癒しの庭Ⅲ

集おう癒しの庭へ

ウッドデッキの塗装完成!

2008年06月15日 | Weblog
  居間に続くウッドデッキの塗装が完成して帰って来ました。  

         
                画像ファイル "https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/7b/c2/18724cad04716732d0410448f9a1395d.jpg" は壊れているため、表示できませんでした。

   色見本の通りの色、アンティークパインです。

                  https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/74/04/09b4006259dc77d48605f6385f9cc53c.jpg 

   練馬の「ともさん」から教えていただいた塗料を塗りました。親しくしている塗装屋さんに相談したら、「この塗料は私もお勧めします」ということで、即決でした。

  椅子とテーブルを置いてみました。
     
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  高所恐怖症の人が落ちたら怖いねというと、我が家のガーデナーさんが「よく4隅に花の鉢を置いている」と鉢を置くことを勧めてくれました。4隅だけでなくもう少し置きたくなりました。

       
               https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/33/14/3f21802459a3bf67c37f8ec224bee422.jpg


   布団まで置いた変な人がいます。

                       https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/7f/32/128372ebd3d631a584d36f9882697ac1.jpg

   しかし、まだ肌寒く、さすがに布団の上での読書やお昼寝は無理のようでした。

   机を置いたり布団を敷いてみたらこのウッドデッキは、今後さらに成長させると楽しいということが分かりました。

   さて、このウッドデッキをどう成長させましょうか。

   今後の私たちの楽しみが一つ増えたように思います  ・・・




地震は問題ありませんでした!

2008年06月14日 | Weblog
  今朝の地震は大過がありませんでした。ご心配をおかけしました。
  TVで「大きな地震がきます」という放送があったので、玄関でお花に水やりしているお母さんを呼んで家に入ったら、電灯の紐が揺れてる程度で、全く問題がありませんでした。
  大変な地震で、被災された方が気の毒です。

  我が家のコンピュータの話ですが、私のVAIOが故障したので、新しくDELLのデスクトップを注文しているのですが、まだ1週間位はかかりそうです。

  そうしている所へ八HIROさんが中古のデスクトップPCを送ってくれました。私ではなくお母さんへです。お母さんの使っているノートパソコンは遅すぎるのでということで、お母さんへプレゼントです。

      https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/03/de/48a12d9a0137650a5a0385bdb2669882.jpg    →    https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/63/8d/0b8ad3345ba06ee108fb0ae8121cd914.jpg
    

  ソフトを入れ、ネットを接続するととても良いPCです。プロのO氏から聞いたところでは、VAIOのCPUよりこちらのCPUの方が新しい製品なのだそうです。

 サクサクと動き気持ちの良いPCです。
  お母さんと二人で素敵なデスクトップが使えることになりました。八HIROさん有難うございました。

  My Yahoo! をいじっている内に、動画ニュースなどもBLOGに出すことができることが分かりました。

                                    地震のニュース(動画)

                            平泉の様子(新聞)


  今日から、これまで以上に必要な情報を集めることができるようになり嬉しいです。
  平泉の中尊寺の被害がどうだったのか気になっていたのです



今日はこちらにお出かけです!

2008年06月13日 | Weblog
   
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       https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/08/27/7ce001a16279ee163bf72b7b8c65fab6.jpg

   隣地区の史談会の研修視察です。津軽藩発祥の地を訪ねています。場所は「鰺ヶ沢」です。津軽藩と聞くと「津軽(大浦)為信公」を思い浮かべなすが、「為信公」は津軽藩の五代藩主で津軽藩の始祖は「大浦光信公」です。


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   こちらがその方(の銅像)です。


      https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/15/dd/fd0e02e84d9ea6756e3437dec2c9a80c.jpg

  そして、こちらが初代「大浦光信公」のお墓です。何故か墓石がありません。藩主様のお墓だと普通は立派な墓石があるのですが・・。ガイドの方に聞いても分からないというお返事でした。

