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★ Tのゆるゆる日記 ★ 

人生どこへ向かうのか?
目に見えないものを知りたい。

家族の形

2025-04-03 | ちょっと、ひとりごと
家族にはいろいろな形や関係性がある。

夫婦、また親と子。
子供がいれば、
そこから更にまた繋がっていく関係。

親と子
兄弟姉妹
繋がりの薄いものもあれば
濃いものもある。

親の近くに住もうとする人や
離れようとする人
お互いが元気なうちは離れても
必要によって近くになることもある。

また親に関しては無関心で離れているのに
自分の子供には近くにいさせようとする人もいる。

人生を自分ごとだけに時間を使う人。
人生を他人のためにばかり使う人。

家族という関係性は不思議なものだ。
けれども、結婚するのなら
似たような感覚を持っていないと
お互いの家族に対して
理解できない関係や感情があるものだと思う。




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街の個性

2025-03-22 | ちょっと、ひとりごと
少し前に中野に行く機会があった。
そこで、すっかり寂しい風貌になった中野サンプラザが。。。

以前は逆側に降りる機会が多く
このサンプラザ側には来る機会もなかった。
随分、中野も変わってきている。
古き?良き時代の中野の雰囲気もすっかり変わりつつ。

子供の頃、コンサートで中野サンプラザへ何度も行った。
駅から近くにそびえ立つ、印象的な形の建物は
とても記憶に残るものでもあり
中野のランドマーク的建物だった。

先日、跡地に予定していた企業との話が
資材などの沸騰により予定価格も沸騰したため
破談となってしまったとニュースで見た。
また、新たに企業を決め
話を進めなくてはならないそうだ。

どこに行っても同じような高層ビルで
大きな企業が入るか、マンションとして活用される。
殺風景な同じ景色だ。

駅周辺の高額な土地は似たような企業しか手は出せない。
駅ビルには似たようなお店が入り
都内はどこも殺風景な個性のない街になってきている。




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人柄を見る基準

2025-03-21 | ちょっと、ひとりごと
良い学校、有名な会社や政府機関でのお勤め
または住まいの立地など様々な外的要因から
考察できる家柄や経済力。

家族の、親の、または本人自身などの
力で育った環境や現在の生活をしていたりする。

世の中には
そのような外的要因で人柄を判断する人もいる。
昔のように家同士のお見合い結婚なら
より強く家柄は判断された。

家柄、経済力、仕事で人柄を判断するのは
私は小さな子供の時から違和感があったし
大人になっても変わらない。

出身校、勤める会社や親の職業で
人柄も素晴らしいと思う人は確かに多い。
けれど、何だかとても悲しいことに感じる。
浅はかに、表面上しか見ることができないのだろうか。。。

多くの親や本人自身が望むということは
世の中がそう見ることを知っているからでもある。

人間の本質はそんなものではないけれど。。。
幾つになってもそんなことを重要視している人も多い。



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言葉

2025-03-14 | ちょっと、ひとりごと
言葉というのは現代の私たちにとって
本当に大切なものだ。

コミュニケーションとして
また、自分にとっても大事なもの。
けれど、最近は特に気になってしまうこともある。

言葉を軽く聞こえるような言葉にしたり
大きなこととしていう人もいる。
傷つけないようにと言った場合もあるらしいけれど
犯罪などの悪いことも全て軽い言葉にしてしまう。

時代と共に言葉も変化はする。
けれども、変える必要のないものもあるし
いちいち変えることもないと思ってしまう。
傷つくという人には悪いかもしれないけれど
それをバネにできたら
たくましく進むことができるかもしれない。

自分自身で思考するとき、
人に話すときに使う言葉によって
自分で気持ちや思考の深さも変わってしまう。
犯罪が軽い悪いことくらいにもなり
自分も気軽に足を踏み入れることもできる。
思考の中でも頭の中で使う言葉は大事なのだ。
良くも悪くも言葉をわかりやすく正しく使うことは大事。

好き、興味があるものを研究というと
捉える側の印象は本当に違う。
いいことならまだしもだけれど。。。
小さなことを大きくいうのは
これは言葉の問題ではなく
話を盛るということなので違ったこと。

なるべく、誰もが話を聞いて
同じようなことを想像できるという言葉を
選び使うということが大事だと思うのだ。

いつの日か私たちにテレパシーで
コミュニケーションする時が来たら
言葉を超越して見ていくので
どんな言葉を使うのかなんて関係もなくなる。
事実は事実、嘘は嘘などなど
全部筒抜けで見えてしまう。。。

そんな想像をすると
言葉は現実を単にそのまま表すものとして
または、想像を正しく掻き立てるものとして
うまく使う必要があるのではないかな。。。






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感動すること

2025-03-06 | ちょっと、ひとりごと
先日、ある人が歌っているのを見て
感動し、涙が出そうになった。

涙は嬉しくても出るし
感動しても出る。
もちろん、悲しくても出るけれど
普段どれだけ感動して涙が出る機会があるだろう?

