ラ・ヴィータ イタリア

イタリア:ベニスでの日常生活やベネチアンガラス工房のお店“L'albero”での出来事、イタリア&海外お奨めスポットなど

2016年 新年明けましておめでとうございます

2016-01-01 17:37:52 | 日本:その他

新年明けましておめでとうございます

 

旧年中はラルベロを御贔屓いただきありがとうございました

最後のお仕事 あべのハルカスでは

場所が以前より変更になりかなり探し回って来てくださった

お客様がかなりいらっしゃいました

本当にありがとうございました!

昨年に引き続き今年もよろしくお願い致します

 

そして賀状を頂きました皆様にはこの場を借りて御礼申し上げます

 

さてラルベロの2016年 最初のスタートは

ジェイアール京都伊勢丹 10F ステーショナリーにて

1月13日から26日まで2週間いつもの場所でPino実演しております

最初の週は催事場では北海道展が開催中です!美味しいものが満載ですね

 

そして毎年恒例のベネチアンガラス体験教室は

2月5日、6日、7日と3日間限定にてこれまたいつもの場所にて開催 → ここ

申し込み状況はおいおいこのブログで掲載させていただきますね

12/25現在の申し込み状況です 各回とも20名様までです

2月5日  午前 12人   午後 3人

2月6日  午前 8人    午後 12人

2月7日  午前 3人    午後 9人

1月4日までは電話&FAXでの受け付けに対しての返答は5日なりますことご了承くださいませ

メールでの受け付けは随時いたしております

 

 

さらに最後の〆として阪急うめだ本店 10F スークにて実演販売いたします

うめだ阪急では11月にイタリア展でお世話になっていますが

今回は催事場ではなく 10F スークとなります

商品もかなり沢山展示できますイタリア展で展示しきれなかった品々を

どーんっと展示予定ですので皆様のご来店を心より申し上げます

 

 

 

 

 

 

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2015年 明けましておめでとうございます

2015-01-01 17:51:33 | 日本:その他

新年明けましておめでとうございます

旧年中はいろいろお世話になりました

今年も公私ともよろしくお願いいたします

 

 

昨年から年賀状でのご挨拶を無礼しており申し訳ございません

年賀状をいただきました皆様にはこの場を借りて御礼申し上げます

 

そして2014年秋からはじまっています “ ラルベロ日本ツアー ”

各会場に御来場いただきましたお客様にも御礼申し上げます

 

寒くなるという予報がでていたにも関わらず

元旦の朝の陽気に誘われお散歩に出かけました

帰り道ちらほら降り始めた雪

 

あっという間に一面銀世界になりました

 

 

 

 

 

 

 

 

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ラルベロ ホームページのアクセスについて

2014-12-07 23:40:39 | 日本:その他

11月末ごろよりラルベロのホームページがアクセスできない状況になっております

ついては体験教室のお申し込みもHPからは現在不可の状況です(12/7現在)

 

現在原因を追究しております

修正するまでの間は直接メールにてお申込みくださいませ

info@alberovenezia.com

 件名には必ず 体験教室申し込みの件 と記載お願いいたします

おってこちらから受付メールをさせていただきます

 

3日たっても受付メールが届かない場合は再度お問い合わせお願い申し上げます

 

 

 

 

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大震災:その後

2011-08-10 06:32:54 | 日本:その他

 先日ベネチア在住10年以上のFumieveさんのブログで

今は亡き RCサクセッションの忌野清志郎について興味深いことを記載されてました

 

このブログを読んでくださってる方にお知らせたくてリンクさせていただきました

http://fumiemve.exblog.jp/d2011-08-07/

 

上記サイトに貼り付けてある歌(彼の叫び:メッセージ)を聴いてみてください

 

私驚きました!

