じゅんこの部屋 

自分探しから始まった幸せへの道・・いくつになっても旬な女性で生きるカギ☆

大事な役割

2011-03-08 17:35:58 | 教育
ひ弱と言われる今の学生。
カウンセラー常駐の学生相談室を設ける大学は、87%にも上ると言う。

引きこもりの学生に何とか顔を出すようにと、家庭訪問を始めた大学もあると聞く。。。。

何もそこまで、と思わぬでもないが、遠く子供を通わせる親にとっても、こんな「心の支援」が、
望まれるご時世なのだろう。

そんな親を対象に、保護者会を開いている大学が、また8割強もあるらしい。
学生支援には、親の協力が不可欠と言うが、ここでは親の間違った心得を正す意味もあるようだ。

子供の代わりに履修登録したり、授業中の私語を注意すれば、抗議してくる親。

中には「もうリポートを書けません」と泣きついてきた親も。。。
入学以来、我が子に代わって課題に取り組んできたが、専門課程でついていけなくなったと言う。

ここまでくると驚きだが、つまりは、親の役割が分かっていないということでなかろうか。

親の分際を弁えず、子供の役割を侵害しては、子の自立を妨げるだけ。。。

だから、親の受け持ち、担当は何か、学生の本分、役割は何か。
それぞれがまず自覚せねばならないのである。

一昨日、私達にとって最も大事な、仏教の役割について、聞かせて頂いた。

それは後生の一大事を知り、その解決をし、生きている今、未来永遠の変わらない幸福になる
こと。。。

すべての人が求める究極の幸せを教えられた仏教だから、その役割を知らされるほど、伝える
身の役割を果たさんと燃えずにおれない。

この春、志望の大学に旅立つことになった息子。。。
高校から大学と、やるべき役割は異なっても、生きる目的はただ一つ。。。

遠くに行けば、「仏教聞き難し」を身を持って知らされ、大事に求める心がけにもなるだろう。

家庭での母の役割も、もう少し。
今夜は、早めに息子の好物に腕を振るってみることにしよう☆
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言葉で育つこと

2010-08-20 06:38:17 | 教育
コメディアンの萩本欽一さんは、子供の頃、目立つのが嫌いで、おとなしかったと言う。
その人生を、大きく変えた「事件」がある。

中学校の頃、いたずらっ子にそそのかされて、黒板に担任のあだ名を書いた。
教室に入ってきた先生が
「誰が書いたの?」。。。
みんなとぼけるから、つい先生の声が怒気で荒くなる。
「誰!!」

ものすごく大きな声の勢いに押され、気づいたら立っていた。

どんなに怒られるかと、ビクビクして「はい」と答えたら、
「男の子はね、これぐらいの勇気がないとダメなのよ」と、
意外にも優しい言葉で、ニコッと微笑まれたと言う。

普段は怖い先生だったから、この一言が嬉しくて、先生への恩返しをしようと、
おとなしかった彼が、授業中に勇気を持って手を挙げるようになる。

ところが指されて立ち上がると「わかりません!」。。。
これが、どっとクラスに受けた。

黒板事件の先生のあの一言で、大変わり。。。
いわば、あの日は「欽ちゃん」の誕生日なのだと言う。

普段は笑顔を見せず取っ付きにくい萩本氏だが、叱られるという覚悟が相手に見えれば、
どこかで褒めるそうだ。
その一言で、相手が変わるきっかけになるかもしれないから。。。