1年であるか無いかと言ったくらいしかない。
もしかしたら、人によって感動というものすら
忘れてしまっているかもしれない。

私たちは感動という心に響く体験を
できるだけ多くした方がいい。
でも、心が揺り動かされることは
意識して手に入るものでもない。
不意打ちがあって突然心が揺れるのだ。
また、計算して人に感動を与えることもできない。

人によって、何にどんなことで感動するかも違う。
「良かった」とか感想なんて考えることもなく
突然目が釘付けになり涙が出てしまう。

そうできる心を持ち続けることも必要だ。






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本当に興味あるの?

2025-03-05 | ちょっと、ひとりごと
時の話題

時の人

自分自身で見つけて心惹かれるものが
そこにあったと言うより
周りがざわめいているので
「何となく自分も興味を持っている」
と言ったものはないだろうか?

時の話題のようなものは
何処でもいつでもそんな話題が出る。

時の人なら
何処でもその人を登場させたいし
周りの人は当人を、
滑稽なほど持ち上げる。

自分自身が特に興味を持っているわけでもなく
特に好意を持っているわけでもないのに
何だか一緒になって
興味を持っているような感じになる。

思い出してみると
少なくても小学生の時には既に
人はそんな行動を取り始めているように見えた。

例えば、芸能人やモデルさんの撮影現場へ行くと
本当に驚くほど持ち上げる。
仕事で権力を持っている人の周りなど
本当に驚くほど持ち上げる。

それは、自分自身の感情というより
欲によっての言動に見える。

世の中がそう動いているのは
「その欲」を知っているからなのだろう。
また、その層が多いということなのか。。。




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2025-03-04 | ちょっと、ひとりごと
関東の私の住む地域では昨日雪が降った。
この冬、正確には2回目になるのだけれど
1回目は本当にチラッと一瞬舞っただけなので
今回が本当に雪といえる。

この冬で一番寒く感じた。
雨もずっと降っていなかったので
この雨は嬉しい。
埃っぽさが洗い流された感じがする。

この地域ではあまり雪は降らないので
雪が降り始め、それを見ているのは嬉しい。
適度な雪はウキウキするのだけれど
やっぱり、あまり見られないからだろう。
空から降ってくる雪は綺麗だ。

そんな呑気なことを言えるのも、
この地域だからだろうけれど。



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日本の過度なサービス

2025-03-01 | ちょっと、ひとりごと
あるテスト会場へ行った時
受付時間になっていないのに
会場に入ろうとする人がかなりいる。

その付近に多くの人がいるのに関わらず
入れると思うのか見ていないのか?
ちゃんと、用紙にも書いてある。

さらには持ち物のところにも
室内での履き物と書いているけれど
ほとんどの人は持ってきていないので
会場側からわざわざ配ってあげている。
持ってきていないなら靴を脱ぐだけで
そのまま行ってもらってはダメなのだろうか?
「書いてありますよ」くらいで。。。

時間、注意事項、持ち物など
書いていても見ない。
こんなものなのかな。。。

日本のようにビジネスをする側が
人を集めるため、売るために至れり尽せりだと
それを使う側、消費者側、お客さんは
当然と思うことが増えるのだろう。

こう言うものと思い込んでしまい
たとえ自分に非があっても認めなくなるような。。。
日本のようにビジネスする側が手厚くもてなし
さらに競争のため手厚くもてなし。。。

結果、自分に非があり思うようにいかないと
騒ぎ立てたり責めたりする人も出る。
働く側はどんどん面倒くさい先回りが増え
利用する側はどんどん甘やかされ
自分の注意はいらなくなる。

よく言えば大雑把、悪く言えば雑で適当な
そんな場所に住んだことがある人から見ると
自分のミスを先回りして回避してくれるような
度を越す親切をしてくれる国は
ほとんどないような気がする。
ましてや、自腹を切って先回りなんてしてくれない。

日本でのビジネスは
いかに手厚くもてなしをするかが競争にもなる
でも、それを当たり前に思ってしまう基準は
何だかおかしな気がする。









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みんな中流以上

2025-02-26 | ちょっと、ひとりごと
様々なニュースで日本が貧しくなっているという。

食費が以前に比べてどうだとか
生活が困窮しているとかネガティブなことを言う。
給料はずっと上がっていないのに
食品の価格は何倍にもなっているとも言う。

比べる対象をどこに置いているかで
その感覚はまた違ったものになるのではないだろうか?

