CuniCoの徒然・・・岩下邦子の独り言

日々の暮らしの中で、立ち止まったり、すれ違ったり。私の中のアレコレを思いつくまま、気の向くまま。

『いのち』に想いを寄せて。。。

2018-03-11 11:37:18 | 日記
毎年一度、4.14.も8月6日も9日も9.11.も、1.17.・・・
そして3月10日も、今日、この日もやって来る。

記憶に残さなければいけない日は、きっとたくさんある。
当事者でない限り、忘れてしまいそうな日もたくさんある。
そのために記憶ではなく、記録が大切になのだと考えたりする。

それは、生きているから。

いま生きている時間をどう生きるか・・・が大切なのだと思う。
それぞれの条件で、さまざま、違いが生まれる。
被災者も、それぞれの状況が変化し、それぞれの暮らしがあり、
求めるものも変わってきている中で、なにが必要なのかに思いを巡らせる。
声を上げられない声を、どう拾うか・・・

今日3.11.に多くの人が東日本大震災のことに想いを寄せている。
私も多くの人とともに、想いを寄せる。

そんな中、私の中で、もう一つ想う命がある・・・
国の行政機関に働きながら、
ずっと・・・自分自身の良心と闘いながら苦しんできたであろうその命。
たった一つの命かもしれない・・・
でも、私はその方の苦しみを想うと涙が止まらない。
その家族お無念を思うと涙があふれる。
どんなに苦しかったろう・・・
『あいつは、馬鹿だ』とどこかで、うそぶいている奴らが憎い。
すっかりヒラメになって、上ばかり見て、
自分の犯していることに気付かない不感症な人ばかりなのだろうか。
大慌てで、どう繕うかを画策している人たちが、いると思うと情けない。

ヒラメと化した国の行政職員の目は、
『復興』という言葉も、権力を維持しさらに強くして、
『納得』させるということなのかもしれない。
それでは、あまりに情けない。
そこに暮らす人々を見つめることができなくては、『復興』はあり得ない。
ひとりひとりの暮らしに、一つ一つの『いま生きている命』に向き合わなくては・・・

昨日、幼馴染たちと時間を過ごし、このことを話したわけではないが・・・
『これが正しい』と思ったとき、もう一度考える時間を持てることが大切だと話した。
それと同時に、違う価値観があることも忘れてはならないとも話した。
被害者であり加害者でもあることを考えなければならないとも話した。

たった一つの命・・・かもしれないが、
私は、ここ数日、その命に思いを寄せている。
どんなにつらかったことだろう・・・
自ら命を絶った近畿財務局職員だった方の命に想いを寄せている。

春三月・・・木々が芽吹き、色とりどりの花が、
もうすぐあちらこちらにあふれるであろうこの季節に、
いま生きていることに感謝しながら、今日もゆっくりと深呼吸をしよう。

一つ一つの命、失われた命・・・そこには唯一無二の時間が確かに存在していた。
そしてまた、いま生きている命も唯一無二時間を刻んでいる。

毎年やって来る同じ3月10日も決して同じ日はなく、今この時を刻んでいる。
2018年3月11日の朝に・・・目を閉じて、『いのち』に思いを寄せて。。。

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