   でも、私は何故墓石が置いてないのか分かるような気がしました。
  
   この殿様は死期が近づくと、家臣の神官に私より先にあの世に行って私を供養せよ(道案内せよの意か)と命じたり、自分が采配を振っている姿の通りに埋葬(銅像のような姿で)せよと遺言を残したりしており、実際にそのようにしたそうです。

   だとすれば、立った姿で埋葬されている方の上に大きな墓石を載せるでしょうか。私が残された家臣であれば墓石を載せない方を選びます。いかがなものでしょうか。
   どなたか正解なりご意見なりをお寄せ下さい。お待ちして居ります。

  
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         https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/22/24/3c983cf8569ea0d53e9dd65dd8cf39de.jpg 

   こちらが殉死したご家老の「奈良主水」さんのお墓です。やはり墓石がありません。
 
   過酷な殿様もいたものです。神官の「奈良主水」さんには心よりご同情申し上げたく思いました。


    この日は他にも「高照神社」など津軽藩にゆかりの地を訪ねました。
    2度目の訪問でしたが、実りが大きいものでした  





初めて小倉バラ園を訪問 ・・・!

2008年06月12日 | Weblog

  KOBAYASIさん宅に用事があって二人でお出かけしました。その帰りにローズガーデンに寄りました。

       https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/25/bf/cff95da10a67d141af8bcb492d855d9f.jpg

   今年もたくさんのバラが咲いていましたが、どこかこれまでと違います。バラの花の名札が付いていなかったり、昨年までの育ち方とどこか違います。そして昨年までは大小たくさんのバラの苗を売っていたのですが、今年はごくわずかの小苗のバラしか売っていません。

   どうにも変なのでバラを売っている人に聞いてみると、昨年までは小倉バラ園がここのバラを管理し、バラの販売もしていたのだそうです。
  小倉バラ園のご主人がご高齢となって、今年からビル管理がバラ園の管理をしているのだそうです ・・・ ?
      
    https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/5b/ba/91a3f688b4dc46aa140a8728c518840c.jpg

   ここで私が一番好きなバラは、「ピノキオ」というツルバラです。昨年このバラが気に入って買い求めようとしたのですが売っておらず(出張販売している小倉バラ園)、あきらめざるを得ませんでした。

   今年も「ピノキオ」が、昨年よりは時期が早すぎたのかやや小振りに咲いていました。それでも、このガーデンの中では昨年と同じく私の一番好きなバラでした。

  しかしこのバラには名札が付いていませんでした。調べてもらうとやはり「ピノキオ」でした。

   今年も「ピノキオ」は売っておらず、小倉バラ園に行くと、もしかするとあるかもしれないと教えてくれました。


  そんなに遠くないので、小倉バラ園に出かけました。


                 https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/78/d6/5ca5bf26ada3d22f8b7f85d0c76c8a26.jpg

  小倉バラ園のご主人は、「年いったからからあっちの方は止めた」と話し、たくさんのことを私たちに教えてくれました。スタンダード仕立てをする場合は野バラの台木の高いところに接ぎ木するのだ(高接ぎ)するのだそうです。プロの間ではそうでないと価値がないと実際の作品で説明してくれました。

  ツルバラの「ピノキオ」は評判が良いのでいくらか接ぎ木をして育てており、まだ小苗なのだそうです。その小苗の「ピノキオ」を1鉢買い求めて来ました。

  貴重な「ピノキオ」を、私独自のスタイル(スタンダード仕立ての3連仕立て?)で育ててみようと思います。高接ぎではないスタンダード仕立てとなるのでプロの方には見てもらわないことにして大切に育てていこうと思います。


  私の3連仕立て(仮称)は八戸でヒントを得たもので、是非とも素晴らしい作品に育てたいと思います




死んでいる人がどうして書けるの?

