晴れのち曇り、時々パリ

もう、これ以上、黙っていられない! 人が、社会が、日本全体が、壊れかかっている。

ノルマンディーの至宝『カマンベール』

2008-12-10 02:51:04 | グルメ
<フランスの食材>と言えば、ワインとチーズ。

どちらも、質量共に世界に類を見ない豊かさです。

今回は、その『ノルマンディー地方』と『カマンベール』の間の秘密を、お伝えしてみようと思います。

<海岸では漁業、内陸では酪農>

『西ローマ帝国』を滅ぼしたゲルマンの諸部族のうち、最後のゲルマン人の移動、「北方ゲルマン」(いわゆるヴァイキング)の南下により形成されたのが『ノルマンディー公国』です。

ところで、西ローマ帝国の崩壊時に<蛮族>相争いながら土地を求めて移動し、定着して地域性が形成されつつあった頃、遅れてやって来た北方ゲルマン人ヴァイキングに残されていた土地は、およそ魅力的とは言いがたい森とやせた石灰層の土地で、農耕には全く不向きでした。

海岸に定着した彼らは、元々の技術で海の幸を求めて暮らせましたが、一歩内陸に入ると、放牧して暮らすしか術は有りませんでした。(最も彼らにその時、農業の技術も無かったのですが)。

ヤギと豚と羊から、だんだん乳牛にウエートが移り、ジャージー種(いまだにイギリス領の島原産と言われているベージュの肌の牛)から、焦げ茶の斑点を有する『ノルマンディー種』の牛が発生し、酪農が土地の重要な産業になって行きました。

酪農と言えば、ミルク。そして、バターと生クリームとチーズです。

ノルマンディーはチーズの宝庫。
『ポン・レヴェック』、『リヴァロー』、『ヌーシャテル』等、世界中にその名を轟かせているチーズが目白押しです。

それらの中でも、ノルマンディーと言えばやはり『カマンベール』。
もはやフランスを代表するチーズと言えるでしょう。

<チーズの成り立ちをもっと良く知ろう>

『原産地呼称管理法』APPELLATION D’ORTIGINE CONTROREE、のシステムをご存知でしょうか。

ある土地の、歴史と伝統から生み出されて来た特産物の、製品としての価値とその信用性を守る為に、生産地名をその製品名として名乗る権利を法的に擁護し、ほかの類似品にその名前を名乗らせない様に、規制する法律です。頭文字を取って<AOC>と表記されます。

特に、土地の固有性が製品の個性に大きく左右する農作物に多く使われ、代表的な物が、ワインとチーズです。

例えば、シャンパーニュ地方の法的規制された限定地域内で、土地特有の石灰質の土壌と気候との元で育った、特定種の葡萄を原料に、伝来の厳密なプロセスで製造された発泡酒のみが、シャンパーニュ(シャンパン)と名乗る事が出来るのです。

生産コストが安い(!)というだけで、韓国で作らせた紬織りを『大島紬』と大書して販売する日本の現状は、それを生み出し育んで来た奄美大島と、土地の人々と、その歴史への冒涜と言えるでしょう。

『大島紬』とは、奄美に生きる人々が代々伝わる手法により、土地の原料だけを使用して製造した特産物で、今の日本の流通業のやり方は、奄美が歴史と島民の生き方が生み出した『知的財産』の侵害であり、経済的被害どころか、その土地の否定に繋がることになりかねません。

A.O.Cのチーズも同じです。

チーズは元来各農家で、親父から教わったやり方で、細々と作っていた換金作物でした。
各村や町はおろか、各農家ごとに独自に(自分勝手に?)作り、色、形、味、香りそれぞれに異なっていたはずの物だったのです。
現代のような「細菌学」も「発酵学」も存在せず、バクテリアによるタンパク質の分解プロセスも知らず、ただ経験とカンと習慣とその家の言い伝え、だけで作られていたのです。
市場での売れ行きが良く、人気があっても、その村と周辺だけの消費にとどまっている程度の産物でした。


