでもないが、 扇ひろ子 、横山リエ、三原葉子、渡辺やよいと女性の脇役が粒ぞろいでそれぞれにインパクトが強い。女性刑務所内での女囚同士のつばぜり合いが激しい。女囚への強いお仕置きがエロ系の匂いもさせながら酷く映す。

日の丸国旗が映し出される中、刑務所所長(渡辺文雄)が表彰状をもらっているところに大きなサイレンの音が響き、式に出席の刑務官が一斉に向かう。松島ナミ(梶芽衣子)と木田由紀子(渡辺やよい)が懸命に脱走している。刑務官が取り押さえようとしても、簡単には捕まえられない。追いかける警察犬もたたき殺す。しかし、結局2人は捕まり懲罰房に押し込まれる。


松島ナミは警察官の恋人杉見(夏八木勲)に頼まれ、麻薬組織が関わるナイトクラブに潜入していた。ところが、身元がばれ、組織の人間たちに強姦される。その場に杉見が捜査に立ち入り、麻薬を押収して組織の人間たちは逮捕される。しかし、組織幹部と杉見が裏でつながっていて不要なメンバーを追い出すためだった。組織からの杉見への分け前を少しだけ強姦された松島に渡したが、復讐の念しか起きなかった。松島は杉見を殺そうとして捕まり、刑務所に入ったのである。


懲罰房では半裸で手足を縛られた状態である。色の違う囚人服を着たグループが給仕に来て熱い味噌汁を松島にかけようとしたら、逆に足をすくって味噌汁の入った大きな鍋を浴びせ返す。こういった感じで何かやられたらやり返す。味方が敵になったりの繰り返しだ。

この映画のストーリーは書きづらい。
逆転に次ぐ逆転で女囚も、刑務官も、刑務所の所長の誰もがハマる。グロな感じがすごい!

1.梶芽衣子
代表作である。無口でニヒル、その美貌は彼女のピークであろう。子ども心に芸名が途中で梶芽衣子に変わった記憶がある。主題歌の「怨み節」はこの当時街でよく流れていた。まだ中学生の自分には暗い音楽としか感じられなかった。この当時の女囚だけに、男性刑務官からずいぶんといたぶられるし、周囲との折り合いも悪く闘争が絶えない。それでもしのいでいく。

片山由美子という女優がいた。少年たちが親に隠れてこっそり観ていた12chの「プレイガール」にでていた。その片山由美子は女性刑務官役で梶芽衣子の懲罰房にはいって、最終的には落とし込めるつもりだったのだが、若干レズビアンの気がある彼女を梶芽衣子がいかせまくるシーンがある。当時「プレイガール」で見せてくれなかった弾力性のあるバストを披露していきまくっているシーンには、エロの匂いを感じさせる。


最後にはニヒルな帽子姿がわれわれを虜にする。クエンティン・タランチーノが彼女のファンであるのはあまりに有名だ。会ったら手を握って離さなかったという。「キル・ビル」でも梶芽衣子にオマージュを捧げている。


2.横山リエ
新宿泥棒物語遠雷での印象が強い。まだ20代そこそこだった新宿泥棒物語よりも遠雷でのジョニー大倉がハマるスナックのママ役が適役だ。この数年前まで新宿3丁目でバーのママをやっていたが、60代も半ばになりやめた。自分も数回行ったが、年齢には勝てない。


この映画の当時24歳、ほかの作品と違うのは眉毛をそっていかにも女囚らしさを出しているところだ。高橋洋子主演の名作旅の重さも1972年、ほぼ同時期に撮影されているが、「旅の重さ」のドサ回りの劇団員役が横山リエらしいといえるかもしれない。

3.三原葉子
昭和30年代中盤に、その後TVで大活躍した宇津井健天地茂とともに新東宝のエロ路線の看板女優であった。この映画では横山リエ率いるグループに所属して、まったく三原葉子とは気づかず見ていた。いかさま博打で金を巻きようとしているところを見破られ、気が付くと大ゲンカ。鬼の血相のメイクがちょっとホラーぽく狂気じみている。昭和8年生まれというと、当時中学生だった自分の母より年上である。それを思うと、風呂に入る場面で豊満なバストを披露しているのには複雑な気分だ。


4.扇ひろ子
ものすごい貫禄である。周囲に群れない、一匹狼のような女囚だ。新宿ブルースの大ヒットでTVで顔と名前は知られるようになっていた。小学生の自分も記憶がある。ヒットした当時22歳だというのには驚く。その後日活で女任侠映画の俠客をいくつかの作品で演じている。これは見ていない。


日活は1971年にロマンポルノに方向転換するわけで、この映画が撮られた1972年は東映がそのキャラで引っ張るのにいい時期だったのかもしれない。この映画でも、女囚の1人がサイコロ賭博でイカサマをやっているのを見抜く。そこからの三原葉子とのドタバタはある意味怪談のようだ。

5.渡辺やよい
梶芽衣子扮する主人公の相棒のような存在である。当時の性に目ざめようとする少年たちには大人気だった「ハレンチ学園」児島美ゆきが退いた後の十兵衛役をやった。当時自分も友人と映画を見に行っている。ませたガキだなあ。児島美ゆきがなかなか脱いでいないのに対して、渡辺やよいはあっさりバストトップを見せて友人とニッコリ。美乳には少年の頃ずいぶんお世話になった。その後、相撲の蔵間と結婚したけど、死に別れはかわいそう。


