ホリデイ現役添乗員日記

近畿日本ツーリスト ホリデイ現役添乗員が新鮮な情報をそのまま皆様にお伝えします

ガリシア地方で最高の魚介類〜スペイングルメの旅〜

2014-06-13 18:51:09 | ホリちゃんスペイン
ホリちゃんです


スペイン北部のガリシア地方を旅しました

サンチアゴ・デ・コンポステ-ラという昔の巡礼のメッカを起点として、近郊の町も行きました

スペイン料理では、もともと魚介類をうまく取り込むのですが、この地方の魚介類はまた格別で

とてもフレッシュです


 

  


ワインは有名なリオハのワインを堪能しましたが、地ビールもおいしかった





入ったレストランがコルーニャという町の、それも「食い物横丁」みたいな、「食道楽」が期待できそうな場所柄でした メニューをオーダーしたら、地元のエビで、さっきまで水槽で泳いでいたものをとりだしてきて、デモンストレーションしてくれました 

 



カニも新鮮で、身がしまっていた。越前ガニやズワイガニの本場近くの人もいて、評価は厳しいはずだけど、まずまずと言っていました



エビやカニだけでなく、珍しいのは、



これです。カメの手です。前にどこかで食べたことがあったけど、わずかなのに、高かった。
でも、ここは、たくさん出てきて、しかも安くて大満足

ちょっと


他にマテ貝やムール貝もおいしかったです





そして、仕上げに食べてみたパエリャもガリシア版の素晴らしい魚介類のシンフォニーのようでした






グルメツアーのような一風変わった旅に行ってきましたが、次回は、ホリデイでがんばります

、最近うちのパソコンをバージョンアップして、ウィンドウズ8.1にしたら、まだ使い勝手がよくわからず、写真の加工もうまくできないので、マスターしてから更新しようと思ったのですが、それまで更新しないでいたら、デイちゃんが怖いので、アップして、明日から出発します。

マチルダ(=ホリちゃんの妻、=天)がスポンサーになってくれたこのパソコンで、次回は、がんばります


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フラメンコ前に楽しむタパス

2014-05-26 21:26:05 | ホリちゃんスペイン
ホリちゃんです

バルセロナです

「バルセロナ・モンサンミッシェル・パリ8日間」というツアーです

何せ、スペイン滞在は2泊だけなので、スペインの魅力は、1日観光を行う2日目に凝縮させる必要があるのです

ランブラス通りの老舗タブラオのコルドベスは、フラメンコのショーが始まる前の時間帯で、タパスのビュフェ・ディナーが楽しめますから、一石二鳥です

             

             

             

             

             

看板の生ハムやチーズ、ソーセージ以外でも、美味しそうな前菜が並んでいます 十分メイン・ディッシュにも成りえるパエリャもあるし、フィデウアとよばれるパスタ・パエリャもある

             

             

フィデウアはホリちゃんがおすすめしたせいもあって、全員がたくさんとってしまいすぐカラになったけど、すぐ補充してくれました。

              

タパスといえば、ムール貝、アンチョビ、エビ、イカなどの魚介類や、トルティージャなどが定番だけど、ここは、夕食を兼ねているので、ビュフェ・ラインには、ホット・プレートの肉・魚の料理もあります

             

             

デザートコーナーには、美味しそうなスィーツが並びます

              
                 プリン

           
         カタルーニャ風カスタードクリーム


           
               プロフィットロール

飲物もスペインならではのサングリアやワイン、シャンペンのようなカバ(スパークリングワイン)など何でも飲めます。飲みすぎ・食べ過ぎで眠くならないように、この後のフラメンコのショーを楽しむようにというアドバイスをききながら、寝むそうにはしていたものの、皆さん、ショーが始まってからはそのド迫力にテンションを高く保って見ていました。

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2013年をスペインでむかえて

2013-01-23 12:48:41 | ホリちゃんスペイン
ホリちゃんですスペインらしさがいっぱい詰まった街、トレドで12月31日宿泊し、1月1日を迎えました。

       

