御所でテニスを
ゴールデンウィークは部屋の片付けに明け暮れている。賃貸物件に住みながら、いつかここを出なければならないことを想定して生活してこなかったツケが回ってきたかっこうだ。雑草を刈ってもあとからあとからまた生えてくるように、部屋のあちこちからいろんなものがどんどんわき出してくる。ぼくは何という生活をしていたのか。日野原先生にならっていえば、こういうのを“生きかたベタ”とでもいうのだろう。
入籍を目前に控えて、もちろん喜びはあるが、京都を離れなければならないさびしさというものが徐々に募ってきたのもたしかである。思えば、実家を出た当初は安いアパートを求めて大阪に住み着いたが、どうにも居心地が悪かったので京都に引っ越したという経緯があった。
だが、家は京都市にあっても職場はずっと大阪で、府の境をまたいで往復する日々が11年もつづいたのだ。これで一人前の京都人になれたかというと、とてもそんな自信はない。いやむしろ、京都という特異な地域にとけこむのは相当に困難なことではないかというのが正直な感想である。
ふたたび大阪へと住まいを移すことになったが、これで京都との縁が切れたわけではなく、京都を嫌いになったわけでもない。しかし当分の間は一介の観光客として、外部からの視点で眺めることになる。京都市民としての最後の日々、今この時点での感慨をまとめておくのも無駄ではないだろう。
「京を歩けば」という連載は、今は中断しているが、やめるつもりはない。京都にかよいつづけるかぎり、ネタが尽きることはないだろうからだ。ありとあらゆるガイドブックが出版されて、もはや紹介し尽くされている感もある京都だが、実際に歩いてみないと見えてこないことは数多いし、京都の知られざる部分にこそぼくは魅力を覚えるのである。
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早起きして民放のテレビをつけたら、思いがけず京都御所のたたずまいを撮影した番組をやっていた。おや珍しいと思いながら、ついつい最後まで見てしまった。それというのも、先月23日から29日にかけて御所が一般公開されたときに出かけてきたばかりだからだ。そのときはひどい雨であったが、落ち着いたら記事にしたいと思っている。
ただその一般公開も、すべてをまんべんなく見せてくれるわけではない。なかでも御所の南東にある仙洞（せんとう）御所は、築地塀の向こうにその姿をひそめている（見学するには事前に申し込みが必要である）。さぞや立派な御殿が建ち並んでいるものと思っていたが、その番組のなかで、ほとんど庭園しか残されていないことを知った。後水尾天皇が譲位後に住まわれていた建物は、今から150年ほど前に焼失して以来、再建されることなく現在に至っているのだそうである。
春と秋の一般公開のルートでは、小御所（こごしょ）と御学問所（おがくもんじょ）の間に「蹴鞠の庭」があるのを見ることができる。といっても四角い空き地に砂利が敷き詰められているだけだが、今でもここで蹴鞠がおこなわれることがあるらしい。
関西文学散歩の会編「文学散歩・京都編」（関西書院）によると、澁澤龍彦に『空飛ぶ大納言』という短編があるという。蹴鞠を愛するあまりに無重力への憧れを募らせる貴族の物語だそうだ。ぼくは澁澤の小説というと『高丘親王航海記』をずいぶん前に読んだことがあるぐらいで、長いことご無沙汰していたのだが、最近になってエッセイを少しずつかじりはじめるようになった。『空飛ぶ大納言』もそのうち読む機会があるかもしれない。
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ところで、航空写真を見ていてちょっと気になったものがある。仙洞御所の敷地内の南西あたりに、テニスコートらしきものが写っているのである（下図）。京都御苑のなかには市民も利用できるテニスコートがあるそうだが、それとは別のものだ。娑婆とははっきり隔絶された塀の向こうに、鬱蒼とした木々に囲まれるようにして、妙に白っぽいテニスコートが２面並んでいる（ひょっとしたら舗装されていないのかもしれない）。
（Ｇｏｏｇｌｅマップより）
皇室ではテニスを楽しむ伝統があるのかどうかは知らないが、今上天皇と皇后とが“テニスコートの恋”の挙げ句に結ばれたことは周知の事実だ。ここからはぼくの想像だが、やんごとなき身分のお方が京都でもテニスを楽しむために、仙洞御所の一角にコートを造営したのかもしれない。
明治時代に日本に入ってきたテニスというスポーツは、今や蹴鞠と肩を並べるほどの球技に昇格してしまったようである。
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