働く主婦のじゅんこです 

自分探しから始まった幸せへの道・・いくつになっても旬な女性で生きるカギ☆

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万人の金メダルへの道

2018-02-19 09:07:10 | 世事情いろいろ
平昌五輪では日々感動のドラマが熱く伝わってくる。

羽生結弦選手の金メダル。。。小平尚選手の金メダル。。。

色は違っても、メダルでなくても、頂点をめざし体力の限界に挑む姿は勇気を与え、
そこに至る過酷なまでの努力に感嘆する。

身体は最高の状態であっても、緊張で実力を発揮できないこともある。
心が勝敗を分ける大きな要因となるのは、誰もが認めることだろう。
 
スピードスケートの女子1500メートルで、1位と0秒2の僅差で銀メダルを獲得した、
高木美帆選手。
15歳で出場した8年前のバンクーバーでは惨敗。4年前のソチ五輪には立てず、全てを
スケートに懸けてきた。
特別であるが故に、五輪を意識するのが怖くなったときもあるという。
それでも強い思いで戦えたのは、2年前から指導を受けるコーチの言葉があったから。。。

海外での大会中に、今回も金メダルの世界一のブストの滑りを見て、「やっぱり強いね」
と話した時、コーチに言われた一言だ。
「同じ人間ができることを、なんで自分はできないと思うんだ?俺だったら、同じ人間が
 できるなら自分にもできるって思う」。

そんなコーチと接するうちに、思考回路が徐々に変化していったと言う。

「同じ人間ができるなら自分にもできる」

こんな前向きな思考が身体を極みに追い詰める原動力となり、夢の舞台で報われたのだろう。

あんな凄い人と自分は同じ人間ではない、と思うからできる努力も怠ってしまうのだ。

ああ、それでも同じ人間であってもできないことが多過ぎる。。。
生まれつきの才能や伸びる環境も異なるし、年々衰える肉体の老化に逆らうことは難しい。

しかし、永遠の生命に生かされる仏法者の情熱はいかほどか。。。
年齢を重ねるほどに意気盛んと、溢れんばかりの布教と聞法姿勢は、史実が、そして今も
二千畳に示す通りである。

人間に生まれた真の目的に向かい、同じ人間に進めぬ道ではないと、万人に絶対の幸福を
開かれた教えをたゆまず自他に徹底しよう☆
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黄金の日々

2018-02-02 22:13:14 | 家族
数年に一度の寒波到来!
2月に入ってからも続くらしい。

もう10年ほど前になるだろうか、富山の自宅で、子供たちがガレージの屋根の雪下ろしをして、
飛び降りて遊んでいた頃を思い出す。

弾む子供達の声は明るい未来の象徴だった。
それが、今は聞こえない。
あの頃の笑顔も、笑い声もすべては過去の思い出だ。

冬が過ぎれば、春来たる、春が過ぎれば、夏が来て、夏が終われば、秋となり、やがて足音静かに
冬に入る。

あっと言う間に四季が変わり、一年が去っていく。
その繰り返しが生きるということなのだろう。

あと20年生きたとして、冬を数えるのも20回。

厳しい寒さも、カウントダウンの通過点。
やがて春が来れば、20回が19回と減っていく。。。

今年になって発表された世界終末時計は、残り2分だと言う。
人類滅亡の危険をあらわず仮想的なものではあるが、未来の世代のために「時計の針を戻そう」と
いう市民運動もあるらしい。。。

終末時計も問題だが、自身の確実に迫る滅亡に、なぜ驚きを立てないのだろう。

止めることも、戻すこともできない破滅に向かう絶望の日々。。。

そんな寂しい、はかない人生の旅を、お釈迦様は「秋の夕暮れ」と譬えられている。

そうして、その上で、誰もが黄昏に向かう人生に、本当の春があるのだよ、永遠に枯れない、心に
咲く花があるのだよ、だから早く仏法を聞いて、絶対の幸福になってもらいたい。。。

お釈迦様は、絶望から起死回生の明るい未来に生きる道を、こんこんと説かれている。

その仏法を今日も力の限り説法させて頂いた。
それが明日もあさっても、ずっとずっと命の限り続くのだ。。。
ああ、なんて素晴らしい人生だろう☆
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めでたい年

