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旧字体と新字体

2008-09-06 22:36:55 | 言葉と文字

 「恋」という字を旧字体では「戀」と書きますが、「心」の上の部分は糸+言+糸という形になっていて、「レン」と読みます。
 ずいぶんややこしい字で、書くのも覚えるのも大変なように見えますが、「戀」という字は「糸し糸しと言う心」と覚えれば簡単だと旧字体を好む人は言います。
 語呂合わせで覚えやすいのですが、意味的にはなぜそのように書くのか分りません。
 新字体は元の形を崩してしまうので、文字の形から意味が読み取れなくなるといいますが、この場合は旧字体にしたところで、たいていの人には意味が分かりません。
 漢和辞典を引けばこの部分は糸がもつれている様子を表わすとありますが、糸の間に「言」が入っているので「もつれる」という意味になる理由が分りません。
 「言」は「けじめをつける」意味だという説明もありますが、なんとなくすっきりしません。
 
 いちおう「糸+言+糸」で「もつれる」というような意味だとして、それでも「恋」は心がもつれた状態だと説明されると、少しおかしいなと感じます。
 別の説明では「もつれる」は「もつれて断ち切れない」という意味で、執着する意味を強調しています。
 それでは同じ部分を持つ「変」という字はどうなるかというと、下の「攵」が動詞とする機能を持って「もつれて変る」という説と、「攵」は「たちきる」意味で、「つながりを断ち切るので「変る」意味となるとしています。
 いずれにせよ文字を見れば意味が分るということはありません。
 「弯」の場合は「弯曲」の弯で「まがる」という意味ですが、上の部分は「いとがまがってもつれること、それと弓を合わせて丸く反る」という説明で苦しい感じです。
 弓を張れば糸はもつれていないと思うのですが。

 「蛮」の場合は「野蛮」などように「未開で文化が開けていない」というような意味ですが、「もつれる」+「虫」でなぜそうなるか。
 「姿や生活が乱れた虫のような人種」だからというのですが、日本人には思いもよらない思考法です。
 以上は新字体が作られている例ですが、これらについては旧字体であることのメリットはほとんどなく、旧字体では字が複雑で読み取りにくく、もちろん書くのも書きにくく不便です。
 このほか「欒」は団欒、「攣」は痙攣、「鸞」は親鸞という例があるので、馴染みのある漢字ですが、文字を見て意味の分る字ではありません。
 
 図の一番下の行はあまり馴染みのない漢字ですが、「糸+言+糸」が「もつれる」という意味だという知識を持っていても、字を見て意味のわかる人はほとんどいないでしょう。
 読みも「恋」がレン、「変」がヘン、「弯」はワン、「蛮」はバン、「欒」、「鸞」はランですから、知らない漢字であればレンと読んでも間違っているかもしれないと自信をもてません。

 「糸+言+糸」は「糸がもつれているようす」という視覚的なイメージを表現しようとしたものなのでしょうが、そこから文字の意味を推測しようとするとかえって難しくなっているのに気がつきます。
 この部分を「亦」に簡略化してしまった新字体では、文字面から意味は全く推測できませんが、「恋」「変」「弯」「蛮」をそれぞれ別に覚えるので、意味にムリを加えないですみます。
 「亦」に意味を感じようとしないのですが、そのほうがかえってよいのです。


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