今から22年前まだ30代だった彼がこれほどまでの強烈なメッセージを

伝えていたなんて、、、、全然知りませんでした

今この時に生きてて欲しかった

 

そして大震災から5ヶ月が過ぎようとしている

あの日あの時日本国民が皆悲しみと恐怖のどん底に突き落とされた

絶対に風化させてはいけないこの恐ろしい出来事

 

でも人間の記憶というのは時間の経過とともに薄れていく

嬉しいことも悲しいことも、、、、、

だから生きていけるのかもしれないが

 

私も含め特に大震災の被害を直接受けてないエリアの人の悲しみや恐怖は当時より薄れていることでしょう

 

区切り区切りで振り返り思い返し、太く短くではなく

細く長くなにか出来ることをと思ってはいるのですが、、、、、

 

ちょっと前の話になりますが

6月の中旬妹からこんな連絡がはいりました

〝今週末から被災地にボランティアに行ってくる〟と

 

聞くと彼女の勤めている会社からの斡旋で現地入りするとのこと

会社は社員に希望を聞き業務に差し支えないよう1週間単位で

希望社員を現地に送っているとのこと

 

素晴らしい企画

義援金金という形で応援している企業はたくさんある

でもこうして人力の派遣というのも今後どんどん必要なことでは

 

それを受け入れる体制が整ってきてる今こそこんな企業がどんどん増えてくれればと思う

実際ボランティアに行きたいと思っても

会社勤めのある会社員がボランティアに行くことは不可能だから

 

1週間のボランティアに参加した妹から最近こんなメールがやってきた

 

彼女が書いた震災ボランティア記

見出しにこう書いてありました

 

〝一緒にボランティアをした地元岩手の方が、

気にかけてくれる人が全国にたくさんいると思うことが励みになると言ってました。

だから伝えなきゃって思いました〟
と、、、、、

以下内容ですかなり長いですがお時間あるときに読んでいただければと思ってます

 

 

6月下旬から7月頭にかけての1週間、震災ボランティアに参加して来ました。

私たちがお世話になったのは、岩手県南部の内陸の町・遠野市に拠点を置くボランティア団体の「遠野まごころネット」。

 

ここでは、全国のボランティア団体や企業からの団体派遣をはじめ、国内外からの個人ボランティアなど幅広く受け付けており、私が訪れた時には、拠点となる社会福祉センターに、国内外から200人ほどのボランティアが集まっていました。

私も彼らとともに社会福祉センター内に寝泊まりしながら岩手県南部の陸前高田市や

大槌町などの被災地で、瓦礫やヘドロの撤去や炊き出しなどのお手伝いを

1週間やってきました。

初めて訪れた被災地は、岩手県で最も被害が大きかった町・陸前高田市です。

私が最初に感じたのは磯の香に混じるわずかな腐敗臭でした。

鉄くずのように潰れた車や瓦礫が散らばり、家の基礎だけが360°広がる異様な光景は、

まるで爆撃を受け焼け野原になった町のようでした。

 

元の町を想像することができない姿に、一瞬にして本州太平洋沿岸500kmもの地域を破壊した、津波の圧倒的なエネルギーの大きさを思い知らされました。

活動初日、

緊張の中で参加したのは陸前高田市にある海辺の集落での

側溝のヘドロや瓦礫のかき出しでした

この日の最高気温は35℃。まだ東北は梅雨の最中でしたが、梅雨の晴れ間の日差しはすでに夏本番の鋭さで、津波で裸になった大地をジリジリと照りつけています。

 

津波が襲った現場は、地上にあったあらゆるものが瓦礫と化し、建材などから有害物質が出るとともに、津波で打ち上げられた有機質を含む海底の泥は、腐敗し病原菌の塊といわれるヘドロとなって被災地を覆っています。

 

そのため瓦礫撤去の現場では、瓦礫から出る粉じんや有害物質対策としてゴーグルやマスク・ゴム長靴やゴム手袋で完全防備し、まるでサウナスーツ状態で臨まなければ危険です。

 

側溝はヘドロでびっしりと埋まっており、水の流れが完全に止まっていましたが、30人ほどのボランティアが並んで、スコップを握りしめ、ひたすらヘドロを掘っては土嚢袋に詰めていきました。

側溝の中からはヘドロや小石の他、屋根の瓦から壊れたビデオやカセットのテープ、財布、貯金箱までが次々と現れました。

 