泊まったホテルは、ソコドベール広場に近く、大聖堂でも、アルカサ-ルでも歩いて行ける素晴らしいロケーションですカウントダウンを楽しみに、年末のリミットの瞬間を楽しもうという人が大勢集まって来る場所でもあります。そんなとき、ホリデイでは、パンフレットに「12月30日出発は、アルフォンソ6世ホテルになります」と書いてある。さりげないこの1行がとても素晴らしいです。ふだんは、国営のパラドールだからホテルは良いのですが、旧市街を展望する反対側のロケーションです。でも、年末年始だけは、カウントダウンの現場まで歩いて行けるホテルになっている、素晴らしい配慮です

       

実際のトレドは、マドリードの前に、スペインの首都になったところで、日本でいうと、古都奈良や京都の雰囲気をもったところです。とにかく、スペインで1都市しか見られないならば、迷わずトレドを選べという説があります。

ローマ帝国に属し、後で、イスラム教徒の支配下に入り、レコンキスタでキリスト教徒の世の中になり、といったスペインの長い歴史を凝縮して狭い空間に閉じ込めたような魅力がこの街に溢れているからでしょう。

1月1日、新しい年が明けて、初詣代わりに朝日を拝めたのは、ラマンチャ地方のコンスエグラでした。

       

ここは、風車の集積が見事な風物詩となっています。ラマンチャ地方といえば、ドン・キホーテですが、この風車を巨人と間違えて突進していった猪突猛進ぶりは作品に活きいきと描かれています。

さて、もっともスペインらしいところといえば、アンダルシアです。なにしろ、闘牛、フラメンコの発祥の地です。

       

セヴィリアでフラメンコを楽しみましたが、ここが本場ですね。アルハンブラ宮殿のあるグラナダで見るフラメンコも素晴らしいですが

       

       

スペインツアー5日目にして初めて海をみました。スペインではコスタ・デル・ソルと呼ばれる地中海側のリゾートです。ミハスの村はコスタ・デル・ソルに近く、エキゾティックな魅力です。珍しいロバのタクシーもあります。

       

歩いて回れるこじんまりした街です。散策してみると、白い家の集積が美しいです。

       

そして、最後はガウディ一色のバルセロナを堪能して終わりました。ホリデイのスペインツアーはとても質が高く、見どころを上手に凝縮しています。ぜひ一度出かけてみて下さい。

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スペイン料理の主役たち

2013-01-13 09:22:46 | ホリちゃんスペイン
ホリちゃんです年末年始はスペインに行ってきました。スペイン料理が美味しいと、よく言われています。確かに、12月のクリスマスマーケット関連で、ドイツに3回も行った後でスペインに行くと、改めて新鮮な驚きをおぼえます。日本人の大好きな魚介類の活かし方、スペイン産米を使ったパエリャの美味しさ、肉や野菜を使った食材と調理法のヴァリエーションなど、どれもドイツでは望めないものですまず、マドリードで久々にパエリャを堪能しました

       

       

       

黒っぽいのは、イカスミのパエリャ、それからシーフードの入ったミックスパエリャ、あとは、米ではなくパスタを使ったパスタパエリャ(フィデウア)の3種類です。一度大皿に盛ってデモンストレーションした後、1人分ずつ取り分けてくれる。

       

      

お米はバレンシア産米ですが、これに風味と着色を付加するのに欠かせない素材がサフランです。あの芳香を放つサフラン畑から、苦労して収穫したサフランの花を集め、家族全員でめしべを取り除くという気の遠くなる作業を経て出荷されるので、市場に出回る頃にはかなりの高額商品になっています。でも、サフランなくしてあの黄金色の炊き込みご飯はできませんスペインが凝縮されている町、トレドでパラドールの特徴をもったホテルに泊まりましたが、ダイニングルームでとった食事が美味しかったです。おそらくシェフが優秀なのでしょう。

       

ソパ・デ・アホ(ガーリック・スープ)は、そんなにこってりしていなくて、ニンニクという素材をうまく使っているので身体が温まります。ワイン大国ですが、セルベッサ(ビール)も中々のものです。

       

スペインといえば、イベリコ豚がよく知られていますが、生ハムはよく朝食のビュッフェにも出てきています。でも、この日メインで食べたイベリコ豚のグリルは別格の美味しさでした。

       

年が明けて、1月1日はコルドバでしたが、サルモレホ(冷たいスープ)、

       

メインにはラボ・デ・トロ(オックステールのシチュー)

       