ここで「叱られる覚悟」とは、自分の非を認めたことだろう。
自分が悪い、間違っていた、と心から認め、反省している人に、それ以上叱る必要はない。

むしろ、気遣う言葉の方が、奮起させる。。。

叱るにしても、褒めるにしても、相手を思い、育てるため。。。

つい怒りをぶつけたり、落ち込ませたり、おだてて好かれようという自分のご都合主義に
なりがちだが、それでは人は育たない。

どんな時も、自分より相手のことを優先する。
つまるところ、常に自己との闘いなのだが、世の師表とは、この心がけが身についた人を
言うのだろう☆

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苦情も宝

2010-08-03 06:34:15 | 教育
東京都東村山の、ある小学校の職員室の壁には、保護者から来る苦情を書き出した模造紙が
張られていると言う。

「早退は、子供ひとりで帰さない」「跳び箱は、マットを敷き指導する」などの箇条書き。
その数30にのぼる。

これを提案した校長は、「保護者から指摘されて当然の事は、視覚化して全員が共有することが
大事」と苦情に対して前向きだ。

「漢字をしっかり指導してほしい」のクレームには、独自の漢字検定を作り、学校全体で競わせる。

児童のノートの書き方指導に注文があれば、きれいなノートを表彰する大会を企画した。

教育現場では、時として親から思わぬクレームも少なくない。

一方、教員は言葉を発する職業で、相手の真意を読み取るのが苦手と言われ、もともと権威
ある存在と見られているから、謝るのに慣れていない。

そのため起きる保護者との感覚のズレや、摩擦も少なくないと言われている。

しかし、この学校では、苦情にも真摯に耳を傾け、それを児童の学力向上のチャンスにし、
保護者も教師も満足する結果に変えている。。。

W杯でベスト16の立役者になり、一躍有名になった本田圭佑選手に、印象的な言葉がある。

「応援してくれた人だけでなく、批判してくれた人にも感謝したい」。。。

誰でも、自分を評価し、認めてくれる言葉は求めても、非難中傷の言葉には、耳を閉じ、
素知らぬ顔で避けて通りたいもの。。。

みんながそうだから、どこの世界もどんぐりの背比べで、結局、突出する人材がなかなか
あらわれない。

本田選手のように、どんな批判も、逃げずに受け止め、改めていけたら、どんなに大きく
成長してゆけることだろう。

要は、指摘されて当然の「苦情」は「宝」と、心の向きを変えて、自己の向上につなげられるか
どうか。。。

ここが、一歩も二歩も、他人より先んじ進めるかの分岐点ではなかろうか。

大変、困難なところだけに、果敢な勇気を要すること。
つまるところは、自惚れ強い自分との、最も辛い闘い、と日々知らされることである☆

関連記事 「移ろいの教育現場も。。。」http://www.bwcreativegroup.com/?p=141
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世界を変える思想とは・・・

2009-09-19 08:21:39 | 教育
9歳で大学生となった少年は、12歳で最優秀で卒業し、「不治の病を治したい」と名門シカゴ大
医科大学院へ進み、18歳で博士号を取得した。
矢野祥さん・・・。

9歳と言えば、小学4年生。
わずか12歳で医科大学院へ進むなんてフツーの頭ではとても考えられないところ。
天才少年とは、こんな人を言うのだろう。

「知力の甲子園」と銘打った「全国高等学校クイズ選手権」が先日、テレビで放映されていた。
息子の同級生が出場していて、驚いた。
フツーのクイズ番組ではない。大学受験を超越したハイレベル。
しかも次々に正解していく・・・。
ひょっとして息子も、と期待を持ったが、「さっぱりわからん」・・・。そうだろう。

世界の高校生が、数学や生物、物理など知識や応用力を競う「国際科学五輪」で、日本勢が
獲得した金メダルが、昨年の4個から過去最多の12個と急伸した。

若者の理数離れや学力低下が指摘される日本にとって、メダルラッシュは朗報だろう。
スポーツと同様、才能を発掘し、評価し、伸ばすことは大事だと思う。

なにしろ、若者の情熱や、爆発力、潜在的能力は、もの凄い。
将来の政治や経済、科学、医学と言っても、動かすのはこれらの若人だからである。

もっとも、人が動かすと言っても、つまりは、思想が動かすということだけど。
政治、経済、科学、医学などすべての存在意義を思想と言い、それらの根底にあるのが、
思想なのだから・・・。

世界の光、と仰がれる親鸞聖人は、わずか9歳で、
「明日ありと思う心のあだ桜 夜半に嵐の吹かぬものかは」と無常を感じて、出家された。

今晩、死んだら、どうなるか。
政治や、経済、科学や医学、すべての営みは、死を前にすれば、どんな存在意義を
持つのだろう。

最も大事で、急がねばならない自分の存在意義の核心を、9歳で感じ取られ、29歳で
その解決をなされたのである。

9歳どころか、90になっても、いくつになっても、明日の命を信じ、死ぬと思えぬ心に
だまされて、なんにも持たずに死んでいく。

知力、体力も大事だが、どこへ向かって生かすのか。
一番大事な思想を、身近に親鸞聖人に正しく学ぶ、そんな環境が整う日本にこそ、
世界を変える明るい未来を、期待せずにおれないのである☆
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子を育むとは

2009-02-10 16:41:18 | 教育
子育てで大切なことは、「自己肯定感を育む」ことと言われます。自己肯定感とは、自分は大切な人間だ、自分は必要な存在だ、「自分のことが好き」と言える気持ちです。ところが、今の日本の子供達は、この自己肯定感が高くない。ある調査では、「自分のことが好きだ」「自分は人から必要とされている」「自分はいいところがたくさんある」と答えた子供は、いずれも3割以下、「そう思わない」と答えた子供が、7割以上だったそうです。

近年、他国と比べて日本の子供達の学力低下が指摘され、ゆとり教育が見直しされています。が、そもそも日本の子供達は、それらの国の子供達と比べても、自己肯定感が低い、ということを、もっと注目すべきではないでしょうか。なぜなら、自己肯定感という土台がしっかりあってこそ、勉強も前向きに取り組め、やる気が出てくるのであり、「自分なんかどうせ○○できない」「いてもいなくても変わらない」という自己否定の心では、学習意欲も出てはこないと思うからです。

では、自己肯定感を育むために、私達にできることは何なのか?

親としては子供に期待がある分、子供のできないこと、悪いところ、正してもらいたいことばかり、言ってしまいがちです。でもそれは、子供にとっては、突かれると痛いところばかり・・・。ちょうど私達が、家で夫や姑にできないことばかりを問題にされたり、職場の上司に粗探しでつつかれる日々が続くようなもの。これでは、いかにタフな精神力でも、「どうせ私なんか」とやけを起こしてしまいますよね。

できないところは、多少目をつぶっても、できるだけ子供の長所を発見してほめるようにしよう、できたらそれをしっかり認めて言葉として伝えるようにしよう・・・。何事も土台がしっかりしてこそ上に伸びるのであり、褒められて嬉しい、人に評価されたいという気持ちは、おそらく親も子供も変わらないはずですから☆
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