また同様に訪れた別の瓦礫撤去の現場では、

表彰状の切れ端、クラスの集合写真なども現れ、あの日あの瞬間、唐突に止まってしまった日常生活の片りんが感じられ、まるで人々の暮らしの遺品整理のような作業です。

 

この地に地縁のない人間だからこそ、手を止めずに、ただ黙々と瓦礫の整理をすることができるのかもしれないと感じました。

また、釜石市近くの大槌町という小さな町の避難所へは、夕食調理に訪れました。

この避難所では、未だ20数名の被災者が肩を寄せ合うように過ごしています。

 

ここでは週に一度の炊き出しが行われる日以外は、支援物資に届けられるパンやラーメンなどを食べて過ごすことが多く、何カ月も同じメーカーの同じパン、賞味期限を過ぎたものも食べざるを得ないというお話を伺いました。

 

本当にそんな状態なのか?

ずっと炊き出し支援を続けられている方に確認すると、実際には、米や野菜などの支援物資も相当数届けられており、避難所内で自活して自分たちの好きなものをある程度自由に自炊することができるはず。

 

けれど「せっかく届けてもらった支援物資を無駄にするのはもったいない」

また「自分の好きなものを勝手に作って食べるのは他の人の手前できない」

などの想いの中で、あるものを食べる生活が続いているのではないかと言うことでした。

避難所では、私たちに対し笑顔でお礼を言ってくださった被災者が、

避難所のニーズを聞き取りに来られた方に

「いつまで炊き出しなどの支援が必要か」と問われた際には、

「わたしらには何もない。飢え死にさせる気か!」と感情をむき出しにされる姿に、

どうしようもない苛立ちを垣間見ました。

この日は避難所に近い元漁港近くで、米軍によるバザーが行われていました。

腐敗臭が漂う瓦礫だらけの集落を、背中を丸め重いビニール袋を下げて歩く被災者を見かけました。

その姿は、まるで日本という国の中で生まれつつあるスラムを見るようで

いたたまれない気持ちになりました。

震災直後からボランティアの中心となって日々被災地に入り活動されている隊長は

語られます。

 

「震災後3カ月以上経っても、被災地は復興に向けてまだゼロにすらなっていません。

瓦礫を片付けないことには、ゼロにすらならない。

 

一つずつ人の手で瓦礫を片付けて、

マイナスをゼロにすることがボランティアの役割なんです」と。

 

また別の隊長は「震災直後は、多くの報道が被災地へ来ていましたが、今やニュースでは仮設住宅が出来て被災地は復興へ向かっているということばかり取り上げられています。

 

被災地の現場で、報道に会うことは殆どありません」と悔しそうに語られていました。

 

確かに、未だに瓦礫が散乱する広大な被災地で見かけるのは、

わずかに点在して活動するボランティアと重機、

そして未だに遺体捜索を続ける警察官のチームのみでした。

被災地での活動を経て感じたのは、震災から4か月、被災者を傷つけているのは、

未来の希望が見えない現状にあるのではないかということです。

 

昨日まで、当たり前に働き、当たり前に自尊心をもって暮らしていた人たちが、

誰かの手を借りなければ生きていけない状況になる。

 

そして、それがいつまで続くのか、終わりの見えない状況で日々を過ごしている。

その中で、自尊心をもって暮らすことはとんでもなく難しいことだと感じます。

復興が進みつつあるというニュースと眼前に広がる瓦礫の町のギャップ。

放射能・節電・政局など新たなニュースを求めて社会の関心が薄らぐ中で、

 

一部の人々の善意の中でしか生きざるを得ない状況は、被災者にとって悔しく、情けなく、もどかしく、自ら立とうという気力を奪うに十分な気がします。

では、被災者に私たちができることは何もないのか。

そうではないと信じたいと思っています。

瓦礫撤去で訪れた陸前高田市海辺の住居跡で、柱だけになってしまったお宅の片付けを行った時のことです。

 

