法務大臣が死刑執行のはんこを押す意味

2007年09月30日 | 人生はメンタルだよな


高校生の時に社会科の教師が言っていた事を思い起こすと。

議会制民主主義制度において、法務大臣は国民の代表の一人であるわけで、選挙制度のうえに乗って、国(国民)の法務関係の機能を代表・代理しているのだと解釈するべし、、と。

で、法務大臣が死刑執行のはんこを押すということは、「国民の代表として殺人を犯す」という理解になるのである。(私たち一人一人が電気椅子のボタンを押しているのである。)

裁判制度は、その罪人の罪の重さと罰の程度を決めるという作業であって、罰が決まってからその罰を与えるのは裁判所ではないはずである。(刑務所って裁判所の管理下にあるんでしたっけ?)

で、期限付きの刑罰の執行は、ある種自動的に行われるのであるが、死刑だけは、あまりにその行為が重いために、国民の代理代表者としての法務大臣がいちいちはんこを押すという仕組みになっている、といった話であった。

死刑という制度そのものが絶対普遍的に正しい刑罰であると決められない、という考え方が法務大臣の死刑はんこに現れている、という理解ができるのである。

刑罰は「つぐない」か「教育」かという根本論にもつながっていく。