てつりう美術随想録

美術に寄せる思いを随想で綴ります。「てつりう」は「テツ流」、ぼく自身の感受性に忠実に。

そごうの挫折

2009年03月01日 | 雑想


 横浜には「そごう美術館」があるそうだが、かつては奈良にも「奈良そごう美術館」というのがあった。近鉄の新大宮という駅からかなり歩かなければならず、マイカー族でないぼくには不便な立地だったが、何度もかよった覚えがある。

 百貨店のなかの美術館には今でもよく出かけるが、正直にいうとあまり好きな環境ではない。所詮はテナントのひとつなので、会場にたどり着くまでにさまざまな売場を通らなければならないし、美的感性が疑われるような珍奇なファッションを並べたり、売り子が鼻の詰まったおかしな呼び声で「いらっしゃいませ」というのをたびたび聞かされたりすることにもなる。ミュージアム施設としての独立性が薄いため、雑音が紛れ込みやすいのである(京都伊勢丹の美術館はその点よく考えられていて、入口までは長い通路を歩かなければ到達できない。これは百貨店の雑然たる雰囲気を洗い落とすための、いわば“清め”の空間として設けられていると思うのだがいかがだろうか)。

 しかし奈良そごうはきわめて贅沢な作りで、5階に上がると高級な飲食店の間を縫って人工の川が流れており、至って静かだった。受付を過ぎ自動ドアのなかに入ると、そこにはゆったりとした静謐な空間が広がっていて、郊外にぽつんと離れた美術館に来たような印象すらあった。そこでどんな展覧会を観たのかは忘れてしまったが、ドイツの画家フリードリヒの大作に出会い、時間を忘れて眺めていたのは今でもよく覚えている。

 1階の売場には法隆寺の夢殿を模した金ピカのお堂のようなものがあったりして、お金の使い方を間違っているのではないかという気もしたが、こと美術館に関しては何の不満もなかった。しかし経営の悪化によって店は閉鎖されることになり、それにともなって奈良そごう美術館も姿を消すことになった。最後に出かけたとき、しめくくりの催しとして非常に地味な所蔵品展のようなものをやっていたが、来客は数えるほどしかおらず、感想を書き込むノートには予定されていた展覧会が急遽変更されたことへの苦情が書いてあった。おそらく当初は別の展覧会をやるはずだったのだが、運営上の都合か何かで取りやめになったのだろう。

 2000年の暮れに、奈良そごうは閉店した。跡地にはイトーヨーカドーが入り、美術館のエリアも「奈良市美術館」として生まれ変わった。しかし催されているのは市民ギャラリーのような性格のイベントばかりで、ぼくは足が向かなくなってしまった。あのときエントランスに鎮座していたロダンの彫刻は、今ではどこでどうしているのだろう。

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 村野藤吾の建築を壊しまでして再建された心斎橋そごうが、丸4年も経たないうちに大丸へと売却されることが発表された。銀行にしろ、自動車にしろ、業界再編の動きはすでに珍しくもないが、このニュースにはさすがに驚かされた。はっきりしたことはわからないが、隣接する大丸心斎橋店の新館のような扱いになるということだろうか。

 オープン当初は行列ができていた心斎橋そごうも、最近では閑散としていることが多く、それが全然気にならなかったといったら嘘になる。だが大阪ミナミのごみごみした環境のなかで、スペースをゆったり広く取った売場空間と、上層階のレトロな落ち着きのある内装は貴重だった。ミナミで待ち合わせるときはここにしようと、連れと冗談を交わしたこともある。以前は北浜の三越で開かれていた「日本伝統工芸展」は、三越の閉店後はここのギャラリーに会場を移して開催されていたし、ほかにもアジア危機遺産の写真展を観たり、安野光雅の展覧会を観たりしたこともあった。

 もちろん、売却されたからといってディテールが大きく変わるわけではないかもしれない。ただ、隣の大丸はよく知られているようにヴォーリズの設計で、大正11年の竣工である。村野藤吾が建てたそごうは、それよりもずっと若い昭和10年のものであった。そごう側が、何の思惑があって建て替えを断行したのか知らないが、器を新しくすれば中身も変わるというわけではないことを、今回のできごとは物語っている。


大丸心斎橋店の中2階はヴォーリズにちなんだ喫茶店になっている

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 ぼくにとって百貨店とは展覧会場にすぎず、そこで買い物をすることはまったくといっていいほどない。何か欲しいとなったら、近所のスーパーかコンビニですませる。ショッピングが家族のイベントであり、日常生活に夢と喜びを与えるハレの場であった時代は、とっくに昔の話になってしまった。美術館がデパートのなかにあるのも、そこがハレの場だった名残かもしれない。

 心斎橋そごうは、大丸の手に渡ってどんなふうに変化するのだろうか。

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