この家の持ち主のOさんというおじいさんに、お話をお伺いすることが出来ました。

津波の際は、海から津波に追いかけられながら、なんとか避難場所の山の上にたどり着き、

奥さんと合流したこと。

 

その後、山の中腹まで津波が襲い、渦巻く姿を奥さんと二人、ただ茫然と見ていたことなど。

 

夜は避難所で過ごし、昼はボランティアとともに住居跡の片付けをされているOさんは、

最後に「ボランティアの方には、感謝しかないです。自分たちだけだったら、とても片付けなんかできなかった。今は何にもできないけど、2・3年して浜がきれいになったら、今度は夏に遊びにきてください」と語られ、

 

私たちボランティアのバスが去る時には笑顔で手を振って見送ってくださいました。

津波で家や財産を失い、今も避難所暮らしを余儀なくされているにも関わらず、

積み重ねてきた日常を一瞬にして奪い去った海を恨んだり恐れすぎたりすることなく、

またその土地に根を張ろうという逞しさ。

そして、ボランティアの手を借り、背中を押されながら、自らの足で歩いて行こうというOさんの前向きな姿に触れ、心が震えました。

私たち人間は、何があっても自然の中の一部であり、泣いても笑っても、どんなに文明が発達しても自然と分かつことのできない存在であることの自覚と覚悟。

 

そしてまた、自然の中で人が生きていくためには、精神的にも物質的にも手を貸し背中を押してくれる人の存在が不可欠だということを、Oさんから教わった気がきます。

 

それは私にとって、津波という「自然」のもつ圧倒的なパワーとともに、人が人を思う力というもののもつパワーを改めて認識させられた旅でもありました。

ボランティアセンターに集っていた人たちは、年齢・性別・職業もバラバラ。

国籍さえも異なる人たちです。

 

「自分の町が鉄砲水にあった時に、ボランティアに助けてもらったから、その恩返しです」と語った青年。

 

「人間が大好きだから、ほっとけなくて」とほほ笑む女性。

 

「社会に出る前に、いろんな人生経験をしておきたくて」と語る大学生。

 

「夢をあきらめて自分探しの旅に出ようと思ったときに、震災が起こったので、何か自分にも役に立つこがあるかなと思って」と話してくれた青年。

 

「悲惨な状況の中でも支えあう被災者から、これからの自国の社会の在り方を学びたい」と話すパレスチナからの学生。

一人ひとりの参加したきっかけは違っても、自分が動くことでほんの少しでも「誰かの役に立てれば」という心に突き動かされていました。

彼らと出会い、話をすることで、私自身随分と心強い気持ちになりました。

人が人を思う精神的なパワーは、目に見えず、言葉にしてしまうと、なぜか偽善あるいは独善的で嫌らしく感じてしまうため、表現しづらいのですが、

私たち人間という種族が生きていくうえで、不可欠なものだと感じます。

また反対に、人の「無関心」は、想像以上に、人を傷つけるパワーがあるのかもしれません。

震災から4カ月以上たった今、時間の経過とともに、被災地への「無関心」が生まれています。

遠く離れた地にすむ私たちですが、

時間の経過による風化のチカラに負けることなく、被災地の厳しい状況を想像力をもって思いやり、長く心を寄り添わせていくことができれば、

被災者はきっと再び自らの足で立ち上がる力を取り戻すことができるのではないか、

と感じています。

長くなりました。被災地の現場を見た人間として、ひとりでも多くの人に現状を伝えたくて力が入ってしまいました。

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震災の記録

2011-04-01 04:09:03 | 日本:その他

二日前ある人が書いたブログに偶然たどり着いた

食い入るように読み込んでしまったこのブログ

被災地に医療チームの一人として派遣された若い看護師さんが実際に見て感じた

現状が書かれていた

読み終わり又色々考え込んでしまった

 

 

 

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心温まるサイト

2011-03-14 08:00:50 | 日本:その他

このサイト友人のca_rinoちゃんのブログで知りました

ライブ中継のtwitterでも掲載されていた

 

心温まるサイト 

 

