藤森照幸的「心」(アスベスト被害者石州街道わび住い)

アスベスト被害者の日々を記録。石綿健康管理手帳の取得協力の為のブログ。

絶え間なく降る雨

2019-08-27 17:50:08 | 日記・エッセイ・コラム

 昨夜来の雨は、しとしとと絶え間なく降り続いている。 こんな降り方の雨が一番怖い。 何時までこの調子で降るのだろうか。 二十年ほど前、こんな調子で降った雨で、土砂災害が発生し、退院してきたばかりの親子が生き埋めになった事が有る。 悲惨な災害だった。 今でもその時の雨の降り方をよく覚えているのは何故だろうか。 強く降るでもなく、そうかといって止むでもなく、しょぼしょぼと二日間降った結果が、土砂災害だった。 同じ町内で数か所の崩落があり、又河川の氾濫が発生して、数年間生活が不自由であった。 その結果、手付かずだった河川改修が行われて、現在は安心できる状態となっているが、それでも予想以上の雨が降るとその時を思い出して・・・。

       

 向かいの山も霧雨で見えない。 霧雨が東から西へと流れて行く。 こんな状況が何時まで続くのだろうか。 TVでは、対馬に大量の雨が降った事を伝えている。 今年の天気は、韓国の政治によく似た動きである。 国交断絶して欲しいのか、それとも仲良くしたいのかはっきりしてほしい物だ。 どうも世の中は、気候に左右されるという。 なんだか大型台風が、韓国に上陸し有史以来の被害が出そうな気がしてきた。 「弱り目に祟り目」と世の中では言う。 冗談で済めばよいが。


2019-08-27 09:24:27 | 日記・エッセイ・コラム

 我が家の周辺でも度々、熊が出没する。 人間と、自然界に生息するすべての動物は、常に敵対する敵だ。 敵というより、人間の食料だった。 弱肉強食こそ、自然界のおきてなのだと教わった。 それが何時の頃からか、自然保護という標語のもとに、害獣であろうと無かろうと全て保護対象となった。 人間が生きて行くのに邪魔なものは排除してきたが、それは間違いだと言い始めた人間が現れた。 それは神を解く宗教者ではなく、自然を研究する科学者だった。 九州は、植林で杉を植えてたため、熊が生息しなくなった。 そのことで何か問題が起きてきたのだろうか。 自然界では種の断絶は日常茶飯事で起きている。 人間が関わろうと無かろうと、起きる。 ただ人間が関わるとその速度が速いだけだ。この地球の歴史の中で種の断絶は幾たびとなく起きて、再び復活してきた。 復活したとき、その種はよりその自然に寄り添うものとなったそうである。 いづれにしても、55億年先には地球自体の存在が、太陽と共に無くなる。 ここらでとやかく言うよりは、今を生き易く生きる事ではなかろうか。 北海道には北海道の、九州には九州の…それぞれ生きていくための必要最小限の殺生がそこには存在するのだ。 他の地区の人間がとやかく言うべきではなかろう。


末期症状

2019-08-27 04:25:37 | 日記・エッセイ・コラム

 記憶忘れがひどくなった。 昨日買ってきたものを忘れて、別な料理をしてしまった。 忘れていたのは、ハマチの刺身だ。 作ったのは「サツマイモのから揚げの黒糖」だ。 黒糖と言っても本物ではない。醤油とザラメの煮たものである。 奥様は痛く気に入り喜んでお食べだった。 それを昼に作って残っていたので、夕食の刺身を作るのを忘れてしまった。 先程、買い物の途中で思い出して・・・・。 いよいよ私も健忘症の仲間入りの様である。 こうしてパソコンで文章を書くと、難無く書けるが、鉛筆で書こうとすると漢字が出てこない。 変換漢字が間違っているのは難無く判別できるが、手で書こうとすると出てこない。 最早老人の最先端になった気がし始めた。 車はマニアル車に乗っている。 オートマ車は何だか操作間違いをしてしまいそうだ。 その点、まにマニアル車は、操作間違いだと動かない。 高齢者は全ての人がマニアル車にすべきだというのが私の持論だ。 と言っても、それ以前の事が健忘症ではどうにもならない。 以前住んで居た所で、一人の奥様が行方不明になった。 若年性健忘症で運転を止められたのに、家族の留守の間に車で出かけ、帰る家が解からなくなり三日間、ガソリン切れの車の中で過ごしていた事件があった。 警察に通報があり発見されたが、事故もなく無事だったことが幸いだったが、私も何時そうなるか解からない様だ。 ここらで身辺整理をしておかなくてはいけないのではと、思い始めた買い物だった。