2008年06月11日 | Weblog
   
  https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/66/b0/173091132c94e623d4e88d0aefe8b4b2.jpg

  昨日のお話の続きです。
  昨日、お隣の市の「老犬神社」みんなで訪れました。

  神社内の壁に古文書のコピーが額に入って掲げられています。タイトルは「免状証文の事」と書いてあります。定六が「又鬼(またぎ)」であることの証文です。この証文を書いた人は「南部大膳太夫信長」であり花押も押されています。

                定六とシロの伝説(老犬神社の由来)

  定六とシロの伝説を裏付ける貴重な古文書のようですが、変なことがあります。この証文の日付は慶長九年と書いてあります。

  しかし、慶長九年には南部信直さんは死んでいるのです。どの資料を見ても九戸の乱で勝利した信直さんは、慶長四年に亡くなっているのです。

   慶長四年に亡くなった信直さんが、慶長九年にどうしてこの証文を書くことが出来るのでしょうか。信直さんが年号を間違って書いたのでしょうか、それとも後年誰かがこの証文を勝手に(贋作、にせもの)書いたものでしょうか。

  短絡的な結論は避けますが、どうにも気になる神社です。

 

  参考までに信直さんは以下のような方です。ネットで「南部信直」と検索するとたくさんのことが分かります ・・・


 南部信直(1546~1599)  南部氏は清和源氏、新羅三郎義光を先祖とする。義光から4代目の光行が甲斐国南部庄の地頭となり南部氏を称した。 この光行のころ、既に奥州征伐の功績により奥州五群を領したとも言われるが詳細は不明で、それから5代目の祐政が興国年間(1340~45)、盛岡に居城したと言われ、この頃あたりからは奥州五群を領していたのは確実のようである。  南部氏は豪族として近隣を従えたが、信直は祐政とは従兄弟にあたる信長から7代の後裔。天文15年(1546)、南部一方井に生まれた。南部氏の一族で田子城主・石川高信の庶子だったが、南部晴政の跡継ぎとなった。しかし、晴政に実子晴継が生まれたため田子城に戻った。天正10年(1582)、晴継が若死にしたので、再び南部氏の当主となり、三戸城に移ったが、信直の本家相続には一族や重臣の間に多くの異議があり、さらに九戸政実の影も影響し、小競り合いもあったという。 斯波氏を威圧した後、天正18年(1590)の小田原征伐のとき参陣して秀吉に会い、津軽氏の謀叛を訴えたがとりあげられなかった。翌年、九戸政実の叛乱に会い、これを討つと九戸城を修築して福岡城と名を改めここに移った。ついで盛岡に築城の工を起こしたが、その完成を見ずに、福岡城で没した。慶長4年(1599)10月5日。54歳。




郷土史学習会は今日も現地研修です !

2008年06月10日 | Weblog
    
             https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/3b/de/27368d507e8138d50e2516b2ca2746bc.jpg

   別所の大日堂です。中に入ってみると「大日神」と扁額が掲げられています。江戸時代にはここがお寺さんで「大日如来(仏像)」が祭られていたはずなのですが(他の大日堂も同じ)、明治新政府の時代になって神国日本を作るための国策によって、大日如来の仏様も神様に変身して「大日神」となってしまいました。中央に丸い鏡が置いてあるので「天照大神(あまてらすおおかみ)」として祭られているのだと思います。


            https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/55/1f/043a93276b5060e3d7e44b3fd16ea5e3.jpg

   前回ここにおじゃました時この神社の入り口左側に、この赤黒斑(まだら)のご神体を見つけました。神社に居られたご老人に問うたのですが何なのか分からないということで、謎とそして残っていました。

  今回の11人の現地研修では、車を止めて(私は運転していません)4人の地域の人に聞いたら、疫病神が村に入ってこないように村の両端に祭ってあるということでした。確かに村の向こうはじにも同じようなものが祭られていました。

  勇気を出して触ってみると、石ではなく木の根に色を着けたような感じでした。今後民俗学の「柳田国男」さんの著書などで調べてみたいと思います。

   今回の現地研修は近くのたくさんの場所をまわり、全て以前に訪問した所なのですが、 「定六とシロ」の伝説が伝わる「老犬神社」でも以前から疑問に思っていたことを確認することができました。

   神社に掲示されている古文書に間違いがあったのです。

   どういうことかは、後にお伝えしようと思います

        
              https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/7a/c2/5c6845f6ae85882ee4be41fe40fbbf43.jpg






      

       


小学校が見えなくなりました!

