ホリデイ現役添乗員日記

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ゴッホの街、オーヴェル・シュル・オワーズ

2010-12-08 21:32:07 | ホリちゃんフランス
ホリちゃんです。フランスへ久しぶりに行きました。ちょうど、ヨーロッパに寒波が来ていて、日中でも、マイナス2~3度の中を、時折、雪に見舞われながら歩くコンディションのあまり良くないツアーとなりました。
 

オルセ美術館に上の絵があります。ゴッホの「オーヴェルの教会」という作品です。この作品に描かれたオーヴェル・シュル・オワーズの街にやってきて、ホリちゃんは、あらためて、ゴッホという芸術家の日本人に対する根強い人気を再認識させられたのでした。実際の教会も作品そのままのイメージでした。

   

  

ツアーは2日目。時差で眠りが浅く、しかもマイナス3℃という厳寒の中で、フランスのバスツアーで最初に訪れる町が、ゴッホの家があるというだけで他に何の変哲もない町、しかも、最初の予定が「お墓参り」とあっては、参加者のヴォルテージも下がる一方だろうと思って、早くこの町を出たいと一方的に思っていました。

 

周りは、ゴッホの作品に描かれるような荒涼たる麦畑の雪景色でした。

   

   

ところが、この荒涼たる景観も、晩年のゴッホの作品のイメージとオーバーラップするからこそ、感動をよぶのです。ゴッホの作品も仕事へのモチベーションも一番充実していたのは、太陽陽光を求めて、南仏のアルルにやって来たときでした。有名な「向日葵」も、色彩豊かな「種蒔く人」も「夜のカフェテラス」も、みんなよく知っている作品はアルル時代の作品です。しかし、ゴーギャンとの共同生活が決裂し、「耳削ぎ事件」を起して、仕事上の孤独感と、躁鬱病が悪い方向へ進んでしまったのもアルル時代です。サンレミ・ドゥ・プロヴァンスの精神病院でも病癒えなかったゴッホが最後にやって来たのが、オーヴェル・シュル・オワーズでした。粉雪が舞って、一面の雪景色を見ていたホリちゃんは、突然、ゴッホが、初めて南仏、アルルへやってきたその日が数十年ぶりの大雪だったことを思い出しました。波乱万丈なこの画家の生涯を象徴するかのようでした。

    

ゴッホのお墓は、街の小高い丘の上にあり、共同墓地にあります。生涯、精神面でも、財政面でも兄をバックアップし続けた弟のテオといっしょに葬られています。ゴッホが
オランダのプロテスタントの牧師の息子であることは、知らない人もいます。主な活躍の舞台がフランスだったから、フランス人と思っている人も多いようです。生きているときは、貧乏画家そのものでしたが、兄の偉大さをよくわかっていた弟のテオの遺言でお墓は並びあっていっしょに眠っています。

   

このお墓参りを含めて、参加者がこの町での滞在を予想外に喜んでくれたのがとてもうれしかったです。何しろ、ちょっとした散策ルート、地元の人にとっては、特別珍しくもない散歩道も、みなゴッホが作品のテーマにとりあげた風景として、そこにあり、我々に芳香を放っているのです。例えば、この小村の村役場は、こんなに素敵です。

   

何気ない散策ルートも、我々のように異文化を背景にもつ国から来ると、とても魅力的です。

   

   

もう一人、フランス絵画史上に残る画家「ドーヴィニー」もオーヴェルの出身ですが、残念ながらこちらはあまり注目されていないようです。しかし、この町の観光案内所はドーヴィニー博物館を兼ねています。

   

そして、最後に「ラヴー亭」とよばれるゴッホの家を紹介します。ゴッホは、精神病の名医ガッシュ博士がいるパリに近いということで、友人のアドバイスでこのまちにやってきます。そして、ここの屋根裏部屋に間借りして住んだのです。当時のまま、1階はカフェ、上階はゴッホ記念館の扱いです。ゴッホは、1890年、37歳の短い生涯を終えますが、ここに住んでから2カ月の間、集中的に2カ月で70点の作品を完成させたのです。毎朝、画材道具一式持って出かけ、カンバスに向かって絵を描き続け、ある日突然、ピストル自殺を遂げて帰らぬ人となるまでの、悲しくも胸を打つ生涯を作品のイメージとオーバーラップさせて、皆楽しんだようです。どうぞ、ホリデイツアーでフランスへお出かけになり、今回の参加者が口々に「来て良かった」と喜んだのと同じ感動を共有してみませんか?




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