思いつくまま感じるまま。

身辺雑記です。
何でもありの記録
HN天道(てんとう)

ブログ休止

2007年09月10日 | Weblog
「長い間私の拙いブログにお付き合いいただいてありがとうございます」
「思うところあってブログを休止します」
「いろいろな励ましのお言葉や温かいコメントをいただいた方々に心より感謝いたします」

最近よくそのような挨拶でブログを締めくくる方々が増えている。
私も始めてから2年半ほどになるかもしれない。
1年前2年前の自分のブログを読み返してみても、似たような心境が書いてあり進歩のカケラも無いようなマンネリとも言えるような自己嫌悪に陥ることもある。

こんなことに貴重な時間を費やしているよりも、もっと別なことに時間を割いたほうが有益ではないかと考えたりもする。
匿名のブログとはいえ、本当の自分をさらけ出す訳にはいかない。
中には2つ、3つのブログを駆使して自分の違う面を吐露しているブログをお持ちの人もいる。

それとブログのコメンテーターもある種の仲良しクラブになる。
共通の人生観を持った人が集まるから、賛意を表するコメントになる、「お前、ちょっとおかしいんじゃないか」とコメントする人はいない。

そんな訳でブロガーは根拠のない自己満足に陥ることもありそうだ。
賛意が得られなければ逆に自己嫌悪に陥る、自分はバカなことをしてるのではなかろうか。
「アホやなあ、お前」と思われてるような感覚。

匿名性も逆にある種の問題を抱えている。
友達同士で「私ブログ作ったから今度見てね」式のブログはそんなことも無いだろうが、匿名のつもりで書くブログは違った意味で気を使う。

自分の素性が明らかになることを隠さねばならない。
私も「もし女房がこのブログを読んだとしたら?」と一応構える。
「なに馬鹿なことを書いてんのよ」と笑って済ましてもらえる程度にとどめようとする。
自分が特定されないように固有名詞には気を使う。

従って臨場感の無い現実味の薄い表現になる。
実際の本人はブログの記述とは似ても似つかない現実生活を送っているかもしれない。

架空の世界で遊んでいるような物足りなさを感じる。

そんなこんなで「亭主が私のブログを読んでるかも」「女房が知っていて知らない振りしてるのかも」「実は知人が読んでいて知らない振りしてた」、そんなことにある日気づいたら嫌な感じになる。
実際に私も身近な人のブログを知っているが、知らない振りをしている。
その人は本来なら私に知られてはいけないことも平気で書いている。

そんなこともブログ休止のひとつの理由になっているに違いない。
長いこと日常を書いていて、身近な人が読む機会があればブロガーが誰かは察しはつく。

私は暇をもてあましているので、暫くはこのまま続くとおもう。
椿事が発生しない限り。