2008年06月09日 | Weblog
  我が家からいつも見えていた小学校が見えなくなりました。耳を澄ますとガラガラという音が聞こえます。新築になった小学校の旧校舎の解体作業が進んでいました。

             https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/35/d8/271e8cd417b58cda83f0b1be9913dfb5.jpg

   ここに緑色の屋根の校舎が見えていたのですが、全く見えなくなりました。新校舎は左の下の校庭に建設したのでそちらも見えません。我が家からは学校が全く見えなくなりました。この校舎には我が家の子供たちが通いました。私はそれ以前の木造の校舎に通いました。

   気になって見に行くことにしました。

            https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/56/96/9a2b209869737ff03d68a7e404e12194.jpg

   近づいてみるとほとんど校舎は見えないのですが、一部シートで覆っていて、そこから解体をしている音が聞こえます。

  https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/3d/70/ebf259e338c7a7c9635ac5dc6c427cc1.jpg

   江戸時代の代官所跡に建っていた鉄筋3階建ての小学校の校舎も給食の調理棟が解体中で、ここが解体されると何ひとつなくなってしまいます。私にとっては心の痛む場面で、貴重な写真となりました。
      
             https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/13/18/25bef555c8bc2c8194c9b628fff28767.jpg

   古い校舎は無くなりましたが、子供たちにとっては新しい校舎ができて、新たな学習が行われています。

   ちなみにこの体育館の外や内の建材の塗装を担当したKさんは我が家の外壁など我が家の塗装をいつもして下さっている方です。
今は我が家のウッドデッキを持っていって塗装してくれています。

  さよなら旧校舎、よろしく新校舎、塗装の名人Kさんお願いしますよ我が家のウッドデッキとこれからの我が家の塗装を




五重塔は何故無くなったのか!

2008年06月08日 | Weblog

       https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/4f/8a/adac0a0572cd87ed9fa0d1368cffd940.jpg

  この五重塔の図面は文久4(1864)年にかかれたものです。明治の初年まではちゃんと建っていたのです。その絵図面もたくさん残っています。

  しかし今は・・・・!

      https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/6f/92/44538679d56cdea0f50166474e4cc479.jpg
 
   盛岡市北山の聖寿禅寺の五重塔は、一階部分しか残っていません。

 どうして明治初年にこの五重塔は、一階だけとなってしまったのでしょうか。

  わたしが、市文化財保護協会の研修視察旅行を盛岡に決めた理由の1つはこの謎を解きたかったからです。

   正解は次の中にありそうです。
   さて、どれだと思いますか。

 (1) 戊申戦争で盛岡軍が負けたので、明治新政府軍が二階以上を壊してしまった。
 (2) 明治新政府による神仏分離令が出された結果、廃仏稀釈運動が起こり、二階以上は壊されてしまった(盛岡市中央公民館の学芸士の説明)。    
 (3) 戊申戦争の結果盛岡藩は廃止されてお寺は貧乏になり、このお寺の住職(今のご住職のお父さん)は五重塔やお寺を維持することができなくなったので、五階から順に売った。
 (4) その他の別の理由
          
   正解をお知りになりたい方は聖寿禅寺のご住職にお電話をしてお確かめ下さい。電話番号は019-661-3642です。ただしかなりシビアな問い合わせですので、十分に心を込めてお問い合わせ下さい。私はご住職さんではなく、このお寺の隣にある榊山稲荷神社(とても由緒のある神社です)の宮司さんにその訳をお聞きしました(たまたま通りかかったので)。榊山稲荷神社の電話番号は019-661-6211です。

                                                                      榊山稲荷神社

 私なりの正解は、8月28日の研修視察の当日にお寺についてのご説明をお願いして来たので、その折りに詳しくお聞きして決めたいと心に決めています




お客さんがたくさん!