2018-01-05 15:51:02 | 家族
ここ数年、劇的に身辺の環境が変わった。

もう「働く主婦」ではない。

子供達はそれぞれの大学を卒業し、就職し、上の2人は結婚して、長男には子供が生まれた。

そう、私は孫を持つ婆になったのである。

世の中の 娘が嫁と花咲いて 嬶としぼんで婆と散りゆく。。。

あっと言う間に最終段階まで進んでしまったのだ。
散っていくのは、もはや時間の問題である。

世間では、死ぬかもしれぬ年を迎えながら、めでたい、めでたいと言っている。

めでたいとは絶対死なないという前提があってのことだろう。
その大前提が見事に覆って、昨年もどれだけの人が死んで、めでたくない年になったか知れない。

老化の怖れには敏感なのに、どうしてその先の死に鈍感なのだろう。

無頓着で無防備のまま、何の準備もなく、たった一人でそそくさと後生へ旅立っていく。。。

仏法を知る前の私もそうだった。

幸いかな、親鸞学徒の年明けは、大悲の願船に乗せて頂く年となれ、真にめでたい幕開けだ。

今年は金沢を拠点に、身も軽く、思う存分、聞法、布教に駆け巡り、至宝の日々を迎えよう★
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果たせる夢

2018-01-01 07:58:25 | その他
NHK紅白のテーマは「夢を歌おう」だった。

2020年の東京五輪に向かって4年間、様々な世代の夢を「歌の力」で応援していきたいと言う。

夢は、世代によって変わる。

10代、20代のこれから勢いづく上り坂の夢と、人生半ば過ぎてすがる夢。。。

このブログを書き始めた頃は、40代だった。
まだまだこれから、と気持ちも軽く踊った内容になっている。

しばらくブログから離れている間に50代になり、還暦がもう手の届く年齢となって愕然とする。

この調子なら、70、80なんてすぐである。

昨年上半期のベストセラー佐藤愛子氏の「90歳。何がめでたい」の中で、「老人の夢」が、
同い年の友人の言葉で語られていた。

友達は言う。
「私の夢はね、ポックリ死ぬこと」。。

しかしそれは佐藤氏も指摘しているように、現実には掴めないことをわかっていての「夢」
である。

誰でも本音は「健康で長生き」が夢であって、死ぬことではないだろう。

また、ポックリ死にたくても日本は延命治療で、約10年は寝たきり状態の平均寿命と言わ
れている。

長寿大国といえども日本は寝たきり大国であり、ピンピンコロリでなく、ねんねんコロリ
が主流なのだ。

それにしても人生の荒波越えて、最後の夢が「ポックリ死」とは。。。

若者は夢に向かって前進しても、老人になれば、夢破れ、夢を持てずに死に向かう。

これは誰もが辿る道。。。

夢も希望も持てない老後に、あきらめ以外、何の明かりがあるだろう。

命でさえ夢とはかなく散る前に、人間に生まれてよかった、という充実感と大満足で老いを
迎えたいもの。。。

その究極の夢を、どんな人にも果たせる道があるのだよ、と教えられたのが仏法である。

生きている現在、よくぞ人間に生まれたものぞ、の絶対の幸福になれるのだ。

どんなに孤独であっても、貧しくても、寝たきりになっても、命果てる瞬間まで、決して
あきらめることはないのだよ。。。

お釈迦様が教えられたこの確かな夢を持って、高齢者ならぬ、未来輝く「光輝高齢者」に
向かい、今日も一日全力で生きよう★
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夢をもつようにしよう

2014-12-31 19:01:41 | 世事情いろいろ
今年の秋は、日本の3氏がノーベル物理学賞受賞という明るいニュースに世間は湧いた。

今月10日の授賞式のスピーチで、改めてその功績を知った人も多いだろう。

中でも、ひときわ大きな注目を集めたのが史上最年少の17歳で平和賞を受賞したマララ・
ユスフザイさん。

女子教育の権利を唱えてイスラム過激派に銃で頭を撃たれ一命を取り留めたパキスタンの
女子学生である。

受賞スピーチでは
「どうして『強い』といわれる国々は戦争を生み出す力がとてもあるのに、平和をもたらすには
とても非力なの?」

「なぜ戦車を作ることは簡単で、学校を建てることが難しいのでしょう?」

いかにも少女らしい率直さで訴えていた。

「今は、指導者達にいかに教育が大切か、わかってもらおうと話す時ではありません。
彼らはすでにわかっています。自分たちの子どもは良い学校に通っているのです」。。。

「世界中の子供達のために」というマララさんの主張には、誰もが頷かずにおれない説得力
がある。

しかし、この問題の解決は容易ではない。

善いことだとわかっていても実行できず、悪いことだと知ってもやめられないことがある。

そう、マララさん自身の言葉を借りれば、
「いまだに弟とケンカしてるのにノーベル平和賞」。。。なのだ。

自身が矛盾の存在であることに気づけば、世界を見る目も変わるかもしれない。

未来あるマララさんにも、ぜひ仏縁あって、矛盾のままで救われる仏法にこそ真の平和が
あることを知ってもらいたいもの。

政治も経済も教育もこれ一つのため、と人生の目的がはっきりすれば、そこに向かって
猛進せずにおれない。

そして、どんなに貧しくても苦しくても、人間に生まれてよかったと心から喜べる世界が
あることを一刻も早く伝えずにおれない。

いよいよその舞台は全世界であり、全人類である。

年末年始もここ一つ、大きな夢に向かってスタートしよう☆
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赤い着物