なかなか個性的ですねスペイン料理は、広く深くとても一朝一夕に味わい尽くせるものではありませんが、8日間のような短期間のツアーでもそのエッセンスに触れて満足して帰ることができます味覚的にも日本人の口にあっていて、素材も魚介類を多く取り入れているので日本人に向いていますソパ・デ・ペスカードレス(魚介類のスープ)

       

イカの墨煮のライス添えなども日本人に向いている料理でしょう。

       

ホリデイツアーのスペイン周遊旅行では、その土地ならではの郷土料理やスペインの名物料理として知名度の高い料理に力を入れています。

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異邦人が似合うコスタ・デル・ソルの顔、ミハス

2011-08-10 05:02:01 | ホリちゃんスペイン
ホリちゃんです。地中海に近いスペインの小さな町の話しです。ミハスという町は、マスコミでもたびたびとりあげられてきたアンダルシアのリゾート地です。私たち、日本人はスペイン滞在の日程が8日間しかなく、しかも、他に見たい都市がいっぱいあるため、ミハスでの滞在は、せいぜい1時間半といったところです。それくらいの短時間をやりくりしながら、多くの都市を効率良く回るのが日本人のツアーには、まだ合っているようです ですが、ペンションやコンドミニアムが立ち並び、「知る人ぞ知る」で長期滞在する欧米人が多いのをみると、ミハスは、まぎれもないリゾートです 

   

「白い家並み」は、アンダルシアを代表するイメージのひとつです。ミハスは、観光客を意識して、「白い家並み」をより念を入れて仕上げた、スイスの手作りの町のような雰囲気です。

   

絵葉書とか、写真でもよくとりあげられる、サン・セバスチャン通りは「白い家並み」の象徴となる美しい通りです。

   

   

アンダルシアは、闘牛の発祥の地でもあります。その意味で、アンダルシアのイメージの一つに闘牛も加わりますが、ミハスの街にも、闘牛場があります。しかも、他では見られない、珍しい「四角い」闘牛場です

   

   

ミハスらしく、観客席の後方にも、「白い家並み」が見えます。

   

   

入場入口は、小さな売店のレジのようなところで、若干分りにくいですが、宣伝のポスターがちゃんと貼ってあります。

   

   

その後、町歩きを続けてみると、トロピカルな雰囲気とともに、展望台からミハスの海岸を見下ろすと、海が近い!、地中海が近い!と感動が沸きます。それまで、バスツアーで内陸都市ばかり回って、スペインに来てから、ようやく海を見たお客さんも喜んで写真をとりまくっています。

   

   

時折出会う、「公共交通機関」が「ロバのタクシー」です。

   

ミハスの風物詩です

   

20~30分ほどで、街の主なところを回ってくれます。料金を見ても、10~15ユーロです

  

   

珍しい洞窟教会も、ミハスの名所の一つです。

  

   

ほこらのマリア様と言って、この土地の人にとっては大切なマリア様であり、願いがかなった感謝なのか、願いをかなえるための祈りなのか、豪華な展示にも、驚きます。

   

   

屋根の上には、どこからでも目立つようなマリア像がのっています。

   

「ほこらのマリア様」と訳せるうんちくも書いてあります。

    

ほこらのマリア様のある洞窟周辺にも、海が望める展望台があります。コスタ・デル・ソル(スペイン語で「太陽の海岸」)が近く、代表都市マラガやトレモリノスなどの高級リゾートも近いのです 海にも近くて、地の利を占め、風光明媚であるため、古来多くの民族たちが、ミハスに定住しました。フェニキア人、ギリシャ人、ローマ人、そしてイスラム教徒、「白い家並み」をつくったのはイスラム教徒ですその白い家が気にいって住んでいる人には、外国人が多くいます。人口12,000人のうち半分以上が外国人といいますから、昔から今に至るまで、コスモポリタン都市であり、異邦人がよく似合う町だと言えますね

   

地元の人は、ミハスの乾燥した大地の恵みである、オリーブやアーモンドで生計を立ててきました。アーモンドを使った甘い砂糖菓子「ガラピニャーダ」を売る屋台もよくみます。

   

   

バス駐車場近くの展望台に観光案内所とトイレもある手際の良い町です。いちど、ミハスの街を散策して、異邦人を体感してみませんか?ホリデイツアーなら、チャーターバスで効率良く行けます

