蕃神義雄 部族民通信

レヴィストロース著作悲しき熱帯、神話学4部作を紹介している。

書く苦しさ、絶対「解」はすでに出来ている 1

2020年01月23日 | 小説
(2020年1月23日)
徳永恂氏の「…書く苦しさ教えるむなしさ…」(著書「絢爛たる悲惨」2015年刊の後書きから)に戻る。
ブログおよびホームサイト(WWW.tribesman.asia)にて幾回か取り上げたから、「またか」と飽きられる訪問者様も少なくないやも知れぬ。同書に読みとれる、とある逸話から飽き気味への答えを導いてみたい。
氏は講演で幾度かベンヤミン(ドイツ哲学者1892~1940年、ナチス迫害からの逃避行中にピレネー山中で横死。なおアーレント、レヴィストロースなどはマルセイユから旅客船での亡命が叶い過酷なピレネー越えを免れた)を取り上げていた。さる主催側から「またベンヤ…ですか」あきれ顔を見せられた。対して「またかとする御仁はベンヤ…を尽くしたからだろう。私は彼を尽くしているとは思っていない。学び話す事柄など未だ多く抱える。これからも…」と答えたそうだ。誠に正論である、主催側はグウの音もでなかったろう。

写真:徳永氏を紹介したかったが、ネットに画像が現れないからベンヤミンを張り付けます。アーレント、レヴィストロース、ブルトンなどは貨客船で無事に亡命できた。ベンヤミンがヴァリアンフライの選択から外れた理由は何だったろうか。フライのユダヤ人救出劇はホームサイト2019年投稿。
(ピレネー越えの実情をさる書籍で知った。ナチス側の取締官は雨の夜には街道を巡回しない。真っ暗ぬかるみ急坂を20キロ徒歩で縦貫するのだとか。「ヤンカルスキ、大虐殺の証人」から仕入れた。2022年2月15日加筆)

小筆蕃神には上記「…書く…」の含蓄の深みを尽くすどころか、重苦しさのそのあまりを理解するとば口にたどり着いていない。「教える」を「伝える」に言い換えて、この警句こそ徳永氏の教えと大事に抱えてしばらくは、きっと幾年おそらく終生を、越して思いに返すのかと身が震える。

前のブログ投稿で;
頭をひねって考えて、何とかかんとか作品に行きついたあげくの過程を「創造」とは言わないとした。
何かの作品を「創ろう」と思ったとたんそこに音楽であれば五線紙、絵画ならばキャンパスの上、文芸だったら原稿用紙今はパソコンのスクリーン上に、絶対の「解」が既に存在している。当然、この解は聞こえず見えず囁かず、よって創造しようとする彼に覚知できる筈がない。信徒であればそれを神による「必然」あるいは「天啓」と伝えるかも知れない。彼は全知全能であるからそんな、ありとあらゆる芸術に関与する芸当は可能である。しかしその天啓を探し出すのがヒトなのだ。絶対は必ずあるから、遙か高みの空に隠れるそれを探し出さねばならない。
いまだ見えない必然を探し出す作業は苦しい。書く苦しさ、それを創造とした。

「創造」を具体的に探ろう;
左官が壁を塗る。
すき藁を練り込んだ半仕上げの荒壁が目の前、その表に中層、上肌と泥を塗る作業が残る。左官の頭には土壁の仕上がり景色がすり込まれている。色合い風合い、肌合い照りの具合がいかがに仕舞うかを知っている。塗り泥のひとかたまりを小板にすくいコテに取っては荒壁に当る、幾度も繰り返す。幾百千回の作業を経て追い求める完全「解」に至れば出来上がり。腕がよい職人と旦那から褒められる。
作業する前に出来上がりを知っている。

ヒトはズーット前からこの工程「経験する前から知恵を持つ」をモノにしていた。
認識考古学なる分野があるらしい。ネット通販、図書館などで探せる書物では「心の先史時代」(ミズン著)は門外漢(小筆のことです)にも分かり易い。ミズンは氷河期以降、新石器革命以降の人の拡大を認識力の強化と結びつけて説明している。