2014-11-21 21:14:07 | 家族
長女が成人式を迎える頃だから、もう5年も前になる。

当時、大学生2年の長女と中学3年生の次女が、二人だけで振袖の着物を買いに行った。

富山市内にあるこの有名着物店にとって、高岡市から電車をのこのこ乗り継いで、成人式の着物を
買いに来た少女だけの来客は、開店以来の驚きであったらしい。

父子家庭で育った貧しい姉妹と映った店の人達は、不憫に思ってか、店の奥から素敵な赤い振袖を
選び出し、破格の値段で提供した。

喜んだ彼女達は、早速、母親宛てにメールした。

女性にとって生涯の記念となる晴れ着を、世間知らずのあどけない娘達だけで買わせるなんてあり
得ない、と固く信じていた店の人達が、仰天したことは想像に難くない。

しかも、メールのやり取りを聞いていると、着物代は、娘の奨学金で払わせるそうな。。。

娘達への同情が、鬼のような母親に対する怒りになったのも無理はないのである。

支払いの確認で電話をかけてきた店員は、乾いた声で責めるように私に言った。
「娘さん達の大事な着物、ちゃんと見てくださいね」。。。。

同行しなかったことに後ろめたさがあった私には
「娘さん達だけでこんな大事な買い物をさせて、ほったらかしにせずにちゃんと見てください!」
の非難に聞こえ、長く胸が痛んだものである。

どこに、娘の晴れ姿を夢見ない母親があるだろう。

どんな買い物があったとしても、娘の晴れ着は母にとって欠かせない大きな楽しみの一つに違いない。

しかし、その人生で最も晴れやかな日を、共にできない必死な事情のあることは、誰に伝えるにしても
甚だ難しいことなのだ。

幸いにも、当の娘達は、そんな事情を漠然とでも受け入れて育っている。

やがて母親の選択はしばしばきつかったけれど、間違ってはいなかったと知らされる時がくるだろう。
そう、その一つが、あの大舞台。。。

司会の語り口もよかったけれど、赤い振袖姿はとてもきれいで一際、母の目には眩しかった。。。

ようやく赤い着物のトラウマから解き放たれたこの日のことを、生涯、忘れることはないだろう☆
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春の景色

