15時30分、国道191号線を消防車が走って行く音が聞こえてくる。 電話で消防車の出動状況を聞いたら、11年前に大きな河川反乱の有った、安佐北区飯室地区の河川警戒だそうである。 死者が幾人も出た前回の災害を思い出す。 小学校の子供達や、児童館の子供達を含め、教職員等が孤立した事が思い出される。 のど元過ぎた頃ではある。 学校が閉鎖されていれば良いが、何時もどおりだと又孤立と言うことに成るが。 桑原桑原。 災害はご免被りたいが、・・・・・・。 子供たちの無事を祈っていよう。
追申 中学生が側溝に流されて、十分後に消防隊に救助されたそうであるが、意識はあるそうだ。 よかった・・・・。 広島市内の中で最も急傾斜地である鈴張地区が危険な状態になっているらしい。 国道261号線である。 明治22年、広島から米子間を複数路線でつなぐため、作られた路線だ。国道54号線は大林で、261号線は、鈴張で、国道ならぬ酷道になっている。 全国有数の急高配国道である。 因みに、全国主要国道の中で最後まで「渡し船」が使用されたのがこの二つの国道が合流して2kmの所にあった「可部の渡し」である。 小泉八雲の「出雲再訪」に出てくる渡し場がそうである。 明治三十年も橋が架かっていなかった。 それほど急流ではないが、少しの雨でも橋は流されたそうである。