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簡体字の例

2008-08-12 23:23:41 | 言葉と文字

 図は中国の簡体字の例です。
 「態」という字は「能」という部分が音を現し、「心」が意味の分類を表わしていて、「心構えとか、すがたの様子」という意味の漢字です。
 この字の音読みは「タイ」ですが、音を表わす部分が「能」ということは、「能」は「タイ」と読めるということです。
 そこで漢和辞典を引いてみると、小さな漢字辞典では「ノウ」という読みしかのっていませんが、ある程度詳しい辞典には確かに「タイ」という読み方も載っています。
 発音の違う言葉が同じ文字に同居しているのですが、「タイ」という読みで「能」という字が使われる熟語というのは見かけません。
 したがって「能」が「タイ」と読むなどということは、よほどの学者でないと知りません。
 しかし「態度」という熟語を見て「ノウド」と読む人はまずいないでしょうから、普通の人は理屈ぬきに「態」は「タイ」と読むと覚えこんでいて、「能」が「タイ」とも読むと思っているわけではないのです。
 おそらく中国でも「能」という字を見て「タイ」と読める人は少なくなっていて、「太」という字をあてがったほうが分りやすいので造字したのでしょう。

 「願」は音を表わす部分が「原」、意味を表わす部分が「頁」ですが。、「願」と「原」は日本語では「ガン」と「ゲン」でちがうので分りにくいのですが、中国語では両方とも「ユアン」で同じですから、音を表わす部分が「原」だと分ります。
 意味を表わす部分の「頁」は「あたま、くび」の意味なので、それよりも「心」を使ったほうが「願う」という意味にふさわしいと考えたのでしょう。
 (日本人の場合は「願」を「ガン」と読んでいて「原」と読みが同じだとは思わないまま「願はガンと音読みして願うという意味だ」と理屈ぬきに覚えているのです。)
 ところが「愿」という字はべつにあるので、同じ時に別の意味が同居してしまうことになるのですが、もとの「愿」の字はあまり使われることがないのか、「願う」という意味に母屋を取られた感じです。

 「驚」の場合は音符が「敬」で意味を表わす部分が「馬」ということですが、そういわれても、どうしてここで馬が出てくるのか驚いてしまうのではないでしょうか。
 字典では「敏感な馬がハッと緊張することを表わす」などと説明していますが、何となく腑に落ちません。
 「驚く」のは心の問題だから意味を表わすリッシンベンに、音を表わす部分は同音でもっと簡単な「京」にしたほうが分りやすいということで造字したものと思われます。

 「護」の場合は右側が音符なのでこれを同音で簡単な「戸」に変え、意味の部分は「言」では分りにくいので手偏にして動作を示すようにしたものです。
 これらの文字はよく使われる文字なのに、どうしてこのように書くのかと改めて考えると分らなくなってしまう文字です。
 もう既に覚えてしまっている人にはどうということはないのですが、初めて漢字を覚えようとする人には理屈ぬきで覚えなければならないので、記憶の負担が大きいのではないかと考えられます。
 中国では文盲率が高かったので、ともかく覚えやすく書きやすく合理的な文字に変えようとしたのでしょう。
 簡体字のなかにはやりすぎで、おかしなものもあるようですが、日本で導入してもよいものもあると思います。


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