てつりう美術随想録

美術に寄せる思いを随想で綴ります。「てつりう」は「テツ流」、ぼく自身の感受性に忠実に。

2009年の折り返し点

2009年07月06日 | 雑想


 あまりにも更新の間隔があいてしまった。せめて近況だけでも書いておかないと、これでは筆者が生きているのか死んでいるのかわからないと思う方がおられるかもしれない。結論からいうと、ぼくはやや疲れてはいるものの元気だし、美術鑑賞もやめていないが、不本意ながらそれをまとめる時間がなかなか捻出できないのだ。

 今、ぼくの頭のなかには3人の画家がうごめいている。クレーとゴーギャン、そして時代は一気にさかのぼってフェルメールである。この3人はほとんど何の関連もないかもしれないし、意外なところでかかわっているような予感がしなくもない。しかしそれを解き明かすのはまだこれからの、しかも少々やっかいな仕事になりそうだ。といっても、そんなことをやってみたところで、何ら生活の足しになるわけでもないけれど・・・。

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 印象批評、という言葉がある。世の中の圧倒的多数の人が、展覧会を観るなりしてブログや日記に書き留めたり、手紙やメールで知人に書き送ったりする文章は、この印象批評に属するだろう。つまり、絵を観て自分は何を思ったか、どんなふうに感じたかというような、素朴で率直な感想である。もちろん、それはそれでかまわない。

 しかし美術の世界には、ただ印象を綴っただけでは作品の本質になかなか触れ得ないのではないかという作品が多く存在することも事実だ。ぼくはこれまで主として、絵画の表面に描かれているものに隠された内なる淀みというか、人間の営為に関する謎というか、表立ってはあらわれてこないことを積極的に読み取ろうと試みてきた。もちろん、そこにはかなりの想像力も介入する。いってみれば、フィクションの要素がなきにしもあらずなのである。

 しかしそれをなしとげるには、時間がかかる。多くの資料に眼を通したり、思考を重ねることにもなる。ぼくにとって展覧会とは、美術館から外に出た途端に終わりを告げるものではない。むしろそれがはじまりであって、美術館で接したたくさんの芸術家の“気配”がぼくの生活にも影を落とすのは、そのときからである。

 たとえば古い映画を観たときには、機械で厳密に ― ときには非人間的なまでに ― 管理された現代社会をつかの間忘れ果て、きめこまやかな情の支えを頼りに人々が生活していた時代へと、ふと思いが羽ばたくことがある。等身大の自分を抜け出て、ひとまわり大きな視野というか、今いるところの重力から解き放たれた自由なものの感じ方を獲得することができる。ぼくが好んで美術を観るのは、ひとえにその感覚が味わいたいからであって、門外不出の珍品がやって来たからとか、教科書にも載っているような誰でも知っている名画が展示されているからとかいうような理由ではない。その絵がぼくのなかに深い思索を呼び起こすとき、それはぼくにとって第一級の名画なのである。

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 クレーは、「ピカソとクレーの生きた時代」という展覧会でまとめて観る機会があった。6月の最初から書きはじめた「20世紀美術の展開図」という連載を、そのクレーの記事で締めくくろうと思いつつ、ぼくははたと行き詰まってしまったのだ。というのも、ぼくにとってクレーは人間の根本的な深い謎に色とかたちを与えようとした哲学者のごとき存在だからである。彼の絵は美しいが、難解きわまりない。クレーを絵画の詩人などと表現することがあるが、それは全然間違っているとはいわないけれど、少し美化しすぎではないかという気もする。

 吉行淳之介が書いた『砂の上の植物群』という長編小説のタイトルが、クレーの作品名から借用されたものであることは知っていた。しかし、場合によってはかなり変態的な性愛をモチーフとする吉行文学はぼくの好みとするところではなくて、その小説も読まないできたのだが、このたび何かのきっかけになればと思い、はじめてひもといてみた。たしかにストーリーの合間で唐突に作者によるクレーへのオマージュが語られ、クレー自身の文章が引用されたりしているものの、吉行が書きたいこととクレーの絵との関連がぼくにはどうしてもつかめず、残念ながら途中で投げ出してしまった。ぼくはこれまでクレーに性的な匂いを嗅ぎとったことは一度としてなく、むしろ男女の哀歓などを超越した深層へと彼は降りていったのではないかと空想している。晩年、クレーが天使の線描画を繰り返し描いたのも、それが人間の性差を乗り越えた普遍的な存在だからではあるまいか?

 ゴーギャンについては、先日名古屋で『我々はどこから来たのか 我々は何者か 我々はどこへ行くのか』を観た。その絵がどうしても観たくて、高速バスに飛び乗って出かけてきたのである。これはクレーとは別の意味で、哲学的な絵だ。むしろタイトルそのものが、永遠に解決されない哲学の大命題ともいえる。クレーは色と形体で世界を表現したが、ゴーギャンはあくまで人間を描こうとした。彼はその意味で、自分自身の呪縛からのがれることができなかったのだ。そんな人間のもろさを知っていたからこそ、あえて遠く離れたタヒチへと旅立っていったのではなかろうか。

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 フェルメールについては、ルーヴルからやって来た例の『レースを編む女』のことを考えている。この展覧会は先日、京都での巡回展がはじまり、ぼくもさっそく出かけていった。会期もまだあるので、これからゆっくりと記事にまとめていくつもりである。

(画像は記事と関係ありません)

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