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現場の機転で延命!コルドバのメスキータ

2011-08-07 08:40:30 | ホリちゃんスペイン
ホリちゃんです。昔のスペインは、イスラム教徒に支配されることで、「先進国」になっていました。コルドバも8世紀から11世紀までイスラム教の総本山だっただけでなく、ヨーロッパを代表する学問・芸術の最先端の情報発信地だったのです。今のシリアのダマスカスでは、アツバース朝のもと栄華を誇っていましたが、ヨーロッパでダマスカスに比肩できる都市は、ウマイヤ朝の末裔が開いた後ウマイヤ朝のもと発展したコルドバだけでした。何しろ、ロンドン、パリ、ローマといった西欧を代表するように見える都市も、人口では、数千人から2・3万人というときに、コルドバの人口は100万人を超えていましたイスラム教徒の学問・技術の伝授のおかげで、ルネサンスや近代ヨーロッパが生誕したと言っても言い過ぎではなく、このことはもっと知られても良いと思いますイスラム教寺院は一般にモスクと言われるが、コルドバでは、スペイン語でメスキータとよばれます。

   

   

モスクは★の数ほどあっても、イスラムの総本山、コルドバのメスキータは、まじめな話し、モノが違うのです 8世紀~10世紀、コルドバの発展と歩調を合わせるかのように拡張・充実されたメスキータ1,012本の石柱と、一度に6万人の信者が礼拝できる比類ない規模と、二重アーチのハーモニーや内装も見事なイスラム建築を代表するものだったのです

   

   

   

イスラム教のモスクには、必ずミフラブという聖域があって、聖地メッカの方向を向いた神聖な祈りの空間です。コルドバのメスキータは、ミフラブ一つとっても例外的に美しいのです。

   

そんな繁栄を誇ったコルドバにも、転機が訪れます。キリスト教徒のレコンキスタです。13世紀にコルドバが再征服された後、メスキータもじわじわと変容を遂げていきます。レコンキスタ後のメスキータは、キリスト教の大聖堂に転用されようとする、辛酸をなめた受難の経過期間といえるでしょう。中庭と礼拝堂の間の19のアーチは、そのおかげでオープンになっていたものが、全部壁で塞がれています。特に、破滅的過程をたどるはずだった16世紀の大改装の計画があったのです。あの見事な石柱を取り除いて、
メスキータのど真ん中に巨大な大聖堂を建てようという計画です。さすがに、これは、コルドバの市民大多数や聖職者も巻き込んだ大論争や大反対を引き起こしたものですが、最終的にトップダウン方式で許可を与えたのが、国王カルロス5世です。あの、ゲント生れで、ポルトガル女王イサベラと結婚式を挙げたカルロス5世です。このとき、建築主任を務めた人物がメスキータの建築としての価値を十二分に理解していた人物であったことが、メスキータを破滅から救ったのです。

   

   

彼の機転で被害は最小限ですみ、ミフラブは無事残り、1,012本あった石柱のうち、856本が残ったのです。しかし、イスラム建築の精髄のど真ん中にキリスト教の大聖堂を建てた不自然さは、逃れようもなく残るわけで、後から実際に目の当たりにした国王は、「もし、余がこのようなものだと知っていたら、決して建築許可を与えなかったであろう。どこにでもある建築を建てるために世界に2つとないかけがいない建物を壊してしまった」と後悔したといいます。

コルドバでは、メスキータ周辺に、ユダヤ人街や花の小路という散策ルートがあります。現代人は、イスラム原理主義の印象が強すぎるせいか、イスラム教というと、狭量で戦闘的で、聖戦や自爆テロも厭わないという、一面的なイメージを持ちがちですが、昔のイスラム教徒は、むしろ、他の宗教に寛大で、ユダヤ人がいっぱい住んでコミュニティーを作っていたのも、そこに理由があります。

   

花の小路から振り返ってみた、メスキータやミナレットは絵のような美しさです。

   