<カマンベールの成り立ちは意外な事に・・・>

技術や知識の社会的蓄積や、流通等が発達していなかった時代において、技術革新に励み、そのノウハウの蓄積がなされていた唯一の場所は、修道院でした。
葡萄栽培や、発酵プロセスの技術の発展も、広大な領地を有するそれらの修道院の管理下に有りました。

そこへ革命が勃発します。

特権階級の特権の廃止、修道院の領地の細分化と競売が行われ、農村は一挙に農奴制から自作農制へと移行し、同時に彼らの特権であった「知識」も流出して行きます。

ワイン生産技術もそのうちの一つで、一気に国内に広がり、同分野でのフランスの他のヨーロッパ諸国に対する優位性が確率するに至った訳です。

チーズも、その例に漏れませんでした。

シャンパーニュとブルゴーニュの境にほど近い町『モー』のある修道僧が数人、僧院を追われて逃避行のさなか、ノルマディーの小さな町ヴィムーティエで途方に暮れているところを、マリー某という町娘に献身的に匿われました。
修道僧は、親切のお礼に、モーの修道院秘伝のチーズ、ブリーの製法のノーハウを、マリーに残します。

彼女は数年後、近くのカマンベール村の農家「アレル家」に、そのチーズ造りのノーハウとともに嫁ぎます。
そう、これがカマンベール・チーズの生みの親、マリー・アレルの物語です。

その孫娘が、鉄道の開通式に臨席した皇帝ナポレオン3世に、アレル家自慢のチーズを献上し絶賛を浴びます。
時の権力者の賞賛を得た事と、産業革命のシンボルである鉄道の誕生とそれによる流通の拡大という、まさに時代の波に乗って、カマンベールはナショナル・ブランドにのし上がって行きます。

前述のA.O.C.の法律にのっとって、<CAMANBERT DE NORMANDIE>と表示して出荷出来るカマンベールは、以下の説明にある行程を経て、特定の地域で生産されます。
ただこのチーズは、同法律が制定されるよりずっと以前に全国的に有名になり、大メーカーが各地で工場生産していたため、ノルマンディー圏外での生産とその販売の中止を求める事が不可能でした。そこで、一般的な加工品は<CAMANBERT>とだけ名乗る事は認められたのでした。

A.O.C.の権利を有する生産者は、所在地により指定されており、それ以外の生産者は、ノルマンディー内で意欲的に丁寧に手作りしても<CAMANBERT DE NORMANDIE>とは名付けられません。そういう生産者達は、<CAMANBERT FERMIER (農場製)>と銘打って出荷している現状も、知っておくべきかもしれません。

ちなみに現在、カマンベール村は人口わずか200人、牛の数のほうが確実に多い、眠った様な静かな村です。
その名称が村の名前に由来するこの有名なチーズを、実際に造っている生産者は、しかしながら村にただ一人。
まだ40代の、フランソワ・デュランさんは、この静かな土地がすっかり気に入り、住み着いてチーズ造りを始める様になって、まだ10年余。しかし、伝統の製法を厳格に守り、徹底したこだわりのもとに製造しています。
生産量に限りが有るためなかなかお目にかかれませんが、
<CAMANBERT DE NORMANDIE FABRIQUE AU VILLAGE DE CAMANBERT > FRNACOIS DURAND
(カマンベール村内生産のカマンベール・ド・ノルマンディー)フランソワ・デュラン
という堂々とした金色のラベルには、彼の誇りが伺えます。勿論マリーの肖像も!
口に含むと、濃厚なミルクの味わいが広がり、飲み込んだ後までも尾を引き、そのコクに思わず微笑みがこぼれる事請け合いです。

なおヴィムーティエの町にはカマンベール博物館があり、昔ながらの道具類が展示され、製造過程が分かりやすく説明されています。また、世界中で造られているカマンベール(!)のラベルのコレクションも必見です。
町役場の前の広場には、青銅の「牛」の彫刻が堂々と立っており、かのマリー・アレルがその横で静かに微笑み佇んでいます。