いずれにせよ、梶芽衣子の最後に向けてのかっこよさは時代を超えてすごい!意外にもバストトップを見せるその過剰サービスぶりもあって、一見の価値がある。こんなに見せてくれるとは知らなかった。
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映画「パパと娘のハネムーン」クリスティン・ベル

2020-08-16 18:11:32 | 映画(洋画:2013年以降主演女性)
映画「パパと娘のハネムーン」は2018年のNetflix映画

Netflixの作品を見ていてちょっと気になる題名がある。「パパと娘のハネムーン」「アナと雪の女王」でアナの声を吹き替えるクリスティン・ベル主演である。


結婚式でお互い誓いをいう寸前に花婿にダメ!できない!と言われた花嫁が、長年疎遠だった実父と式場で再会する。夜娘グチを聞いているうちに気がつくとハネムーンクルーズの旅に一緒に旅立つという話だ。英題は「Like father」である。娘を持つ父親として気になるのでつい見てしまう。映画のレベルはあくまで普通、ありえない話であるが、おとぎ話を見るが如くに最後まで見てしまう。

広告会社に勤めるワーカーホリックな主人公レイチェル(クリスティン・ベル)は常にクライアントのフォローで忙しい。それでも、結婚式を迎え久々の休暇でハネムーンクルーズの旅を予約していた。ところが、大学時代からの腐れ縁である花婿がお互いに誓いあう場面で、自分は無理だと言い出す。最初はジョークと思ったけどマジとわかり周りは唖然、レイチェルは戸惑いその場を逃げ出す。その式場には5歳から再会することがなかった実父ハリー(ケルシー・グラマー)も出席していた。


翌日、営業進行中であったポテトチップのCMは予定通り受注できることになったが、自分の情けなさに落胆して社内で荒れてしまい、机もぐちゃぐちゃにしてしまう。その夜気がつくと父親と大酒を飲んでしまうことになった。そして、朝気がつくと、クルーズ船上のベットで寝ているのであった。


船上の周囲はハネムーン客や熟年夫婦がほとんどで、父と別の部屋に移ろうと思っても移れない。クルーズ船の最初の停泊場所であるジャマイカに2日後に着くので、飛行機でニューヨークに戻る段取りをとる。船上でゲイカップルや黒人の再婚同士のカップル、初老の熟年カップルと知り合う。彼女は退屈でうろうろしている時に、独身のジェフと知り合い気が合う。

クルーズ船のナイトショーでは、親子でステージに上がって楽しみながら、ジャマイカに到着する。滝つぼの周囲で泳ぎながら、船上で知り合ったカップルたちと水遊びを楽しむ。でもレイチェルは戻ってからの仕事の段取りでスマホをにらめっこ、それをみて父親がスマホを奪い取って水没させてしまうのであるが。。。


⒈ワーカーホリックなやり手女
とにかくせわしない。スマホは離さず、クライアントにまめに電話。結婚式会場で入場する前にも電話は終わらない。入場したら、え!という感じになるが、落ち着かない女だ。年齢は30歳という想定。広告会社勤務で自分の部屋を与えられている。裁量もかなりあるようだ。映画の設定だけど、きっと実績があるのかな?なんて思ってしまう。でも、SEX好き、17歳の時から男とはやりまくっているという。「英雄色を好む」の女性版、アメリカにはこんな女いるんだ。


⒉突然現れる父親
5歳の時に両親が離婚して、それ以来音信不通という設定。母親はすでに亡くなっている。よく自分が結婚するのわかったね。と父親に尋ねると、今はネットで検索するとわかるという。SNSで結婚するよなんて発信すれば、確かにわかるかもしれない。こんなことあるかいな?!という設定だが、考えていることも似ているせいかなぜかそのまま一緒に旅にでてしてしまう。ただ、この父親肝心なこと隠していた。それは見てのお楽しみ。


⒊在宅勤務続きのわが娘
レイチェルのようなやり手女を見ると、ウチの娘とはあまりの大違いで驚く。娘は4月からずっと在宅勤務である。何度かお前本当に会社大丈夫かという話もしたが、そろそろ出社かなといったタイミングで、感染者数の急増で振り出しに戻る繰り返しだ。男性社員は車に乗ってお得意様に行くことあるようだが、電車禁止令で電車に乗らずカーシェアで行くという。娘はそういうのはなく出社も外出もない。。とりあえず、月曜日は朝礼やって会社がある日は朝から晩まで何か作業をしている。たまに電話かかってくる。


でも、そこまで厳重にやっているのに同じ部門で感染者が出たという。当然、会社に行っていないから娘は濃厚接触者でもない。自分の周囲を見ると、むしろ厳重にやっているような会社で感染者がでている印象を受ける。自分の会社は皆無。自分は東京のど真ん中に休日以外毎日通っている。酒は3週間近く飲んでいないが、取引先の人ともよく会っている。わからないもんだね。どっちがいいか。



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