ホリデイツアーでは、メスキータ入場見学はもちろん、ユダヤ人街、花の小路も散策できます。ぜひ一緒に「西方の真珠」と称えられたコルドバを見学しましょう。

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アルハンブラの想い出、眩いグラナダ

2011-08-02 10:01:15 | ホリちゃんスペイン
ホリちゃんです。暑いスペインから、暑い日本へ帰ってきました。縁は不思議なもので、ホリちゃんの妻のマチルダが、説明会を担当したときに、「スペインがそんなに暑いなら行きたくない」と席を立ってしまったお客様も来ていて、どう対応しようか、悩んでいました。しかし、そのお客様も含めて、みんなスペインにはまって、スペインの魅力を再認識して帰られたのではないか、とひそかに期待しています。好き嫌いははっきり出るけど、一度行ったら、何度でも行きたくなる魔力をスペインはもっています。古来、多くの民族がイベリア半島の地を駆け抜けていった、そして、類まれな混血人種のスペイン人と、混血文化、雑種文化を残していった、エキゾティックといえば、これほどエキゾティックな国はまれではないでしょうか?エキゾティックの原点は?アラブとヨーロッパのミックスであり、イスラムとキリスト教の混在でしょう。では、最もアラブとイスラムの影響と雰囲気を残したグラナダのアルハンブラ宮殿の見学はどのような感じか、見てみましょう。

   

アンダルシアは北部スペインに比べると長くイスラム教徒の支配下にあったのですが、なかでもとりわけ長く、800年間も支配されたのが、グラナダでした。スペインの歴史は、イスラム教徒から領土を奪還しようとするキリスト教徒の国土再征服運動(これをレコンキスタとよびます)と、切っても切り離せない関係にあります。

   

   

   

まずは、王様たちの夏の離宮もあるヘネラリフェの庭園を歩きます。イチジク、糸杉、ザクロ、アーモンド、夾竹桃など、植物に弱いホリちゃんが見てもわかる植物や花が見事で、トロピカルなところもあるグラナダでは、一年通して花や植物が楽しめます。

   

ここからは宮殿も見えるし、写真スポットも多くあります。一日4000人とも言われる団体客を10分刻みで区切って入場させていますし、これに予約のない個人客も合わせると一体一日何人来るのか?、天文学的数字ですね

   

宮殿では有名なライオンの中庭が修復中で、しばらくは見ることができなかったのですが、先週行ったときは、展示室内のライオンが一般に解放されて、目にすることができたので、思いがけない喜びでした。

   

   

中庭からの眺めも見事で、王様たちの目の保養にもなったものだから、私たち観光客も感動します。建物内は、ほとんどイスラムの建築様式そのもので、モザイク画や、寄木細工などで壁面、天井に至るまで目を奪われる鑑賞対象です。

   

宮殿から外を眺めると、サクロモンテの丘が眩いばかりの美しさです。

   

   

実態は、ジプシーたちの居住地で、才能のあるジプシーはフラメンコのタブラオを経営したり、歌や踊りで生計を立てています。しかし、残念なことに、人のものを盗むことに手先の器用さを発揮して生計をたてている者もいるので、洞窟フラメンコなどを訪れるときなんかは、手荷物管理に気を使わなくてはなりません。ホリデイでは、リスクの少ない、もっと安全にフラメンコを楽しめるセビリアの様な大都市で案内しています。

  

    

アルハンブラ宮殿は、ギタリスト、ナルシソ・イエペスの「アルハンブラの想い出」という名曲でも有名です。あの曲は、滅びゆくイスラムの王様・王族たちの哀感を詠っています。日本史上の江戸城明け渡しと同じ、無血開城だったところが、余計に哀感、無常感を誘います。アルハンブラ宮殿が陥落してキリスト教徒のレコンキスタが完結したことになるのです。同じ年、コロンブスの新大陸発見もあったので、1492年という年代は、スペイン人にとって特別な意味をもつ重要な年代ですね

   

ホリデイのスペインツアーでは、これで終わりではありません。あの宮殿の全景写真をとるためにアルバイシン地区へ行くのです。

   

   

   

サンニコラス展望台という眺めの素晴らしい展望台へ行くのですが、そこまで行く途中のアルバイシン地区の散策自体が珠玉のような素晴らしい散策なのです。よく、この辺を歩くと、「地球の歩き方」などを小脇に抱えた日本人が迷って歩いています。あれでは、詳細な地図を表すことは難しいので、現地調達のスペイン語の地図をもって歩かないと駄目です。ホテルなどでもらえるでしょう。日本語のガイドブックだけでは、道案内も安全啓蒙も極めて不十分で、しばしば「地球の迷い方」現象になってしまいます。その点、ホリデイツアーでは、ライセンスをもったスペイン人の日本語ガイドもついて、案内してくれるので、道のことは気にせず、写真のことだけ考えていられます。

   