2008年06月07日 | Weblog
 
  仙台のしょうこおかあさんが来てくださいました。そして間もなく秋田のCIKOちゃん御夫妻、TUKAちゃん、CHIKOちゃんのおとうちゃんとおかちゃんが来てくださいました。とてもにぎやかになったのですが、私は古文書の学習会です。図書館主催で講師は別の方がですが、テキストの選定や印刷は私がやりました。さらに昨夕は知り合いの方に出席のお誘いの電話をしたり下ので欠席することはできず、2時からは図書館に出かけました。

   午後4時に帰ると秋田の方々は残念にも、お帰りになっていました。

   夕ご飯はしょうこおかあさんと私たちの3人です。

           https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/12/b3/29ec0f77e5efc675e20800a30d98c78a.jpg

   夕食には冷凍庫からこんなお魚が・・・・!
 
  アジのお腹の中にはハーブが、上にはハーブとにんにくが、一昨日準備して冷凍しておいたものです。冷凍が進む間にハーブがアジの身にしみ込んでいくだんどりになっています。

     https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/01/96/c949b15284ab91a6d37f520c1eb21bbb.jpg

   もう少ししっかり焼いてから頂きました。
   正直言って、この種の香辛料のものはこれまで食べたことが無かったので最初は戸惑いましたが、ゆっくり食べているうちに旨さが伝わってきました。私は感じ方が鈍いのでしょうか・・・ !

      
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   我が家のバラが咲き始めました。我が家のガーデナーさんが咲き始めのバラを1輪摘んできてくれました。

   これからはバラ畑へのお散歩が楽しみです




明治百年通りの釣り鉢!

2008年06月06日 | Weblog

   ウッドデッキを塗ってくれる親しくしている塗装やさんが来てくださったので、色々とたくさんのお話をお聞きしました。 小学校の体育館の内外の塗装をしたとか、今は小坂町康楽館前の明治百年通りのベンチ30数脚の塗装を終えたというお話です。

   そのお話に、北秋田市の全国植樹祭にご参加の天皇皇后両陛下が小坂町(鉱山事務所)にお出でになるということで、明治百年通りがとても綺麗になっているというのです。

   そこで、きのうおかあさんと明治百年通りを見に行きました。

       https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/3e/ff/6d9da2037e7b8fcb4c26c2057b197c74.jpg   

   親しくしている塗装やさんが仕上げたベンチには、アカシアの花が描かれた手の混んだベンチでした。こつこつと頑張っている姿に好感を持てました。

                   https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/40/ba/59ce81ef058e8dedb155cd6e0245ae52.jpg     

  我が家のガーデナーさんはこちらに興味があるようです。

              https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/23/11/4229cc935b2721ca7a62568c2bff0ae7.jpg

   明治百年通りには道路の両側にたくさん釣ってあります。天皇皇后両陛下がこれからご覧になるプロの方が作った釣り鉢です。

   我が家のガーデナーさんがいきなり、釣り鉢を作りたくなったと言います。 帰りに産直で幾らかの花苗を買って帰り、やおら釣り鉢を作り出しました。

 小坂明治百年通りの釣り鉢もまだ出来たての若い鉢、我が家のガーデナーさんの釣り鉢も今日できたばかりの鉢、もう1ヶ月もすると高い所に釣られた鉢から、長く植物が垂れると思います。

  さて、どちらが素晴らしくなるのでしょうか。天皇皇后両陛下が小坂町にお出でになる日が楽しみ です











ひなちゃん、ごめんなさ~~~い !