 いま沈みがちな気分にちょっと光が差し込みます

 

最後のほうに

このサイトは栃木県の避難所にて、停電のなか最初の夜を明かしている20歳の学生によって作られましたとある

 

驚いた被災している学生が作ったなんて

そしてそれに賛同した人たちが輪を広げていっている

 

 

私が一番ぐっときた“つぶやき”

 

高校生が先行きを不安がるおじいさんの背中をさすりながら

“大丈夫!僕らが大人になったら絶対に元にもどしますから”と

 

日本人の底力を垣間見る

 

 

Pinoがここのところ毎日ように言う

もしこれがイタリアで起こっていたら今の日本のように

冷静沈着に行動できす統制がとれず国が壊れてしまっているかもと

日本人は凄いと

 

外国から日本をみて今回もつくづく日本、日本人の凄さを思い知らされている

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原発の危機

2011-03-13 09:40:18 | 日本:その他

今朝12日は朝からどうしても出かけなければならなかった

地震が起きた直後から心配していた原発の安全性

 

地震直後はそれほど情報が流れてなかったので大丈夫だったのかと

思っていたら時間が経つにつれ女川原発の情報が流れてきた

今現在危機に陥っている福島原発についてはその時点では何も聞こえてこなかった

 

ところが今日出かける直前にみたライブ中継

福島原発内で爆発が起こった様子と

 

思わず泣いてしまった、、、一番心配していたことが

ca_rino ちゃんのブログに書いてあるように

 ほんと私が泣いてどうするの!泣きたい人はもっと他に沢山いるでしょって

自分に言い聞かせ後ろ髪を引かれつつ出かけた

 

帰宅まで一切情報は入らない

 

今日は一日この原発の事が頭から離れなかった

これ以上爆発が続いたら最悪の事態になってしまうそんな妄想がずっと続いていた

 

夜の2100に帰宅

怖くてパソコンが開けられない

情報を知るのが怖いと思ったのは生まれて初めてだった

 

まずはイタリアのTVから

昨夜はイタリアでも一斉に日本の地震の特番が放送されていた

 

でも今夜はそんな様子はない

しばらくすると福島原発という言葉聞こえてきた

 

報道では少しの放射能が流失したが大きなダメージを与えるほどではないと

胸の痞えが少し取れた!

 

この時間でこの内容なら恐ろしいことにはなってない

 

急いでネットでライブ中継をみた

 

同時に爆発した時の映像がユーチューブで流れていた

恐る恐る見てみたら、、、凄い爆発が起こっていた

 

この映像だけを見ていたらもう原発をコントロールすることはできないと思っていただろう

 

現場では命を懸けて必死に戦っている人がいると思うとまた涙

そして感謝!

 

私達も怖いけど彼らはもっと怖いはず

彼らにも家族があり待っている人たちがいるはずだから

 

早くなんとかこの危機から脱出できることを祈るしかない

 

前回のブログあわてて書いて最終の確認をしなかったため

不謹慎な写真が誤って掲載されてました

失礼いたしました

 

 

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東北大地震

2011-03-12 05:46:48 | 日本:その他

今朝朝起きてテレビをつけるとPinoが

 

“日本で大地震が起こった!きいた事も無いくらいの大きさで

東京が燃えているらしいと”

 

またーおおげさな

 

そう言いながらテレビをみるとどうやら本当にかなり大きな地震が起こった様子

 

あわててインターネットをみると弟の住んでいる福島で大地震が起こっていた

発生からすでに2時間ほど過ぎていた

 

昼間に起こった大地震、、、、火事

私の頭の中には阪神大震災の映像が、、、焼け野原となった長田地区

 

体が震えた!うまく電話もできなほど少々混乱していた

もしかして弟の身に大変なことが、、、、

 

すぐに実家に電話すると待っていましたかのように母がでた

 

“Rから電話連絡あった?”

