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玉川上水みどりといきもの会議

玉川上水の自然を生物多様性の観点でとらえ、そのよりよいあり方を模索し、発信します

二人じゃない

2016-04-20 06:30:16 | 玉川上水点描
楽しい一日でした。
 私は1年前に大学を定年退職しましたが、数年前に卒業した学生から「久しぶりに会いましょう」とい連絡があったので、どうせなら玉川上水を散歩することにしました。とても熱心な学年で、学生時代はよく野山に行ったものです。この日は、その頃にもどって植物の説明をしたり、想い出話をしながらゆっくりと散歩をしました。説明をすると、
「あ、それって前に聞いたことがある。」
「ハコベの仲間って、なんたらハコベとかノミノなんとか区別がむずかしいということは覚えてる」
とか楽しく話をしながら歩きました。

ヒトリシズカがあったので写真を撮ったりしていると、年配の女性が近づいてきて
「ヒトリシズカね、フタリじゃないわよね」
「ああ、ヒトリですね」
「カタクリは見ました?」
「はい、見ましたけど、もう花は終わってました」
「そうよね」
といって立ち去りました。

あとで
「玉川上水ではときどき、ああいう会話があるんだよね。ぜんぜん知らない人に、誰ともなく話しかけられることがあるんだ。都心じゃないよね。」
「そうですよね」
「でも、さっきからさりげなく先生の話を聞いている人がいましたよ。」
「えっ、そうなの?」
「ええ、なんとなく植物を知ってそうな感じがわかるんじゃないですか・・・」
「そうかなあ、そんなことはないと思うけど」
 とたわいのない会話。

 考えてみれば、こうして花の名前や開花のことを知らない者どうしが会話できるということ、そのものが、なにか貴重でありがたいことのように思えます。最近はテロだとか虐待だとか、胸のつぶれるような話題が多くて、気持ちが塞ぎます。それを思うと、こういうささやかなことに救われたような気がするのです。それは心にぽっと灯火が点(つ)いたとでもいう感じです。でもそれはLEDのような煌々とした明るさではなく、ろうそくのように、とろとろとした明るさのものです。



2016-04-20 05:20:43 | 玉川上水点描


 子供の頃、「木は枝が広がっている範囲に根を広げている」と聞いてなんだか不思議な感動をした覚えがあります。地上生活者である私たちは地下のことはわかりません。わからないだけに、地下のことをいろいろ想像したりもしました。地下の想像の話は心を魅きつけるものがあります。
 このケヤキはまるで熱帯の板根を思わせるほど根が高いところからありますが、高いところから出ているのではなく、地表が削られてへってゆき、露出したのです。あまり目にしない根ですが、こうして地表に出たものを見ると、たしかに枝に匹敵するほど広がっていそうだし、大きな木の体を支えるための構造に機能美が感じられます。
 根から受ける印象は、合理的に考えれば機能美で言い尽くされますが、私たちはやはり地下で幹を支えているということに、文字通り縁の下の力持ちの姿勢を重ねて、敬意のような気持ちを感じずにはいられません。

4月という月

2016-04-20 03:43:07 | 玉川上水点描
津田塾大学の少し東側に鎌倉橋という橋がある。そこから東(下流)はなかなか景色がよい。4月の6日、13日、そして24日というわずか3週間たらずのあいだに、緑がいかに変化したかをくらべてみたい。これを見ると、4月という月に植物たちがいかに大きな変化を示すかが如実にわかる。


2016.4.6


2016.4.10


2016.4.24