2008年06月05日 | Weblog
                                                                                          https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/6f/af/867ce652b3676914584e4465ac4a046c.jpg   

  ひなちゃんのためにおかあさんが買ってきた「さいころ」ならぬ、遊具はこんなものに化けてしまいました。

        https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/07/0e/63486d053ee9a2192302da9cca0289fc.jpg

   さいころ遊具の60cmの天板は「米松」でできていました。先に作った「杉」よりも遥かに堅く、丈夫で、長持ちし、超安価に購入できたということで、私の発案でおかあさんの了解も頂き、たまたま知り合いになった前とは別の大工さんに改造してもらいました。

         https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/78/b9/f5c2cdd93a363e867613e28eb545d503.jpg
           
   先の写真では小さな縁台が3個ですが実際には4個でき、ベランダいっぱいに配置できました。裏庭にいらした方はここに腰掛けてお茶を飲みます。日常的にはまだ腰が丈夫でないおかあさんが、お座敷から直接この上に出て洗濯物をほすことができます。こちらは、もともと塗っていた色(薄緑の防腐剤)を塗ってもらうことにしました。

   ひなちゃんの遊具はこちらのベランダにおかれましたが、今までここにあった縁台は居間の延長のウッドデッキになります。ひなちゃんの遊び場になりますよ。今塗装に持っていってもらっています。3回塗りなので3~4日で帰って来ると思います。

  ひなちゃん、ごめんなさ~~~い!

  あらためて、素敵な遊具を考えることにします 





盛岡へお出かけ!

2008年06月04日 | Weblog

   今年の文化財保護協会の研修旅行は盛岡です。盛岡には私はみんなに見て欲しい所があり、加えて私自身謎を解きたいと思う所もありました。そこで理事会で、盛岡を提案したら、いとも簡単にOKになりました。

  ということで、今日会長さん他私たち事務局2名の計3名で下見に出かけました。

 最初は、盛岡中央公民館です。藩政時代初期は南部藩の御薬園であり、その後庭園が造られ、藩主の別邸、明治には南部家の別邸となり、現在公民館となっても、別邸の一部はそのまま保管されています。私たちの研修旅行の時(8月28日)は、この別邸が特別公開になります。

   盛岡中央公民館では、特別公開の別邸や郷土資料室の参観、そしてここに保管されている当市の江戸時代の絵図面や巡検使道の絵図など7点を見せて頂けるよう学芸士の方にお願いして来ました。

           https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/66/c9/abebf87cc3322a89ab63a16bc04a11c2.jpg
         
        画像ファイル "https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/56/32/4fdccd47dc9b959188c6a79e85d54514.jpg" は壊れているため、表示できませんでした。
         
            画像ファイル "https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/69/1c/9b57cef676c570d81923395ea7d75fd6.jpg" は壊れているため、表示できませんでした。

            https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/35/79/c31274ee000c5be171b7326cde83452c.jpg

   ここの庭園には茶室が3つもあります。その内の1つは原敬元首相の「白芳庵」も移築されてあります。普段は公開されていません。別邸の特別公開の折には、こちらのお茶室も是非公開して欲しいものです、8月からの企画でまだ詳しいことは決まっていないようです。

   わが文化財保護協会は何を見に行くのでしょうか。事務局が庭師であることが災い(幸い?)しているようです。

  二つ目の見学場所は盛岡市内の「報恩寺」です。ここは「五百羅漢」で有名なのですが、私たちには当市の中心となるお城のご城代(盛岡の殿様から当地区のお城をまかせられている方)の「中野吉兵衛」さんのお墓があると聞いているお寺なのです。会長さんも実際には見ていないのです(最後12代のお墓岳は当市我が家の菩提寺にあります)。

           https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/53/b3/6b08f07937cede6c7674572a098035d4.jpg

   和尚さんにお墓の位地を聞いて墓地を探すとありました。三十数基の中野さんのお墓が見つかりました。

                  https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/24/74/e0f4c9b8b6bf5cb7e8a281cad32016d0.jpg

   昨年11月に法事をした中野さんがおりました。和尚さんにお聞きしたら「愛知県からいらしてましたよ」ということでした。中野さんの末裔は広く全国に広がっているようです。詳しくは姓氏研究家のH氏にお聞きしたいと思います。