アンダルシア地方自体が、「白い家」で有名ですが、「白い家」はイスラム教徒の象徴でもあるので、アルバイシン地区というアラブ人街も「白い家」が白眉です。ちなみに白い家はスペイン語で、「カサ・ブランカ」と言います。

   

   

   

サンニコラス展望台へ来ると、さっき歩いてきたアルハンブラ宮殿の全景が見えて、感激です。全体としては、「アルカサーバ(砦)」、「宮殿」、「ヘネラリーフェの庭園」の3つから成っています。もちろん、グラナダの街を見下ろせるスポットでもあります。

   

   

一度はホリデイツアーで、スペインへお出で下さい。眩いばかりのグラナダはじめ、アンダルシア、マドリード、バルセロナと、日本人なら興味しんしんのところをご案内します。治安・交通事情その他の問題で、地図片手に自分で歩くのはかなりハードルが高いところでも、ホリデイツアーなら大船に乗って行けますよ。

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輝かしきセビリア、昔の栄光

2010-11-03 06:05:52 | ホリちゃんスペイン
ホリちゃんです。 スペインに行っていました。今、ちょうど夏時間から冬時間に切り替わったばかりです。10月最後の日曜日である、10月31日を境に、翌日から冬時間になるので、
その晩、時計を1時間遅らせて寝るから、1時間寝坊できるんです。冬時間から夏時間に
切り替わるときは、1時間進めて寝るから、逆に1時間睡眠が減って早起きになります。
日本では、体験しないせいか、皆さん何度説明してもピンとこない人もいます。

   

セビリアは、アンダルシアの最大都市です。上の写真はムリリョ公園です。ムリリョのお墓が中央にあります。ムリリョは、プラド美術館に作品もあるし、セビリア出身の有名な画家なのに、ヴェラスケスやゴヤと比べると、日本人への知名度はいまいちです。

  

  


ムリリョが住んでいた家のあたりは、サンタクルス街といって、昔のユダヤ人街です。
イスラム教徒が支配していた時代は他の宗教にも寛容で、キリスト教徒もユダヤ教徒も
街に同居していました。

それが、レコンキスタ(キリスト教徒の再征服運動)ですっかり変わり、写真のような、
メスキ-タはキリスト教の教会に再建されようとしました。途中、未完成に終わって
良かった、良かった、今でもコルドバのメスキ-タは世界遺産です。

   

1492年という年代は、スペイン人にとって、忘れられない年代です。
レコンキスタが完結するとともに、コロンブスの新大陸発見の年でもあるからです。

   

上の写真のセビリアの大聖堂の中にコロンブスのお墓があります。イタリア、ジェノヴァ
の船乗りだったコロンブスの活躍の舞台はセビリアだったのです。
コロンブスの航海を起点として、アメリゴ・ヴェスプッチが本当にアメリカを発見し、
マゼランは世界一周に成功して、大航海時代の到来を迎えたのです。この時代、セビリアは
新大陸から、ザックザックと入って来る金銀の保管のために「黄金の塔」があったと言われたほど栄えました。

それから500年たった、1992年、スペインは、バルセロナ・オリンピックの開催に成功しました。また、その年、セビリアでは、「イベロ・アメリカ博覧会」という万博が開催されました。

     

万博開催地は、「スペイン広場」と呼ばれ、万博の際、スペイン・パビリオンがあったところです。マリア・ルイサ公園周辺のポルトガル、アメリカ、中南米中心の各国パビリオンは
領事館やレストラン等に転用されて、今でも見事に再利用されています。

   

スペイン広場では、スペインの都市別、地域別の歴史がたどれ、今ではアンダルシア州の
官庁や公共機関として、建物が使われています。 一時、新大陸の冨を独占したと言われる
華やかなイメージのセビリア、あのプロスペル・メリメの「カルメン」に出てくる伊達女や
伊達男、「港、港にいる!」などの通俗的な話題の背景にもなった、アンダルシアの華、
セビリアの全盛期を実感するためにも、アンダルシア主要都市を効率良く回る、ホリデイツアーのスペイン旅行に参加してみませんか?