私は昭和生まれで小、中学生の時は
6〜9クラスもあり1クラス42、3人位だった。
クラスの中で海外旅行に行ったことなんてほぼ無く
夏休みはいいところ祖父母の田舎程度で
温泉へ行った人は自慢していた。
子供の中に海外だの旅行だのと言った
思考さえも無かったのだろう。
それくらい、家族で旅行に行くことは稀だったのだ。
ましてや、子供の頃から家族で海外旅行なんて無い。
大人になって、新婚旅行といった特別な時に
思い切ってお金を出すくらいのものだった。

外食もほとんどしないのが普通の家庭で
スーパーやコンビニのように
出来合いのお弁当やお惣菜など
今のように簡単に手に入る場所も少なかったし
第一無かったのだ。
あっても早く閉まるので仕事帰りには間に合わない。
冷凍食品も少ないしほとんど使っていなかった気がする。
とにかく、家で作ることがほとんどで
家族で外食できるのは、
それこそ特別な時だけだったろう。

洋服などもファストファッションのように
おしゃれなデザインを安く変えることはなく
白いTシャツだってデパートで1万円くらいし
靴もセールでも1万円くらいはしていたので
全てが高かったのだ。

旅行も安くいけるようになっている。
外食も安くいけるようになっている。
洋服や品物も安くなっている。
医療、学校などにしてもそうだ。

いつの間にかお金持ちしかできなかったことが
誰にでもできるようになってしまった。
出来ないことも少し無理をすれば
手が届くようになっている。
中級の上の生活を誰でもできるようになっていた。

今の幼稚園、小学生はどれほどの割合で
旅行に行ったことがない子供がいるだろう?
海外経験者だって多いだろう。
外食したことがない子供はどれくらいいるだろう?

私が子供の頃は
本当にボロボロの借家に住んでいる子もいた。
今思えば、学年で1、2人くらい
生活保護を受けていた家庭もあった。
車がない家庭や
塾に行けない子、私立には行けない子も
普通だったので
それぞれ子供ながらに自覚してやっていた。
アルバイトも精を出す子は精を出していたし。

貧富の差は現代よりもはっきりしていたのだろう。
私の目には今の方が贅沢になっているように見える。

格差が無さすぎて
自分にも気軽に手に入れられると思うからこそ
手に入らないことにヒステリックになる。
また、国家を上げて
個人のエゴを満たすように動いている。
国民のエゴが強くなるように、
エゴの強い人は考えるのだ。














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細胞に感謝する

2025-02-25 | ちょっと、ひとりごと
人の身体は不思議なもの。

私は医者でもなければ
運動を指導するような立場でもない。
けれど、結構健康オタクではある。

健康オタクだけれど
うんちくを詳しくは話せない。
単に身体にいい、悪いことは分かるくらいで
人に解説しようとも暗記しようとも思っていない。

自分自身の体験や人を色々見て観察した経験などで
自分なりに感じたり実験したりしている。
なので、良いと言われれば
ある期間自分で試して、
何も変わらなければやめるし
取り入れなくなるけれど
これも、今の自分には
必要ないものというだけかもしれない。

病気になれば身体だけでなく気持ちも暗くなる。
気持ちが暗くなれば病気になる。
歳を取ると病気になりやすい。
歳を取って体の自由が落ちてくると
気持ちが塞ぎやすくなる。

まずは気持ち、意識が大事だ。
自分の細胞の完璧さを邪魔しないこと。
疑っているのなら、
まずは信じようとすることから始めてもいい。
「ダメだろう」と信じながらでは意味がない。

無茶をしても一生懸命元に戻してくれる。
元に戻すよう働いてくれている。
元に近づこうと働いてくれている。
人任せではダメで細胞だけに任せず
自分が最大に協力しなくてはいけない。

今の状態にも感謝してできることをする。
その中で、できることを見つけていく。
その細胞、身体の完璧さに感謝をする。

考え方、気持ちの持ち方、食べたもの
動き方などの生活スタイルで身体は作られている。
分かってはいるけれど、
実行するのは難しいものだ。





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