   さらに、これまで分からなかったのですが、かつて古くから当市に住んでいた武将に「柴内氏」「毛馬内氏」「北氏」が居りましたが、こうした方々のお墓も見つけることができました。

  和尚さんのお話に、「毛馬内氏」のお墓もありますし、山門を入って左側の奥に古いお墓がたくさんありますから・・・、ということで探したら新しい発見の連続でした。「柴内氏」のお墓には当市との関わりを説明した碑までありました。

    今夏の研修視察の要項づくりは楽しみの多いものになりそうです。まずは、「柴内氏」「毛馬内氏」「北氏」の業績やルーツを調べることから始めなければなりません・・・。

             
    下見をした箇所はもう2ヶ所、「聖寿禅寺」と紫紺染めをしている「草紫堂」があるのですが、長くなるので後日またということで・・・。 


      https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/5a/12/f3c91da7339346000f1521d39732ec70.jpg

 盛岡中央公民館(南部藩別邸)のお座敷から見えるオブジェです。

   お茶会が行われていました。

   大変盛会でした







おかあさんの買い物・・・、さいころかな!

2008年06月03日 | Weblog

  おかあさんは、KOBAYASIさん宅からの帰り、こんなものを買いました。

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   大きな木の箱のようですが、箱ではなく通り抜けることのできる筒になっています。                                           おかあさんは、秋田のひなこちゃんのおもちゃにするのだそうです。さいころにしては大きすぎますし、2面にふたがありません。繋げてトンネルにしたり、別途のウッドデッキからこれらの上を跳んで渡ったりする遊び道具だそうです。楽しそうなので買って帰りました。

   庭に、ころがして置いてみたのですがどうにも大きすぎます。
   ひなこちゃん、こんなおもちゃで遊びますか ~~~~ !

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  珍しいハーブ茶です。
  乾燥した「マロウ」の花が入っています(「マロウ」の花だけです)。

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   お湯を注ぐと青い色がにじみ出してきます。
   このハーブティーの名前は「夜明けのティザーヌ」というそうで、「ティザーヌ」とはフランス語で「ハーブティー」という意味だそうです。まさに夜が明け始めていく空の色を連想させます。

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   ところが、あるものを加えるとたちまち「ピンクの」色に変わってしまいます。本当に色の変化を楽しむことのできるハーブティーです。ハチミツなどを加えると味も素晴らしいものです。

   あるものとは「レモン汁」です。酸化して色が変わったと思われます。たくさんの方に好評の我が家のハーブティーです。

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   今我が家に咲いている「マロウ」です。この花を乾燥させるだけで不思議なハーブティーを作ることができます。

   3株ほどありますので、今後不足することはないと思います。

   みなさん、お茶を飲みに来てください




合鴨かな?

2008年06月02日 | Weblog

昨日、家に帰ったら池の中で私たちを迎えてくれたのはどうやら「カルガモ」のようです。決して「アイガモ」ではないようです。「鴨」に無知な私は「カルガモ」と「アイガモ」の違いを初めて知りました。併せて「アヒル」との関係もです。
                                     
                                        カルガモ

                   ガン・カモの仲間


「カモ」に興味のある方は以下をご覧ください・・・・!

「アイガモ」
フランス料理などで良く使用される鴨。フランス語でカナール(Canard)、英語ではダック(duck)。ダックと言えばドナルドダックが有名であるが、鴨とアヒルの境界線はどこにあるのか?
某保険会社のCMやドナルドダックなど馴染み深いアヒル。漢字で書くと”家鴨”、まさに鴨なのです。

野鴨と家鴨
鴨は大きく分けて2種類。自分で餌を見つけ食べて育つ野鴨(Canard Sauvage/カナール ソヴァージュ)と家畜として飼われ、世代交代を繰り返してきた所謂”飛べない鴨”家鴨(Canard Domestique/カナール ドメスティック)である。
野鴨では、青首鴨(Canard Col-vert/カナール コルヴェール)や小鴨(Canard Sarcelle d'hiver/カナール サルセル ディヴェール)が有名です。

