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『オリンポスの果実』 田中英光

2007年02月24日 | 小説

 

オリンポスの果タ.jpg



国立大学の試験を明日に控えている受験生。まわりが参考書をあさっている試験会場で、ゆったりと足でも組んで、小説を静かに読んで、余裕を見せつけてるという作戦はどうだろう。

実は私も自分がどことなく緊張しているのが分かりますので、普段はあまり読まないような小説で、現実からはなれて少し落ち着きたいというような心境かも(笑)。

さて、本書ですが、1940年(昭和15年)に発表された古い小説です。

太宰治の墓前で、あとを追って自殺をした作家がいると聞いていて、名前も覚えていなかったのですが、先日偶然見つけて読みました。本書の著者、田中英光という作家をご存知でしたか。


早稲田大学在学中の1932年(昭和7年)、ロサンゼルスオリンピックに、ボート競技のクルーとして出場するという異色の経歴の持ち主です。そして本書もその渡米の折(もちろん当時は船旅ですが)のことをもとに書かれた私小説です。

世界恐慌直後のこのオリンピック、日本は水泳だけで5つの金メダル、あの3段飛びで有名な南部忠平さんも金メダルを取っています。残念ながら著者の出場したボートは予選敗退でした。


主人公の青年は純真な心でいろいろなものをながめるのですが、オリンピックのボートの代表選手の中では下っ端で、その上気が弱いため、他のクルーにからかわれたり、先輩からしごかれたりしてばかりです。

いよいよオリンピックに出場するために船上の人となります。そこで同じ日本代表選手の女性・熊本秋子に心惹かれます。もちろん告白する勇気はありません。どころか一緒に少し話をしているところを見られただけで、冷やかされ、ついには叱られる始末。日記に彼女への想いを綴れば、先輩に読まれてしまうというような…。


男女の付き合いに関しては、時代背景もありますね、もちろん。全編、船に乗る直前から、戦いを終えて帰国し船を降りるまで、その彼女に対する思いを綴った一冊です。


何と言ってもオリンピックですから、国を挙げての応援もありますし、日本を出ても選手は国の英雄としてたくさんの女性や新聞記者が寄ってきますし、日系人らから最高のもてなしを受けます。でも彼女のことがいつも気になってしまう。

オリンピックの晴れ舞台へ上がること、その夢を実現したヒーローですが、実は、女々しいわけで、ストーリはとても単純です。なのですが、昭和初期という遠い昔の時代が逆に新鮮で一気に読んでしまいました。すばらしい小説だと思いますが、内容はそれだけです(笑)。


今、確認してみますと、すでに本書は入手が困難になっているようですが、青空文庫にありました。最初だけコピーしておきます。よろしければお読みになって下さい。

 

■■■ 本文書き出し ■■■

秋ちゃん。
 と呼ぶのも、もう可笑(おか)しいようになりました。熊本秋子さん。あなたも、たしか、三十に間近い筈(はず)だ。ぼくも同じく、二十八歳。すでに女房(にょうぼう)を貰(もら)い、子供も一人できた。あなたは、九州で、女学校の体操教師をしていると、近頃(ちかごろ)風の便りにききました。

 時間というのは、変なものです。十年近い歳月が、当時あれほど、あなたの事というと興奮して、こうした追憶(ついおく)をするのさえ、苦しかったぼくを、今では冷静におししずめ、ああした愛情は一体なんであったろうかと、考えてみるようにさせました。

 恋(こい)というには、あまりに素朴(そぼく)な愛情、ろくろく話さえしなかった仲でしたから、あなたはもう忘れているかもしれない。しかし、ぼくは今日、ロスアンゼルスで買った記念の財布(さいふ)のなかから、あのとき大洋丸で、あなたに貰った、杏(あんず)の実を、とりだし、ここ京城(けいじょう)の陋屋(ろうおく)の陽(ひ)もささぬ裏庭に棄(す)てました。そのとき、急にこうしたものが書きたくなったのです。

 これはむろん恋情(れんじょう)からではありません。ただ昔(むかし)の愛情の思い出と、あなたに、お聞きしたかったことが、聞けなかった心残りからです。
 思わせぶりではありますがその言葉は、この手記の最後まで、とっておかして下さい。

■■■



いかがでしょう。こんな甘ったるいのは、受験生には不向きでしょうか(笑)。大学に合格して、オリンピックに出場したらもてるぞ!とは言えそうです。


おもしろそうかな、と思われた方は、青空文庫で続きをどうぞ。

      
 青空文庫 → オリンポスの果実】 

 




 ■■■ 大学に入ったら恋愛も!?■■■

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P.S. そういえば田中英光を検索すると、tani大先輩から教わった作家、宮本百合子が田中に触れた一節がありました。文学オンチの私には分かったような分からないような内容でしたが、参考までにご紹介してみましょう。


労働運動の波が高まった年々の間に、たくさんの職場から若い作家が生れかけた。小説は、勤労する人民としての個々の日常生活を題材とし主題としたものが多かった。組合活動とはなれる職場作家という問題は、その根源に、文学のそとの複雑な基本的諸問題をふくんでいる。民主的な文学の陣営に属しているいくたりかの既成作家の文学活動がそのよくない影響によってそういう結果をひき出しているという強弁が一時流布したことがあった。そして一方に、文学に対する経済主義の偏向があらわれた。民主的評論、批評の活動は、あやまった一方的な見かたを正しい関係におき直すために多くのエネルギーを費さなければならなかったが、いわば、そこで息切れした。田中英光の「オリムポスの果実」からはじめられて「少女」「地下室にて」を通り「野狐」その他に到った過程の検討を、民主的批評がとりあげることも必要であった。しかしそれはたいしてされないままであった。現代文学はいつの時代よりも創作態度が意識的になっている。その意識性は、現在大部分がそこに陥っているように商品としての独自性を形成してゆく意企として存在するばかりではないはずである。



全文はこちら ⇒ 【現代文学の広場】 -創作方法のこと・そのほか- 宮本百合子

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『オリンポスの果実』 田中英光
新潮社:131P:280円