 

母 “ずっと待っているけどまだ連絡がない、たぶん混乱しているんだと思う連絡があったらメールで知らせるから”と

 

とにかく電話をきり連絡を待つことに

 

1時間ほどして母からメールが届いた“Rから無事だとメールがあった”と

 

体の力が抜けた、、、、初めて味わった被災者の家族の心情

私の場合ニュースを知ってから弟の無事を聞くまで1時間ほど

それでもどんなに長く感じたことか

 

両親にしてみたらこの3時間はそうとう長かったに違いない

 

今日は一日家にいてネットで実況中継を見ていた

次々に入る悲惨な映像

 

もうすぐ日本では夜があける、、、、

そして計り知れない被害がまだまだ報告されることだろう

 

まだ家族や親戚、友人と連絡がとれない方が沢山おられると思う

心情を察すると心が痛む

 

無事で非難された方々寒いなか大変思いをされていることでしょう

 

そしてお亡くなりになられた方には心からお悔やみ申しあげます

 

ここまで被害が大きくなると日本にいても助けに行くこともできない

テレビをみて状況を知るしか方法がない

被災者のみなさん団結して頑張ってください

 

 

 

 

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イタリア特集

2011-01-07 00:56:50 | 日本:その他
 お正月からBSハイビジョンでなんだかやたらめったら

イタリア特集の番組が流れている

もちろんコタツに入って食べてばかりいた私達はずーっと

このイタリア特集を見続けている

どうやらこの1月はかなりのイタリア特集番組が放送されるようだ

今年2011年はイタリアが統一されて150年になるという記念の年

その関係か????

 

Pinoも〝こんな映像イタリアでも見たことない〟

〝これだけ長い時間ずーっとイタリアの番組を日本で見られるなんて凄い!〟

と絶賛している

 

そして一つの番組が終わるたびに

〝やっぱりイタリアは凄い国だ!〟と自国を絶賛している

 

私もそう思う、、、、

旅行をするならイタリアほど楽しい国はないのではないかと思うほど

見ても見ても見尽くせない無尽蔵にある見所

日本人の口にあう美味しいイタリア料理

そして芸術や美術などなど、、、、

数え切れないほどの魅力がイタリアには詰まっている

 

今日デパートにこられたお客様も

〝今BSでやってるイタリアの特番を見てたらすごくイタリアに行きたくなってきた私海外には行ったことがないのよーでもイタリア行ってみたい〟と

日本のかたには是非ともどんどんイタリアに旅行にきていただきたい

そしてベニスにも来ていただきたい

ベニスには〝ラルベロ〟もありますので(笑)ついでにお立ち寄りいただけると嬉しい

 

この1月はテレビに釘付けになりそうな私達!

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京料理とバレンタインデー

2010-02-19 08:45:42 | 日本:その他
帰国前に両親が京料理を食べに行こうと
新町六角にある〝瓢樹〟というお料理屋さんにつれてくれた

昔からある京都のお屋敷をそのまま使ってある趣のあるお料理屋さん
このお屋敷は有名な画家が昔住んでいたらしい
中に入るとなんと庭がいくつもありせせらぎまであったり
いい感じ、これぞ正真正銘の京町家?というよりもお屋敷って感じ

お料理の演出や器も素敵でまさに京懐石
夜はなかなかのお値段になってしまう、お昼ならそんな恐ろしい値段にならないので
ちょっと京料理を体験したい方にはいいところかも

食後、
友人Kチャン宅にPinoと一緒にすこし立ち寄った
ご主人と二人のかわいい娘Yちゃん、Sちゃんが迎えてくれた

ちょうどバレンタインデーのチョコレート作りの真っ最中



早速できたてのチョコレートを持ってきてくれた


なんかかわいいなー

今日本では友チョコなるものがはやっているらいしい
友人のRが言っていた、、、、

〝友チョコなんてお菓子会社の陰謀や!
友人に配るとなるといくつのチョコレートがいるのやら、、、
買ってられないので作る〟と言っていた

お母さんもなかなか大変だ!

そんな出来立てのほやほやのチョコレートを大口あけていただいた



〝ボーノ!:美味しい!〟とPinoご満悦!

次はまた秋に会いましょうね!
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