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アンダルシアの想い出

2010-09-12 21:05:53 | ホリちゃんスペイン
こんにちは ホリちゃんです。



再び、暑いスペインのことを熱き心で語ります。スペイン一番有名な人物の一人はドン・キホーテでしょう。首都マドリードのスペイン広場に作者セルバンテスの像が立っています。本当はこちらが実在の人物です。ドン・キホーテは、文学史上の人物なのに、圧倒的存在感をもって、リアルな人物の如くスペイン旅行者の「旅の友」として現れます。
 
   

 トレドは、あのドン・キホーテが活躍したラ・マンチャ地方の玄関口にあたります。
 トレドから、分岐点を経てコンスエグラへ向かう村道は、あの、ガリシア地方、サンチアゴ・デ・コンポステーラへ通じる由緒ある村道なのです。人は皆、風車の写真をとって喜んでいます。それもまた良し! 風車とドン・キホーテは切っても切れない間柄ですから。

   

     
   
  ラ・マンチャ地方から南下して褐色の山脈を越えるとアンダルシア地方です。
昔の都は、トレドですが、スペインのスペインたる原点、スペインらしさのルーツ、
スペインの言ってみれば、スピリットや精神文化の原点がアンダルシアにあるのです。
ホリちゃんは、初めてスペインに来たとき、マドリードでフラメンコを見たので、グラナダ
やセヴィリアが本場とは知りませんでした。
  
   

 考えてみると、戦国時代や安土・桃山時代に、織田信長はじめ、日本の諸大名と接点を持ったのは、「南蛮人」こと、ポルトガル人やスペイン人でした。その頃のスペインは、
「太陽の没することなき帝国」として、大航海時代を演出しました。あの、ジェノヴァの
船乗り、コロンブスが新大陸発見のために、大航海の交渉を進めたのも、決して祖国イタリアの海洋国家ではなく、スペインの王女のもとでした。そして、コロンブスのお墓も、
セヴィリアの大聖堂にあります。
   
   

 セヴィリアでフラメンコを見に行くと、そのタブラオの近くに闘牛場もあるのです。
ホリちゃんは、闘牛も初めて見たのはマドリードですが、闘牛の発症の地もアンダルシア
です。同じ頃、コルドバはヨーロッパ主要都市の水準を大きく超えて、人口百万人を誇り
ました。また、学問や芸術の水準も高く、コルドバのメスキータは、複合建築としても、
造形芸術としても、ずば抜けた存在でした。

  
   

 1492年という年代はスペイン人にとって、永久に忘れないほど重要な年代です。
この年、コロンブスが新大陸を発見したことになっています。また、一方で、八百年間
イスラム教徒に支配されたイベリア半島から、イスラム教徒を駆逐するキリスト教徒の
国土回復運動(レコンキスタ)が完結した年代でもあるのです。

   
 
    

 アルハンブラ宮殿もヘネラリフェ庭園も素晴らしいものですが、ナルシソ・イエペスの
「アルハンブラの想い出」という曲は、栄華を誇ったアラブの王族の哀感やペーソスが
にじみ出ています。しかし、宮殿と庭園そのものは、ハイブリッド国家、スペインの誇りを象徴するかのようです。
古めかしい、しかし決して古びさせてはいけないスペインの、いや、アンダルシアのスピリットをそこに感じることができるのです。あなたとも、ぜひホリデイツア-で、一緒に
「熱い」スペインを体感したいものです。
   
    

ハイブリッドの国 スペイン

2010-08-27 05:02:57 | ホリちゃんスペイン
.goo.ne.jp/user_image/05/d3/349fb8377f6e83e6169cd7e1394093e1.jpg">こんにちは、ホリちゃんです。暑い日本から、さらに暑いスペインへ飛びました。スペインを1日だけ見るのなら、迷わずトレドだ!と言われる昔の都です。スペインの魅力は、「ハイブリッド」つまり色んなものが溶け込んでいる「雑種」
「多様性」です。 人種も住居も寺院も宗教もみんな混血しています。 ユダヤ人は古代ロ-マ人にならってパティオを取り入れ、スペインの中に溶け込んでいます。 

イスラム教徒の最後の砦だったグラナダの街に、アルバイシン地区は、キリスト教徒の世の中になっても、スペインに溶け込んでいます。
 
 

 ネコですら、混血しているように見えます。
 
 

スペインのサッカ-が強いのも、ハイブリッドの強さではないでしょうか?
エキゾティックなスペインで、日本人の口にも合った、魚介類や、ブイヤベ-ス風の
料理をいちど賞味してみて下さい・