小筆が言うところの「ズーット前」ははるか以前である。

旧石器の嚆矢は350万年前、今はケニア・オルドヴァイとされる渓谷で製作されていた。製作主はヒトの祖先ジンジャントロプス・ボイセイなる類猿人である。(用語のジンジャン…も類猿人にしても現在は用いられない。「ご祖先さま」についても怪しい。製作主は別猿人「ハビリス族」かも知れない。古い用語、知識にはご容赦)

写真:ネットから。ジンジャン、ベンヤミン、手練れの左官、徳永氏に共通する属性は「経験する前に智を持つ」に尽きる。

石斧を製作過程とは二十四の選択に分解できる。各選択はかならず+か-の結果を出す。種石(斧となる石)の先端部を加工石(ジンジャンが探しだした道具)で振り叩いて一の辺の鋭角を作る。振り下ろしが成功すれば+、おとす箇所あるいは力加減の誤りで鋭角が様にならなかったら-でNG。これを繰り返し、二十四の過程で全てを+に成功しなければ切り口が鋭い、使い物となる斧をジンジャンは得るに至らない。
さらに選択は+か-であるが、+を得る条件は相当厳しいから2択ながら100分の1ほどの可能性である。不器用なジンジャンの腹は減ったままだ。
石斧を製作するとした時に、彼の脳は石斧の材質、形状、大きさ重さをその内に描いていた。脳が石斧なるモノの表象、すなわち思想を持っていた。製作する過程は頭が描く石斧の像をなぞりつつ、加工石で種石を叩き、叩き痕の鋭角の様を吟味しつつ、頭が浮かべる表象に近づける。だから作製できた。
ジンジャンは「経験する前から知恵を持つ」ヒトだった。

しかし;
当時の渓谷にはジンジャンを越える運動能力と咀嚼能を持つゴリラないしチンパンジ(の祖先)が住んでいた。彼らがジンジャンの成功を真似して石斧を作製するとしたら;
種石と加工石を彼らに与えてやろう。
種を押さえて加工石を振りかざし、下ろす動作からをゴリかチンパにまかせる。エイヤッ、一回目にしてうまく当たらない。正しい打撃点を打たなかったから種石の一つが無為となった。別の種石を拾う、適当に振り下ろすだけだから、どれかの工程で-を出してしまう。二十四の工程の全てを+で通るには困難の800万回を乗り越えなくてはならぬ。ゴリラ、チンパに克服は難しいだろう。
(ベキ乗の計算結果を照会して部族民通信ホームサイトWWW.tribesman.asiaにジンジャントロプスを投稿した。)
参考にその部分を引用>ジンジャンは選択して拾うから完成までの80224回の加工行程で全てにGOODを勝ち取らなければ、一片の石器を作成できない。eの両面加工choppingtoolが欲しいとなったらさらに10回余分の打撃に邁進し、全行程は23回の打ち下ろし、それぞれが2分の1の確率で良し悪しがあるから(実際は手加減の仕方、振り下ろし箇所の精密打擲など確率はより厳しい)。簡素に考えているから、全てがBad:Goodの2通りその2を23乗、ベキ乗をネットで計算させると800万分の一の確率となる。一のchoppingtoolを造るに800万回の選択と力加減打ち加減に成功しなければならない。(部族民通信ホームサイトWWW.tribesman.asia2019年5月投稿から)

ヒトと猿との差は作るモノへの思想を持つか持たない、作る何かへの表象を頭に描けるか、不能かに尽きる。ヒトが抱く作る思想を猿(ゴリラ、チンパンジを含めて)は持たない。
ジンジャンの創造能力を左官と比べれば、左官にしても泥を塗る前に出来上がりを頭にすりつけている。同じ仕組みが絵画、音楽、文芸にある。

ジンジャン、左官、モーツアルト、崋山を比べてみたい、次回に。
(部族民通信ホームサイトを改編した。Index=最初の頁=は2019年投稿の紹介が重くなったので、分離した。Indexは2020年の投稿記事紹介です。2019年分は頁上部のボタンをクリックして入る)



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