硝子戸の外へ。

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体罰は是か非か

2013-01-13 16:26:05 | 日記
ニュースや記事に触れる度、どうして自殺せねばならなかったのかという思いが頭に浮かぶ。

部活のキャプテンという位置が彼にとって重圧だったのだろうか。死よりも部活を辞めるという選択はなかったのだろうか。部活を辞めれば顧問から卒業まで罵られると考えたのだろうか。そこまで顧問は歪んだ人間だったのだろうか。OBには善い先生であったという声もある。それならば独裁的な人格でもなさそうである。ならば、顧問は彼ならこのくらいの試練(体罰)を超えてゆけるだろうと思っていたのだろうか。そんな彼の思い込みが少年を死に追いやってしまったのだろうか。

体罰は世の中の仕組みをよく理解できない子供たちに対しての最後の禁じ手であると思うが、彼の心身が衰弱してしまうほどの体罰を加える素行的問題があったのだろうか。そういう証言は見当たらない。ならば、その体罰は非である。

しかし、高校生なら人生はこれからである。部活を辞めたとしても、学校をやめたとしても、生きていれば楽しい事もあると教えてあげる事を出来る人が周りにはいなかったのだろうか。

そう考えると、彼を追い込んだきっかけは部活の顧問であるけれど、本当にそれだけだろうかと思ってしまう。

また、結果を残す顧問だからと言って、問題を問題としなかった学校側にも疑問が残る。

「それは間違っていませんか。」と言えない環境を作り出す事が学校にあっていいのだろうか。

学校はビジネスではない。子供たちを育てる場である。
なにか、間違っていないだろうか。

橋本市長は本格的に改革を行うという。彼の発言にはすべて同意できるわけではないが、どうか子供たちの未来が明るいものとなるように改革してほしいと思う。

とかくにこの世の中は生きにくい。社会に出れば一層その事を思い知らされる。学校での教育や家庭での子育ても、一昔前にくらべればより複雑になってしまったのだろうか。

それとも生活が豊かになる事の引き換えが人の精神を蝕んでゆくことなのだろうか。

その答えは、日本の総人口の減少という形で表れているように思う。




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