働く主婦のじゅんこです 

自分探しから始まった幸せへの道・・いくつになっても旬な女性で生きるカギ☆

失って初めて気づくもの

2012-03-15 10:40:26 | 世事情いろいろ
未曽有の大震災で多くの命が失われた3月11日。。。
あれから1年。

余震は続き、昨夜も関東で大きな揺れがあった。
もはや、地震、津波は全国民の関心事と言えるだろう。

ほんの数秒の違いで逃げ遅れた人、逃げ延びた人。
選んだ避難所によって助かった人、亡くなった人。。。

生死を分けたものは何だったのか。
今も検証が続いている。

遺された方からすれば、家族の後生はどうなったのか、助かった自分は何のために
生きるのか、命の意味を問わずにおれない日々であっただろう。

哀悼の意を表するとともに、全国に広がる共感の根底は、実にここにあるのでなか
ろうか。

地震や津波なんて関係ない、と豪語できる人はあっても、自分は死とは関係ない、
と言える人は、地球上に一人もいないのである。

30年以内にたとえ大地震が起きなくても、確実に亡くなる人は日本だけでも幾千万
を越えるに違いない。
そうして懐かしい人との生死を分かつとき、人はきっと立ち止まる。

死んだら一体どうなるの。
遺された人生、なぜ生きる。。。

この最も知りたい、すべての人々にとって切実な問いに、果たして答えはあるのだ
ろうか。

「難思の弘誓は難度海を度する大船、
 無碍の光明は無明の闇を破する慧日なり」。。。

世界の光、親鸞聖人の明解なお答えである。

人生において最悪で、最も悲しい現実に目を向けたとき、実は生きる目的をつかむ
最大のチャンスと言えるのだ。

たとえ津波ですべてを失ったと悲嘆しても、死を迎える時はどうせこの世に置いて
いくものばかり。。。

体一つ残れば、仏法を聞いて未来永遠の幸せに生きる身になれる。
そのための命と知らされれば、この世で失うものなどありはしない。

失って初めて気づく大事なものは多々あれど、どうかそこまで気づいてほしいと
仏縁を念ずるばかりである☆

蒔いた種は生えるもの

2012-03-06 23:01:01 | 世事情いろいろ
2月20日、光市母子殺害事件の大月孝行被告(30才)の死刑が確定した。
惨劇から13年。。。
遺族の本村洋さん(35才)は会見で、13年間を支えたものをこう語っている。

「これ一つということはとても言えないが、ずっと私を支えてくれた刑事さんの
言葉がある。。。」

「『天網恢恢(てんもうかいかい)、疎にして漏らさず』。
『いくら裁判で君の望む判決がでなくても、天はきちっと見ていて、悪い人を
その網からもらさず、必ず罰をあてる』ということだ」。。。

天の法網は広大で目があらいようだが、悪人は漏らさずこれを捕縛するという
老子の言葉。
「天罰」も、こんな感じから出てきた言葉なのだろう。

罰を与える天などないが、悪報は、間違いなく自分の悪い種まきが生み出した
もの。
仏教では、善因善果、悪因悪果、自因自果の因果の道理は大宇宙の真理と教え
られる。

悪事をはたらき、たとえこの世で、捕縛されなくとも、逃げ延びたとしても、
蒔いた種は必ず生える。

シベリアの永久凍土で見つかった約3万年前の植物の実の花が咲いたという。
付近の年間平均気温は氷点下7度。

3万年前に蒔かれた実も、適温などの縁が整えば、花と咲かせるということだ。

幸せ、不幸せという未来も、縁によって、種に応じてあらわれる。
どんな種まきをしているか、どんな縁を選ぶのか、今の自分にかかっている☆