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道々の枝折

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権威主義

2025年06月20日 | 人文考察
その国の国民の大多数が、事大主義(長いものに巻かれること)の傾向を帯びていると、自ずと権威を崇拝し権力に盲従する国民性が出来上がる。権威を慕い権力に従順であることで安心を得たいからである。

権威主義を育てるのは、権威を具える当の本人でなく、無数の被支配者、民衆であると見てよいのではないか?何ら権威にも権力にも与ることのない、無力な一般民衆の権威への跪拝の念が、石垣のように積み累なり、権威主義を確固たるものに支えるのだと思う。

この国の歴史の時代区分に「古墳時代」があるのは、それほど多数の古墳が築造され、各地にその遺跡が多く出現したからである。
私たちの先祖は、祖霊信仰ばかりでなく、権威を崇敬すること尋常でなかったことが推察される。上からの強制だけでは、あのような巨大古墳を多数造りつづけることはできなかったと思う。ピラミッドを造ったエジプトの民も、権威崇拝の念が強い人々であったのではないか?

上からの命令や指示に対し、善悪・正邪の判断に拠らず反射的にそれに服し実行する考え方を権威主義という。 また、そのような傾向の強い性格を権威主義的性格と呼ぶ。権威主義は権威の保有者の企図により繁衍するものでなく、権威に仕える人たちが階層的に共同して支えることにより維持されるもののようだ。権威を利用することよって大衆支配を企むのは、決して権威の保有者ではなく、彼を取り巻く側近の権力志向の人たちである。

権威主義というものは、権威を慕う民衆の自己愛に発し、他人を権威によって動かしたい支配欲に基づくものだから、一旦これが社会に定着してしまうと、見事なまでの権威への盲従と権力支配の構図が出来上がる。権威主義は命令と実行だけで成り立ち、思考停止・議論無用の反民主的な環境をつくりあげる。明治以降の日本の軌跡と戦後の自民党の一党支配は、そらで説明できるのではないか?

上からの命令や指示を、理非曲直を考慮することなく盲目的に優先させる考え方は、専制的な権力者に固有のものだが、彼は権威主義を利用することで権力の強大化を図る。

権威主義は権威の保有者当人のものでなく、権威に仕え権威を利用する人たちにとって都合のよいものである。いつの時代でも、権威は、権力者の利用を免れない。

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