藤森照幸的「心」(最年少被爆者、アスベスト被害者石州街道わび住い)

アスベスト被害者の日々を記録。石綿健康管理手帳の取得協力の為のブログ。

五月五日 子供の日

2020-05-05 07:38:35 | 日記・エッセイ・コラム

 本日で、闘病まる三年に成りました。 三年前の五月五日、「マダニ」に噛みつかれて、半年後発病。 日本紅斑熱とライム病、ツツガムシ病を同時発症。 命ばかりは助かりましたが、後遺症の痛みに今もって苦しんでいます。 最終的に命を救ってくれた薬は、「ペニシリン」でした。 今や日本では作られていないそうで、アメリカから輸入、注射はショック死が有るので、錠剤の投与を受けました。 アメリカでは、ライム病患者が多いいので、欠かせない薬だそうです。 最後の水疱と紅斑が消えて、残った後遺症は、皮膚感覚が失くなった手足と、運動能力の低下でした。 しかし気分爽快で、人生で初めての夫婦そろって、二週間の九州旅行を敢行し、開聞岳に登山しましたが、人の三倍七時間掛って登頂しました。 その後、日に日に神経が回復してくると、体中の筋肉が痛みは始め、その痛みを抑えるために服用したロキソニンの副作用で「心不全」に陥り、再び危篤状態となりましたが、運よく安佐市民病院の先生方のお力で救われました。 「マダニ」が、神経や末梢血管を食べる原虫の中間宿主で、ツツガムシ病の媒介もする事等、多くの事を学ばせていただいた三年でしたが、まだ道半ば、毎日神経の回復とともに起きる痛みと格闘しています。 脊髄に原虫が侵入できなかったことが、命拾いの元だったそうだ。 あの世とこの世の境目が、其処にも存在していたとは。 副作用の「心不全」も、一人の看護士さんの判断で、ICUの心臓の専門の先生を呼んでいただいた事が、生き永らえられた元でした。 幸運続きのこの三年間でしたが、この幸運・・・・ 「十億円の宝くじ」でも当たらないかと期待しています。 「買わないのにあたる訳がない…。」 そうだった、たまには買ってみようかなー・・・・。 

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