じゅんこの部屋 

自分探しから始まった幸せへの道・・いくつになっても旬な女性で生きるカギ☆

勇気ある道

2011-02-17 10:16:52 | 文学・歴史
明治の実業家の中で、異彩を放つ森村市左衛門という人がいる。

彼は、政府との癒着を嫌い、自分でこつこつためたお金で、外国貿易をし、のちに
ノリタケ・TOTO等の基礎をつくった。

他の政商たちが政府と結託し、今の数十億円の資金をもらって商売して、蓄財した
のとは対照的である。

なぜ森村は安逸に流れず、苦難の道を選んだのだろう。
彼の言葉にその答えがある。

「自分を鍛ふ為めに困難が湧いて来るのじゃと思へば、如何なる困難が来ても少しも
辟易することなく、益々勇気が加はる」。。。

彼は元武具商だが、あえて苦労を求め「人間の名刀」になりたいと願った。
人間も楽に任せると軟弱な鈍刀で終わるが、苦難に鍛えられると香り高き名刀になる。

「政府と結託して富をなしたもの、投機によって一獲千金的に暴利を得たものは、
幾千万の富を集めても砂上の楼閣。狂い咲きの花のようで果実は結ばない」。。。

この信念に生きた森村は、自分だけが一時的に儲ける「一花咲かす」生き方でなく、
国内産業の育成という「果実を結ぶ」あえて困難な道を選んだのだった。

今日も、一獲千金の夢を見て、どうしたら楽に得られるか、宝くじに夢を託すような
生き方をする人が多いのでなかろうか。

欲に逆らい、あえていばらの道に身を置いて、高い目標に向かう高潔な人は甚だ少ない。

誰でもできることでないから、彼のような生き方は、今でも異彩を放つのだろう。

目標を「人格の形成」においてさえ、並大抵の心がけではないのである。

何のために生まれ、生きるのか。
最も大事な、人生の目的を知らされ、その達成に向かう者はいかん。

善因善果、悪因悪果、自因自果の「因果の道理」は、大宇宙の真理。。。

善きも悪きも、蒔いた種は必ず生えると知らされれば、なまけ心に打ち勝って、一歩でも
努力精進せずにはおられない。

姿ある外敵よりも、倒す困難は、内なる敵と教えられる。
最も困難なことにあたる勇気を今日も得て、光に向かう身を感謝して進ませて頂こう☆
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