2014-05-02 07:58:55 | 家族
もう消滅したのではと思っていたブログが残っていた。
最後の記事が約一年前である。

とにかく目が回るように忙しい。

春になって庭に咲いた赤いチューリップにも気づかなかった。

外出直前ではあったが、あまりにかわいいので、思わず摘んで生けようと足を進めた
その先に、なにやら黒いかたまりが。。。

ぎょっとして見ると、なんとそこにはカラスの死骸。。。

赤いチューリップと仰向けになった黒いカラス。
一見、シュールな風景ではある。

しかしなぜ、我が家のチューリップの庭先で、カラスが死んだ?
なんて考えるヒマはないのである。

一年の中でも春は特に忙しい。

子供達は4月から就職、進学とそれぞれの道を歩んでいる。
結局は、一人で成長し、一人ひとり思うように生きていく。

子供から手の離れた親にとって、自分の人生は如何、と問う季節でもあるだろう。

そういう時間はどれだけあってもいとおしい。

限られた人生、大事なことを考えるチャンスは多くはない。
生きる目的を知り、そこに向かってできるだけ無駄なく日々を過ごしたいものである☆

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ミサイル発射

2013-04-11 09:33:40 | 政治・経済
北朝鮮の中距離弾道ミサイルの発射に備え、国際社会の厳しい監視が続いている。

金正恩氏の労働党第1書記就任1周年に合わせ、いつでも発射できる状態にあると
言う。

どこか、思い出させる風景ではある。

そうそう、子供がおもちゃを握り、それを誇示すべく周囲に「見て、見て」と言っている、
あの頃の風景だ。

そのおもちゃが、カッターナイフであったなら。。。

周囲が驚いて「危ない、危ない」と血相変えて注目するだろう。
その過激な反応を喜び、ますます「ほれ、ほれ」とナイフを振り回すドヤ顔。。。

どう考えても、大の大人がすることではないのである。

己の欲で、周囲の生命を脅かす、おかしな光景が今も続いているのだ。

そんな権力者に追従する国民も哀れであり、それに踊らされ、莫大な人力、経費をかけて
24時間態勢で監視を続け、不安にさらされている隣国もまた、迷惑である。

多くの歴史が物語るように、一部の人の利害関係で始まる戦いの始めはそんなもの。
その終結は悲劇以外にはない。

日本でも先の太平洋戦争で多くの若者が「お国のため」と志願して、勇猛果敢に戦い散った。

敗戦となり、多くの戦友が雲の墓標と消えていった、あの戦争はいったい何だったのだろう。。。
問いかける人は今も多い。

人智をかけて、確信をもって断行したことでも、振り返れば、夢、幻のようなもの。

「煩悩具足の凡夫・火宅無常の世界は、よろづのことみなもってそらごと・たわごと
真実あることなし」。。。

三世十方を貫く真実なしの凡夫のまことが、今も知らされるばかりである☆
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贈る言葉

2013-03-23 23:47:23 | 家族
今年の卒業式は感慨深いものであった。
3人の子供達が保育園から、小、中、高校とそれぞれ卒業式を迎えて12度目。。。

そう、これで「卒業式」も卒業なのである。

3人ともずっと同じ学校だったので、それぞれ足かけ8年間お世話になったのだが、
保護者として学校に足を運んだ数は、甚だ少ない。

送辞や答辞に述べられる運動会や、発表会。。。
数々の青春の思い出となるシーンに親はいない。

ちょっぴり寂しい気持ちもなくはないが、懐かしい思い出も、やがて切なく変わる
ことを知った今では、そんなことはもうよろしいのである。

ただ、3人目にして知らされたこの高校の凄さは、書いておこう。

先日、娘からの言葉。
「友達にこの1年で買った服は1着だけだよ、と言ったら、みんな私もそうだと
共感していた」。。。。

AKB48と同じ年頃である。

元々、富山県は衣服の平均購入額は、全国でもかなり低い方なのだが、受験の時は
ともかく、高校3年の間に買った服と言っても5着あるかないかでなかろうか。

大体遊びに行くということがほとんどない。
それに娘はどこに行くにも制服だった。

またこの高校は宿題や課題が多く、塾に通う必要もないので、家計にとっても、
優しい学校なのだ。

こうして子供達は3年間お世話になり、それぞれ志望大学に合格し、末娘もこの春
京都に旅立つことになった。

富山で子育てできたことを、今更ながら感謝せずにおれない。

育った環境の素晴らしさを、子供達は一人暮らしとなって改めて知らされること
だろう。

そうして何より恵まれた仏縁の有難さと、光に向かえば一層明るい未来が開ける
ことを実感したに違いない。

大学に行っても悲しみに変わる思い出作りより、どんな苦労も報われる確かな道を
進もうぞ。
春を迎える君にはよくよく言っておきたい「言葉」である☆
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旅立ちの春

2013-02-26 06:24:09 | 家族
その日は突然やってきた。

早朝、フライパンを持つ私の背後から聞こえてきた娘の声。
「もう弁当作らなくていいよ」。。。

長女から始めて8年間、ひたすら作り続けた「炎の愛情弁当」の終結宣言である。

最近、特に厳しくなってきたスケジュールの中、作るのもそろそろ大変になっては
いたのだが、こんな唐突にやってくるなんて。。。

しかしそう言う末娘も、1か月もすれば大学生。
今は、受験の真っ最中なのだ。

一昨夜から、娘と2人でやってきた受験の道中。
上から目線の娘の物言いに少々居心地の悪さはあるけれど、ここは実績がある
から文句も言えぬ。

何しろ、昨年は、春に父が入院して秋に他界するまで、病院通いで遅くなる私に
代わり、毎日のように夕食作りや、風呂を沸かしてくれたのである。

娘の受験を感じさせない冷静さと働きに、ついつい甘えていた私。。。

そんなガサツな大阪出身の母を通して見る「大阪」は肌に合わないと、誰に相談
することもなく「京都」を選んでしまった娘。

今となってはもう何も言うことはない。

言えるとすればただ一つ。
「ここまで来れば、もう当たって砕けろだね」。

「砕けていいの?」
冷ややかに返ってくる意味深な言葉も何やらこわい。

合否はともあれ、家事と勉強を両立して、忙しい母を支え続けた娘には、100点
満点を与えよう。

親元離れて4年間、どんな環境で過ごすのか、どこの大学に通うのか、まだまだ
未定ではあるけれど、光に向かえば大きな力のあと押しがきっとあるに違いない。

これが、母にとっても娘に贈る最後の受験の応援歌。。。

人事を尽くし、夢の詰まった暖かい春を、共に待つことにしよう☆
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