日本では” 合鴨”という言葉を良く聞きます。そもそも合鴨とは真鴨と家鴨の交配種であります。しかし日本で販売さえている多くの”合鴨”は家鴨なのです。アヒルとい う名前で販売するよりも”鴨”という名前を付けて販売した方が購入意欲をそそる為なのかわかりませんが一般的にそのように販売・認識されている事はご存知 無い方が多いのではないでしょうか?
「アヒルなんて食べたらかわいそう。」なんて言いながら鴨せいろが大好きな人もいるかもしれません。
フランスではアヒルという認識は無く、いずれもCanardつまり鴨として扱われています。ですから「鴨=カナール=ダック=アヒル」なのです。(もちろん生物学上では細かく分類されますが)

食材としての鴨
鴨の処理方法として有名なのが”エトゥフェ”。エトゥフェ(etouffer)とは針を鴨の首の後ろに刺し、仮死状態にさせ、血を抜かずに処理す る方法です。こうすることにより、鴨の体内に血がうぅ血して、血が肉全体にまわり、鴨特有の鉄分を含んだ風味が強くなるのです。
このエトゥフェした鴨を有名にしたのは、ラ・トゥール・ダルジャン。鴨を焼き上げ、切り分けた後、残った部分を圧搾器にかけて血の風味を含んだ肉汁を絞ってソースに加えるという方法で有名になりました。

フォアグラと鴨
フォアグラと言えばガチョウが有名ですが、鴨のフォアグラも一般的に流通しています。またフォアグラを採った後の鴨の胸肉はMagret de Canard(マグレ・ド・カナール)として人気があります。

様々な交配種
カナール・クロワゼはイギリスのカーキ・キャンベル種(家鴨)の雌とコル・ヴェール(野鴨)の雄とを交配させて作った小型の鴨で野鴨独特の風味を持っており、人気があります。
中華料理としてひとつのジャンルと言える程人気のある北京ダックももちろん家鴨です。このように野鴨・家鴨様々な交配を重ねてその区分が非常に曖昧になってきているのは事実ですが、共に”鴨”であることは間違いありません。


「カモ」のお話ではなく「お風呂」のお話です。

「ハーブコーディネーター」をめざすおかあさんは、ハーブの入浴剤を試みています。今日のお風呂は「スキンフレッシュバス」という名のハーブのお風呂です。


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   入ってみると、名前のように肌にさわやかさを感じます。温泉では感じることことのできない感触です。小さなお風呂だからこそ可能になることだと思います。


   こうした材料は、大量にハーブガーデンで栽培し、我が家にお出で下さった方には、存分に楽しんで頂きたいと思います





素晴らしいお迎え!

2008年06月01日 | Weblog
   昨日はKOBAYSI宅にお邪魔したのですが、沢目のおばあちゃんの「泊まっていけば」のお言葉で、KOBAYSI宅ですっかりご馳走になり、今日昼に帰宅しました。


   そしたら・・・・・
     
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  池の中に鳥がいます。決してブリキのイミテーションの鳥ではありません。


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   生きている鳥です。私たちが帰るのを待っていたのか、我が家が留守なので安心してゆっくりしていたのか、いずれにせよのんびりとしていて、池の鯉に悪さをするふうも全くありませんでした。

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 かなりの時間(30分位)我が家の池で遊んで、やがて北の方面に、素晴らしい羽音をたてて、一直線に飛んで行きました。

   これまで小鳥は各種たくさん来ていますが、大嫌いな(以前に金魚を全滅させ、鯉をもねらう)鷺(サギ)が時折きるので、テグス(釣り糸)を張っていました。結果鷺は全く来なくなったので良かったと思っていたら、本日素晴らしいお客さんがテグスを恐れることもなくやってきてくれました。

   たぶん鴨だと思います。

   明日にでも合鴨なのか、どんなかもなのか調べてみようと思います