<<カマンベールの出来るまで>>

チーズと一口に言っても、実に様々なタイプが有ります。

まず、原料別に4種類に分かれます。

1)牛のミルク (ヴァッシュ)
2)ヤギのミルク (シェーブル)
3)羊のミルク (ブルビ)
4)それらの混合
イタリアのモッツアレーラは本来水牛のミルクで造りますが、これは1)のヴァリエーションです。

次にミルク自体の違い。

ア) しぼったままの、無殺菌状態の元乳で造るタイプ (LAIT CRU)
イ) 低温殺菌(60~70度)で殺菌したミルクのタイプ (LAIT PASTEURISE)
ウ) 脂肪分(生クリーム)を取った後や、別のチーズを造った後の絞り汁の、
脂肪分の薄い液で造るタイプ (PETIT LAIT)

当然、ア)が一番おいしい。ところが、この製法を、EU委員会は禁止しようとしている!
高温殺菌(120度!!)の長期保存用の工業製品ミルクを使わせようとしているのだ。それだと、大量生産の工場製チーズと一緒くたになってしまう。

美食大国フランスの文化が、たいしたチーズを造っていないEUの他の国々のやり方に、飲み込まれてしまうかも。。。(どこの世界でも、官僚の想像力の無さには情けなさを通り越して、ただただ悲しくなるのみ。。。)

最後に、熟成方法の違い。

あ) 造って直ぐ食用になるタイプ。いわゆる英語圏で<カッテージ・チーズ>と呼ばれるものがそのタイプです。
フランス産ですと、フロマージュ・フレ(FROMAGE FRAIS)と呼ばれます。
リヨンの周辺では、『フィッセル』と呼ばれて、刻んだアサツキを添えて供されたりします。
い) 表面にカビを付けて、短期間(数日~数週間)熟成させるタイプ。柔らかいのが特徴です。(テンダー・タイプ)
う) 熟成期間中、アルコール(コニャックやカルバドス等産地によります)で何度か表面を拭いて、カビの状態を促進させる   タイプ( ウオッシュ・タイプ・チーズ)
  ノルマンディー産なら「リヴァロー」等。
え) 長期熟成(1年~数年間)させるタイプ。山岳地法に多い製法です。一般的に大型で、固い、ハード・タイプ。
  トムとジェリーのジェリーがだいすきな、穴ぼこだらけのチーズ(多分グリュイエールですね)はこのタイプになります。

カマンベール・チーズは、分類すると、無殺菌生牛乳で数週間熟成のテンダー・タイプにあたります。

生産農家の一日のプロセスは、次の通りです。

1) 早朝6時頃からミルクを暖める作業で、一日が始まります。前の晩に搾乳し、12度Cで保存したミルクを32度まで暖め  て、乳酸菌を加えると発酵が始まります。
2) 遠心分離機で乳脂肪分を20%取り除きます。
3) 仔牛の第四胃から採集した凝乳酵素を添加します。
4) 100リットル入りの容器内で凝固した状態(カード)に、薄いジュラルミンのへらで縦横に切れ目を入れます。
5) 直径11,5cm 高さ13cmの筒に、大振りのおたまで一掬いづつ入れて行きます。
6) 1~2時間置きに、同じ作業を3~4回繰り返すと、筒が一杯になります。
7) その間、水分(脂肪分の抜けた薄いミルク)が少しづつ抜けて行きます。さらにその筒を上下ひっくり返します。
8) ひっくり返す事5回、最後のお玉一杯を入れて1~2時間後、筒からはずす頃には既に夜の8時を廻っています。
9) 最後に塩を振り、カビを付け(ペニシリンの一種の白カビです)、3週間以上熟成させます。
  その間も、温度管、風の通し方、ひっくり返すタイッミングのはかり方等々、かかる手間ひまは膨大です。

熟成完了後、紙でくるみ、経木の丸い箱にいれると、おなじみ『カマンベール』チーズの誕生です!

さあ、心して頂きましょう。一杯の赤ワインとともに。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする